『竜血活性』は僕と世界を守るために先生が考えてくれた制御用の魔法だ。
恥ずかしいことに強大な竜の力は人の身には、僕の半分にはまだ余る代物で、全てを十全に扱うのは難しい。
仮に全開なんてしてしまったら制御は出来ても数分、失敗した途端に僕の全身と世界は吹き飛んで消滅する。だから今でも開放するのは基本的にほんの一部、それも大体は『鱗』から作る『鎧』だけだ。
それでその『鎧』は僕の内的宇宙から竜鱗のエッセンスを拾い上げ、その概念を世界へ現出した後術式によって物質として再構成し、その時々の体や服装に合うよう微調整してから身に纏っている。
ややこしい話を抜いて簡単にまとめると、つまり『鎧』を使う時は毎回作って身に着ける、という手順を踏んでいる。
だから作り出す場所を変えればある種の人形として生み出すことも、そして同時に別の魔法を使えば僕の意思で操ることも出来る。
「『竜骸』、様?」
ちょうど今はるか上空で作り上げ、更には目の前まで降ろしたように。
これが『鎧人形』。迷宮の転移魔法陣を動かすのには一切役に立たなかった、僕流分身の術の一種だ。この魔法なら正体を隠したままエルフ達を処理することが出来る。
突然の乱入者に固まるエルフ達をどうするか考え眺めていると、オウルがさっきよりもわざとらしい口調で『鎧人形』へ話しかけた。
「あ、あー、おま、いやあんたは、あの、『竜骸』か?」
「ソウダ」
「……なんだこの声。じゃなくて、なんでまたこんなところに」
「サンポダ」
当たり前の話『鎧』に、竜鱗に発声器官なんて存在しない。だからこれは僕が頑張って魔法で出している音声だ。滅茶苦茶片言だけども。
そんな怪しい口調の『竜骸』になんでわざわざオウルが声をかけて来たかというと、どうも御膳を立ててくれるみたい。
『竜骸』の襲来で訪れた沈黙の中、オウルはどこか白々しく状況を語り始める。急に襲われたこと、苦戦していること、だから助けを求めていること。そして探索者への依頼の一種として、助太刀して欲しいということ。
こうして依頼という名目を築き上げたオウルは、その証明とばかりに『鎧人形』へ財布を手渡した。ちなみにびっくりするほど軽い。抜け目なく中身は抜いてあった。
「つー訳で依頼の前金だ。頼む、あいつら追っ払ってくれ」
「イイダロウ」
『竜骸』の返事にオウルは鷹揚に頷き、そのまま道の隅に歩いて近くの建物にもたれかかった。完全にサボりの体勢だ。誰も倒せてないのにもう戦う気はないらしい。戦果ゼロじゃん。
ともかくこれで『竜骸』がキマイラとエルフ達をボコボコにする大義名分が出来た。ただしここで一つ別の問題が、いつものものがもっと大きくなって現れてしまう。
「……誰であろうと構いはしない、やれッ!」
ようやく立ち直ったエルフが杖を掲げ、前の方にいるキマイラへ突撃の指示を出す。命令されたキマイラは何の疑問も無く、大げさな咆哮と共に『鎧人形』へと飛び掛かった。
所詮キマイラは人造生命体。迷宮の魔物と同じ、魂を持ちえない動く肉塊に過ぎない。これは別にどうなってもいいや。
そう考え適当に振るわせた『鎧人形』の拳が、獅子の顔を下から掬い上げる。キマイラの巨体はその衝撃に従い空へ舞い、はるか彼方へと飛んでいく。
そしてそのままキマイラはお星さまになった。
「……?」
呆然と空を見上げるエルフの人達を眺めながら、僕は予想通りの現実に溜息を吐く。
『鎧人形』最大の問題点、それは力加減がまったく出来ないことだ。そもそも自分の体で戦う時ですら難しいのに、人形なんて通したら絶対に無理なのは当たり前のこと。しかも『鎧人形』は維持するのも結構大変だから、『絶対死なせない魔法』を一緒に使うことも出来ない。
ついでに言えば今の僕は心の制御も出来ていない。いきなりエリーさんが襲われて、僕はちょっと怒っている。
そういう訳でこのまま戦えばお星さまにしてしまったものと同じく、残りのキマイラとエルフ達も絶対に空の星か大地のシミにしてしまう。
だけどこんなこともあろうかと、今日の僕はちゃんと対策を考えていた。
「アリスアリス、ちょっと手伝って」
「もちろんです。ですが、今私に出来ることなんて」
「大丈夫。むしろ何もしないでくれた方がいいかもだから」
ぽかんと皆が空を見上げている隙にこっそり耳打ちすると、アリスは快くお願いを受け入れてくれた。
協力に感謝しつつ内緒話のために耳へ寄せた手を、今度はアリスの背中に回す。前にもしたことあるけれど、今日はあの時のような不安も恐れもない。僕は呑気な気持ちのままアリスのことを抱き寄せた。
「あ、あの、イリアスくん?」
「じっとしてて」
肩に顎を乗せてそう告げると、アリスはこくこくと何度も頷いた後、おずおずと両手を僕の背中へ動かした。
こんな時にわざわざお願いしてまでアリスを抱き締めたのは、温かくて安心するから、それで怒りが落ち着くから、という理由もなくはない。でもちゃんとした本命は別にある。
前回の先生への報告日、先生がアリスをいじめた日のこと。この間どうして先生はあそこまでしたんだろうと考えていた時、とある別の疑問がふと浮かんだ。
どうしてあの日、家は壊れなかったんだろう。
あの時僕は先生に飛ばされた次元の狭間から脱出するため、次元の壁を力任せに破壊しようとしていた。あれは形而上の存在だから、無理矢理壊すにはそれなりの力が必要になる。
その勢いを先生に利用されて、アリスにぶつかっちゃって、でも原初の魔法のおかげでアリスは無事だった。ここまでは分かる。
分からなかったのは、どうやってアリスが助かったのか。つまりは僕の願いでアリスがものすごく丈夫になったのか、それとも僕の勢い自体が弱まったのか。
気になって思い返してみると、あの時僕が願ったのはアリスの無事だけで、街とか家のことなんて考えてもいなかった。
元々込めた威力は『爪』を振るった先、地平線が焼け野原になるくらい。一応咄嗟に抑えたしオウルがいつも張っている結界があるから、実際のところ街は平気だったかもしれない。
それでもベッドが粉々、壁がへこんだ程度で済んでいるのはおかしい。もし威力がそのままだったら、少なくとも家は木っ端微塵に消し飛んだはずだ。
だから僕はアリスが丈夫になった訳じゃなく、傷つけないために破壊力そのものが減ったと結論づけた。そして逆説的に、アリスを介せば自然に手加減が出来るのかもしれない、と予想も立てた。
「ガッ」
結果がこれ。さっきと同じように軽く頭を叩いたけれど、今回のキマイラはしっかり原型を留め、しかも地上にも留まっている。実験成功、仮説証明完了だ。
これならもっと力を抜いて、撫でるようにすればエルフの人達でも死にはしないだろう。安心して嬉しくて、つい腕に力がこもる。
それでアリスがくぐもった息を漏らしたから、僕は慌てて一度手を放した。
「あっごめん、痛かった?」
「へ、平気です。少し驚いただけですから。このままでも、大丈夫です」
ちょっと怪しい。でも今更他の手段も思い浮かばないから、お言葉に甘えてさっさと残りのエルフも眠らせよう。
そのために改めてアリスを引き寄せて、まだ混乱から覚めていないエルフ達に視線を向けて、その時突然視界が半分塞がれた。誰かの妨害とか攻撃とかではなく、横からエリーさんが僕とアリスを二人まとめて抱き締めたからだ。
「お二人とも心配する必要はございません、多分。『竜骸』様は噂通り強大な方ではありますが、あのように依頼を請けた以上私たちのことは守る筈です、おそらく」
「あっはい」
「命の無事は保障されました。もう恐れることはありません、きっと」
憶測が多かった。
それはともかく、僕達を励ますエリーさんはまったく震えていない。心臓こそまだ早く大きく動いているけれど、もう全然怖くないみたいだ。エリーさんがほっとしてくれてこっちも一安心。
僕がエリーさんの様子を確かめる間に、エルフ達もようやく平静を取り戻したらしい。空を眺めていた視線は仲間達の間を彷徨い始め、構える武器はふらふらと定まらない。今度はこっちが怯えていた。
そしてさすが徒党を組んで人を殺しに来ただけあって、とても切り替えが早いみたい。小動物のように神経を尖らせながら、揃ってじりじりと後退し始める。
どうやら逃げるつもりらしいけれど、きっとそれは叶わない。僕が叶えさせてあげる理由もないし、もっと言えば先に止める人がいる。
「くっ、こうなっては分が悪い。一度引いて体勢を」
「――逃がすと思うか?」
身を翻したエルフ達の行く手を、一陣の緑風が遮った。
「『エアプレッシャー』!」
吹きすさぶ暴風はエルフ達の足を止め、それどころかまとめて押し返す。そしてたたらを踏むエルフ達を追いかけるように一つの影が躍り出る。
その陰へ最初に声をかけたのはエリーさんだった。
「ユズリハ様!」
「すまない、遅くなったみたいだ!」
用事が終わったユズリハさんがとうとう帰って来た。しかも気配からして最初は駆け足ぐらいだったのに、途中から全力疾走に変わっていたからこの異常事態を察して急いでくれたみたいだ。
そんな格好良く助太刀に来てくれたユズリハさんだけど、真剣な表情が徐々に崩れていく。なんでだろうという疑問には、ユズリハさんが独り言で答えてくれた。
「というか、争いの気配がしたから焦って帰って来たけど、なんだこの状況。兄さんのそっくりさんいるし、またどいつもこいつも顔見えないし、しかも『竜骸』さんまでいるし」
いざ並べられると実際変な状況だ。出だしからいる僕達にしてもこうなった理由、エリーさんが狙われた訳や襲撃犯のエルフの素性なんて知らない。
だからそれ以上に分からないユズリハさんが問いかけて来るのも当然のことだった。
「『竜骸』さん、今更だけどこの人たちは敵でいいん、だよな?」
「テキダ」
「あ、ああ、分かった! ……なんか今日、いつにも増して声怖いな」
ぼそっと感想を零し、それを誤魔化すように咳払いをしてから、ユズリハさんは剣を構え直す。
「さて悪党ども、前門の『竜骸』さんに後門の私、逃げ場はないぞ。観念して神妙にお縄に着け」
そして襲撃犯に対し降伏勧告をした。そういえばやるの忘れた。
元々手抜きオウル一人で互角。今ではキマイラが消えた上に『竜骸』とユズリハさんが追加されている。戦力比は明らかだから、これで諦めてくれれば楽なんだけど。
僕の希望は通らなかった。エルフ達は互いに目配せし合うだけで武器を下ろさない。まだまだ戦うつもりらしい。
「……やむを得まい、あれを使うぞ。全員覚悟はいいか?」
「無論、このお役目に臨んだ時点で決めている。我らの全ては祖霊、子孫のためにある」
なんだかそれっぽいことを言いながら、四人のエルフが取り出したのはまたしても魔石だった。一瞬また召喚かとがっかりしたけれど、よくよく見れば全然違う。細かいところはともかく、分類としては変身とか強化とか、肉体変化の類。
まだ何かあるらしい。今度こそ新鮮味のある秘密兵器、もしかして必殺技とかを見せてくれるのかな。失いかけていたわくわくを取り戻し、エルフ達がその魔石を飲み込むのを静観する。飲むんだそれ。
「う、ぐ」
そして飲み下したと思えば、今度は全員胸を押さえて膝をつく。もしかして毒だったのかな、それなら早く吐き出させて治さないと、なんて考えたのもつかの間。その効果は、変化は一瞬にして訪れた。
「ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ア“ッ!」
呻き声はいつの間にか咆哮へと変わり、四重の雄叫びが空へ響き渡る。耳障りな声に引きずられて行くように、エルフ達の体も野生へと帰っていく。
全身が元の倍以上、骨も筋肉も見る影も無いほど膨れ上がる。ちらりと移る手先には次々と毛や鱗が生えていき、地肌はすぐさま見えなくなる。その内ヘーゼルさんの偽物の顔が崩れ、残り三人も仮面がずれて地に落ちる。誰もが人の姿を失っていく。
僕が見られたのはそこまで。エリーさんが僕とアリスの抱き方を、その光景から庇うように変えたからだ。けれどもずっと、ごりごりと肉と骨が蠢く音は微かに聞こえていた。
そんな命を愚弄するような現象を前にして、ユズリハさんは呆然と呟く。
「なんだ、これは」
冒涜的な音色は一分も続かなかった。音が絶えると同時にエリーさんの腕が緩む。もう見てもいいよというよりも、思わず力が抜けてしまったみたいな手つきだった。
その理由はきっと目の前の人、おそらく人達。そっくりさん含めてエルフだったはずの四人は、まとめて違った異形に身をやつしていた。
それぞれ前から狼、鳥、猪、蛇のような顔と姿をした二足歩行の謎生物。どれもそれっぽい見た目とは関係なくちゃんと手足は生えている。全身にへばりついている布、変化する前に着ていただろう服の欠片が、何とも言えない惨めな悲壮感を出していた。
僕が感じたものを仲間同士でも覚えたのか、元エルフ達はお互いの様子を窺って変な声を上げる。
「ァンァォエア!?」
「ァアイ“ァォァ、ア“ゥェ!」
『鎧人形』よりも酷い声色だ。二人とも変化した声帯にまだ慣れていないんだろう。おかげで何を言っているのかまったく分からない。
というか、どうしてこうなったのかも分からない。僕がその理由を考える前に、ユズリハさんの口が開いた。
「まさか先祖返り、なのか?」
ぽつりと零れた答えに納得と、更なる疑問が浮かび上がる。この中途半端な異形感はそれっぽいなとか、だけどエルフって純血だから先祖返りしないとか言ってなかったっけとか。
他にも色々思い浮かんだけれど、とりあえず根本的なものをアリスに聞いてみる。
「先祖返りっていきなりなったりするの?」
「……いいえ、ありえません。先祖返りは生まれつき、先天的な性質です」
「でもなってるよ? もしかしてさっき飲んでた魔石の効果かな」
「どう、でしょうか。魔石の加工や探求は『付与術師』と『錬金術師』の専門分野ですから、未知の特殊なものがあると言われてしまうと否定は難しいです」
アリスも断言出来ないらしい。じゃあなんだろうねと囁き合っていると、上からエリーさんも参加してきた。
「……お二人とも、落ち着いていますね」
「あっと、それはえっと、あっエリーさんが、もう怖がらなくてもいいよって言ってくれたから」
「はい。それにこうして、エリーさんが傍にいてくれますから」
僕のつっかえつっかえの下手な誤魔化しをいつも通りアリスは補ってくれた。そしてそれを聞いたエリーさんは、僕達を抱き締める力をますます強くする。
僕達がそうやってじゃれ合っている間でも、ユズリハさんは真剣な佇まいを崩していなかった。
「……本当に訳分からないが、ここでお前たちを止めなければいけないのはきっと確かだ」
下ろしていた木剣を一振り、迷いや怯え、余計な思考を切り捨てる。再び剣を構えたユズリハさんの瞳に揺らぎはなく、どこまでもまっすぐな、戦士としての眼差しを元エルフ達に向けていた。
そんなユズリハさんのピリリとした雰囲気で思い出す。そういえばとどめを刺していなかった。見るもの見せてもらったし、さっさと終わらせよう。
「来い! 私は戦士ユーフォとルビアの」
「ジャマダ」
どんな理由や方法で変身していたとしても、とりあえず殴って気絶させればいいよね。適当な思いのまま『鎧人形』を動かし異形の顔面にそれぞれ一発ずつ、なるべく優しく拳を叩き込む。
幸い先祖返りもどきは本物と同じく丈夫みたいで、『絶対死なせない魔法』抜きでもちょっと骨と意識が粉々になった程度で死にはしなかった。これで安心安全、無事に決着がついた。
「えぇ……」
そのはずなのに、何故かユズリハさんはもの凄く不満そうだった。
デルファに来てから色々と問題を起こして来たけれど、やっぱり街中でのものが一番面倒くさい。いくらでも壊していい迷宮と違って気を使うから、というのもある。でもそれ以上に大変なのは終わった後。
「ところでその『竜骸』ですが、どのようにして現場に現れたのでしょうか?」
「……な、なんか、空から降って来ました?」
「それでは、どのように立ち去ったのかは分かりますか?」
「なんか、消えてました?」
迷宮協会が事件の調査をとてもしっかりやるからだ。
大抵迷宮内での揉め事は探索者同士ということで多めに見られるし、そもそも調べようにも他の探索者や魔物の活動、再編などによって証拠も何もかもすぐに消えてしまう。だから調査も専門の人がぱっと見て調べて聞き取りして、という具合にさらさらっと終わることが多い。
それが全部違うから街中だととても大変。一番酷い時は一回の聴取で半日くらいかかる時もあった。確かその時は、事情聴取する人も四十人くらい代わる代わるやってたっけ。
「以上で終わります。ご協力ありがとうございました」
「あっありがとうございました。えっと、お疲れ様でした」
「……何か気が付いたことがあれば、いえ、何がなくてもいつでも相談しに来てくださいね」
「あっはい。分かりました」
だけども今日は意外なほどあっさり終わった。しかも『竜骸』の時とは違って、聴取係のお姉さんは口も態度も優しかった。
不思議に思って先に聴取を受けていたオウルへ聞いてみると、説得力に溢れた言葉が返って来る。
「まともに考えりゃ俺達は巻き込まれただけの被害者だからな。そりゃいつもとは違ぇよ」
それもそうだった。
そんな納得をした僕は、オウルとアリスと一緒に迷宮協会の一室でのんびりしている。聴取が終わったのに家に帰っていない、帰れていないのは、状況が状況なのでしばらくここで待機して欲しい、なんてお願いされちゃったからだ。
とりあえずエリーさん達の会議が終わるまでの間は駄目みたいだけど、どのくらいかかるんだろう。
いくら僕でも今回の襲撃に、なんだかとんでもなく面倒な事情がありそうなことくらいは分かる。だからエリーさん達の話し合いがとても長くなりそうなのも予想出来る。
もしかして最悪の場合、今日はここでお泊りになったりするのかな。
そんな想像を振り払うため、あと単純に気になってもいることをアリスに問いかけてみる。
「エリーさん達、何話してるんだろね」
「……裏がありそう、根が深そうな事件です。今後のため、出来れば耳に入れておきたいのですが」
「んじゃ、聞くか?」
何の気なしにオウルが尋ねて来るから、僕とアリスは揃って振り向いて一緒に首を傾げた。
「聞けるの?」
「ああ。さっきちょいと仕込んどいた。映像もいけるぞ」
そう言ってオウルがどかんと机に置いたのは綺麗な水晶玉。そこへ懐から取り出した白地に黄色と緑を塗した石を投げ込むと、あっという間に吸い込まれ水面のように表面が波立つ。
そしてそれが治まった瞬間、水晶玉から曖昧な光と音が放たれた。映像投射の前兆だ。これからオウルが仕込んだ先、エリーさん達が会議をしている光景が映るはず。
わくわくしながら三人で顔を寄せている内に光が安定した。現れたのは迷宮協会のどこかの、見たことのない豪華な部屋。そしてユズリハさんがエリーさんに思い切り抱きついている様子だった。
『ごめんなエリーぃぃ! 私のせいでぇぇぇぇ!』
滅茶苦茶泣いてる。そして滅茶苦茶声が大きくてうるさい。反射的に消音の結界を張らなければ、きっとこの部屋の外にも滅茶苦茶に響いていたと思う。
水晶玉を挟んで聞いている僕達ですら耳を塞ぎたくなるものを、さすがのエリーさんは眉間に皺を寄せるだけで受け止めていた。
『落ち着いてくださいユズリハ様。何度も言いましたが私は無事です』
『だけどさぁ!』
『それに、どちらかと言えば、今全力で抱きつかれているのが、一番きついです。骨が、ミシミシ、言ってます』
『わぁ、ご、ごめん!』
エリーさんの力じゃユズリハさんは振りほどけないから、受け止めざるを得なかったの方が正しいのかもしれない。
解放されたエリーさんはぱしぱしと服を整え、ぽんぽんと耳の調子を確かめて。それから気を取り直して本題に取り掛かろうとしていた。
『それよりも、私のせいでというのは』
『えっと、それは』
『私から説明しよう。まずは彼らの身元が、正確には種族が分かった』
横から声を差し込んだのはヘーゼルさん。映像には映っていないけれど会議に参加しているらしい。事件の現場はユズリハさんが今住んでいる場所。ヘーゼルさんはユズリハさんのお兄さんだし、エルフの里長だし、偽者もいたし、よく考えなくてもいて当然の人だ。
そのヘーゼルさんが何か説明してくれるみたいだから、ちゃんと聞いておこう。
『自白をされたのでしょうか?』
『いや、君も聞いての通り彼らは口を利けない様子だった。上手く話せないというのもあるし、どうも精神的に大きな傷を負っているように見える、らしい』
『……よく分からないが、それでどうやって調べたんだ?』
『彼らの用いた凶器だ。あのような姿になってしまったが、恐らく彼らはエルフ。この木杭がそれを証明している』
もう知ってることだった。ついさっきアリスにも伝えていたことだったから、これ自体は何の驚きもない。
それはそれとして、どうしてあの木杭でエルフだって断定出来るんだろう。試しにオウルへ聞いてみると、いつも通りざっくばらんに答えてくれた。さすがお爺ちゃん、物知りだった。
「ありゃ破邪の牙っつうエルフの伝統的な処刑道具だな。確か世界樹の枝をエルフの聖水に漬けて天日干し、んで乾いたらもう一回漬けて天日干し。これを百年毎日続けた後成型して作るもんだ」
「さすが長命種となると規模感が違いますね……」
オウルがしてくれたような説明をヘーゼルさんも語っていて、エリーさんもそれを聞いて納得しているようだった。
その上で浮かび出た疑問をすかさずエリーさんは投げかける。
『彼らがエルフの可能性が高いというのは分かりました。しかし、それがユズリハ様の責任とどう結びつくのでしょうか?』
『彼らの狙いは人間とエルフの国交回復を妨害すること。その贄に貴方が選ばれてしまったからだわ』
また映像の外から、会話の横から声が飛んできた。
『ユズリハちゃんの滞在先で起こした事件を、素知らぬ顔で人間の警備の不備のせいと糾弾するのか。それとも声高々に名乗りを上げて人間への嫌悪を喚きたてるのか。ことの後どうするつもりだったのかはまだ予想しか出来ないけれど、いずれにせよ人間とエルフの間に亀裂を生み出して国交の回復を白紙に戻そうとしていたのは確かよ』
低く太く、それでいてどこか豊かな深みを感じる聞き取りやすい声色。前にオウルが連れて行ってくれた演劇の役者さんに匹敵するくらいとてもいい声だ。
まったく聞き覚えがない。知らない人がいる。誰なんだろう。
僕が首を捻るのを追うように、オウルも水晶玉をぐるりと回転させる。すると映像の方も一緒に動いた。ああやって回せば視点を操作出来るらしい。
便利な道具だなぁと漏らした僕の息はちょうど視点が止まった場所、さっきから話している声の主の姿で止められた。
まず目につくのは、耳を隠すほどに長いふわふわくるくるの白髪。へんてこな髪型だ。しかもあれよく見れば作り物、かつらだ。あんな不思議なもの売ってるんだ、買う人いるんだ。
重力に敗北しかけの頬としわくちゃの顔は老いを感じさせるのに、鋭い瞳の輝きだけはギラギラとそこらの探索者よりも強くきらめいている。
そして何より一番僕を驚かせたのは、肉団子に四本棒を突き刺したような、たくましいだか貧相なんだか分からない、世にも奇妙な体形。
『まったく、知性が売りのエルフが野蛮でやんなっちやうわね!』
なんか凄い人が出て来た。