『竜骸』の拠点が鍛冶屋『残り火』だと知られると、絶対オウルにたくさんの迷惑をかけてしまう。だから帰る時はいつも以上に人目を気にしてこそこそ頑張ってる。石像片手の今日もそうだ。とても目立つ格好だけれど、なんとか無事に帰ることが出来た。
家の近所まで着いたから鎧を解除し、誰の目も無いことを確認してから玄関に突撃する。さっきから嫌な予感、というより美味しそうな匂いが漂っている。これはまさか。家に飛び込んだ僕の想像は、残念なことに当たってしまっていた。
「ただいまって、あー! 晩御飯作ってるー!!」
「おうおかえり。思ったより遅かったな、二分で諦めて帰って来ると思ってたぞ」
「ちゃんと買いに行ったよ! というか、今日も僕が作るって言ったのに!」
「お前の飯美味いは美味いんだが、どうにも味が薄いんだよなぁ」
「オウルのが濃すぎるの! あれじゃ体によくないよ」
「そっちのが酒に合うんだよ」
そう言いながら、オウルは手に持った酒瓶をグラスに傾けた。もう飲んでるじゃん。半目でそれを見る僕を無視して、オウルは何故だかやけっぱちな感じでお酒を口に含んだ。
「んでどうだった、結局買っちまったのか?」
「うん」
「マジかぁ、俺もとうとう死ぬのかぁ……」
「?」
いきなり死ぬとかなんとか言いだして、よく意味が分からない。そんなにお酒飲んじゃったのかな。お酒に凄く強いオウルが酔っちゃうくらい飲むなんて、何か嫌なことでもあったのかな。心配した僕が聞く前に、オウルが覚悟を決めたようにグラスを置いた。
「まあしょうがねえか。じゃあせめて、冥途の土産にどういう奴を買って来たのか見せてくれ」
「これ」
「てかお前、また妙なもの拾って来たな。本能的にそういうの集めたくなるのは分かるが、いい加減にしねーとそろそろ床に穴空くぞ。で、買って来たやつは?」
「だからこれ」
「は?」
抱えっぱなしだった石像をゆっくり床に下ろす。今日の成果を自慢げに指差すと、オウルが目を丸くした。
「石像じゃねぇか」
「そうだけど、そうじゃないよ。これ人だよ」
「……てことは石化の被害者か。もっと妙なもんじゃねぇか」
椅子から立ち上がったオウルが石像に近付き、しげしげと興味深げに眺め始める。豊かな顎髭を弄りながら観察する様子はまるで専門家のようだ。そうして鋭い視線で石像を一通り確認すると、オウルは納得いったように深々と頷いた。
「……ふむ、なるほどな。お前の狙いは分かった」
「うん。これはちょっと、人と話したくないとかそういう問題じゃ」
「まずは、石像に話しかけるところから始めるんだな?」
「え?」
見当外れのことを言われてびっくりした僕を置いて、オウルは名探偵のように推理を語り始める。最初から間違ってる推理って聞く意味あるのかな。
「昔小耳に挟んだ話だが、会話の練習に人形を使う方法があるらしいな。普通の人形でも効果があるんだから、元人間の石像ならもっと効きそうだ。そういや、あいつも友達作りはのんびりやれって言ってたんだよな? だからお前も一から、人と話す練習から始めようとした、違うか?」
「違うよ」
「じゃあ、あれか。改造してゴーレムにでもすんのか? 確かに石化した人間は上質な触媒にはなるが、いくら俺でもあんま感心しねぇな。いや、そういやお前寝不足だったな。今日は飯食って風呂入ってさっさと寝ろ。んで明日考え直せ」
「全然違うよ」
聞いて損した。大層不満になった僕は、少し頬を膨らませながらオウルが見過ごしている事実を指摘する。
「この人、まだ生きてるよ」
「何?」
「本当にぎりぎりだけど、死ぬ寸前で石化の進行が停止しているみたい。とにかくまだ手遅れじゃないよ」
お店の人はもう終わっていると勘違いしていたから、あのままだといつか死んでしまっただろう。説明しようにも僕がそんなこと出来るはずも無いし、理解したとしてもお店の人が治してくれるとも限らない。接客を受けていっぱいいっぱいだった僕には、この手段しか取れなかった。
ここまで石化が進行してしまったら、もうこの人の意識は無いはず。それでもこうして生きて、今も懸命に抗い続けている。つまりそれだけ生きたいと心が、魂が頑張っている証拠だ。
「だから助けてあげないと。このまま死んじゃったら可哀想だよ」
「……そのためにわざわざ買ったのか?」
「早く帰りたいのもあったけど、うん。どんなものでも、お店の商品に勝手に手を出すのはいけないことなんでしょ?」
「さっきのは取り消す。やっぱ感心したぞ」
「えっへっへっへ」
オウルが乱暴に僕の頭を撫でる。僕はいいことが出来たらしい。満足する僕の頭の上で手を動かしながら、オウルは確かめるように思考を呟いた。
「石化の治療か。この辺で出来そうなやつは」
「あっお医者さんには行かないよ。お金かかるし、人と会わなきゃいけないし」
「さっきの感心返せ」
「やだ」
もう一個理由があるから、と続けると、無事にアイアンクローは解けた。
「石化の呪詛とこの人の魔力が体内で拮抗してこんな感じになってるんだ。この状態で変に手を加えるとおかしなことになるかもしれないから、まずは体から呪詛を追い出さなきゃいけないの」
「そこだけ聞きゃ、別にその辺の医者でもどうにか出来そうだが」
「問題なのはね、この場合あくまで追い出しただけで、中身は何にも変わってないってこと」
「つまり?」
「……迂闊にやると、外に溢れた呪詛でご近所さんが全部石になります」
「駄目じゃねぇか」
「しかもなんか罠があるみたいで、治した途端何かが召喚されるみたいです」
「全然駄目じゃねぇか」
僕に石化は効かないし、どんなものが飛び出てきても大丈夫。でもご近所さんはきっと駄目になっちゃう。だから問題はどこでこの人の治療をすればいいかで、僕とオウルは揃って頭を悩ませていた。
「この人聖王国から来たらしいからさ、聖王国の土地に責任持ってもらう?」
「完全にテロだ、やめとけ。あの手の連中に喧嘩売ると後が面倒だぞ」
「でもほら、この人凄く祈ってるよ。祈ってる人を助けるのが神様なんじゃないの?」
「あそこに神はいねぇからな……」
オウルも先生も同じことを言う。そういう話の生産元なのに、聖王国に神様はいないらしい。二人が言うには、この世界を作った神様は千年くらい前に封印されたとかなんとか。だから聖王国が崇める創造神は存在しないって。じゃああの教団って、『トラゴエディア』って何なのって聞くと、腕のいい劇団ですね、と先生は絶賛していた。
僕が聖王国の不思議に気を逸らしている間に、オウルが何か思いついたようで顔を上げた。
「そうだ、なら迷宮はどうだ? あの中なら誰にも迷惑はかけねぇはずだ」
「えーでも迷宮を石にしちゃったら、今度は協会の人に怒られない?」
「まあよくはねぇだろうけど、確か明日は迷宮の再編日だろ。なら今日の汚れは綺麗さっぱり落ちるんだから、別にどうとでもなるだろ」
迷宮の再編日。細かい理屈はよく分からないけれど、デルファにある夢幻迷宮は一か月に一回再編、リセットされる。その時内部にいた魂を持つ命は外に放り出され、それ以外は分解されて迷宮に取り込まれる。この再編によって迷宮内の資源が復活するため、今日まで迷宮は人類の希望であり続けた、らしい。
とにかく今重要なのは、明日の再編で迷宮がリセットされるということ。だから仮に治療で中を滅茶苦茶にしても、すぐ無かったことになる。オウルの名案に僕は手を叩いて感動した。
「そっかぁ。オウル頭いいねー」
「いやお前、この間俺の事馬鹿って言ってたよな?」
「そうだっけ?」
言ったような、言ってないような。心当たりあるような、無いような。そんな僕を見てオウルは何かを諦めていた。それを考えるのは後でいいや。僕はもう一度石像を持ち上げ、オウルに声をかける。
「オウル」
「飯はまだ出来ねぇな。今日の肉は煮込みに煮込む予定だ」
「味付けはほどほどにね。そんなに時間かからないと思うから、夕飯待ってて」
「あいよ。酒でも飲んで待ってるよ」
「お酒もほどほどにね!」
聞いてくれないだろう言葉を残して、僕は再び迷宮協会に向かった。
石像片手に迷宮協会の『門』を通り、無事夢幻迷宮第三層に到着した。ここに来るまでの周りの目、凄かったな。きっとこれでもっともっと変な噂や悪名が流れて、僕に話しかけてくる人はますます少なくなるだろう。人助けが出来てよし、人に避けられてよし、この人も助かってよし。これがきっと昔名無しの英雄が言ったっていう、三方よしってやつだね。
でもそういえば、エリーさんだけは今日も無反応だったな。受付の時もちらっとこの石像を見ただけで、普通に仕事してくれたし。
『……それは新しい武器ですか?』
『石化しかけの人間だ。中で治す』
『治療、出来るのですか?』
『石化の呪詛を体外に放出させて治療する。だから迷宮を使う』
『……………………なるほど。ではこちらをお持ちください』
『警報機の類か』
『迷宮内で危険物を処理する際に使われる、付近の探索者へ避難を呼びかけるためのものです。こちらの機材使用と危険物処理の申請手続きは私がやっておきます。それと、出来れば三層『海』をご利用ください。元々探索者の数も少なく、見晴らしもいいと聞きます。人除けも簡単でしょう』
『分かった』
しかもこんな風にアドバイスと警報機まで貸してくれた。出来る女の人って感じで、なんとなく先生を思い出す。実際多分、迷宮協会の受付で一番心が強いんじゃないかな。だから安心感があってつい、受付はエリーさんのところに行っちゃうことが多い。
イメージ戦略があるから表向き感謝は出来ない。だからせめて、心の中ではいっぱいしよう。エリーさん、いつもありがとうございます。そんなことを考えつつ警報機片手に周囲の様子を確認する。
上を見ると迷宮内とは思えないほどの青空。周りを見るときらきらと眩しい大海原。下を見ると踏んだ時の感触が楽しい砂浜。潮の香も、昔先生が連れて行ってくれたのとまったく変わらない。ここはいつ来ても本当の海みたいだ。
夢幻迷宮の三層『海』。デルファで海というと、大抵はここのことを言う。階層全体がほとんど海で出来ていて、あとは入口を始めとした小さな島が、ちょこちょことその辺に生えているぐらい。広さは再編によってまちまち、今のは大陸半分くらいかな。ここの個人的なイチオシは水平線。凄く綺麗で、眺めているだけでどんどん時間が過ぎていく。
大陸の中心にあるデルファで塩とか魚とかに困らないのは、この三層があるからだ。三層をなわばりにしているらしいギルド、『アルメリア』だったっけ? そこが毎日ここで塩を作ったり魚を採ったりしているそうだ。僕も三層を攻略している間、船に乗って何か頑張っている光景を何度も見た。
そのアルメリアだけど、ざっと見た感じだと今日はもういないみたい。それも当然かもしれない。明日は迷宮の再編日。もし船やら道具やらを放置していたら、そのままどこかへ消えてしまう。だから今日は早めに後片付けして帰ったんだろう。どんな理由にしても、人がいないのは都合がいいや。
「どこでやろう」
とりあえず入口付近はまずいよね。もし誰かが急に入ってきたら石像が増えちゃう。じゃあ奥の陸か海か空か。正直どこも変わらないはずだから、僕の気分で選んでよさそうだ。ふらふらと石像片手に考えている内に、一つ疑問が浮かんだ。
「……海は、石になるのかな?」
僕の知る限り、石化の呪詛で生き物とか物とかは石になる。空気はならない。液体は、どうなるんだろう。感覚的になりそうな気はする。でもなるなら、空気中の水とかもならないとおかしい気もする。じゃあならない? 分かんないなー、どっちもありそう。
「到着!」
じゃあ試してみようってことで、大海原のど真ん中に飛んで移動した。海上を移動している間、船のような探索者の痕跡は一つも見つけられなかった。だから陸はともかくこの周辺、海上に人はいないはずではあるけれど、せっかくのエリーさんの提案だし、これもちゃんと使おう。
懐にしまっていた例の警報機を取り出す。黄色と黒の縞々派手模様の片側に穴、反対側に紐のついた筒状の道具。この紐を引っ張ると特殊な弾が飛び出て、周囲に警戒と退避を促すらしい。特殊な弾、どんなのだろう。ちょっとわくわくする。
「たまやー?」
昔先生から聞いた、うろ覚えの打ち上げの言葉を呟いて紐を引く。ぽんっと軽い音とともに先端から弾が放たれ、上空で拍子抜けするような音で破裂した。
想像よりずっと控えめな音の後、弾の弾けた場所から赤い光が降り始める。なんだろうとそれを眺めていると、すぐに効果が分かった。その光が着水した海面付近が赤く染まり、どこか危機感を煽るような輝きを放っている。なるほどなぁ、これでここから離れてください、みたいな意味になるのかな。
それから十秒くらいして、赤い光の雨は止んだ。見渡す限り海が赤く発光している。先生と一緒に見た夕焼けの海よりずっと赤い。なんだか不思議な光景だ、これはこれで、青い海とは違う美しさがあっていいと思う。気に入っちゃった。たまに見たいから、エリーさんこれもっとくれないかな。
「じゃなくて、そろそろ始めないと」
視界の隅にちらっと石像が映って思い出した。今日は海を眺めに来たんじゃなくて、この人の治療に来たんだ。早く帰らないと酔っぱらったオウルが晩御飯の味をどんどん濃くしちゃう。僕だって濃い味も好きだけど限度がある。そして酔ったオウルはすぐ限度を超える。あれもうお肉じゃなくて塩食べてるのと同じだよ。
あの日の舌の痺れを思い出して、ちょっと焦りながら石像に魔力を流し始める。でも慎重にやらなきゃ。焦って勢い任せにやると、きっとこの人の容量を超えて、ぼんってなっちゃう。いくら石の状態でもバラバラになったら人は死ぬはず。その後で接着剤とかでくっつけても、多分駄目だよね。だから慎重に慎重に。
「大体終わった、かな」
慎重すぎるほど慎重に魔力を流し続けて十数分。その甲斐あって、どんどんと石化の呪詛が煙の形で体外に放出されていく。重力により落ちていく煙は、海面に触れた途端海を石へと変えていく。という訳で実験によると、石化の呪詛は海も石に変えられるらしい。やっぱり不思議だなぁ。
「……んー?」
順調に治療を続けて最後の最後、これで終わりそうってところで何かが引っかかった。例の召喚のやつかな。
試しに一度魔力を流すのを止めると、またじわじわと石化の呪詛がこの人の体内を巡り始める。ということはつまり、これが呪詛の発生源でもあるということ、これで呼ばれるのが石化能力を持つ何かということ。
なんだろう、人か道具か、それとも魔物か。人だと色々困っちゃうから、出来ればそれ以外ならいいな。というかそうだ、どれであってもこのまま呼ぶと海に落ちてしまう。人ならそのまま溺れて死んでしまいそうだ。石像を抱えて石化した海の上に着地して、そのまま端っこまで歩いた。真ん中に出てくるよう調整しよう。
いざ端っこまで行っても少し狭い気がしたから、海を凍らせて仮の陸地を倍くらいに広げた。よし、これだけあれば例え巨人族のように大きな人が来ても安心だ。いや人が来たら安心出来ないけど、出来ないけどこうして僕が迷っている間にも、夕飯はどんどん濃くなっていく。
だから意を決して最後の呪詛を流し切った。その瞬間仕掛けられていた罠が作動する。放出された呪詛が中心に集まり、形を成し、一つの巨大な魔法陣を描いていく。やがて完成したそれは、強烈な白い輝きを放ち始めた。予想通り何かを召喚、この規模だと何か大きな魔物を呼び出すもののようだ。
石化能力のある魔物かぁ、なんだろう。先生と一緒に読んだ図鑑に載ってたのだと、鶏っぽいコカトリスとか蛇っぽいゴルゴンとか? どれも大昔に悪い魔法使いが造った生物兵器で、当時は量産されて結構いたらしい。ただ危険度が高いからか討伐されまくって、今では絶滅寸前だとか。だから僕も実物を見るのは初めてだ。どんなヘンテコ生き物が出てくるかな。またわくわくしてきた。
コカトリスなら唐揚げでゴルゴンなら炭火焼、オウルのためにお酒に漬けるのもいいかも、なんてことを考えている内に、魔法陣の輝きが頂点に達する。とうとう何かが来るらしい。治療途中の石像を庇いつつ、そこから現れる何かに僕は期待した。
まず見え始めたのは頭頂部、王冠のような白いトサカ。その下には呪詛を振り撒く黄色の目。ちろちろと覗く舌から滴り落ちる唾液は仮の陸地を溶かし、やがて海面に届くと海を沸騰させた。それがよほど嬉しかったのか、その生き物は八本足を暴れさせながら耳障りな雄叫びを迷宮中に響かせる。
これも知ってる。コカトリスとかと同じ生物兵器の一種、バジリスクだ。その天まで届きそうな巨体を見て、僕は。
「なんだトカゲか」
心底がっかりしてため息とともに腕を振り、それの首を刎ねた。
次回第六話「目が覚めるまでが救助」です。