【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第八話「設定の話 魔法編」

 先生との通信が終わった僕達は一階の居間に移動していた。たくさん話したから何か飲みたいし、なんかオウルから話の続きがあるみたい。

 

 せっせとお茶を用意して運ぶとオウルは腕を組んで、アリスは手を膝の上で重ねて、何故か二人とも神妙な感じで待っていた。

 

「あー、悪かった。確かに思い出してみりゃ、随分思わせぶりなことばっか言ってた」

「い、いえ。誰にでも、秘密はあるものですから」

「秘密がありゃ気になるのが人情ってもんだろ。むしろよく今まで聞くの我慢してたな」

「……アリス、ずっと聞きたかったの?」

 

 言葉と視線を迷わせてから、アリスはゆっくりと首を縦に振る。全然気づかなかった。色々あったのに何も聞いて来ないから、てっきり僕みたいに気にしてないのかと思ってた。

 

 だけど改めて考えてみれば、アリスは何にでも好奇心旺盛だ。質問しない方がおかしい。なのにわざわざ抑え込んでいたのはきっと、僕達のことを気遣ってくれていたからだろう。アリスはそういうところがある。

 

「そっか、じゃあ話すね。えっとまず、僕のお父さんは異世界の人で、お母さんは竜なんだって」

「い、異世界? りゅ、竜、ですか?」

「うん。それでこの世界の人間の血が流れてない僕はクラスシステムの対象外らしくて、だからクラスもスキルも縁が無いけど、その分魂が抑制されてないから魔法が使えて」

「ぶっこむな、いきなりぶっこむな。量と中身を考えろ」

 

 僕の口を縫い留めるよう、頭頂部へオウルの拳が叩き込まれる。とりあえず僕のことからと喋ってみたけれど、どうも駄目だったらしい。でも正しい量と中身なんて、言ってくれないと全然分からない。

 

 不満を込めてオウルを見る。じっと見る。じゃあオウルが話してと念を送る。

 

 そうしているうちに僕の気持ちが通じたのか、オウルは億劫そうに口を開いた。

 

「この馬鹿が話しちまったからある程度は説明するが、その前に言うことがある」

「よろしくお願いします」

「秘密ってのは、どいつもこいつも甘い匂いがする。お前なら分かるな」

 

 深刻そうな顔をして頷くアリスに倣い、僕も真剣に自分の匂いを嗅いでみる。僕は秘密の塊だ。一度も感じたことはないけれど、オウルの言うことが本当ならなんかそういう匂いがするはず。

 

 でも全然しなかった。自分の匂いは分かりづらいとは言うけれど、それも踏まえて全然。石鹸とか洗剤とかの香りくらいしか分からない。

 

「……くんくん。全然しないよ?」

「嗅ぐな、比喩だ」

「ね、ね、アリスは分かる?」

「あっえっそ、その、そんなこと、はしたないですし」

「嗅がせるな、比喩だ」

 

 また頭を叩かれた。これは静かにしてろの合図でもあるから、一旦口を閉じて続きを待つ。

 

 気を取り直して返答したのは、どことなく気まずそうなアリスだった。

 

「どこにでも嗅ぎ付け群がり、貪ろうとする者がいる、ということですね」

「呑み込めねぇものならなおのことだ。だから今日話すのも最低限、とりあえず一つだけにしておく」

「あっケチだ」

「今の話聞いてたかアホ、黙ってこれでも食ってろ。それでアリス、何が聞きたい」

 

 差し出されたのはクッキーが山盛りのお皿、作り過ぎたご近所さんからのおすそ分けだ。凝り性のあのお兄さんは、ちょくちょくこういうものをくれる。美味しいからとても嬉しい。

 

 クッキーはともかく、何聞かれるんだろ。隠してることはもうあんまりないけれど、話してないことはまだたくさんある気がする。問題なのは、どれを言ったのか全く全然覚えてないこと。

 

 少しの間、僕がクッキーを口に運ぶ音だけがする。沈黙から三枚目、アリスは質問の内容を決めた。

 

「それでは、魔法についてお願いします」

「こいつのことじゃなくていいのか?」

「……イリアスくんのことは、イリアスくんから教えてもらいたいです」

 

 そっと流し目を送られたから、頷いて返事をする。

 

 一番の内緒、『竜骸』のことはもう見せた後。あれ以上に隠さなきゃいけないことは無いはずだから、いつでもかかってこいって感じだ。

 

「つっても魔法か。どこから話したもんだか」

「えぇと、概要だけでも教えていただければ」

「そう言われてもな。雑でいいから聖教のこと話せ、なんて頼まれたらお前も範囲に悩むだろ」

 

 なるほど、なんて言う風にアリスは頷き、そのまま顎に手を当て始めた。なんとなく範囲を考えているみたい。その隙にオウルが僕へ問いかけて来た。

 

「イリアス、今までアリスの前で何使った?」

「適当に火とか氷とかは出したけど、あっ決闘の時に『紅い空』は使ったよ」

「よりにもよってあれか。ろくでもないの選んでんな……」

「でもあれ世界の変換、魔法の基本だよ。説明しやすいでしょ」

「規模の問題なんだよなぁ」

 

 事象変換魔法『紅い空』。スキルにもある物理現象の掌握や改変じゃなくて、魔法にしか出来ない世界そのものへの干渉。スキルと魔法の違いを話すならぴったりだと思うんだけどな。

 

 僕が首を傾げている間に、オウルはどう説明するのか決めたみたいだ。いつのまにか水の入ったガラス瓶を片手で転がしている。

 

「お前も知っての通り、世界にはいくつか法則ってもんがある」

 

 そう言ってからぽんぽんと、オウルはそのガラス瓶でお手玉し始めた。

 

「物を落とせば落ちる。火をつければ燃える。燃えたもんは水にぶち込めば消える。例を挙げりゃキリはねぇな」

 

 投げては手に落ち、投げては落ち。オウルの言葉を証明するよう重力に、物理法則に従ってガラス瓶は上下に動く。アリスの視線も従っていく。

 

 何回目かの上下運動中、突然ガラス瓶は空中で逆さにぴたりと止まる。同時に蓋がひとりでに動き外れて、机の上に音を立てて落ちていく。けれども水は零れない。瓶の中で揺れている。

 

 瞳孔を開くアリスに向けて、オウルは一本指を縦に立てた。次の瞬間その先に火が灯る。そしてその指先よりも小さな炎をガラス瓶の中へ、水の中へ無造作に飛ばした。

 

 さっきオウルが言ってたように、普通火は水に入れれば消える。けれどもオウルが放った火は水中でも煌々と輝いていた。

 

 それにしてもオウルは細かいこと得意だなぁ、なんて感心していると、今度は僕が視線でお願いを受けた。多分これはあれ、ガラス瓶を壊せ、みたいなやつ。

 

 だから適当にデコピンの要領で指弾を飛ばす。粉々に砕けたガラス瓶がキラキラと宙を舞う。通常物理法則に従えば、水も砕けて辺りに飛び散っていくのが道理。

 

「その法則を覆すのが魔法だ」

 

 けれどガラス瓶を破壊されても水は形を保って浮いたまま。中で燃える灯も、見つめるアリスの瞳を照らし続けていた。声に出ていなくても、感心と驚嘆の輝きをその炎は映し出している。

 

 その反応に気を良くしたのか、オウルがちょっとした悪戯を始めた。空中に留まる水と火を操り、アリスの周囲で回転させる。縦に横に斜めに、時には一緒に時には分かれ、踊るように軌跡を描く。

 

 そして最後にはアリスの目の前でぶつかり、火と水は光の粒となって世界に溶けていった。

 

「……」

 

 名残惜しそうにそれを見送ったアリスの顔は、まるで友達とお別れする小さな子供のよう。なんとなく微笑ましい。

 

 そんな僕達の視線をやがて察知したのか、誤魔化すようにアリスは咳ばらいを何度か重ねた。

 

「んんっ、スキルとは一定のカタチ、現象を発生させる力です。私の知る限り今の現象を再現出来る、これほどの自由度を持つものはありません」

「その通りだ。そんでこの魔法だが、世間一般じゃどう呼ばれてる?」

「……聖教の戒律には、世界を破壊する邪法だと記されています」

「まあ間違ってねぇ。なんせ魔法の源泉は感情、とりわけ欲望だ。言ってみりゃ世界の法則を自分の都合や我儘でぶち壊してる訳だからな」

 

 先生はそれを絵に例えていた。世界という一つの完成された絵画に向け、自分勝手に筆を振るうこと、それが魔法の本質だと。

 

「では大きな願いさえあれば、私にも魔法が使えるのでしょうか?」

「無理だ。細かい事情は省くが、今の世界じゃ魔法は封印されてるようなもんだ」

「……クラスシステムによって、ですか」

「そういやさっきこのアホ匂わせてたな。しばらく忘れてろ」

 

 クラスシステムは人類の魂を覆うコーティング。魔法の使えない弱き者を守り助け、世界を壊しかねない強き者を縛るためのもの、らしい。前教わったことを反芻する。

 

「イリアスくんや魔女様のお力から、魔法はスキルよりも大きな力を秘めているように思えます。にもかかわらず、どうして魔法は封印されたのでしょうか?」

「色々あるが、一番簡単なのはあれだ。イリアス、お前ならこの大陸どれくらいで滅ぼせる?」

「お、オウルさん?」

 

 唐突に物騒な質問が飛んできた。アリスも意図が分からないのか、目をぱちぱちとしている。

 

 でもこのタイミングでオウルが言うんだし、絶対何か意味があるんだろう。そう考えて、頭の中で何回か世界を滅ぼしてみる。

 

「……五秒くらい?」

 

 『紅い空』で大地を炎に変換する。空気抵抗の調節を止めて動き回る。殴って割る。なんか出す。ざっと考えだだけでも方法はたくさんある。どれを選んでも大体かかる時間は同じで、変わるのは残骸の姿くらい。

 

 倍になったアリスの瞬きがやがて落ち着きを取り戻す。代わりに動いた口は、オウルの考えをしっかりと汲んでいた。

 

「魔法を使えば誰にでも同じ結果を、破壊をもたらすことが出来てしまうから、でしょうか?」

「イリアスほどのはそういねぇが、村とか町くらいなら楽勝だろうな」

「……人一人が持つには過ぎた力ですね。封印されてしかるべきものです」

「お前の言う通りこんなもん誰彼構わず振り回してりゃ、その内草一つ生えなくなっちまう。というか実際、昔そうなりかけた。さらに付け加えんなら、魔法使いってのは頭おかしいのが多い」

 

 あのアホ娘みたいにな、なんてオウルは先生を罵倒する。むむっとするけれど、オウルの悪口は挨拶みたいなもの。それにアリスへの説明の途中だから、ここは一旦飲み込んだ。

 

「たかだか感情で動かせんのなんて普通自分の体、頭の中くらいだ。そいつで世界を歪めるなんて、捻じ曲げるほどのものを抱えるなんざ、どう考えても異常だろ」

 

 僕はそうは思わない。想いが体を動かして世界を変えるのと、直接世界に干渉することの違いが分からない。同じ想いがあればもたらす結果は変わらない。変えられなかったとしたら、それは想いが足りないからだと思う。

 

 そんなことを告げると、どこか暗い瞳でオウルは呟いた。その声は乾いていた。

 

「死にたくねぇって叫んで死んだ奴に、お前は同じこと言えるか?」

「……ごめんなさい」

「別に責めちゃいねぇよ。ただ、これだけは覚えとけ。確かに迷いのない強い想いは魔法になる。だが逆に、魔法にならない気持ちが弱い小さいって訳じゃねぇ。魂やら何やら、想いに限らねぇ事情がそれぞれにある。要は勝手に人の心を、気持ちの大きさを決めるなって話だ」

 

 途中から、最初の問いかけ以外はいつものオウルと同じ声、大きくて乱暴だけど温かい声色だった。頷く僕の頭に乗る手も同じ。雑で荒っぽい、優しい手つき。

 

 それに安心した僕は、翻って別の疑問を口にした。

 

「というか、じゃあオウルも頭おかしいの?」

「やっぱちょっと謝れ」

 

 ぐわんぐわんと頭を振り回されるのも同じだった。

 

「つーわけで普通な俺が、異常者以外にも魔法が使えたのは術式のおかげだ」

「術式ですか。それは、どのようなものでしょうか?」

「魔法陣とかにも使う数式だな。たしか、世界の把握に個人の感性ではなく数式を用いることで認識を共有し、只人にも各種魔法の開発や再現、取得を可能とするものだとかなんとか。よく分からんが理屈はそういうことらしい」

「感性、数式」

「話を戻すと、他にも色々あって魔法は封印された訳だが、あれ抜きで生きていけるほどこの世界は甘くねぇし人も強くねぇ。そこで折衷案として生まれたのが今で言うスキルだな。こいつは俺達が使っていた魔法のデチューン、ダウングレード版、つっても伝わんねねぇだろうけどまあいいか、そんでスキルはさっき言った術式をガチガチに固定することで威力と術者による改変を制限、ついでに世界法則の一部に組み込むことで魔法が生み出す『歪み』の発生や世界への負担を抑制して相棒が封印した『神』の目覚めを」

「す、すきる、せかいほーそく、ゆがみかみ」

 

 なんだか興が乗ってきたのか、オウルの口がペラペラと勢いを増して回り始めていく。聞いているアリスの目がぐるぐる回り始めて、どんどん顔色が悪くなっていく。ついでに頭を撫でまわされ、回る僕の回転速度も増していく。

 

 自分で今日は教えないって言ってたこと話してるし、普段は気づいて止めるアリスの様子もおかしいし。このまま放っておくと大変なことになりそう。

 

大事故を防ぐために頭上の手を外し、気分よさそうに語り続けるオウルへ呼びかける。

 

「オウル」

「だから世界の魂たる『神』はって、あぁ悪い、少し話過ぎたな。今日はこの辺にしておくか」

「で、ですが」

「駄目、アリス顔色悪いよ」

 

 青白かったり赤くなったり、今日のアリスの顔色は忙しい。僕は人間の体について詳しくないけれど、この反復は体に良くなさそうだ。

 

 僕のそんな予想はオウルの同調で証明された。

 

「さっきあのバカに粘着されたばっかだ、イリアスの言う通りあんま無理すんな」

「……分かりました、お言葉に甘えさせていただきます。それにこれ以上はもう、頭が追いつかないかもしれません」

「そうそう、休んで休んで。お茶おかわり持ってくるね」

 

 体調が悪い時は温かいものを。これはこの間近所のお医者さん、ウィザさんに教えてもらったことだ。人間とりあえず温めときゃなんとかなるよ、なんて雑なことも言っていた。

 

 もらった教えを参考に、温かいお茶を用意して居間に戻る。三人分、最後にオウルのお茶を淹れなおしたところで、僕は自分の疑問を思い出した。

 

「あっそうだオウル、僕も聞きたいことあったんだけど」

「おん? なんだ、ついでだし言ってみろ」

「なんでアリス生きてるの?」

 

 空気が凍った。

 

「……そいつはあれか、さっき思い切り正面衝突したのに、アリスが無事だった理由か?」

「うん。というかなんで二人ともそんなびっくりしてるの?」

「聞き方が悪い」

 

 額をぺしりと叩かれる。今日はいつもより多いよ。そんな不満を込めた瞳は、ぐりぐりとおでこを押さえつけられて封じ込まれた。

 

 固まっていたアリスも、僕達が戦っている間に動き出していた。柔らかい苦笑いで僕達の争いを眺めた後、改めて僕の質問に自分のものを重ねる。

 

「その点は、私も不思議に思っていました。ベッドが壊れるほどの勢いでしたのに怪我一つ、痛み一つ感じることもなくて。こちらも魔法だったのでしょうか?」

「……あー」

「オウルも分かんない?」

 

 『絶対死なせない魔法』は間に合わなかったし、しかもあれには激痛が伴う。仮に無意識のまま発動出来ていたとしても、その場合アリスは今も床で痙攣していなければおかしい。

 

 さっきからクッキー食べながら考えていたけれど、今のところ思い浮かんだのは、実はアリスが凄く丈夫だった説だけだ。野良猫より弱いアリスがそんな丈夫な訳ないから、この説は一瞬でボツになった。

 

 知っているような知ってなさそうな、なんだかもごもごしていたオウルが答えを語り始めたのは、それからアリスがクッキーを五枚食べてからだった。

 

「あのバカの狙いは多分、お前達をぶつけて事故らせることだった」

「……つまり魔女様は私を、イリアスくんに殺させるつもりだったのでしょうか」

「半分正解で、半分間違ってるな。あいつなら即死した瞬間なら、木端微塵程度だったらさっきのベッドと壁よろしく元に戻せる。そのための準備はしてたみてぇだし、お前を死なせるつもりは絶対になかった」

「じゃあ先生、何がしたかったの?」

「お前ら二人に恐怖でも味わわせて、アリスをこの家から追い出したかったんじゃねぇかな」

 

 恐怖。アリスはともかく、僕が。ぴんと来ない。

 

「粉々バラバラなんて目に遭えば、普通その原因からは離れようとするだろ」

「えっでも、その時はこの間みたいに追いかけて」

「泣きながら逃げられてもか?」

「……無理、かも」

「あいつならそれくらい織り込み済みだろうな」

「そんな。私はともかく、イリアスくんを傷つけてまで、どうして」

 

 傷つけられるというか、お仕置きは昔から何回も受けている。次元追放ぐらいならよくあることだし、あの程度気にもならない。

 

 だから僕は逆に、どうしてアリスをそこまでして追い出したいのか分からない。理由も目的も、何もかも。先生の考えが理解出来ないのはいつものことだけれども、受け入れたくないのは初めてかもしれない。

 

 とにかくどんな理由にしても、今度の連絡の時にちゃんと怒って文句言って、先生にはアリスに謝ってもらわないと。

 

 そんな決意をしながらも黙って考え込む僕とは違い、オウルはとっくにその答えを知っているようだった。

 

「……子供の頃のあのバカに、アリスは似てんだよ」

「私が魔女様にですか?」

「ああ。お前に底意地と育ちの悪さを足して、精神の捻じれ具合と攻撃性と陰湿さを百倍にして、逆に良心を三分の一、寛容さを十分の一、明るさを百分の一にすればそっくりだ」

「それ似てるって言うの?」

 

 だいぶ他人だ。

 

 そもそも僕からすると先生とアリスは全然似ていない。むしろ正反対というか、先生は夜っぽくて、アリスは昼っぽい感じがする。あっでも、月っぽいのはちょっと同じかも。

 

「あいつも昔お前と同じように、危ないところを危ない奴に助けられたらしい。そんで今のお前みたいにそいつを慕ってたんだが、まあ色々とあってな、そいつはとある事情で人柱、みたいなもんになっちまった」

「あいつとかそいつとか多くて分かりにくいよ」

「我慢しろ。そんであいつはずっとその責任が自分にあると、恩人を不幸にしたのは自分のせいだと思い込んでいる」

「……だから魔女様と似ている私が、イリアスくんを不幸にしてしまうと考えていらっしゃる」

「そういうことだな。ガキ巻き込んでまで自己嫌悪しやがって。これだからメンヘラは面倒くせぇ」

「め、めん?」

 

 メンヘラ。心を病んでいる人のことを指す大昔の悪口、だったような。オウルと先生はもの凄いお年寄りらしいから、時々アリスにも通じないような古い言葉が出る。

 

 悪口に限らず、僕も二人の影響でなんとなく昔の言葉を口にしてしまうことがある。でも駄目だよね、ただでさえ上手く話せないんだから、ちゃんと今の人にも通じるものを使わないと。

 

 先生を病人呼ばわりとか、アリスに今のを説明しないととか、過ぎる考えはいくつかある。だけど僕が実際口に出したのは、まだ解決していない疑問のことだった。

 

「あれ? 先生がやった理由は分かったけど、結局どうして無事なのか聞いてないよ」

「……言わなきゃ駄目か?」

「すっごく気になるから教えて」

「私もです。よろしければお願いします」

 

 僕だけじゃなくアリスまで身を乗り出していた。反射的に横を見ると、きらきらの好奇心が目に入った。そうそうこれこれ。これこそアリスって感じがする。

 

 そのまま二人一緒にオウルへ向けて、気になるって気持ちをしばらく間のぶつける。果てしなく微妙で渋い顔のオウルは中々手ごわい。それでも僕達は諦めなかった。

 

 根負けしたのはオウルの方だった。まだまだ熱いお茶を一気飲みし、勢い任せに口を開く。

 

「さっきも言ったし、お前はとっくに知ってるだろ。魔法の源泉は欲望だって」

「うん。でも魔法間に合わなかったよ」

「それは術式がどうこう面倒なのだろ。お前があの時発動させたのはもっと、原始的で強引な奴だ。知ってんだろ、原初の魔法」

 

 先生風に、絵に例えて言うのなら、絵の上に直接絵の具をぶちまけるような魔法。世界への負担も魔力の消費も大きいのに、効果は単純で滅茶苦茶雑なもの。それが原初の魔法だ。

 

 それを僕が、なんで、どうやって。重なる疑問に、オウルは何故かむず痒そうに小さく答えた。

 

「……あの時お前は嫌だって、アリスを傷つけたくないって気持ちだけで、無理矢理世界の法則をひん曲げたんだよ」

 

 ずっと青白かったアリスの顔色が数秒後元に、元を超えて真っ赤に爆発した。




次回「同行訓練 上」です。
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