【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十一話「エルフの事情」

 あれから何日か同行訓練をこなして、ようやく訪れたお休みの日。今日は出来るだけのんびりしよう、なんて僕の予定は、お使いの帰りにばったり出会ったユズリハさんからのお誘いで消滅した。

 

 正直気乗りはしないけれど、お話するって約束は交わしてしまった。それに、あそこまで期待でキラキラしている瞳を裏切るのはちょっと申し訳ない。

 

 そういう訳で僕達は今日もエリーさんの家、喫茶店『白紙の地図』へ向かっていた。ユズリハさんはエルフ。呪いを疑うほどお客さんが来ないあのお店以外だと、中々落ち着いてお喋りが出来ないそうだ。

 

 そろそろお店に着くかな、というところで、アリスがユズリハさんに何回目かの確認をする。

 

「本当にこちら、いただいてもよろしいのでしょうか?」

 

 アリスが気にしているのは手首に巻かれた青空のようなスカーフ、道中ユズリハさんから贈られたものだ。道端の露店で売られていたこのスカーフは、アリスを思わず立ち止まらせるほどに美しいつくりをしていた。

 

 それに目ざとく気づいたユズリハさんはアリスが何か言う前にそのスカーフを買い、そのままアリスの手にささっと巻き付けた。ちなみに僕はつけてないけれど、その時赤色のものを貰った。

 

 とにかく遠慮する間もない早業だったから、アリスは遅れを取り戻すように何度も問いかけている。そしてその度に、ユズリハさんは屈託なく笑いながら返していた。

 

「いい、というよりむしろ貰ってくれ。小さい、は失礼か。年下の子に何かあげるの、昔から憧れだったんだ」

 

 何度見ても嘘も誤魔化しも無い、心からの笑顔だ。だからアリスもつられて微笑み、緩やかにお礼を告げる。

 

「ありがとうございます。それでは、大切にさせていただきます」

「うん。そうしてくれると嬉しい」

「……あっで、でも、ユズリハさん、確かエルフはお金無いって」

 

 宿代にも困るくらい人間のお金が無いって言ってたような。でもそれはアリスの推測だと、エリーさんの家に上がり込むための口実だったような。

 

 咄嗟に思い出したことだったから、思い切り失礼なことを言ってしまった。だけどユズリハさんは怒りもせず、むしろ胸を張ってますます笑みを深める。

 

「安心してくれ、二人に贈り物出来るくらいには余裕がある。汗水流してちゃんと稼いだからな」

 

 取り出した小さな袋を自慢げに揺らす。目に見えるほど膨らんでいて、結構な金額が入っていることが分かった。

 

「ほら、前に少し話しただろ、迷宮協会の講習会に参加したこと。実はあの後、今度は同行訓練っていうのにも申し込んで、最近は実際迷宮に潜ってるんだ。これはその成果だから」

「エリーさんからもお伺いしていました。ですが、迷宮はとても危険と聞いています」

「心配してくれてありがとう。でも大丈夫、教官はまたあの『竜骸』さんだからな。身の安全だけは保障されてる」

 

 身の安全だけは保障されてる。何故かもう一度、ユズリハさんは噛み締めるように繰り返した。ちょっと引っかかるけれど、アリスも苦笑いで受け止めている。ぼろを出しちゃうかもしれないし触れないことにした。

 

 僕が言葉を飲み込んでいる間に、アリスは一歩踏み込んだ質問を投げかけていた。

 

「ところでユズリハさんは、どうして講習を受けてまで迷宮に潜るのでしょうか?」

「……ここだけの話だぞ?」

 

 ちょいちょいと手招きをされる。真剣な顔のアリスを伴って傍に寄ると、ユズリハさんは注意深く辺りを窺ってからしゃがみ込む。それから手を口に添え、僕達の耳元で囁いた。

 

「人間の街は、思った以上に誘惑が多かったんだ」

 

 その意味することを考えて、まさかとは思いつつ聞き返す。

 

「……つ、つまり、遊ぶお金が欲しくて?」

「そうとも言う」

 

 そうとしか言わないと思う。

 

 アリスの考えだとユズリハさんは迷宮へ、『竜骸』の近くに行くようお兄さんと迷宮協会長に誘導された。

 

 だからユズリハさんの動機が何でも関係ないはずなのだけれど、流石にこれはちょっと。気のせいじゃなければ、アリスも呆れの色を隠し切れていていない。ユズリハさんも気づいたみたいで、気まずげに目を逸らした。

 

 何とも言えない空気が流れる。それに責任を感じたのか、アリスが早速話題を入れ替えた。

 

「お、お店の前に、どなたかいらっしゃいますね。お客様でしょうか?」

「……見覚えがある。確かあの人たちは兄さんの護衛だ」

 

 兄さん、つまりエルフの里長。そしてアリスが考える、ユズリハさんを『竜骸』の下へ送り込んだ人の一人。横を見れば、アリスが一瞬だけ目を細く光らせていた。

 

 護衛の人達へ挨拶を交わし店内へ入るユズリハさんに、僕達も会釈をしながら続く。幸いなことに止められることも、声を掛けられることも無かった。ユズリハさんのおかげで顔パスらしい。

 

「ならんと言っているのが、何故分からん!?」

 

 そうして一安心したのもつかの間、扉の閉まる音が途方もない大声、お爺さんの怒号にかき消される。釣られて声の方を振り向けば、その席には白髪のお爺さんと緑髪のお兄さん、二人のエルフが神妙な雰囲気の中座っていた。

 

「こちらこそ何度もお伝えしているでしょう。このままでは、我々エルフに未来などありません」

「だとしても、お前の語るそれは未来などと呼べん! 同胞達に汚泥と交われと、よりにもよって母を奪われたお前が言うのか!」

「……言葉が過ぎていますよ。彼らはこの千年で我々よりもはるかに豊かになり、大陸全土へ版図を広げました。種という観点からすれば、どう考えても我々の方が劣ります」

「ふん、数が取り柄の雑種があちこちに蔓延るのは当然だろう」

 

 まったく忌々しいことだ。言葉の終わりに重ねられた舌打ちが店内に大きく響く。

 

 あのお爺さんとてもガラが悪い。あと機嫌も悪そうだ。多分どっちかがユズリハさんのお兄さんなんだろうけど、あれだと今は近づかない方がよさそう。

 

 よく知らない人と関わらない大義名分を得た僕はほっとした。そして微妙に顔をしかめたユズリハさんの呟きに僕はぎょっとした。

 

「うわ、お祖父さまだ」

 

 挨拶しなきゃいけない理由が出来てしまった。

 

 しかもその声はお爺さん達にも届いてしまったようで二人とも、特にお爺さんはがたりと音を立てるほど勢いよく立ち上がる。これ、絶対こっちに来ちゃう。

 

 どうしよう、今の内にこっそり外に逃げようかな。でも僕達のことも見つけただろうし、それは失礼過ぎるかな。

 

 迷う僕と一直線のお爺さん、どっちの動きが早いかなんて言うまでもない。あたふたしている間に、お爺さんは僕達の前までやって来てしまった。

 

「お久しぶりです、お祖父さま。デルファ、人間の街にいらっしゃるなんてどうされたのですか?」

「どうも何も、お前達の様子を見に来たに決まっているだろう」

「わざわざ、そのためだけに里から?」

「孫が人間の群れなどという穢れの中に飛び込んだのだ。日に日に胸騒ぎが大きくなってしまうのも、分かって欲しいものよ」

 

 柔らかい口ぶりと労わるようにユズリハさんの手を握る様子は、まさに街中でたまに見る孫想いのお祖父ちゃん。ついさっき怒鳴って舌打ちをしていた人とは思えないほど、顔つきも穏やかだった。

 

 そんな風にぼけっと観察出来たのも少しの間だけ。僕達に気づいたユズリハさんのお祖父ちゃんの眼差しは、刃物よりも鋭利に研ぎ澄まされていた。

 

「時にユズリハ、それはなんだ?」

「……友人です」

「何?」

「エルフにも劣らず純粋で穢れなき、優しい子供達です。どうかお許しください」

 

 じろりと遠慮がない、代わりに敵意の籠った視線が僕とアリスに向けられる。

 

 その視線を遮ろうと前に出ようとしたアリスを引き留め、とりあえずお辞儀をする。どんな相手でもまずはしっかり挨拶しなさい、それが礼儀と品性というものですって前に先生が言ってた。

 

 そう考えて頭を下げたところでエルフの文化を思い出した。エルフは手を、そこに刻まれた歴史を重視する。だから自己紹介の時は手のひらを見せるようにしている、だっけ。

 

 目の前のお爺さんはエルフだし、そっちの挨拶もちゃんとしておこう。そう思ってお辞儀したまま右手を挙げてみる。でもこれ冷静になってみると、まとめてやったからヘンテコな体勢だ。

 

 ちらっと横のアリスを窺うと、手を前に出しかけて、ちょっと体も前傾という不自然な状態。多分、僕に釣られたせいだと思う。巻き込んじゃった。

 

 そんな僕のちぐはぐな挨拶に、ユズリハさんのお祖父ちゃんは深く息を吐く。

 

「……まあ、よい。悪い遊びも若者の特権だ。ただし、決してエルフの誇りを忘れるなよ」

「当然です。誇り高きエルフの血に、偉大なる祖霊の皆様に恥じぬよう、日々努めております」

「うむ、よい心がけだ。だが人間に囲まれては苦しくなる時もあろう。無理をせず、いつでも里へ帰ってもよいのだからな」

「ありがとうございます。ですがお祖父さま、これは私が兄に託された使命ですから」

 

 胸に手を当て宣言するユズリハさんを、お爺さんは嬉しそうに、そして心配そうに見つめていた。

 

「そうか。しかし重ねて言うが、決して無理はするなよ。しばらくは儂もここに留まる。何かあればすぐに相談しに来い」

「はい、もちろ、は、えっ? お、お祖父さま、デルファに滞在されるのですか!?」

「もちろんだ。あやつが先走った結果とはいえ、孫だけにこのような苦役を貸す訳にもいくまい」

 

 固まってしまったユズリハさんの肩を優しく叩いてから、ユズリハさんのお祖父ちゃんは喫茶店から立ち去った。

 

 扉が閉まっても、入口にいた護衛の人が慌ててついていく音がしても、ユズリハさんは凍り付いたままだ。よっぽどお祖父ちゃんがこの街にしばらくいる、という話が衝撃的だったらしい。

 

 そんなユズリハさんを現実に戻したのは、アリスの控え目な質問だった。

 

「今の方はユズリハさんのお祖父さまでしょうか?」

「あ、ああ、そうだ。前の里長で、名前はホリーという。それよりすまない二人とも、お祖父さまはなんというかその、あれなんだ」

「筋金入りの差別主義者?」

 

 気まずそうなユズリハさんの肩の上から、鋭い言葉と一緒にエルフのお兄さんが顔を覗かせる。ユズリハさんと同じ鳶色の瞳と緑髪、背が高いのも似てる。ユズリハさんより頭一つは大きい。

 

 なんだか見覚えがあるような気がする、なんて思うのも当然だ。だってこの人はユズリハさんのお兄さん。二人してなんとなく感心して見上げてしまう。

 

 そんな僕達に視線を返すお兄さんの視線は、ついさっきのお爺さん相手とは違ってとても柔らかい。そしてユズリハさんの反応もとても気安いものだった。

 

「兄さん、流石にそこまでは。というよりどうしてここに?」

「お祖父様と一緒さ。お前の様子を見に来たんだ」

 

 特に寄宿先の人と、エリーさんとアーサーさんと仲良くやれてるかが気になったらしい。凄く仲良しだと思います。嫉妬しちゃうわーって、この間迷宮協会のお姉さんが言ってました。

 

 ユズリハさんのお兄さんがそんなことを話しながら席に戻るのに釣られて、気づけば僕達も同じところに座っていた。しまった、誘導されちゃった。ちょっと話して帰るつもりだったのに、このままじゃ長期戦が始まる。

 

 アリスがなんとか言ってくれないかな、と思って右を見ても、返って来たのは決意の眼差し。今日ここでこの人の思惑を見抜くぞ、なんて気概を感じる。今すぐ帰りたいのは僕だけだった。

 

 諦めから視線を前に戻したところで、ちょうどユズリハさんのお兄さんが自己紹介を始めた。

 

「はじめまして。私は戦士ユーフォとルビアの子、名をヘーゼルという。妹がいつもお世話になってます」

 

 なるほど、エルフの人に挨拶する時は、一回お辞儀をしてから改めて手を出せばいいみたい。ちゃんと覚えて、今度会うことがあったら真似しよう。

 

 アリスが先にヘーゼルさんと握手を交わしてくれたから、僕はそんな予習復習が出来ていた。

 

「君はアリスさんだね。ユズリハからよく聞いているよ、人間のお姫様と友達になれたって」

「姫、ですか」

「大丈夫分かる分かる。この子結構なアホだから、多分変な勘違いしてるんだよね」

「おい」

 

 想像していたよりずっと気安い、あと口が悪い人だ。でも偉い人、里長って考えると違和感があるけれど、ユズリハさんのお兄さんってことを思うとなんだか納得。

 

 アリスが終わって、次は僕の番だ。出来るだけ肩の、全身の力を抜いて、僕もヘーゼルさんの握手に応える。

 

「そして貴方が」

「あっはい」

「………………貴方が、イリアス、さん」

 

 もの凄く溜められた。しかも滅茶苦茶握手長くされた。その上両手だった。手汗も凄かった。

 

 ようやく解放されてもヘーゼルさんの意味深な視線は止まらない。物理的な威力なんて無いはずなのに、顔と体中に何か突き刺さったような感覚すらある。

 

 苦笑いのアーサーさんが飲み物を持って来てくれた辺りで、とうとう見かねたユズリハさんがヘーゼルさんの腕を引いてくれた。

 

「どうしたんだ兄さん、イリアスが困ってるぞ」

「………………ごめんごめん。どうも、感動が抑えられなくて」

「か、感動?」

 

 僕を見て感動するようなことがあるのかな。思わずオウム返しをした僕に告げられた答えは、ますます頭を悩ませるものだった。

 

「まさかユズリハが、こんなに早く婿候補を見つけるなんて!」

「えっ」

 

 ヘーゼルさん以外の声が重なった。きょろきょろすると目も合った。僕も含めて三人とも目を見開いて、口もぽかんと空いたまま。誰も理解が及んでいない。

 

 婿候補、この意味は分かる。結婚する候補のこと。誰の。ユズリハさんの。誰のこと。僕。

 

 やっぱり言葉の意味は分かっても、それで何が言いたいのかが理解出来ない。アリスも、ユズリハさんもそれは同じだったみたいだ。

 

「……何言ってるんだ?」

「あのユズリハがわざわざ男の子の友達を作った。つまりこれは、婿候補を選んだということ!」

「兄さんは思春期なのか?」

 

 ヘーゼルさんの発言をばっさり切り捨てたユズリハさんは、やれやれと肩を竦める。分かっていない人への呆れが多分に含まれた素振りだ。

 

 それにしてもユズリハさん、お兄さんのこと尊敬してるって言ってたのに、なんだか対応が冷たいような。

 

 そんな降って湧いた疑問は、続くユズリハさんのお説教にあっさり塗りつぶされた。

 

「そもそも、この二人は好き合ってる恋人同士だ。そこに割り込むなんて品が無さ過ぎるぞ」

「えっ」

 

 今度声を上げたのは僕とアリスだけだった。恋人同士。僕とアリスが。全然違う。

 

 僕達の反応がよほど予想外だったのか、ユズリハさんは瞬きをしながら首を傾げる。

 

「あれ、もしかして違うのか?」

「ち、違いますけど。逆に、どうしてそう思ったんですか?」

「だって二人ともいつも一緒だし、いつ見ても手繋いでるし、しかも一緒に暮らしてるのに家族じゃないって言うし。だったらもう、恋人とかそういうものしか考えられないだろ」

 

 腕を組んで一人頷きを続けるユズリハさんは、その道の玄人のような確信に満ちていた。僕はその道の素人だから、ユズリハさんの言ったことが根拠になるのかも分からない。

 

「……そういうものなの?」

「わ、私に聞かれても」

 

 だからアリスに聞いてみたのだけれど、なんだか様子がおかしい。

 

「こ、困って、しまい、ます……」

 

 今にも消え入りそうなか細い声とは裏腹に、顔はどんどんと赤く染まっていく。恥ずかしそうに両手で頬を抑えてもその勢いは止まらなかった。

 

 指の間から覗くほっぺも、髪で見え隠れする耳もすっかり真っ赤っか。そろそろ湯気が出そう。

 

 恋人がどうとか、僕も正直ちょっと照れくさい響きがある。それでもこの反応は異常な気がする。心配になって繰り返し呼んでも、アリスはまったく正気に戻らなかった。

 

「アリス、ね、アリス大丈夫?」

「こ、ここ、こい、こいびと、なんて。そ、そんなこと、わたし、考えたことも。ど、どうしたら」

 

 ずっともじもじしてる。なんかぶつぶつ言ってる。しかもぶるぶる震えてる。だめそう。

 

 この調子だとアリスは答えるのも難しそうだし、それに多分これは僕へのお誘い、みたいなものだと思う。だったら僕から返事をするのが筋だ。

 

 一瞬答えを考えても思いつく返事は一つだけだったから、僕はそのまま口にした。

 

「え、えっと、婿とか恋とか、僕まだそういうの全然分からないので、その、ご、ごめんなさい!」

「……おい兄さん、何もしてないのに私、なんだか振られた気分なんだが」

「はははっ。いい予行練習になったね」

「ぶっ飛ばすぞ」

 

 じろりと睨まれてもヘーゼルさんは笑みを深めるだけだった。そしてその笑顔のまま、僕へ向けてゆったりと頭を下げる。

 

「冗談はともかく、変な勘違いをして申し訳ないイリアスさん。妹のことを言えないね」

「あっはい。だ、大丈夫です」

「ありがとうございます。早速一つ目的が達成出来たと思って、つい先走ってしまったみたいだ」

「も、目的、ですか?」

 

 僕が婿になることで達成出来る目標。元々聞いていた国交の回復と結びつかなくて、疑問が口にも動きにも表れる。

 

 早速それに答えてくれようとしたヘーゼルさんを、ユズリハさんは肘でつついた。

 

「兄さん」

「正式に交流が始まれば広がる話だ。ここでどう反応されるか確かめてみるのもいいだろ?」

 

 複雑な、難しい話の気配がする。そんな僕の勘は残念ながら当たっていた。

 

「簡潔に言えば、我々エルフは滅亡の危機にあります」

 

 ヘーゼルさんが言うには、およそ千年前僅か十数人まで減少したエルフの数は、今では五百人くらいまで回復したそうだ。時間から考えるとかなり緩やかだけど、そもそも魔法抜きでもエルフの寿命は大体三百年。寿命が長い分、きっと増える速度も遅いんだろう。

 

 そう思っていたのは僕だけじゃなくて、二百年くらい前のエルフも同じだったらしい。それまでゆっくりと、それでいて確実に進行していた人口の増加率が徐々に減少しても、それはあくまで一時の現象。やがてかつてのように、再びエルフは増えていくだろう、と。

 

 けれども、現実はそうならなかった。人口の増加は持ち直すどころか停滞し続け、とうとうゼロになってしまったそうだ。結果、なんとここ数十年新しいエルフは生まれていないとか。

 

「出生率の低下で子供が少なくなり、長い寿命の影響で反対に年齢層は上がってしまう。長寿種故の問題、言うなれば少子高齢化でしょうか」

 

 いつの間にか復活していたアリスが重々しく相槌を打つ。でもよく見ると、耳はまだほんのり赤かった。

 

「うまいことを言うね。まあ、数年前にユズリハが成人したから、実際のところ子供は少ないどころか一人もいないんだけど」

「……それは、非常によろしくない状況ではありませんか?」

「うん、よろしくない。さっき言ったように、このままだとエルフは絶滅するね」 

 

 からからと笑う姿にどことなくユズリハさんの面影を感じた。笑いごとじゃないから、すぐにその笑みは止められてしまったけれど。

 

 咳払いで気を取り直し、ヘーゼルさんはエルフの事情について続ける。

 

「色々とこうなった理由はある。そして仮に全部を解決出来たとしても、一番の問題は残ってしまう。我々の血が濃いことだ」

「え、エルフの血の色って確か、普通の赤色でしたよね?」

「ははは、恐らくイリアスさんと同じ色ですね」

 

 ヘーゼルさんが語る血の濃さは色じゃなくて、血縁のことだった。

 

 里を作り上げた十数人のエルフ自体、元々遠縁の親戚関係だったそうだ。その中でなんとかかんとか濃くなり過ぎないようやりくりしてきたけれど、今はもう限界だとか。

 

 なんでも血が繋がった人同士で子供を作ると、生まれた子にたくさんの問題が起きるらしい。しかも運よくその代で起きなくても、他の血を入れない限りその可能性は上がってしまうみたい。そして現代のエルフに、他の血なんてものは存在しない。

 

 だからエルフのみでこれ以上血を繋いでいくことは不可能に近い。そこでヘーゼルさんが目を付けたのが人間だ。人間は特性上あらゆる人種と、エルフとも子供を作ることが出来る、らしい。実際に里を飛び出したエルフが人間との間に子供を作った記録も残っているそうだ。

 

「こういう経緯で人間と交わろうということになったんだ」

「それでは、純血としてのエルフは」

「私達か、よくて次の代で途絶える可能性が高いね。残念だけど仕方のないことだよ」

 

 そう微笑むヘーゼルさんからは、何故かあんまり残念さを感じなかった。

 

「伝承によれば千年前、多くの種族がこの解決しようにない問題と直面した。これまで私達が免れて来たのは、エルフが彼らより少しばかり寿命が長く、僅かに多く生き延びたからに過ぎない」

 

 そしてエルフについて語る口ぶりはどこか他人事で、どうにも冷たさすら覚えるような気がする。変だなとは思うけれど、今は真面目な話の途中。あとで覚えていたら聞いてみよう。

 

「単に順番が来たという話なのだけれど、どうも里のお歴々、特にお祖父様は現実を認められないみたいでね。頑なに拒否し続けている。だからこそ、電撃的かつ密かに国交を結ぶつもりだった」

「ですが、先ほど」

「ああ。どういう訳か知られて、しかも反対派筆頭のお祖父様がデルファにまで来てしまった」

 

 困ったものだ、と肩を竦めるヘーゼルさんを眺め、ユズリハさんはもっと困ったように呟いた。

 

「兄さんの考えも分かるが、いきなり人間の街で婿を探せはおかしい。誰だって冗談だと思うだろ」

「里で誰よりも明るく人懐っこいお前で無理なら、エルフと人間が結びつくなんて不可能だ。だからこれは、ユズリハにしかお願い出来ない使命なんだよ」

「ふふん。まあ、褒められて頼られて、悪い気はしないけどさぁ」

 

 鼻高々のユズリハさんは、確かにオウルと並ぶくらい誰かと仲良くなるのが上手そうだ。僕だってまだ友達ではないけれど、ユズリハさんじゃなければこうして話すのも難しかったかもしれない。

 

 しみじみとオウルやユズリハさんの凄さを嚙み締めていると、突然ヘーゼルさんから変な提案が飛んできた。

 

「ところでイリアスさん、そういう訳で妹はどうかな?」

「……ど、どうって?」

「婿のこと。身内びいきも大きいけれどいい子だと思うんだ。見た目も気立てもいい。家事はちょっとだけれど、そこは御愛嬌にしていただいて。兄として、自信を持っておすすめします」

 

 ヘーゼルさんはユズリハさんの両肩に手を添え、思い切り睨まれながらも僕へと差し出す。

 

 唐突にそんなことされたら僕が困惑するのも、ユズリハさんが眉を顰めるのも当然だった。

 

「いきなり何言ってるんだ?」

「だってイリアスさんとアリスさんは恋人じゃないんだろ? つまり、ユズリハが粉をかけても問題ないってことだ」

「問題だらけだろ。イリアスは子供だぞ」

「大丈夫大丈夫、若い燕に唾を付けるのは美女の特権らしいから。ユズリハ美人だからいけるいける」

「適当過ぎるし訳分からん。というかいったいどこで覚えてくるんだ、そんな言葉遣い……」

「シルヴァが言ってた」

「あの爺さんろくなこと言わないな!」

 

 兄妹の小気味良い、よく意味の分からない会話には差し込む隙が無い。どうやって、いつ答えればいいのか悩んでいると、手持ち無沙汰の右手が突然温かいものに包まれる。

 

 アリスが僕の手をぎゅっと、アリスなりに力いっぱい握っていた。

 

 それで勇気が湧いた。これはきっとアリスの応援、頑張れって贈り物だから期待に応えないと。意を決して、二人の会話に口を挟んだ。

 

「え、えっと、ごめんなさい。やっぱりそういうのは、まだちょっと」

「……おい兄さん、この短時間で二回も振られた気分になったんだが」

「ははは。慣れだよ慣れ」

「よし、表に出ろ」

 

 またじゃれ合いが始まったけれど、ユズリハさんの受け取りは無事に断れたみたいだ。アリスも深く息を吐いてとても安心しているように見える。頑張った甲斐があった。僕も一安心。

 

 二人してほっと一息ついている間に、ユズリハさん達の話は少し別の方向に進んでいた。

 

「そんなに言うなら、まず兄さんがお嫁さん探せばいいじゃないか」

「私は里長だからね。結婚ともなると、どうしたって政治的な色がつく」

「じゃあ私だって里長の妹だ。私が誰でもいいなら、兄さんだって別にいいだろ」

「それを言われると弱い」

 

 ヘーゼルさんも結婚していないらしい。それならユズリハさんの言う通り、まずは自分の相手を探した方がいいような。

 

 でも詳しくないから黙っておこう。そう考えて成り行きを見守っていると、ふとヘーゼルさんが僕達に視線を移した。僕とアリスが順番にヘーゼルさんの瞳に映る。

 

 多分何の意味も無い動きだったけれど、ユズリハさんはそれを過敏に咎めた。

 

「あっでもアリスは駄目だぞ。私が許さん」

「元々そんなつもりないよ。第一、アリスさんはまだ子供じゃないか」

「どうだか、イリアスに私のこと勧めたくせに」

 

 説得力ないぞ、というユズリハさんの言葉にヘーゼルさんは苦笑いを浮かべていた。アリスも苦笑い、に見えて若干目の奥が笑っていないような。気のせいかな。

 

 それはともかく、ヘーゼルさんもそんな誤解は不本意だったみたいだ。笑みをしまい込んでから瞳を閉じ、数秒間考え込み始める。ユズリハさんへの説明を考えているんだろう。

 

 そんな深い思考の後、ヘーゼルさんはどこまでも真剣な面持ちのまま口を開いた。

 

「分かった。では間を取って、私がイリアスさんの嫁に入ろう」

「いやなんでだよ。どこの間だよ」

 

 僕にもアリスにも分からなかった。




今回から週一更新になります。次回「シロガネ様」は10日投稿です。
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