【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第六話「お見舞いと推察」

 新人の人達への講習会をした翌日の朝、僕とアリスはユズリハさんに会うためエリーさんのお家へ出かけていた。

 

 講習会の内容を聞いたアリスが、絶対お見舞いに行った方がいいと思います、と真剣な顔で僕に告げたからだ。でもユズリハさんには攻撃してないし、他の人だって特に怪我は残ってなかった。

 

 だから必要ないんじゃないかな、とは思うけれど、放っておくとアリス一人で行っちゃいそうだった。アリスは方向音痴だから手を繋いでいないと帰って来られるか、そもそも辿り着けるかも分からない。だからアリスがお見舞いを言い出した時点で、もう僕達のお出かけは確定していた。

 

 喫茶店に到着した時、エリーさんとユズリハさんはちょうどお店の前の掃除をしているところだった。せっせと箒を振るうユズリハさんの動きは軽やかで、やっぱりお見舞いなんて必要なさそう。

 

 ならこのまま帰ってしまおう。そう思ってぐるりと回ろうとした僕の第一歩を、顔を上げたユズリハさんの瞳が縫い留める。しかも急いで箒を置いてこっちに駆け出してくるから、心の準備をする暇もなかった。

 

「二人ともいいところに来てくれた! 聞いてくれ、エリーが大嘘吐きだった!」

 

 しかもいきなりこんなことを言われたから、僕もアリスも目を丸くすることくらいしか出来ない。鼻息を荒くするユズリハさんのもっと後ろで、エリーさんが静かに溜息を漏らしていた。

 

「やめてください、人聞きが悪いです」

「だって嘘吐いたじゃないか! なんだあれ、あれで悪意無いとか冗談にもならないだろ!」

「火のような方とも申し上げました」

「限度がある!」

「えぇと、すみません。何の話をされているのでしょうか?」

 

 やんややんやと声をあげるユズリハさんとあくまで冷静なエリーさん。よく分からないけれど燃え上りそうな空気に、アリスがおずおずと水を差した。

 

「実は昨日、探索者の講習会というものに参加してみたんだが」

 

 この時点でアリスは、あーみたいな雰囲気を出していた。

 

「なんとその講師が、あの『竜骸』だったんだ」

「驚きですね」

「あっお前また噓吐いたな! 担当なんだから知らない訳無いだろ!」

「迷宮協会職員には守秘義務というものがあります」

「やっぱり知ってたじゃないか!」

 

 鎮火しかけたユズリハさんの機嫌が、またちょっとメラメラし始めた。十秒後には両手を挙げて地団駄でも踏みそうな勢いだ。

 

 それにしてもなんだか、この間とユズリハさん雰囲気違う。前に会った時はもっとこう、格好いいというか大人っぽい感じだったような。

 

 よく知らない人のよく分からない挙動を前に、僕は当然のように様子見を選んだ。迂闊に触れたらうっかりぽきっと行きそう。

 

 じりじりと物理的にも精神的にも後ずさり僕とは反対に、アリスは労わるような声を出していた。

 

「それは、お疲れ様でした。お怪我はありませんか?」

「……心配ない。見ての通り体は健康そのものだ」

「安心し、体はですか?」

 

 ほっとしかけたアリスの首がこてんと斜めになる。それと同時に、ユズリハさんの空気に火が付いた。

 

「だが心の方は、それはもうたっぷり痛めつけられた!」

 

 そこからの愚痴はちょっと長かった。かすりも出来ないとは思わなかったとか、攻撃されないからこそ絶望感が凄かったとか、いっそ気絶させて欲しかったとか。気を遣ったつもりだったけど、そっちの方がよかったのかな。

 

 途中からはやれ鬼畜の所業だの血も涙もないだの、罵倒も結構多かった。そこまで言われてしまうと、僕も少しくらい反論したくなる。

 

「で、でも、訓練って、そういうものじゃ」

「確かにそういう面もある、あるが、それだけじゃないだろう! あそこまでする必要はないはずだ!」

「わっ」

 

 結果、とうとう両肩まで掴まれてしまった。顔真っ赤のユズリハさんが視界一杯に広がる。今日も反応に困る僕を助けてくれたのはエリーさんだった。

 

「ユズリハ様、イルくんに当たるのは筋が違います」

「むっ、それはそうだ。その、すまないなイリアス」

「だ、大丈夫です」

 

 それに筋は通っている。講習会の資料にも、内容改善の参考にするため参加者の感想を聞いて欲しい、なんて書いてあった。昨日は最後誰も口を利けなかったから、こうして聞けてむしろ助かるところもある。参考にします。

 

 さっきの愚痴を密かに反芻している間に、ユズリハさんの気持ちも落ち着いたらしい。大きい咳払いをした後、改めて僕達に問いかけて来た。

 

「それで、二人はどうしたんだ? 店ならもう少し待ってもらう必要があるが」

「あっそっちじゃなくて、今日はユズリハさんに会いに、お話するために来ました」

「……本当か!?」

「あっは、はい。えっと、そ、そうだよね、アリス」

「はい、お約束しましたから」

 

 嘘は言ってない、はず。お見舞い目的だけど、ユズリハさんの様子を見に来たのは本当だ。苦し紛れに話を振ったアリスは流石で、さらっとこの間の約束も上乗せしていた。

 

「おお、それは、おお!」

 

 感嘆するユズリハさんの勢いはさっきよりもの凄い。取り戻した落ち着きは遥か彼方に飛び去っていた。瞳にも動きにも表情にも、小さい子供のような興奮が満ちていた。

 

 そんなぴかぴかしていたユズリハさんの顔に一転、影が差す。

 

「くっ、だがせっかく来てくれたところ本当に、本当に申し訳ない。今日はこの後、兄と会長へ講習会の報告をしに行かねばならない」

 

 気のせいか、アリスの瞳が鈍く輝いた気がした。

 

「……もしかして、先日の講習会に参加されたのは」

「ああ。不思議なことに兄から、迷宮に潜りたいのなら必ずこの講習を受けなさい、なんて念押しされてな」

 

 まったく兄さんめ、『竜骸』のことを黙っていたな。どうせ知っていたくせに。続くユズリハさんの小声を、アリスは注意深く聞いているようだった。

 

 耳を澄まされていることに気づいたのか、気づいていないのか。どちらか分からないけれど、ユズリハさんは突然空を見上げた。太陽の位置を、時間を確認しているみたいだ。

 

「おっと、そろそろ行かないと不味いか。エリー、悪いが後の掃除は任せた」

「お任せください。ユズリハ様の分はちゃんと残しておきます」

「やってくれてもいいんだぞ?」

 

 苦笑いを残し、ユズリハさんは足早に立ち去った。

 

 

 それから僕達は掃除を手伝って、そのご褒美として一杯だけお茶をご馳走になってからすぐにお暇した。エリーさんもこれから迷宮協会でお仕事だから、いつまでもお邪魔しちゃ迷惑になっちゃう。

 

 お昼前でいつも以上に混雑する大通りを外れ、今日も人目の少ない脇道を進む。少し離れた喧騒が耳に届くほど僕とアリスの間に会話はなかった。喫茶店を出てからなんとなく、アリスが考え事をしている風だったからだ。

 

 そんな帰り道の静寂は、アリスがひっそりと僕に不思議な質問したことで破れた。

 

「イリアスくんはユズリハさんのこと、どう思われますか?」

 

 突然されたざっくりとした問いの理由は分からない。でもアリスがとても真剣な面持ちをしていたから、僕もそれに倣ってちゃんと考えてみる。

 

 ただそうは言っても、まだたった三回しか会ったことがない人だ。思い出すことも少ない。初めて会った時のこと、講習会の時のこと、ついさっき話した時のこと。その薄い積み重ねを何往復かして、なんとかとても短い結論に至った。

 

「多分、いい人?」

「……」

「あと凄く面白い人だと思う。こっちは絶対」

「……ふふふっ」

 

 どこか硬かったアリスの表情が崩れ、ころころとした笑みに変わる。柔らかくなった雰囲気に乗じて、僕は質問を投げ返した。

 

「急にどうしたの?」

「少し、ユズリハさんについて思うところが出来てしまって」

「思うところ。なんか変なところとかあったの?」

「まだ語るには根拠が薄くて、予想というよりもほとんど私の勘になってしまうのですが」

「いいよいいよ。聞かせて聞かせて」

 

 前置き多いけど、なんかアリス話したそうだし。握った手を振って催促すると、アリスは意気揚々と咳払いに臨んだ。

 

 喫茶店を出てからずっとちらちらそわそわしてたのは、この勘のことを考えてた、話したかったからみたい。 

 

「以前オウルさんとも一緒にお話した、迷宮協会の間者の件です」

「覚えてるよ。迷宮協会が何か仕込むかも、講習会に紛れ込むかもって話でしょ」

「はい。ユズリハさんがその一人かもしれません」

 

 間者、スパイ、ユズリハさんが、あの。とても失礼な感想が淀みなく脳裏を過ぎる。ついでに口も滑らかに滑った。

 

「凄く、凄く無理があると思う。絶対向いてないよ」

「私もそう思います」

 

 同意されちゃった。アリスから見ても不向きだったらしい。

 

 でもそれなら、どうしてユズリハさんがスパイだなんて思ったんだろう。疑問に体を委ねると、アリスはすぐさま答えをくれた。

 

「ですからほぼ確実に、ユズリハさんに自覚は無いでしょう。裏に立つのはユズリハさんの兄、エルフの里長と迷宮協会長だと思われます」

 

 間者、スパイの類なんて普通隠れるもの。ユズリハさんの性格を横に置いても、エルフだし超目立つ人だから難しいんじゃ。そもそも自覚無いのにそういうのって出来るのかな。

 

 分からないこと、納得出来ないことはそこそこある。でもとりあえず、まずはアリスの推測を聞いてみよう。

 

「今のところ迷宮協会は調査対象について何も分かっていません。何を好み、何を望むのか。どこで生まれ、どのように育ったのか。調査や交渉をするにも、足掛かりすら謎に包まれています」

「そういう風になるよう頑張って来たからね!」

「大成功していますね」

「ふふん」

 

 『竜骸』の悪名は今日も高い。胸を張って自慢した。その証拠に、吟遊詩人がこの間の決闘について歌っているのも最近よく耳にする。しかもいくつか種類があって、『竜骸』は神をも砕く悪魔の化身だとか、堕ちた神を裁く堕天使だとか変なのも含めて好き勝手に言われている。

 

 でも僕は悪魔でも堕天使でもない、竜だ。いつも大事なところを間違えているから何度も訂正の手紙を出したのだけれど、今日も全然直ってなかった。それであの人達が言っても聞いてくれない人だって分かった。

 

 こういう時は暴力の出番。だから今日は『絶対死なせない魔法』を込めた金貨と手紙を、直接こっそりおでこに投げつけておいた。今度こそちゃんと直してね。

 

「これでは対策の模索すら不可能です。そのため迷宮協会は密かな調査を諦め、まずは接近へと方策を切り替えたのでしょう」

「接近というと、仲良くしましょうってこと?」

「この場合はその前提、文字通り誰かを傍に置く、という意味合いですね」

 

 誰かを知るためには、仲良くなるには一緒に過ごすのが一番。この間エリーさんが教えてくれた、アリスのおかげで身をもって学べた真理だ。それを迷宮協会が狙っているということなのかな。

 

 だけどそれは無理がある。だって『竜骸』をしている時に誰かが寄って来たら、僕は避けるか吹き飛ばすつもりだからだ。そんなことくらいこの半年で迷宮協会も理解しているはずなのに。

 

 またまたアリスは、そんな僕の疑問が音に変わる前に拾い上げた。

 

「そうされないための大義名分が、新人探索者への講習会だと思われます」

「あっそっか。教えてる間は嫌でも傍にいなきゃいけないよね。でも、断られたらどうするつもりだったんだろう」

「その時はその時でしょう。通常通り講習会を開催すれば、特に負担は発生しませんから」

 

 アリスは凄いなぁ。疑問に思ったらすぐ察してくれるし、ちゃんと納得出来る答えもくれる。だから僕は期待を込めて、別に浮かんだ質問を口にした。

 

「じゃあじゃあ、なんでユズリハさんなの?」

「……すみません。どうしてもその根拠が薄い上に少なくて、まだ断言が出来ません」

「そうなんだ。ちなみにどういうの?」

「一つがあの講習会を受けるよう指示された、という点です。会長と同居しているエルフの里長が講師を知らないなんてありえませんから、わざわざ指定した以上なんらかの思惑があるはずです」

 

 最もこの街で『竜骸』に迷惑を掛けられている会長さんが大切なお客さんを、里長が大事な家族を、ユズリハさんを死地に送るのを止めない。確かに、言われてみれば変な話だ。

 

「更にユズリハさんの滞在先、選び方もその一つです」

「エリーさんのお家になったのは、確かくじ引きだったっけ」

「はい、賓客相手にありえない対応です。常識で考えれば里長同様、会長の家に留まるはずです」

 

 会長さんがどんな家に住んでるかなんて知らない。でも迷宮協会の会長さんがこの街で一番偉い人だ。きっとユズリハさんが一人二人増えても大丈夫なくらいには大きい家だと思う。

 

 深く考えていなかったから流していたけれど、わざわざお兄さんとは別の家を探す、それもくじ引きでなんて相当おかしい。

 

「なんでくじ引きなんてしたんだろうね」

「……こちらも強引かつ浅い考えですが、エリーさんに近づくためかと」

「僕じゃなくて?」

「エリーさんは担当、貴重な手がかりです。ここから探りを入れること、周囲に根を張ることは私も理解出来ます。ですがそれで取る手段がくじ引きなど、偶然を装うには露骨が過ぎて違和感があります。もっと何か、自然なやり方もあるでしょうに」

 

 瞳を伏せるアリスには、その自然なやり方がいくつも思い浮かんでいるようだった。ちなみに僕はまったく無い。

 

 代わりと言ってはなんだけど、その途中でもう一つのおかしいに僕は辿り着いた。根本的に分からないことがある。

 

「というか、そもそもなんでエルフの里の人が手伝ってるんだろう」

「個人的な関係から、でしょうか。ユズリハさんの話を聞いた限り、どうやらエルフの里長と迷宮協会長は以前より相当懇意にしていそうです」

 

 僕も一緒にユズリハさんの話は聞いていたけれど、まったくピンと来ない。続きがあるみたいだから、アリス先生の推測を黙って待った。

 

「迷宮協会には各国の職員が入り混じっています。そのためエルフの里との外交ほど大きな話が浮かべば、確実に彼らから報告が行くはずです。しかし、私は聞いたことがありません」

「アリス、偉い人だったのに?」

「偉い人だったのに、です。このことから推察するに、今回の外交は協会と里を通さず、会長と里長の個人間から始まった可能性が高いと私は踏んでいます」

「…………つまり、困っている会長さんの手伝いをするために、仲良しの里長さんがユズリハさんを送り出したってこと?」

「はい。ただ、失敗した際ユズリハさんが背負う危険や外交への悪影響などを考えると、どうしても情報が、まだ理由や考えが足りていない気がします」

 

 口元に手を当てたアリスは、全身からむむむという悩みを見せる。色々教えてくれたけれど、本人が全然納得出来ていないみたい。考え込み過ぎて途中、二回くらい転びそうになっていた。

 

 それはそれとして、僕はすっかり感心してしまっていた。心の中にとどまらず、ぽろぽろと口から零れ出ていく。

 

「でもなんか納得。アリスやっぱり頭いいねー」

「ありがとうございます。ですがやはりまだ推論、妄想の域を出ていませんから、あまり信じないでください」

「えー、難しいかも。アリスの言うことなら大体信じちゃう気がする」

「ふふっ、お揃いですね。私もイリアスくんのことはいつでも信頼しています」

 

 その割に講習会のことを話した時は、僕のちゃんと出来たよって報告をまるで信用していなかったような。

 

 つい掘り返したくなったけれど、今僕を見つめるアリスの瞳は本人の言う通り信頼に輝いている。下手に突っついて傷がつくともったいない光だ。浮かんだ疑問に蓋をして続きを待つ。

 

「そして私の予想が正しい場合、数日以内にもう一度指名依頼が届くはずです」

「もしかして、また新人さんへの講習会?」

「はい。そして内容と参加者は、恐らく」

 

 アリスの推測の答え合わせはそれから数日後、迷宮協会の会議室でエリーさんから告げられた。

 

「『竜骸』様、本日も協会長より指名依頼が届いております」

「新人探索者の、迷宮への同行訓練か」

「……!? そ、その通りです」

 

 渡された資料、参加者一覧の中には、ユズリハさんの名前が並んでいた。

 




次回「母でもないのに嫁でもない子に姑的いびりを送る」です。
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