【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第三話「無茶ぶりエリー」

 アリスと並んで漏らした溜息に、ユズリハさんは意外なほど強く頷いて同意した。

 

「その反応は分かる、よく分かる。私も似たような反応をした。正直里に帰りたくなった」

 

 遠い目までした。そんなに嫌だったらしい。

 

 ただ、その目も一瞬のこと。ぶんぶんと首を横に振って正気を取り戻す。そして少し慌てた様子で横のエリーさんを確認してから、口元をほころばせた。

 

「だが何日か過ごしてみれば、思っていたより悪くない、むしろよかった。エリーは時々恐ろしいほど失礼極まりないが、大体は親切で面白い。アーサーも里のエルフよりよほど温厚で理知的だし、何より作る食事はどれも美味い」

「アーサー?」

「ここのマスター、エリーの父だ。なんだ、あいつ名乗ってなかったのか」

「あっは、はい」

「まあ友人の父親なんて、名前を聞く機会もほとんど無いだろうからな。知らなくても当然か」

 

 急に出て来た知らない名前をつい復唱すると、ユズリハさんが教えてくれた。しかも多分、フォローまでしてくれた。そもそもエリーさんと仲良しみたいだし、きっといい人なんだろう。誤差範囲で肩の力を抜ける。

 

 僕への返事で脱線した話は、すぐさまエリーさんの家の評論に戻っていた。

 

「それに数こそ少ない、本当に正気を疑うほどに少ないが、一応客は来るから人間の観察も出来る。暮らしや文化を理解するという点で言えば、兄の住まいよりもよっぽどいいかもしれない」

「お兄さんも、里長もこの街にいらっしゃっているのでしょうか?」

「まずはこの身で同胞へ示すため、だそうだ。今日も迷宮協会長の家で奴と交流を深めているはずだ」

 

 ユズリハさんのお兄さんは、迷宮協会の会長さんのお家でお世話になっているらしい。ほほうと感心するアリスとは違い、僕は衝撃の事実に驚きを隠せない。

 

 その大きさは凄まじく、初対面のユズリハさんの前でもついつい言葉にしてしまうほどだった。

 

「め、迷宮協会の会長って、ほんとに実在したんですか!?」

「……ふ、ふふっ。なんだその、幽霊みたいな言いぐさは」

「えっとその、僕、今まで一度も、会ったことも見たこともなくて」

「あれであちこち、各国を飛び回って忙しいらしいからな。お前のような子供は当然として、探索者連中でも見た者の方が少ないだろう」

 

 これまで『竜骸』として問題を起こしていく中で、結構な迷宮協会の職員さんと、偉い人とも話して来た。そんな僕でも一度も会ったことが無いから、てっきり今はいないのかと思っていた。

 

 実在して各国、聖王国にも行っている。アリスなら昔会ったことあるかもしれない。外で話すと大問題になるだろうから、今度家にいる時思い出したら聞いてみよう。

 

 聞けない質問はしまい込む。代わりに別の疑問を取り出した。

 

「でも、ユズリハさん、ユズリハさんのお兄さんと会長さん、今日家にいるって」

「兄と話すため、しばらくの間部下に業務を任せていると聞いた。それだけ我々エルフとの国交が重要事項ということだな」

 

 またまた得意げになって鼻を高くしている。僕の範囲が狭いのもあるのだろうけど、ユズリハさんはあんまり見ない感じの人だ。興味深くてまじまじと見つめてしまう。

 

 そんな僕の意識を引き戻したのは、アリスが微かに鳴らした咳払いだった。そうだった、面白がって見るよりも先に言うべきことがある。流石はアリス、さりげなく注意してくれた。

 

「あっありがとうございます、ユズリハさん。教えてくれて」

「これくらい気にするな。話していいことなら何でも答えてやる」

「ですが里長の所在や迷宮協会長の予定を漏らすのは、少し不味いのでは」

「……やっぱり、ちょっと気にして隠しておいてくれ」

「あっはい」

 

 駄目だったらしい。ほんのり青くなって頼み込むユズリハさんに向け、僕達は揃って首を縦に振った。

 

 そんな僕達の異文化コミュニケーションを眺めていたエリーさんが、満足げな様子で唐突に腕を組む。

 

「どうやら私の読みは当たったようですね」

「ん、急にどうした?」

「想像した通り、ユズリハ様とお二人の相性は悪くなさそうです」

 

 悪くは、無いのかな。僕はなんとかかんとか話せているし、多分ユズリハさんもまんざらじゃなさそう。アリスは大抵の人と上手く合わせられるからよく分からない。

 

 いきなりエリーさんが言い出した相性について、僕はそれ以上考えられなかった。エリーさんがもっとよく分からない提案を続けざまに投げて来たからだ。

 

「という訳で皆様、どうかこれからもその感じで仲良くしてください」

「えっ」

「は?」

 

 突然のお願いに僕とユズリハさんが反射的に声をあげる。音には出ていないけれど、アリスもちょっぴり目を見開いていた。

 

 驚きが質問に変化するよりも早く、エリーさんが両手に一本ずつ指を立てる。続けてその行動とさっきの言葉の意味を語り始めた。

 

「イルくんとアリスさんは新しいお友達が出来る。ユズリハ様は人間と更に交流を重ねられる。私は皆様の役に立てて満足。まさに三方良しというものです」

「なんだその言葉は」

「あっと、昔の英雄の言葉で、皆に得があることー、みたいな意味、だよね?」

「はい。三大国体制のきっかけにもなった言葉です」

「なるほど、勉強になる。じゃなくて、どういうつもりだエリー」

「エルフの里にはいない人種と、特に子供と話してみたいとおっしゃっていたのはユズリハ様です。この場を逃してしまえば、残念ながら私ではもうお手伝い出来ません」

「うぐっ。で、でもなぁ」

 

 うめき声を出しながらも、何故だかユズリハさんはエリーさんに食い下がる。そのまま二人で静かに内緒話を始めたから、僕とアリスはそれが終わるのを待つことにした。

 

 黙って成り行きを見守ること数分、話し合いに決着が着いたみたい。こっちに向き直ったユズリハさんは視線を泳がしていて、なんだかとても気まずそうだ。ちょっと親近感。

 

 それでも頑張って決心したようで、やがておずおずと僕達に語り掛ける。

 

「……まあ、その、なんだ。言い方は癪に障るが、エリーの言うことも一理ある」

「は、はい」

「んんっ、だからその、お前たちさえよければ時間がある時、本当に暇な時で構わない。時々、今日みたいに話してもらえると助かる」

 

 そう言って頭を下げるユズリハさん。困って辺りを見回すと、アリスもエリーさんもじっと僕に視線を集めていた。口に出ていなくても、二人の気持ちが伝わってくる。つまり、僕にどうするか決めるよう訴えている。

 

 いきなりのお願いに思うことはあるし葛藤もある。けれど、答えは一つしかない。選択肢を悩めるほど、今の僕に贅沢は許されていない。

 

「こ」

「……」

「こ、こちらこそ、よろしく、お願いします」

「!」

 

 顔を跳ね上げたユズリハさんの瞳は、太陽を映したみたいに輝いていた。

 

 

 

 イリアス達がユズリハと出会った翌日、人と活気に溢れるはずの迷宮協会は今日も今日とて静まり返っていた。理由は当然恐怖の権化、もとい『竜骸』がその場に姿を現したからだ。

 

 春の暖かさを忘れた冷たい空気をかき分け、『竜骸』は迷いなく足を進める。目指すは当然窓口。探索者と同僚が音もなく消えていくのを、今日もエリーは諦め切った瞳で見送った。

 

 そんなことなど気にもせず、彼女の前で『竜骸』は立ち止まる。この一直線の軌道が彼女の『竜骸』担当という不憫な座を物語っていた。

 

「二人組ではなく、三人組を求められた」

 

 唐突に『竜骸』の意味不明な言葉が痛みすら感じる沈黙の中を走る。文章としては成り立っているが、コミュニケーションとしては落第未満の発言。実際聞き耳を立てている職員や探索者達は、何を言っているのかまるで理解出来ていなかった。

 

 ただ一人、直接それを向けられているエリーを除いて。

 

「………………それは、以前お話しされていた?」

「ああ」

 

 夢幻迷宮三層『海』を突破したが、二人組でないと四層へは進めなかった。二人目のあてがないから奴隷商人を紹介して欲しい。

 

 一か月ほど前突然エリーに突き付けられた、そして世の平和のために彼女が手元で握り潰した相談内容だ。

 

 人類未踏の地、四層へ手が届くかもしれない。その可能性を知れば迷宮協会評議会は、あらゆる国や組織が『竜骸』に無遠慮な干渉をしようとするだろう。

 

 結果どうなるか。残念ながらエリーに想像出来たのはガレキの山となった迷宮協会のみだった。そのため彼女はこの『竜骸』の偉業を友人や家族といった親しい者達はおろか、迷宮協会の上司にも秘密にし続けていた。

 

 そんな大問題についてなんらか変化があったと、何気なく『竜骸』は告げている。どう楽観的に考えても、前回同様人の目と耳の絶えないこの場で聞く訳にはいかない話になる。

 

 だから彼女は、以前と同じ言葉を続けた。

 

「かしこまりました。別室で続きをお聞かせください」

 

 やっぱり行きたくないよ~! という彼女の内心の悲鳴は、案の定誰にも伝わらなかった。

 

 

 迷宮協会奥の会議室に入室してから数分、『竜骸』はエリーにこれまでの経緯を説明していた。

 

 同行者と共に三層の最奥を訪れたこと。使用条件を満たしたにもかかわらず、魔法陣が利用出来なかったこと。念のため条件を再確認すると、三人組に変更されていたということ。

 

 一通り聞き終えたエリーがまず確認したのは、迷宮のことではなかった。

 

「一緒に向かわれた方というのは、先日の決闘の」

「ああ」

「お変わりないでしょうか?」

「健康だ」

「安心いたしました」

「……付け加えるのであれば」

 

 いつものように一言で終わらず、『竜骸』はどこか言いよどむように続ける。らしくない様子にエリーは思わず固まった。

 

「毎日よく食べ、よく眠る」

 

 更にかの『竜骸』から思いもよらぬほど牧歌的な補足をされ、彼女は目を丸くする。だが同時に、どこか納得する気持ちもあった。

 

 『竜骸』とあの少女の間には確かな絆がある。明け透けな少女の信頼と密かな『竜骸』の気遣い、両方を決闘の契約や決闘中に見出したエリーはそう確信していた。

 

 当然ながらこれも上層部には報告していない。例のごとく、なんやかんやで迷宮協会が消滅する未来が見えたからだ。

 

 見慣れた未来予想図を放り投げ、彼女は本来の問題に取り掛かることにした。

 

「それでは本日ご相談に来られたのは、三人目の目途について、でしょうか」

 

 無言の首肯を受けエリーの思考が回る。『竜骸』がわざわざ迷宮協会まで出向く以上前回と同じ手段、奴隷の利用では何らかの理由により条件を達成出来なかったのだろう。

 

 けれども他に方法があれば、既に以前試しているはず。まだ見ぬ三人目の捜索案を求め悩む彼女に、『竜骸』は思い出したかのように言葉を足した。

 

「正確な条件は信頼出来る、友好的な三人組だ」

「……お待ちください。まさかとは思いますが、以前の条件も」

「ああ。だが同じ手は難しいだろう」

 

 しれっとのたまう『竜骸』に、エリーは何度目か分からない感想を抱いた。この人頭おかしいのかな。

 

 信頼出来る人、友好的な相手。この二つを求めて奴隷にたどり着くなんて、一体どんな思考回路ならそうなるのか。そんなんでよくあの子と、でも実際あれほど信頼されてたし、じゃあ『竜骸』様別に間違って、いや絶対人として間違ってる!

 

 ぐちゃぐちゃの思考に沈没しかけるエリーの内心など微塵も気に留めず、『竜骸』はいつもの調子で続ける。

 

「当てはあるか」

「………………………………少しばかり、お時間をいただけますか?」

 

 またしても無言の肯定が返ってくる。けれども彼女の胸中に荒れっぷりは段違いであった。さもありなん。

 

 それでも心中で吹き荒れる嵐を飲み込み、改めて彼女は無理難題に立ち向かう。

 

 前提として、一瞬で仲間を得るような神の一手は存在しない。なにせ『竜骸』は良くも悪くも探索者達に畏れられている。仮に『竜骸』が自ら声をかけたとして逃げられるのが関の山、最悪の場合死に至る。

 

 そのためまずは『竜骸』の評判を改めることが一番の正攻法ではある、のだが。

 

「どうした」

「……いえ」

 

 問わずともエリーは理解していた。昨日イリアスの零した言葉が脳裏を過ぎる。つまりは絶対無理。

 

 こうなると、もはや強引な策しか彼女にも思い浮かばない。強制的に誰かと『竜骸』を引き合わせ、無理矢理時を共に重ねさせ、その中で奇跡が生まれるのを懸命に祈る。

 

 適当に偶然と神頼みを混ぜた、作戦と呼ぶのも憚られるほど破れかぶれな考え。救えないのはそれを始めるための第一歩、その当てが彼女にはあってしまったことだった。

 

「こちらをご覧ください」

 

 差し出された資料を『竜骸』は受け取り、表紙をじっと眺めている。めくることもしないのは、そこに書かれた表題が『竜骸』にとっても理解しがたいものだからだろう。

 

 そこには『迷宮協会主催 新入探索者研修』という一文が並んでいた。

 

「迷宮協会がギルド無所属の新人探索者に向け、定期的に研修会を開催しているのはご存じでしょうか」

「初耳だ」

 

 でしょうねとエリーは思った。『竜骸』が迷宮協会の主催するその手の行事に参加したことはない。仮に望もうとも、確実に出禁にはなるだろうが。

 

「こちらの研修会の特別講師を『竜骸』様にお願いしたいと、協会長より指名依頼が届いております」

 

 この爺さん耄碌したのか。やっぱりあの決闘のストレスかな。散々他国から圧力かけられたらしいし、前見た時より髪も白く薄くなったし。可哀そうに。

 

 先日会長室に呼び出されこの依頼書を手渡された際、エリーが抱いた正直な感想である。

 

 彼女が自身のとんだ罵倒を思い返していると、ようやく『竜骸』は資料をめくり始めた。ぺらりぺらりと紙の奏でる緩やかな音が、かえって静けさと緊張感を強めていく。

 

 意外なほどゆっくりじっくりと読み進めていた『竜骸』の視線が、とうとう最後の文字へたどり着いた。顔を上げた『竜骸』の表情は、今日も竜のような兜に遮られて何も窺えない。しかしそこに疑問があることは彼女にも察することが出来た。

 

「接触禁止令があったはずだが」

「先日、協会長の命によりそちらは取り消されました」

「この依頼のためか」

「おそらくは」

 

 新人探索者の大半は成年したての若者だ。そして若さとは、無謀とも言い換えられる。

 

 接触禁止令が出る以前は『竜骸』の異名を話半分に受け止め、箔付けや度胸試しに挑む新人が一時期続発していた。そのまま引退する者も続出していた。

 

 探索者の数は迷宮協会の力に直結する。そのため迷宮協会評議会が『竜骸』と新人探索者の接触禁止令を発令するのに、そう時間はかからなかった。

 

 それをわざわざ解消させてまで、絶望的に不適切な依頼を指名する。エリーの立場でも推し量れるほど、何か面倒な思惑がある可能性が高い。そう考えている彼女は、こうして『竜骸』に紹介することすらあまり気乗りしていなかった。

 

 だがどれほどの策略があろうと、『竜骸』が受け入れなければ何の意味も無い。そして他者の干渉を嫌う『竜骸』がこんな依頼を請けるはずも無い。

 

 訳知り顔で推察していたエリーの表情は、『竜骸』の返事で脆く崩れ去る。

 

「…………………………………………………………………………………………いいだろう」

「えっ」

「その依頼を、請ける」

 

 らしくない絞り出すような言い方とあまりにも予想外の言葉に、エリーの思考が凍り付く。止まった彼女の時が溶け出すまで、およそ十数秒の時間がかかった。

 

 ちなみにその間、『竜骸』はずっと彼女の顔を見つめていた。意識を取り戻した彼女はそのせいでもう五秒ほど思考を飛ばした。

 

 こうして約二十秒の空白を挟んでから、エリーは資料を基に『竜骸』へ依頼の詳細を説明し始めた。

 

 対象はギルドに所属していない、教育を受ける機会が無い新人探索者。教育内容は危機的状況への対処方法。その他契約期間や契約金についてなど。

 

 概ね資料の内容を語り終え、『竜骸』が紙面から顔を上げる。続きを促す視線にエリーは一瞬口ごもり、それでもなお言葉を繋いだ。

 

「『竜骸』様」

「まだ説明があるのか」

「……はい。補足をさせていただきます」

 

 ここから先は迷宮協会職員としては出過ぎた、背信行為の可能性すらある。それでもエリーは己の矜持のため、出来得る範囲で続ける。

 

「先日の決闘を受け、『竜骸』様の武名はますます高まりました。個人で国すらも退けるそのお力を神話のかい、英雄のようだとおそ、称える声を、私も耳にしております」

「それがどうした」

「ですが古来より組織とは突出した存在を、英雄を恐れ、厭うものです」

 

 そしてそれは、迷宮協会とて例外ではない。

 

「どうか、お気を付けください」

「分かった」

 

 返す言葉は常と変わらない淡白なもの。しかし彼女はその返事に、ほんの僅か熱を感じたような気がした。




次回「地獄の訓練 上」です。
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