【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第九話「同行訓練 上」

 新人探索者の迷宮同行訓練当日、集合場所の迷宮協会内待合所は閑散としていた。原因は毎度のごとく『竜骸』の存在である。彼が待合所に足を踏み入れた瞬間その場にいた探索者達は足早に立ち去り、その後訪れた者達も三歩目で身を翻した。

 

 そのためこの場にいる者はわずか五名。『竜骸』にソドラン、ユズリハとボロ布を纏い身の丈ほどの斧を背負う新人探索者の男。そして白銀のローブの小柄な子供、今日も顔を隠しているアリスだけだ。

 

 何とも言えない沈黙に、抱えきれない疑問に耐えかねたソドランは、『竜骸』に寄り添うよう立つアリスへ目を向ける。

 

「あー『竜骸』の旦那、そちらの方は?」

「助手だ」

「はあ、助手」

 

 生返事は葛藤の証だ。何しろ『竜骸』が助手と呼ぶ少女にソドランは覚えがある。

 

 先日の決闘にて彼は聖王国の主張、『聖女』の証明問題に茶々を入れた。その際は恩や聖王騎士団への反感もあり『竜骸』の味方に立ったが、実際は聖王国の方が正しいだろうと踏んでいた。

 

 これまで数多の癒しの力を目にしている彼は、今更『癒し手』の力と『聖女』の奇跡を見誤りなどしない。そしてあの日、彼は少女が石化を治す現場にいた。だからこそ彼は眼前の、今も『竜骸』が連れ歩いている少女が元『聖女』だと、内心決闘の時より確信していた。

 

 そこまで信心深くは無いが、一応彼も聖教の信徒である。元『聖女』を迷宮へと連れ込む『竜骸』の行動に疑問が湧くのも当然だった。

 

「なんでまた、助手様を迷宮に?」

「今回の教導では一般的価値観が求められると資料に書かれていた。そのための物差しだ」

「一般的」

 

 推定元『聖女』を持ち出して一般的。なおも積み重なる謎や思考を前にして彼は決めた。考えるのやめよう。

 

「……そっかぁなるほどなぁ! だってさ嬢ちゃん、今日は安心出来たか?」

「出来る訳ないだろアホ!!」

「また口悪」

 

 思考停止している今のソドランに前回のようなダメージはない。吠えるユズリハをからからと笑う空虚な余裕すらある。彼のあまりにも空っぽの笑い声に、彼女は文字通り一歩足を引いた。

 

 靴が地面を擦る音が待合所に大きく響く。その反響を受け、ソドランは改めて辺りを見回した。

 

「にしてもまあ、予想通り閑古鳥が鳴いてらぁ」

「……まさかこれが、今回の参加者か?」

「ああ、嬢ちゃんとそこのぐるぐる巻きの二人だけだ。ぶっちゃけ中止になるかと思ってたんだがなぁ」

 

 『竜骸』という悪名に加え、前回の講習会を思えば納得の光景である。にもかかわらず再度の指名依頼を出した、開催を決定した迷宮協会長の正気をソドランは思い切り疑っていた。

 

 彼の視線に釣られてかユズリハも周囲を、集まった面々を確認する。禍々しい黒い鎧の大男、『竜骸』。その横には白銀のローブで顔を隠す子供。最後にみすぼらしい布で全身を包む同期。

 

 彼らを数往復したユズリハは声を抑えられなかった。上がったのは魂の叫びだった。

 

「なんだこの集団! 私とお前以外、誰も顔も見えないじゃないか!!」

「ははっ」

「笑うなぁ!」

「あっちなみに、俺はこの後別件で仕事あるから。迷宮は四人で潜ってくれ」

「はあ!?」

「じゃあな、頑張れよ!」

 

 ソドランは爽やかに別れを告げユズリハから、意味不明な集団から逃げるよう駆け足でその場を立ち去った。全速力である。思わず手を伸ばしたユズリハは、屋内にもかかわらず強い風を感じた。

 

 初夏も近づいたとは思えないほど冷たい風が通り抜ける。ひゅんひゅんと鳴くその空気をかき分け、備え付きの時計が高らかに鐘を鳴らし始めた。いよいよ訓練の開始時刻である。

 

 待合所が静寂を取り戻すやいなや、『竜骸』は出口へ向けて足を動かす。

 

「時間だ。向かうぞ」

「お待ちください、ダアト様」

 

 その背を、アリスは呼び止めた。緊張がユズリハに、密かにボロ布の男にも走る。

 

「お二人のクラスによって迷宮の歩み方は異なります。教導を始める前に、まずは自己紹介をしていただいた方がよろしいのではないでしょうか」

 

 沈黙は一瞬、肯定も一言。

 

「道理だ」

 

 初めて聞いた『竜骸』の真っ当な返事に、ユズリハはちょっと感動した。

 

 ただしその感慨の寿命は短かった。『竜骸』が姿勢を戻し何かを、自己紹介を求めて彼女達の前に立ち塞がったからだ。けれども前回の訓練のこともあり、彼女が咄嗟に出せるのは言葉ではなく冷汗のみだった。

 

 その惨状を見かねた、元々予想していたアリスは音もなく『竜骸』と新人探索者達の間に入り込む。そのまま優雅な仕草で彼女達に一礼した。

 

「それでは皆様、私のことはどうか助手とお呼びください」

「助手?」

「故あって名乗れるぬ非礼をお詫び申し上げます。クラスは『癒し手』ですので、お怪我の際はいつでもお声がけを」

「あ、ああ」

 

 丁寧な、それでいて有無を言わせない姿勢。頭のどこかを刺激されるユズリハだったが、理由を探る暇を彼女は持っていない。

 

 加えてさりげないアリスの催促が、彼女から疑問を流していった。

 

「私は戦士ユーフォとルビアの子、名をユズリハという。見ての通りエルフであり、クラスは『精霊剣士』だ」

「『精霊剣士』、『戦士』と同等の近接能力を持ちながら、術を扱うことも出来ると聞きました」

「助手さんの言う通り『戦士』と『魔導士』の合体版、いいとこ取りだと思っていいぞ」

 

 良く言えばユズリハの言う通りであり、悪く言えばどっちつかずだ。

 

 『戦士』と『魔導士』はそれぞれ接近戦と遠距離戦を想定し設計されたクラスであり、組み込まれたスキルもそれに伴う。そしてスキルは誰が使おうと同じ現象が発生するが、振るい方は当人の意思による。つまり『精霊剣士』は、使用者の才覚が如実に表れるクラスだと言える。

 

 それを指摘するほどアリスは意地悪く、また戦闘に知見があるわけでもない。よって彼女は自慢げなユズリハをさらりと受け流し、ボロ布の男へ水を向けた。

 

「そちらの方もお名前をいただいてもよろしいでしょうか?」

「……ソマリ。『戦士』だ。斧を使う」

「ありがとうございます、ソマリ様」

 

 巨大な斧を握った男の素っ気ない自己紹介。威圧感さえ覚えるそれに恭しく頭を下げられ、ソマリは居心地悪そうに身をよじる。アリスはそれをじっと、ローブの奥底から観察していた。

 

「終わったか」

「はい、お待たせしました」

「行くぞ」

 

 頷くアリスが横に並ぶのを待ってから、『竜骸』は『門』に向けて歩み出した。

 

 

 夢幻迷宮唯一の出入口である『門』の先、迷宮の開始地点がどこへ現れるかは再編の度に異なる。

 

 空中や溶岩の上、海底といった確実に死に至る場所が選ばれることは無いが、時々火口付近や小さな孤島など、探索者達の出鼻を挫く立地に出現することはある。

 

 このような場合、それから数か月の間大陸各地の物価が上昇するのが常であった。幸いなことに今回一層『森』の出現先は森の浅瀬、果樹が入り混じる林だ。そのため現在デルファでは果物等が安くなり始めている。

 

 そんな大陸『ノア』の経済事情はさておき、『竜骸』は全員が『門』を通過して早々、鉄のような声を放つ。その片手には似つかわしくない、手作り感満載の冊子のようなものが握られていた。

 

「一層『森』はここ『森林』に加え、『湿地』『草原』の三つに区分されている」

「……ここが迷宮の森か」

「見ての通り『湿地』と並び、足場視界共に悪い。故に『草原』へ向かう」

「待ってくれ、ここじゃ駄目なのか? エルフとして、この森に興味があるんだが」

「駄目だ。死ぬ」

 

 にべもない返事にユズリハの眉間に皺が寄る。

 

「私はエルフ、森の守護者だぞ。例え迷宮のものだろうと森ならば」

「その油断が死を招く」

 

 更にユズリハの眉が斜めに上がった。口は完全に曲がっている。『竜骸』相手にここまで露骨に不満を、全身から不平不服という雰囲気を醸し出せたのは、彼女が初めてだった。

 

 ただそれを受けたとして、表面上『竜骸』の態度に変化はない。それどころか目線は開いた冊子の上、ユズリハを見もしていない。まるで手ごたえの無い態度に、ますます彼女は前のめりになる。

 

 そんな場の緊張感は、宥めるような呼びかけで最高潮に至る。

 

「ダアト様」

 

 息を呑む音が一つ、そして透明な溜息が一つ。誰の耳にも届かない音の後、『竜骸』が冊子を閉じた。

 

「……探索者の職務は、多岐にわたる」

 

 脈絡の無い言葉に困惑が生じ、ほんの僅かだが空気が緩む。それを気に留めず、留める暇もなく『竜骸』は続ける。

 

「地図の作成や生産物の採取、魔物の討伐。必要な能力は異なるが、共通するものもある」

「戦闘力か?」

「生存だ」

 

 下がっていた目線が上がる。ユズリハと『竜骸』の視線がぶつかる。

 

「人には、行きて帰りし義務がある」

 

 纏う鎧で『竜骸』の表情は見えない。加えて元よりまるで抑揚の無い口調は、『竜骸』の感情を完全に秘匿させている。

 

 心を感じさせない言葉など文字の羅列に過ぎない。理屈ではなく感情でものを言うユズリハにとって、この無機質な説得は逆効果の筈だった。

 

 ひっそりと慌てたアリスがさりげなく間に入ったのも、彼女のそういった性質を読み取ってのことである。

 

「迷宮外で名を鳴らした『狩人』の方でも『森林』は危険だと聞いております。ユズリハ様、今日のところはどうかご勘案ください」

「いや大丈夫だ。もう、納得した」

 

 しかしユズリハは自分でも不思議なことに、『竜骸』の言葉をすんなりと受け入れていた。上がり切っていた眉や口は平時の落ち着きを取り戻し、代わりに上体が勢いよく下がっていく。

 

「三人ともすまない、我儘を言ってしまった」

 

 足を揃え直角に腰を曲げる姿勢は、言葉以上にユズリハの謝意を伝えている。この誠意溢れる謝罪を前にしても、『竜骸』はしばらくの間反応を見せなかった。

 

 木の囁きだけが聞こえること数秒、返答代わりに『竜骸』は再び手に持った冊子を開く。

 

「……今回の訓練は二週間かけて行い、最終日には試験を課す。初回は適正把握のため、基本的な活動を一通り行う」

 

 先の流れを全てなかったかのようにする言動。これを寛容さと見るか、無関心と見るか、それとも反応に困った故の放置だと見抜くかは、『竜骸』への理解度によるだろう。

 

 当然その意思を完璧に汲んだアリスは、当初の予定通り鞄から紙と筆を取り出し、新人二人に手渡した。

 

「これは?」

「迷宮協会が指定する地図の原紙です。丈夫ですぐに乾く特注品と伺いました」

「おお、本当だ。中々面白いな」

 

 試しに筆を走らせてみたユズリハが原紙を摩り、指先を眺めて感嘆する。僅か数秒で黒々とした墨は完全に固まり、彼女の指を一切汚していない。

 

 それがよほど面白かったのか、ほうほうと何度も紙面を指でなぞる。その姿は新しい玩具を与えられた幼児を彷彿とさせた。

 

「まずは『草原』へ向かいながら、その道のりを作成する」

 

 

 そしてその後は何事もなく『草原』まで辿り着き、中間講評の時間となった。

 

「……独創的ですね」

「地図は読めなければ意味が無い」

「う、うるさい! 私には分かるからいいんだ!」

「あっわ、悪い意味では、ありませんから」

 

 線はよれ、文字は汚く、絵は異次元。

 

 有体に言えば下手だった。アリスの苦しいフォローも空しく、ユズリハは自身の落書きを抱きしめるかのように抱え込む。

 

 一人であればここで固まってしまう、傍目には黙って威圧する『竜骸』だが、今日は頼りになる助手がいる。すぐさまアリスの誘導に従い次の採点へ、ソマリの地図を二人並んで解読し始めた。

 

「読める」

「はい。読みやすく分かりやすく、とてもお上手です」

「……見たままを書いただけだ。誰にでも出来る」

「むっ」

 

 絶賛の声にユズリハの耳が動く。自然と足も動いていた。そしてアリスの横から顔を覗かせた彼女は、あからさまに顔をしかめた。一瞬にして彼岸の差を思い知ったからだ。

 

 まず線が違う。ミミズの惨殺死体染みた曲線が並ぶユズリハとは異なり、何を書くにも迷いが無い。どこも一本筆で書かれた地図は視認性が段違いだった。

 

 次に絵は、比べることも酷なほどだ。果樹の目印としてか、ソマリは地図に小さくそれぞれの果実を書き込んでいる。簡潔に、それでいて分かりやすく形と特徴が描かれたそれは、ユズリハの歪な丸集団とは雲泥の差があった。

 

 なお、文字にはそれほど差は無かったが、何の慰めにもならなかった。

 

「むむむ、本当に出来がいい。くっ早速一敗か」

 

 突然現れた敗北宣言がユズリハ以外に、内心『竜骸』にすら疑問を寄越す。こうして生まれた注目にユズリハは地図から顔を上げ、不思議そうに三人へ視線を返す。

 

 やがて説明を求められていることに気づいたのか、彼女は勢いよくソマリを指さし、唐突な宣戦布告を投げつけた。

 

「どちらの素養が優れているか、新人探索者三番勝負だ!」

「そんなもの、受けた覚えは無い」

「申し込んだ覚えも無いぞ。私が勝手に言ってるだけだからな!」

「意味が分からない」

「だってこういう訓練なんて、勝負でもしないと張り合いが無いだろ」

 

 子供染みたことを恥ずかしげもなく、恥ずかしいこととも思わずにユズリハは言い放つ。あまりにも堂々としていたからか、真正面からぶつけられたソマリは一瞬だけ納得してしまった。

 

 後ろで聞いていた『竜骸』、イリアスとアリスも密かに目を交わし合う。

 

 そういうものなの。そういうものではないと思います。

 

 理由は違えど幼少期から苛烈な教育を真面目に受け止めていた二人からすれば、ユズリハの発言はまったく考えも及ばないことであった。

 

 理解出来ないものを理解出来ぬまま受け入れられることは、イリアスの長所の一つだ。今日もそれを発揮した彼はこっそり深呼吸を重ね、『竜骸』としての口調を改めて意識する。

 

「次は採取を行う。途中、地図にも書き込みを増やせ」

「今回ユズリハ様とソマリ様にお集めいただくのは、こちらの薬草です」

 

 そう言ってアリスが取り出したのは青々とした瑞々しい野草だ。

 

「アブサヨモギか。迷宮内にも生えているんだな」

 

 ユズリハが思わず漏らした通り、アブサヨモギは大陸中どの地域でも見られるほど植生地が広い。各地の草原や森は当然として、呪物生い茂る『魂喰み森林』や開発の進む魔帝国においてもこの薬草は群生している。

 

 また増血や消毒作用、鎮静効果など多種多様な用途を持っており、身近な薬草として古くから人々に愛されている。

 

 前述の通りどこでも採取が、家庭で栽培することすら出来るためか、買取価格は非常に安い。ただし同時に需要も絶えないため、常に買取先は存在する。加えて迷宮内で最も安全な『草原』にも、無限とも思えるほどに自生している。

 

 このような理由から、駆け出しの探索者はまずアブサヨモギの採取から始めるべし、と多くの教本には記載されている。

 

「これなら里の周りでもよく採っていた。今度は私が勝つぞ!」

「だから俺は勝負など」

 

 ソマリの反論は今回も届かず、ユズリハは一目散に駆けて行った。その後ろ姿に溜息を重ねた彼は、のっそりと『竜骸』に確認を取る。

 

「……どれくらい採取するんだ?」

「時間は一時間、量は決めていない。終わり次第合図を打ち上げる」

「合図に気づかなかった場合は?」

「回収しに行く。生かし帰すため、常に居場所は把握している」

 

 こうしてソマリも採集に向かってから一時間後、ユズリハは両膝をついて打ちひしがれていた。

 

「そ、そんな馬鹿な」

 

 彼女の嘆きの先には二つの袋が横たわっている。見るからに大きいものがソマリの、ふた回り小さいものがユズリハの袋だ。彼女が言い出した勝負の結果は、またしても彼女に落胆を与えていた。

 

 そんな彼女を視界に入れないよう、ソマリは袋の中身を確認していた『竜骸』に近づく。『竜骸』は中身をざっと眺め、数本手掴みして観察した後元に戻した。

 

「確認、それだけでいいのか?」

「精査は時間がかかる。精算の説明も兼ね、帰還後に行う」

 

 男二人が放置を決め込んでいるからか、ユズリハの体はどんどん沈み込んでいく。しばらくの間様子見していた、見守っていたアリスも、鼻先が土に触れそうなったところでようやく決意を固めた。

 

 なるべく刺激を与えないよう静かに歩み寄り、周辺に何かしらの突破口を探し始める。幸いなことに、アリスは一目でその取っ掛かりを見つけた。

 

 ユズリハの腰にぶら下がる、採集前までは何も空だった小袋が膨らんでいる。更にその口からは、色とりどりの花々が顔を覗かせていた。

 

「ユズリハ様、そちらはアブサヨモギでは無いようですが」

「あっああ、こっちは手土産の香草だ。エリーとアーサー、世話になってるお店に持って帰るんだ」

「お土産ですか、それは素敵ですね」

「知ってるもの知らないもの、色々採取したぞ。ふふふ、これで何作ってくれるだろうか。客は驚くほど来ないが、アーサーは料理が美味いんだ」

 

 先ほどまでの落ち込みはどこへ行ったのか、ユズリハは自慢げに笑みを零す。その微笑みは緊張と警戒に満ちたアリスすら釣られてしまうほど、無防備で誇らしげなものだった。

 

 ソマリはぼろぼろの布の下からそんな微笑ましい光景へ、香草の詰まった袋へ静かな視線を送る。

 

「あれを含めても勝敗は変わらない」

「俺は勝負なんて受けてない。あんたまでその話するのか」

 

 ボロ布では隠し切れないほどの呆れがその声には滲んでいた。まさかあの『竜骸』がユズリハの戯言を真に受ける可能性など、ソマリは欠片も考えていなかったからだ。

 

 彼は思わずボロ布に手を突っ込み、下がる額を支えてしまう。これまで懸命に装っていた無機質さが薄れ、所作の随所に生々しい心の動きが見え隠れする。

 

 何よりもそれが滲んだのは、彼がふっと息を漏らしてから零した、懐かしむような、どこか吐き捨てるような口ぶりだった。

 

「香草の類はずっと、ブラウンウィードが独占していた。あれがいた頃じゃあんな呑気に採取なんて出来なかった」

「詳しいな」

「常識も常識、この街であのお山の大将のことを知らない方がおかしいくらいだ」

「……」

「だがあんたは知らなかったらしいな。でもきっと、そんなあんただからこそ」

 

 言葉はそれ以上続かなかった。そして『竜骸』がソマリの含みに気づく、続きを催促する筈もなく、両者の間に沈黙が流れる。

 

 一方反対に、狙いはどうあれアリスとユズリハの会話は弾んでいた。楽し気に自分や友人、家族のことを語るユズリハに対し、アリスは的確な相槌を差し込んでいく。

 

 そうして兄の自慢をする最中、ユズリハは思い出したように疑問を口にした。

 

「そういえば基本的な活動って、あとは何をするんだ?」

「戦闘訓練の予定です。ダアト様が対象の魔物を発見しましたら移動を始めます」

「任せろ、腕には自信がある! うん、ある。ある、はず……」

「ユズリハ様?」

「……無くても今日、取り戻してみせる!」

 

 あの日失ったものを取り戻すための戦いが、今始まろうとしていた。




次回「同行訓練 下」です。
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