【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十三話「来客 上」

 ちょっと『湿地』の説明をしたくらいで、後は釣りをしているだけで終わった昨日の同行訓練。あんなのでお金を貰ってもいいのかな、なんて考えてしまうほど何にもしなかった。

 

 でも湖の底にユズリハさん達を沈めるのはアリスに止められちゃったし、エリーさん作の教本にも他にいい案は載っていなかった。じゃあもうしょうがないよね。

 

 それにアリスは初めて釣りをしたらしくて、数匹しか釣れなくても凄く楽しそうだった。だから昨日はしょうがないじゃなくて、あれでよかったんだと思う。

 

 振り返ってそんな納得をする今日は同行訓練最終日の前日、参加者にとっては最終試験前の大事な調整の日。人の身なら、エルフでもちゃんと体を休めておくべき日のはず。

 

 けれどもユズリハさんにそんなことは関係なかったらしい。エリーさん経由でお茶会のお誘い、手紙を貰ってしまった。元気が有り余っているみたいだから、やっぱり昨日は湖に沈めておけばよかったのかもしれない。

 

 加えて何故かお兄さん、ヘーゼルさんからも妹がお世話になってるからなんとかとかで、『竜骸』宛だけど今日お茶しませんか、というお誘いの手紙がエリーさん経由で届いていた。

 

 しかも丁寧にエリーさんのお家の会員証まで入ってた。その上断ったら、何故か手紙も会員証も二倍になって返って来た。意味が分からないからこっちは放置している。

 

 それはさておき、ユズリハさんのお誘いをどうするか。気後れしているのは僕の都合もあるけれど、アリスがなんだかやけに気合が入っているからだ。

 

 この間ヘーゼルさんと出くわした時、あれやこれやで事情を探る機会を逃したことがとても悔しかったらしい。だから今日のアリスはやる気満々、ユズリハさんから絞り取れるだけ絞ろう、なんて気迫がある。

 

 だけどユズリハさんがスパイかもって話は、アリスの考えでも一応まだ疑惑の段階だ。それにたとえその通りだとしても、きっと今日もユズリハさん自身は僕達と仲良くしたいからお誘いしてくれている。なのにそれを利用するのは、ちょっと気が引ける。

 

 でもでもアリスも僕を思って頑張ってくれている訳だし、とか色々考えてしまうともう大変だ。どうすればいいか分からない。仮に分かったとしても、僕がユズリハさんを探ったりアリスを止めたりするのは難しい。

 

 そういう訳で僕は今回、最終兵器に助太刀のお願いをした。

 

「オウル―、もう準備出来たー?」

「おう、いつでもいけるぜ」

 

 その名もオウル。僕の知る中でこういう問題の解決力が一番高い存在だ。

 

 お願いした最初こそものすごく渋っていたけれど、僕の説明を聞くたびになんとも言えない顔になって。

 

『まあ、いい機会か。お前達が世話になってる礼も言わきゃならねぇしな』

 

 最後には納得して、一緒に来てくれることになった。とても頼もしい。

 

「ところで、アリスはどうした? まだ準備中か?」

「僕より早く終わってたよ。それで待ってる間、庭であの子と遊んでるって」

「ああ、また来たのか。最近多いな」

 

 納得の返事と一緒にオウルは顎を振るった。見て来い、呼んで来いの合図だ。今日はオウルに頼り切るつもりの僕は言われるがまま外に出る。

 

 幸い庭へ出てすぐ、お目当ては見つかった。

 

「どうですかー? 気持ちいいですかー?」

 

 すっかり手慣れたアリスが撫でるのは、この間訓練の帰り道に出会った茶色の子猫。見た目は完全に猫の姿をしている人、人間の魂を持つ女の子だ。

 

 なんであんなことになっているのかは僕にも、聞いてみたオウルにも分からなかった。猫の姿になるようなスキルは現存しないはずらしいし、かといって魔法で変身してるって訳でもない。ついでに言えば、先祖返りでもあそこまで獣になることは普通ありえないそうだ。

 

 原理も経緯も分からないけれど、それでも一応あの子は人間だ。ソマリさんは人間だから撫でちゃいけません、なんて言ってたアリスが知ったらきっとショックを受けてしまう。だから迷いつつも、未だに僕はアリスにこのことを伝えられていない。

 

 それもあるしアリス楽しそうだし、そもそも小さい子いるとやりづらいし。どう話しかけようか考えて考えて、アイデアの代わりに突然悪戯心が湧いてきた。あれやってみよう。

 

 今までは相手の両肩を破壊してしまうかもしれないから出来なかったもの。だけど皮肉なことにこの間の先生の嫌がらせで、僕でもアリス相手なら大丈夫だって知ることが出来た。あれで平気なら、今日のこれも絶対いける。

 

 確信と共に気配を世界に同化させ、ひっそりとアリスの背後に向かう。あと一歩のところまでたどり着いたところで、大きな声と一緒に両肩を叩いた。

 

「アーリースっ!」

「にゃぁ!?」

「みゃあ!?」

 

 今のどっちがどっちの悲鳴だろう。びっくりして倒れかけたアリスを支えながら、そんな疑問をこっそり覚えた。

 

 とにかく二人まとめて驚かせることが出来たから、悪戯は大成功だ。大満足に浸る僕とは違い、振り返ったアリスと子猫はまだ現実に反応が追い付いていない。

 

 その様子がまた面白くて、僕は笑いを抑えきれないまま声をかけた。

 

「えへへ、びっくりした?」

「し、心臓が、飛び出るかと思いました」

「ごめんね、一回やってみたかったんだ」

「……もうっ」

 

 アリスと一緒に子猫もにゃーにゃー抗議の鳴き声を上げている。二人してとても息が合っていて、なんだかすっかり仲良しだ。

 

 そんな二人をなんとか宥めつつ、オウルの準備が終わったことを伝えた。だから今日はもう子猫とはお別れしなきゃいけないのだけれど。

 

「みゃー?」

「い、イリアスくん、ど、どうしましょうっ」

 

 子猫は甘えるように、手の平の上に顎を乗せたまま。そしてアリスもそれを振りほどくことが出来ていない。困ったような口ぶりだけど、むしろ口元は緩んでいる。まんざらでもないみたい。

 

 こうなると無理矢理引きはがすのも可哀そうだ。だったらどうしようかと考えて、思いつきのままに子猫へ提案してみた。

 

「……えっと、じゃ、じゃあ、君も、来る?」

「にゃ!」

 

 子猫は元気よく返事して、アリスの手を伝った後ぴょんと僕の頭の上に飛び乗った。

 

 そんな感じで急遽一人増えた同行者と一緒に家を出る。頭の上を三度見したオウルもすぐに子猫のことは気にしなくなった。

 

 というよりも、もっと気になることが出来たらしい。オウルはそれに、僕とアリスが繋いだ手に向けて疑問と興味を投げかけた。

 

「なんでまた手繋いでるんだ?」

「アリスね、凄い方向音痴だから。こうしないとどっか行っちゃうんだ」

「ほーん」

 

 とんでもなく雑な返事するオウルの視線を受けて、アリスはそっと目を逸らした。気まずそうだ。方向音痴なんてそんな気にすることないと思うのにな。

 

 しばらくの間微妙な沈黙が流れてから、オウルはその空気を鼻で笑って流した。

 

「……ま、こんくらいなら可愛いもんか」

「何のこと?」

「だがほどほどにしとけよ。小細工弄すことに慣れちまったら、いつかあのアホアホ間抜けの小娘みたいに正面からもの言えなくなるぞ」

「ねぇねぇ何のこと? 方向音痴?」

「ある意味な。あれは完全に努力の方向音痴だった」

 

 しみじみと語るオウルと恥ずかしげに、けれども大真面目な顔で肝に銘じます、みたいに頷くアリス。そしてまったく理解していない僕と子猫。なんだかよく分からない会話の道中だった。

 

 

 

 その後は途中何か事件が起きることもなく、無事にエリーさんのお家まで辿り着く。お店の前にはもうエリーさんが待ってくれていた。

 

「いつもうちのチビ共が世話になってる」

「こちらこそ、いつもイルくんとアリスさんにはとても仲良くしていただいております」

「悪いな、こいつらズレてるから結構相手すんの大変だろ」

「ご安心ください。私もよくズレていると周りに言われますので」

「安心する要素どこだ?」

 

 二人が大人の会話をしている間に辺りを見回す。今日はユズリハさん、どこから来るんだろう。

 

 けれどもユズリハさんの気配は近くに、お店の中にもどこにも無い。僕の感覚から逃れた、という可能性は限りなく低いはず。

 

 じゃあいないのかな、呼んだのユズリハさんなのに。生じた不思議をそのままエリーさんに問いかけた。

 

「ユズリハさんいないんですか?」

「はい。今朝ホリー様より言付けが届きまして、そちらの件で先ほどお出かけになりました」

 

 いきなりの誘いでもあのお祖父ちゃんは断ると酷く拗ねてしまうとか。だけど誘った身で申し訳ないから、終わり次第なるべく大急ぎで帰って来るつもりらしい。

 

 さらにおまけで、アーサーさんも副業の都合でお出かけしてるそうだ。お客さん全然見たことないし、失礼だけどやっぱりこのお店だけじゃ生活は出来ないみたいだ。

 

 ユズリハさんとアーサーさんの行方が分かったところで、エリーさんの興味が僕に、僕の頭の上に移動する。

 

「そちらの子猫はイルくんのご家族でしょうか?」

「僕のというかアリスの、多分、友達です」

「はい、お友達ですっ!」

 

 アリスが両手を差し伸べると、子猫は軽やかにその中へ飛び込んだ。そのまま器用に手の中で回転し、エリーさんの方を向こうとする。そして子猫が顔を上げて目が合った瞬間には、エリーさんはもう子猫の顎の下に手を伸ばしていた。

 

 そうして自然な手つきで撫でながら、エリーさんは確認するよう僕達へ問いかける。

 

「お家で飼っている訳ではないのですね?」

「ないです。最近よく家に来て、アリスと遊んだりご飯食べたりしたら帰ってって感じです」

「……首輪もついていない。だとすれば、少々危ないかもしれません」

 

 それから気持ち硬い表情で、エリーさんはデルファにおける野良猫事情を語り始めた。

 

 この街では野良犬や野良猫は、迷宮協会を中心に結構厳しく取り締まられている。なんでも随分昔に犬や猫を媒介とする、とても危険な病が流行したそうだ。特効薬こそすぐに開発されたものの、既に手遅れの場合や酷い後遺症が残る例も多かったらしい。

 

 そのため今では見つかり次第、施設へ連れ去られたりその場で処理をされたりすることもあるとか。

 

 話を聞き終えたアリスは縋るようにオウルの方を向く。今度はオウルが目を逸らす番だった。

 

「先に言っておくが、うちじゃそいつは難しいな」

「……残念ながら、私の家も厳しいです。これでも飲食店ですから」

「そんな、それでは」

 

 皆が相談をしている間に懐から赤いスカーフ、ユズリハさんから貰ったものをこっそり取り出す。贈り物の横流しはよくないけれど、今はこれしか持っていない。ユズリハさんには今度謝ろう。

 

 そう決めてから俯くアリスの下、腕の中にいる子猫へスカーフ片手に手を伸ばす。

 

「イリアスくん?」

「……全然出来ない。アリス、代わりに巻いてくれない?」

 

 多分僕だと緩々になるか、勢い余ってすぽんと首が飛んでいく。首輪どころか首になってしまう。

 

 だからアリスにお願いしたのだけれども、意味も理由も伝わっていなかった。唐突過ぎたかな、ちゃんと僕の考えた対策を言わないと。

 

「綺麗なスカーフだし、首輪の代わりになるかなって。ほら、ぱっと見飼い猫になる気がして」

 

 そしてこのスカーフには、ローブ補修の練習として防護の魔法を刻んである。馬車に轢かれるくらいなら平気にしてあるから、たとえ野良猫と見抜かれてもこの子なら逃げる隙を作れるはず。

 

 僕の提案を聞いたアリスはぱあっと笑みを浮かべ、すぐさまスカーフを受け取ると代わりに子猫を差し出した。そっか、流れ的に僕が抱っこすることになるよね。

 

 若干の後悔と共に子猫を抱きとめる。幸いと言っていいのか、この子の中身は人間だ。僕が抱き方に困っているのを察知して、ここまでの道中のように頭の上へと移動してくれた。

 

「出来ました!」

 

 アリスが手を離すのと同時に、子猫は頭から肩に飛び移る。何だろうと僕が考える前に顔を寄せ、そのまま頬をぺろりと舐めた。ざらざらの舌と微かに当たるひげがくすぐったい。

 

「わわっ。な、なに?」

「きっとお礼です。この子も女の子ですからお洒落が好きなんですよ」

 

 その割にずっと全裸だけど。毛皮ついてるからいいのかな。

 

 こうしてお店にも入らず子猫についての話をしばらくしていると、突然エリーさんが声を上げた。

 

「おや」

 

 視線の先には緑髪のエルフ。迷いのない速足でこっちに向かって来る。それと同時にお店の周囲、建物の影や屋根の上がにわかに騒がしくなる。

 

「ヘーゼル様がいらっしゃったようですね。ユズリハ様が誘われたのでしょうか」

「……」

 

 緩く首を傾げるエリーさんとは反対に、オウルが鋭く僕へ呼びかけた。

 

「イリアス」

「ううん。あの人も、裏でドタバタしてる人達も違う」

「やっぱか。ったく、タイミングがいいんだか悪いんだか」

「いいでしょ。どうする?」

「……お前にやらせるよりかはマシか。しゃあねぇから俺がやる。下がってろ」

 

 ユズリハさんとのお話だけじゃなくて、あのお客さん達の相手もオウルがしてくれるらしい。一安心して引き下がる僕とエリーさんの方へ歩くオウルを、アリスは不思議そうに見比べていた。

 

 そうだ、ちゃんとアリスにも言っておかないと。

 

「アリスは、僕から離れないでね」

「……! はい、分かりました」

 

 これだけでまだまだ何も言ってない、きっと何も察知出来ていないはずなのに、アリスはすぐに状況を理解してくれた。

 

 その上僕のすぐ傍まで歩み寄り、肩でのんびりとしている子猫を抱えて地面に下ろす。そして不思議そうに首を傾げる子猫に顔を寄せ、微かな声で囁いた。

 

「にゃー?」

「……今すぐ逃げてください。恐らく、これからこの周辺は危険になります」

 

 子猫の傾きが大きくなる。この子からしても唐突で、何の前兆も無い話だ。この反応が普通で、むしろ一瞬で信じてくれたアリスの方が貴重だと思う。

 

 それでもこの子猫の中身は人間。アリスの口調が、表情がとても真剣だったから、やがて信じる方に心が傾いたみたい。そうしたら今度は疑いじゃなくて心配の鳴き声を上げ始めた。

 

 アリスを心配してくれる辺り、この子もきっと優しい子だ。でもアリスは僕がいるから大丈夫だし、危ないのは絶対この子の方。早く逃げてもらうためにもなんとか安心してもらおう。

 

「君は、早く逃げて」

「にゃぁ」

「大丈夫、任せて。アリスのことは僕が守るから」

「……みゃ、みゃあ!」

 

 そんな一心を込めた返事を聞いて、何故か子猫は両手を頬に当て、一声上げてから走り去って行った。よく分からないあの謎の反応の理由は、考えるにしてもあとにしよう。

 

 今はこっちだ。立ち上がってエリーさんの方を、すぐ傍まで来たエルフの方へ注意を向ける。

 

「ようこそいらっしゃいました、ヘーゼル様。こちらはイルくんとアリスさんの」

 

 エリーさんがオウルを紹介しようと視線を切らした瞬間、そのエルフは躊躇なく一歩踏み込んだ。その右手には白く染まった、太く鋭い木製の杭。人を殺すには十分過ぎるほどの凶器が無警戒のエリーさんに、仮に警戒していたとしても反応すら出来ない速度で迫る。

 

「ッ!?」

 

 それを、二人の間に割り込んだオウルは片手で受け止めていた。

 

「大丈夫か、嬢ちゃん」

「は、はい」

「ならいい。にしても俺の記憶じゃエルフの挨拶は手見せるもんだったが、知らねぇ間に随分とヤンチャになったみてぇじゃねぇか」

 

 ヘーゼルさんの偽物が逃れようと力を入れても杭はびくともしない。オウルはその様子に鼻を鳴らしてから、悠々とエリーさんの方へ振り向いた。

 

「おい嬢ちゃん。一応お前にも聞いとくが、こいつヘーゼルか?」

「……顔は、ヘーゼル様そのものです。ですが、このようなことをする方では」

「だったらどこのどいつか聞いときたいが」

 

 言い切る前に、オウルは空いた手でエリーさんの腕を掴んで僕の方へ放り投げる。それを僕が受け止めた、アリスも一緒に手を添えてくれた瞬間、上空から槍が、無数の矢が、風の刃がオウルの周りへ立て続けに降り注ぐ。

 

 新手、というか元々ヘーゼルさんの偽物について来ていた人達の攻撃だ。あのままだとエリーさんが巻き込まれてしまうから、こんな乱暴なやり方でも逃がしたんだろう。

 

 呑気にそう考えている僕とは異なり、エリーさんは珍しく大きな声を上げた。

 

「オウルさん!?」

 

 あの程度じゃオウルはどうにもならない。だけどわざとなのか、あえて襲撃犯の手を放したみたい。ユズリハさんの偽物が土煙から飛び出し後方へ、仲間達も上から同じ場所に着地する。ちょうど逃げ道を塞ぐ位置だ。

 

 そして同時に三人の武装した、見るも無残なほどボロボロになった誰かが僕達のすぐ横に打ち捨てられた。死にかけで消えかけだけど慣れた気配だ。迷宮協会の傭兵、多分ユズリハさんかエリーさんの護衛をしてた人達だろう。最近この辺うろちょろしてたし。

 

 その人達の治療のため膝をついたアリスの前に移動しながら、これ見よがしに現れた襲撃者達の様子を確認する。

 

 木剣を抜いたヘーゼルさんの偽物も含めて、木槍、弓、杖がそれぞれ一人の合計四人。増えた三人は仮面をしてフードを被っているから、顔はよく分からない。ただ、気配からして全員エルフだ。種族仲良く並んでエリーさんを殺しに来たらしい。

 

 僕が観察している内にやがて土煙は晴れ、怪我一つないオウルが姿を見せた。息を呑み構えるエルフ達に半目を向けながら、オウルは服に着いた土ぼこりを払う。

 

「どいつもこいつも挨拶も出来ねぇ礼儀知らず、自己紹介する気もなさそうだ。まったく親の顔が見てみてぇ、お里が知れるってもんだな」

「……」

「あぁそうか。悪い、間違えた。お森が知れる、とでも言った方がよかったか?」

 

 オウルが口を開くたびにエルフ達の殺気が満ちていく。いい感じに向こうの癪に障っているらしい。いつも口が悪いだけあって挑発が上手だなぁ、なんて感心してしまった。

 

 ともかくそのおかげで、ひとまず狙いがエリーさんからオウルに移った。一か所に集まったエルフ達はじりじりと動き、何らかの陣形みたいなものを組もうとしている。

 

 その光景をオウルは鼻で笑う。

 

「来いよ小僧共。今日は特別に、人間社会の礼儀ってやつを叩き込んでやる」

 

 これなら僕の出番はない。やっぱり今日はのんびり待っているだけでいいな、と思った。

 

 

 そんな風に、思っていたのだけれど。

 

「チッ、鬱陶しいな」

 

 なんか手こずってる。

 

 戦いが始まってもう数分も経つのに、オウルは未だに一人も仕留められていない。エリーさんの手前抑えているけれど、油断すると呆れて溜息を漏らしてしまいそうだ。

 

 そんな僕の様子に気が付いたのか、それとも他に思うところがあったのか。アリスがエリーさんに聞こえないよう、ひっそりと問いかけてくる。

 

「イリアスくん、オウルさんは」

「……手抜いてるね」

 

 多分だけどクラスシステムの範囲内、普通の人の範疇でなんとかしようとしてる。エリーさんも見てるのと、あとは街中だからかな。なるべく道とか建物とか壊さないよう注意してる感じもある。

 

 あとは相手も意外と強い、というより戦い方が、連携がとても上手なのも大きい。

 

「脇が甘ぇ!」

「しまっ」

 

 襲撃犯の一人、エルフの剣士の防御を跳ね上げたオウルは、すかさずがら空きの胸へ拳を叩き込もうとする。これが決まれば一人減る。そんな渾身の一撃は突如吹いた突風、後方に控える杖のエルフが起こしたスキルに防がれた。

 

 エルフの剣士は風に流され横へずれ、オウルの拳は虚空を打つ。その隙を弓のエルフは見逃さない。放たれた矢は何かしらのスキルで増え分散し、四方八方からオウルに襲い掛かる。

 

 当たっても刺さりはしないだろうけど、オウルは避けようと跳躍した。それでも矢は獲物を追い続ける。ついでに体勢を整え直した剣のエルフも、矢に続けといくつも斬撃を飛ばす。

 

 普通の人は空中で身動きが取れないらしいけど、オウルは一体どうやってこれを処理するんだろう。ぼけっと空を見上げていると、槍のエルフが音もなくこちらへ駆け寄るのに気が付いた。この隙にエリーさんを殺すつもりらしい。こっちもどうするつもりなんだろう。

 

「しつけぇんだよ!」

 

 オウルは矢が当たる直前に身を捻り紙一重で回避を、避けると同時に全ての矢を掴み取った。そして回避の動きを利用したまま一回転、その勢いを込めて矢を投げ放つ。

 

 その矢達は飛来する斬撃を弾き、追撃を狙った剣と弓のエルフを牽制し、こっそりエリーさんを刺そうと接近していた槍のエルフを退かせた。なるほど、効率がいいなぁ。

 

 ざっくり見て襲撃者は四人とも単純な戦闘力なら普通の探索者数人分、精々五リンドウさんくらい。一対一なら今の手を抜き切ったオウルでも、あくびをしながら処理出来る程度でしかない。

 

 それが今みたいにお互いの隙を庇い合い、力も高め合っている。詳しくないけれど、ついこの間見た聖王騎士団の連携にも劣らない練度のように見える。

 

 こんな感じで人間の範囲で力を抑えているオウルと、数はあるけど力が足りないエルフ達の戦いは、どうにもお互い決め手に欠けていた。

 

「……このままでは」

 

 それはそれとして、思わずエルフの一人が零した通りこのまま戦い続ければ勝つのはオウルだ。出力は絞っていても元の力が違う。水たまりと海、どちらが先に尽きるかなんて考えるまでもない。

 

 加えて、時間が経てば衛兵さんが来るかもしれないし、ユズリハさんは間違いなく帰って来る。その時大なり小なり、必ずこの均衡は崩れる。そしてその瞬間をオウルなら突ける。

 

 それが分かっているから、僕は呆れながらも余裕をかましていて。それを理解しているから、向こうも新たな手を打とうとしていた。

 

「手を増やす、一度下がれ!」

 

 どうやら何か秘密兵器があるらしい。エルフの秘密兵器、いったいなんだろう。

 

 わくわくしながら見守っていると後列、弓と杖のエルフが懐から魔石を取り出し、勢いよく地面へ叩きつける。

 

 その砕かれた魔石から浮かび上がるのは白く輝く魔法陣。ここ数か月で不思議とよく見かけるスキルだ。

 

「召喚……!?」

 

 エリーさんが言った通りあれは召喚の輝き、事前に指定した何かを呼び出すためのもの。

 

 そして光の中から現れたのは馬車くらい大きな怪物。最近見慣れた獅子の顔と体、背中には黒い山羊の頭と鷲の翼が生えていて、この間氷漬けにしたのと似てる蛇が尻尾としてぶら下がっている。

 

「あっキマイラだ」

 

 魔物図鑑にも載ってる典型的な合成生物の類。その顔を見て僕は正直げんなりした。

 

 また生物兵器系だ。あのトカゲといいゴルゴンといい、色々問題あるけれどデミウルゴスもある意味ではその一種。こんなに続くと食傷気味になる。もうちょっと新機軸で来て欲しい。

 

 僕がそんな我儘を内心浮かべている間に、もう一体キマイラが召喚されていた。そんなに広くない路上だから、二体も並ぶと道が埋まる。狭くて動きずらそう。

 

「私のを前衛に、お前のは通路に回す。退路を断つぞ」

 

 当然向こうもそれは分かっているからか、一体は控えにしてもう一体で攻めるらしい。

 

 こうしてキマイラが増えたことで、相手の攻撃はより苛烈になった。キマイラの膂力は人間のそれをはるかに超えている。クラスシステムの範囲内で戦おうとしているオウルでは、真っ向から打ち破ることは出来ない。

 

 今もキマイラの一撃を回避した先には風刃と矢、それを打ち落とした瞬間剣と槍が続く。攻撃の密度が高くて、オウルは牽制の反撃すら打てなくなってしまっている。

 

 それでも無傷で一通り捌き切り、一瞬湧いた空白でオウルは一度下がる。そしていきなり情けないことを言い始めた。

 

「……数が多いな」

「……」

「数がー、多いなー」

 

 オウルがわざとらしく呟いて、その上ちらちらと何度も僕を見ている。面倒くさくなってきたから早く手伝えってことらしい。自分から任せろって言ってたのになぁ、格好悪い。

 

 どうしよう。このままでもオウルなら死にも怪我もしないだろうし、僕が手伝うにしてもやり方選ばなきゃで大変だし、しばらく放って置こうかな。

 

 僕のそんな気持ちが伝わったのか、オウルは槍と風刃を捌きながら結構な勢いで睨んでくる。それから逃げるように視線をずらして、なんとなく斜め上を見上げるとエリーさんと目が合った。

 

「イルくん、アリスさん、大丈夫です、安心してください」

「……エリーさん?」

「ここは確かに、確かに人通りの少ない場所です。ですが、ここまでの騒ぎとなれば、すぐに異変を察知した誰かが衛兵を呼ぶはず、いいえ、必ず呼びます。そうすれば、絶対に助けが来ます」

 

 普段通りに聞こえて、だけどもなんだかいつもより早くてつっかえているような話し方。そして今まで全然気が付かなかったけれど、よく見れば手はぎゅっと握り締められて微かに震えていた。

 

 もしかしてエリーさん怖がってる? でも、なんで?

 

 数こそ多いけれど目の前の襲撃犯四人と召喚したキマイラ二匹を合わせても、この間居合わせたゴルゴンには到底及ばない。あの時のエリーさんは堂々としていたのに、何故か今はこんな風に怯えを隠し切れていない。

 

 不思議だとは思う。でもこれも、今は聞くべきでも考えるべきでもないことだ。僕がやるべきことは決まった。

 

 オウルはともかく、エリーさんを安心させるためにも早く終わらせよう。

 

『竜血活性』(ドラゴライズ)

 

 小声で詠唱し、僕の中の力へと呼びかける。今日も呼び出すのは『鎧』、けれど身に纏う訳にもいかないから現出させる場所を、使い方を変える。

 

 普段あまりしないやり方に四苦八苦しながら、湧き上がる力を抑えながら密かに思う。

 

『鎧人形』(スケイルドール)

 

 出来れば今回も、誰も死ななければいいな。

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