【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十七話「自白と懺悔」

 『竜骸』のどこかズレた助言はユズリハとソマリの心にはまったく響かず、すぐさま痛いほどの沈黙が舞い戻ってしまう。

 

 全身に突き刺さるような感覚を覚えるのは、はたして寒さのせいか、それともこの静けさのせいか。ユズリハは答えを出せなかった。なお、どちらにしても『竜骸』がもたらしたものである。

 

 結局このどうしようもない空気を崩したのは、『竜骸』の影から顔を覗かせたエリーの疑問だった。

 

「規定時間を超えたため確認に来たのですが、この状況はいったい」

 

 返事に迷うユズリハと決意を固めているソマリ。どちらの動きが速いかなど比べるまでもない。

 

 彼女が視線を泳がす間に、彼はまたしても懐から手のひらほどの宝石を取り出す。それは糸のような印が刻まれた緑の石、帰還石とも呼ばれる迷宮から脱出するための魔道具だ。

 

 気づいたユズリハがあっと声を上げた時にはもう遅く、既にソマリは帰還石を起動させていた。握り締められた石は光輝き、間もなく彼を外へと連れ出そうとしている。

 

 発動まで残り数秒。ここから止めるのは、距離を考えれば近づくことすら至難の業である。

 

「どこへ行く」

 

 だが『竜骸』は一瞬で彼の前に移動すると、その輝きごと転移石を握り潰した。

 

 バラバラと手から零れ落ちる欠片を前にソマリは目を見開き、そのままふっと息を零す。

 

 そしてがらんどうの笑みを浮かべながら、『竜骸』の疑問に軽く答えた。

 

「もうどこにも行かないし、もう行けない」

「……」

「あんたに止められたなら仕方ない。もう全部、諦めるしかないよな」

 

 それからソマリは、どこか空虚な口調で自らの行いを語り始めた。

 

 守護者との戦い後ユズリハを襲おうとしたこと。目論見がバレてもなお挑んだこと。形成が不利になってキマイラを召喚したが、あっけなく『竜骸』に葬られたこと。

 

 全てを聞き届けたエリーはうなだれるソマリを一瞥し、ただ静かに頷いた。

 

「経緯は把握しました。ひとまず、迷宮協会へ帰還しましょう」

「待ってくれエリー、それに『竜骸』さん。二人に頼みがある」

 

 踵を返す二人を止めるユズリハの声は硬い。迷いと遠慮が滲んでいる。凍り付いた大地を見下ろしながら視線も酷く揺れていた。

 

 だが呼吸を数回重ねた後、顔を上げた彼女に浮かぶ決意は、そのどれよりも硬く強いものだった。

 

「戻る前に、ここでソマリの話を聞かせてくれないか」

「それは」

「エリーには悪い、本当に申し訳ないと思ってる。でもこのまま連行したら、きっともう二度と話せない。全部終わった後私に伝わるのは、多分当たり障りのない話だけだ」

 

 ユズリハの想像は正しい。今回の事件を迷宮協会長であるシルヴァが秘密裏に処理しようとしている以上、犯人への取り調べも裁きも非常に閉じたもの、苛烈なものとなる可能性が高い。

 

 たとえ彼女が当事者であっても、むしろだからこそ、シルヴァは耳心地のよいもののみを伝えるつもりだった。

 

 しかし、彼女はそれを認められない。

 

「私はこいつの、友達の抱えてる問題をちゃんと知りたい。出来るなら力になってやりたい」

「……お前、まだそんなこと言って」

 

 空っぽだったソマリの声に感情が、呆れと共に微量の何かが灯る。それを聞いたエリーが考慮したのは一瞬。現状、友人の性格、これまで見聞きしたソマリの言動や素振り。彼女の中の天秤が揺れ動く。

 

 判断に迷った彼女は、この場で最も力ある者へ問いかけた。

 

「『竜骸』様」

「迷宮協会が決めることだ。どちらにしても、依頼は遂行する」

「……かしこまりました。では、まずはこの場から移動しましょう」

「ありがとう、エリー!」

 

 場に見合わない無邪気な笑顔に、エリーは微笑みと溜息を同時に漏らした。

 

 

 それから四人が連れ立って移動した先は『森林』の奥深く、守護者の間より更に十分ほど歩いた場所だ。通常は魔物の襲来も多発するため話すには向かない所だが、既に周囲の危険は『竜骸』により全て薙ぎ払われている。

 

 念のため辺りを見回し気配を探り、自分でも安全を確かめたユズリハは木にもたれ座るソマリへ改めて声をかけた。

 

「じゃあソマリ、話してくれ」

「そう言われても、何を話せって言うんだ」

「えっと目的とか、理由とか、あとはこんなことさせた奴のこととか」

 

 疑問を指折り数える姿に、周辺を確認した時の警戒心は一欠けらもない。その緊張感の薄い態度に、今度こそソマリの心は虚ろの代わりに呆れで一杯になった。

 

 そんな間延びしかけた空気を一閃するかのように『竜骸』は彼へ命じる。

 

「最初から全て話せ。ただし端的に、簡潔にだ」

「無茶ぶりだな。でも、あんたが言うならなるべくそうしてみる」

 

 ソマリが話をまとめるため口を閉じたのは数分にも満たない。それは彼がその能力に長けていたからか、それともずっと誰かに話したいと胸に溜め込んでいたからか。

 

 本人にさえ理由が分からないまま、やがて彼は『竜骸』の望み通り語り始めた。

 

「……俺には一人、妹がいる」

「お前、お兄ちゃんだったのか」

「ああ。馬鹿で生意気で鬱陶しいけど、たった一人の家族なんだ」

 

 家族を語る薄い笑みはすぐに途絶える。代わりに顔を上げた彼の顔に浮かぶのは無機質な、子供が懸命に形作ったような、人形めいた真顔だった。

 

「だから俺はあいつを、ルーシャを助けるために、お前を狙った」

 

 交わる視線をエリーは、ユズリハも逸らさない。途中目を瞑り閉ざしたのはソマリだけ。そのまま彼は視線を落とし、地面を見つめたまま続ける。

 

「俺達兄妹は昔、『パーチズ』ってギルドにいた」

 

 『竜骸』にもユズリハにも聞き覚えは無い。エリーだけがその名を聞いて眉をひそめていた。

 

「確か、身寄りを亡くした子供達による互助的なギルド、でしたか」

「さすがは『竜骸』の担当だ。じゃあ、どうなったのかも知ってるよな」

「……えぇ。『鍵』を持つ幹部が一層の事故で全滅したため、皆さま迷宮に潜れず散り散りとなったと聞いております」

 

 迷宮協会の規定では十五歳未満の、子供の探索者登録は禁じられている、ただし、実態は有名無実、曖昧なものだ。『鍵』を持つ者に同行すれば子供であろうとも迷宮に侵入することは可能であり、そもそも規定を破り、もしくは破らせて『鍵』を手にした年少の探索者も少なくない。

 

 この場合必要なのは年齢を誤魔化すための外見や書類、あるいは迷宮協会職員の目を瞑らせる何某か、である。当時の体も小さく痩せっぽちの、寄る辺すら持たないソマリ達にはどちらも用意することが出来なかった。

 

「あれは俺達を嫌った『ブラウンウィード』の仕業、あいつらが俺達に向けて魔物を牽引したせいだったんだが、今はいいか。どうせあいつらはもういない」

 

 ちらりとソマリは『竜骸』を、彼の恩人を見上げる。

 

「全部あんたが、『竜骸』が叩き潰してくれた」

「……火の粉を払っただけだ」

「それでも、皆の仇を討ってくれたのは本当だから」

 

 言葉も返さず視線も逸らす『竜骸』とは反対に、エリーとユズリハはソマリのことをじっと見つめていた。

 

「悪い、脱線したな」

「申し訳ございません。そちらの証言も、後程ご協力をお願いします」

「分かった。なんでも話す」

 

 素直に頷くソマリへ向け、エリーは更に深々と頭を下げる。

 

「……重ねて申し訳ございません。『ブラウンウィード』の暴虐は迷宮協会の不手際です」

「随分前の、多分まだあんたがいなかった頃の話だ。だから謝られても、その、困る」

 

 ぼそぼそと誤魔化すように呟き、更にそれをかき消すように咳払いを重ねてから、彼は説明を続けた。

 

「こうしてギルドが崩壊した後、俺達は生きる術を失った。どこかに潜りこもうにも、よそのギルドや聖教の施設も『ブラウンウィード』が睨んでて門前払いだ。それに兄ちゃん達と違って、俺には学も力もない。何も持っていなかった俺のせいで、俺もルーシャもあっさり野垂れ死にかけた」

「……ソマリ」

「そんな時、俺達を拾ったのがあの女、くそったれの『錬金術師』だ」

 

 とうとう現れた『錬金術師』の名にユズリハの、エリーの手に力が籠る。『竜骸』はそうでもなかった。

 

「あの女はとある実験のため、条件に見合う体を探していた。それで、ちょうど俺達兄妹が適合していたらしい」

「その条件というのは?」

「限りなく純血に近い体。俺達にはほとんど他の種族の血が流れてない、先祖返りが起きる余地がないくらいには薄い、とか言ってたな」

 

 およそ千年前にあらゆる種族の血が入り混じり始めたとはいえ、それは必要に駆られてのこと。どれも結びついたのは自然の成り行きだ。計画性や計算もない以上、今なお純血に近い人間が存在する可能性もありうる。

 

 そう納得しつつも、だからこそ浮かび上がる当然の疑問をユズリハは口にした。

 

「だけどソマリ、じゃあその体は」

「それも今から話す。こうしてあの女に拾われて、訳の分からない実験に付き合う日々が続いた。しばらくの間は戸惑いも警戒もあったが、あの時はまだ、正直感謝の方が大きかった」

「感謝?」

「だってそうだろ? 怪しい薬やら実験やらは毎日されるが、飯にも寝床にもまったく困らない。勉強も修業もつけてもらった。俺は『パーチズ』がなくなってから初めて、ルーシャが安心して笑うのを見られた」

 

 懐かしむような口調は暖かなものを隠せていない。拭い切れない情や感謝が滲む語りを、三人は黙って聞き続けた。

 

「そんな生活が二年くらい続いて、終わったのが大体半年くらい前だ」

 

 だがその熱も、徐々に怒りへと移り変わっていく。

 

「まずおかしくなったのは耳、聴覚だった」

 

 これまで届かなかった音に気づき、好きだった声が耳障りな刺激に変わり、やがて形が、耳そのものが変形していく。

 

 続いて鼻や目といった感覚器官も変化すれば、あとはもう一瞬だった。毛は生え変わり、骨格は変容し、筋肉は背筋が凍るほどに発達する。

 

 変化から二週間もすれば、ソマリは元の体を失っていた。

 

「詳しい内容なんて分からないが、あの女は先祖返りを引き起こす研究をしていたらしい」

「だけど、お前は純血に近い人間なんだろ?」

「……そう言われてもな。今も言ったが、俺にはあの女の研究の中身なんて全然分からない」

 

 何回聞いても、俺じゃ何一つ理解出来なかった。どこか恥ずかしげに零した後、彼は話を続けた。

 

「とにかくこうして俺達の体を使い研究を進めたあの女は、早速自分も人間をやめた」

「人間をやめる、どういう意味だ?」

「そのままだ。気づけば人間をやめて、あの女はエルフになっていた」

「なっエルフだと!?」

「あの女はそう言っていた。人間かエルフかなんて俺には判別出来ないが、実際耳は長くなってたな」

 

 種族が変わるなど、普通であれば偏執じみた妄想に過ぎない。しかしそれが現実と化した光景を知る二人に、特にユズリハにとってソマリの語った出来事は衝撃的な現実だった。

 

「あの女が何になろうと、俺の体がどうなっても、そんなのは全部どうでもいい。だけど俺と違ってルーシャは、妹は完璧に猫の姿に変えられて、体も心も人を捨てさせられた」

 

 『竜骸』がその時思い切り首を捻ったことに気づいた者はいなかった。

 

「ルーシャはまだ九歳なんだ。まだこれから、まだ、何も出来てないんだ」

 

 その理由は、ソマリの懇願するような、懺悔をするような声に気を取られていたから。

 

「だから俺はあの女にルーシャを元に戻すよう迫って、その条件として、新しい実験体を用意しろって言われて」

「それが、私か?」

「ああ。あちこち探している内に迷宮協会の講習会にエルフが、純血が現れたって聞いて。あの女もそれならいいと言っていたから、お前を追いかけるように『竜骸』の同行訓練へ申し込んだ」

 

 そして今日、お前を襲った。

 

 そう言葉を締め、語るべきことは全て語ったとでも言うように、ソマリは口を閉ざす。その姿は裁きを待つ罪人そのものだった。

 

 瞳を伏せて彼を見下ろすユズリハもかける言葉が見つからず、同じく口を開くことが出来ない。

 

 事実上の人質になっている妹を助けるため。今、この場で彼女が彼の言葉が真実なのかどうかを確かめる方法はない。それでも彼女は兄というものをよく知っていたから、その言葉の重みを感じ取っていた。

 

 二人の沈黙により、辺りにどうしようもないほど重い空気が流れ始める。そんな雰囲気であっても、エリーは一切の躊躇いなく生じた疑問をソマリへと投げ込んだ。

 

「……お待ちください。ソマリ様の狙いはユズリハ様なのですか?」

「あ、ああ。最初からずっと、俺はこいつをつけ狙ってた」

「私ではなくてですか?」

「なんで、あんたを?」

 

 心底不思議そうに、未知に出会った子供のように、ソマリは深く首を傾げる。

 

 その様子にようやく、ユズリハもエリーの感じていた違和感に気づいた。

 

「ソマリ、一つ確認させてくれ。昨日の事件にお前は関わってないのか?」

「昨日って、何かあったのか?」

「……ここにいるエリーが襲われた。どうも、命を狙われているらしい」

「なっ」

 

 ソマリは目を見開き、木に預けていた体を跳ね上げる。

 

「あんた大丈夫、なのか? 狙われてるのに迷宮の中になんていたら、余計危険なんじゃ」

 

 そして問いかける瞳と声には、疑いようのない心配が宿っていた。

 

 対するエリーはそれを受け止めそっと後方へ、微動だにしない『竜骸』に視線を移す。ソマリの目線が移動したことを確認してから、彼女は揺るぎない確信を込めて囁いた。

 

「問題ございません。少なくとも命においては、『ここ』が一番安全ですから」

「……ふっ。それもそうか」

 

 心から納得したソマリは浮かんだ背を再び木に預けようとするも、ユズリハが話を続けたことで中途半端な体勢に留まる。

 

「それでエリーを襲った連中なんだが、多分全員エルフだった」

「多分? 逃げられたのか?」

「魔石を飲んで変身したんだ、先祖返りみたいな姿に。だから断言出来ない」

 

 そしてその言葉に、再び彼の体は前のめりになった。

 

「それは、あの女の」

「やっぱりか。教えてくれ、ソマリ。その『錬金術師』の名前は」

「ワイラー」

 

 それは昨日の会議にて現れた、前里長ホリーと共に事件の重要参考人として挙げられた名前。

 

「あの女の名前はワイラー。人でなしの『錬金術師』だ」

 

 ますます混迷し始めた状況に二人は、密かに『竜骸』も頭を悩ましていた。

 

 

 

 ソマリから話を聞き終えた一同はすぐさま迷宮から帰還し、迷宮協会の会長室へと報告のため訪れていた。

 

 元々シルヴァに来るよう命じられていたというのもあるが、それ以上にソマリという思いがけない手がかりを手に入れてしまったことが大きい。

 

 なんだか大変なことになったなぁ、でも『竜骸』様いると大体こんな感じだしなぁ。

 

 いつも通り一周回って冷静になったエリーが部屋に入った時、シルヴァは指を噛んでうろうろと歩き回っているところだった。

 

 どう見ても異常な行動、素振りであり、異様な風貌もあって初見のソマリなどは鳥肌を立て凍り付いていた。しかし、今更その程度で動じるエリーではない。彼女は全てを無視し、素知らぬ顔で自身の上司へ声をかける。

 

「戻りました会長。早速お耳に入れたいことが」

「ああ、よく無事に戻って来たわね! 何かあったかしら!?」

「あったはあったけど。それよりシルヴァこそどうしたんだ、大丈夫か?」

 

 だがユズリハは真正面からそれを受け止めた。どちらかと言えば、人としてはこちらが正しい。

 

「……ユズリハちゃん、落ち着いて聞きなさい。焦ってもいいことなんてないわ。いい?」

「あ、ああ。そう言われると、余計緊張するんだけど。というか兄さんは?」

「今から話すわね」

 

 細長い腕をユズリハの両肩に乗せ、シルヴァは彼女の瞳を正面から見つめる。

 

「ヘーゼルは、『錬金術師』ワイラーに捕らわれたわ」

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