【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第十九話「『錬金術師』ワイラー」

 『竜骸』一行はソマリの案内の下迷宮協会を出て南に、連合国オストロの方面へしばらく進む。探索者向けの通りを過ぎ、住宅地を通過し、更には畑などの農耕地帯も超え、それでもなお歩き続けた。

 

 その歩みが止まったのはデルファを囲う壁、城壁をも通り抜けてすぐの目的に辿り着いてから。

 

 迷宮都市デルファはいわゆる城塞都市の一種である。迷宮の『門』を守るため、度々壁や施設を増改築していく過程で自然とそうなっていた。

 

 迷宮の恩恵は莫大なものだがそれだけで人々の生活を完結させる、とりわけ食料を満足に行き渡らせるのは不可能だ。そのため城壁内では農作、壁の外では牧場など、食料生産の活動はデルファでもごく普通に行われている。

 

 今『竜骸』達の前に広がる景色、無残に荒れ果てた元牧場もかつてはその一部だった。

 

 どこを見ても背の高い雑草が生い茂っており、微かに残る設備はいずれもボロボロ。折れるか腐るか砕けるか、はずれに存在する小さな家屋以外に人の手入れを感じるものはない。さんさんと照らす日の光が、かえってそのみすぼらしさを強調していた。

 

「ここか」

 

 『竜骸』の問いかけに、腐れ落ちた柵を跨ぎながらソマリは頷く。彼に倣い踏み込んだユズリハは、雑草まみれの光景を訝しげに見回していた。

 

「ここは牧場、だった場所か? 随分広いけど完全に寂れてるな」

「昔、連合の貴族が経営してた施設を借り受けたらしい。俺も詳しくは知らない」

「ふーん。にしても迷宮協会、これ見つけられなかったのか」

「借り受けているということでしたら、恐らく名義の違いによって捜査網から逃れたのでしょう」

 

 ソマリの解説に相槌を打つのは二人。聞いたユズリハと興味深そうに周辺を観察する白いローブの少女、『竜骸』の助手として同行しているアリスだった。

 

 つい先ほど合流したばかりの彼女へ向け、ソマリは不思議そうに視線を送る。

 

「さっきは『竜骸』の担当が来て、今度はあんたなんだな」

「はい。ダアト様に同行させていただくようお願いしました」

「……余計なお世話かもしれないが、『竜骸』から離れるなよ。あの女は何するか分からない」

「お気遣いありがとうございます。では、そのようにします」

 

 そう言ってぴったりくっつこうとする助手、アリスと微かな抵抗を見せる『竜骸』。自分から言い出したのにもかかわらず、ソマリは何とも言い難い様子でその光景を眺めていた。

 

 そんな彼の背中を軽く叩き、ユズリハは探索を促す。

 

「よし。じゃあまずは、念のために辺りを確かめてから」

「行くぞ」

 

 だが『竜骸』は彼女の声を、何もかもを素通りし、助手を伴いただ一つ残る家屋へ直進する。

 

「ソマリ、あそこって」

「研究所だ。あの女がいるとしたら、きっとあの中だ」

「……まあ『竜骸』さんいるし、何出てきても平気か!」

 

 むしろ警戒して遅れる、『竜骸』から離れた方が危険になる。そう判断したユズリハはソマリと共に『竜骸』の後を追う。

 

 今度の歩みは数分もかからない。周囲と異なりよく手入れされた、人の気配を感じる建物を前に彼女は一度だけ深く呼吸をした。

 

 その終わりを見計らい『竜骸』が扉を開く。鬼が出るか蛇が出るか。誰もが固唾を飲み込んだ。

 

「まあ、お客様がいっぱい! あの『竜骸』さんに、その助手さんにエルフさんまで!」

 

 そして彼らの前に現れた、扉を開いた先で待っていたのは一人の妙齢の、エルフの女。

 

「はじめまして。ご存じだとは思うけれど、私は『錬金術師』のワイラー。皆さんよく来てくれたわね~、心から歓迎するわ~!」

 

 肩で切り揃えた桃色の髪を揺らし、両手を合わせて朗らかに、嫋やかに微笑む。穏やかに細められた垂れ目には一片の悪意も、あるべき警戒心も存在せず、言葉通り歓待の喜びのみが溢れていた。

 

 また、豊かな胸元に押し上げられた薄手のワンピースとその上から羽織る水色のエプロン。そしてそこから覗く青白い生足と、白毛のもこもこのスリッパ。どれもいたって普通の町娘、若奥様風といった風情の服装だ。到底戦闘に、旅にも堪えるようなものではない。

 

 想定外の姿に誰もが身動きを取れない中、彼女は微笑みを浮かべたままソマリに声をかけた。

 

「ソマリもおかえりなさい! 昨日から家にもここにも、全然帰って来ないから心配してたのよ~?」

「……どこも俺の家じゃない。帰ったつもりもない」

「あらあらまあまあ。そんなこと言うなんて反抗期かしら~?」

「………………チッ!」

 

 眉を斜めにしながら頬に手を当てる姿は、まるで家族を思いやる母や姉のよう。己の中に浮かんだ一切合切を、ソマリは強烈な舌打ちで打ち捨てた。

 

 その音でようやくユズリハの時が戻る。

 

「お前がワイラーか?」

「ええ、さっき言ったでしょ? そういうあなたはどちら様かしら~?」

「エルフのユズリハだ。単刀直入に言う。ここに私の兄と祖父が、ヘーゼルとホリーという名のエルフ、それに迷宮協会の傭兵たちがいるはずだ」

「まあ、あなたがあのユズリハさん! ソマリからよく聞いてるわ~」

 

 抜けかけた気合を再度込め、出した問いへの答えは拍子抜け。しかもさらりと躱された上に、半歩の距離感まで踏み込まれる。

 

 下から見上げる緑の瞳は純粋な輝きに満ちていて、ユズリハは怖気を感じ、思わず数歩引いた。

 

「うんうん、エルフは皆とても美しいけれど、やっぱり若い女の子はひと味違うわね~」

「……おちょくっているのか? 言っておくが、私は短気だぞ」

「あら、それはよくないわ~。短気は損気。ながーい目と気で生きた方が人生楽しいわよ~?」

 

 ユズリハの眉間に皺が走る。右手は無意識のうちに、腰の木剣を握ろうとしていた。それをちらりと眺めたワイラーも一歩後ろに下がり、すかさず一礼する。

 

「やだ、ごめんなさい。私こそ気が急いちゃってたわ。こんなところでお話なんて失礼よね。お茶とお菓子をご用意するから、皆さんどうぞ上がって!」

「なっ待て!」

 

 そしてユズリハの制止は届かず、ワイラーは家の奥へとゆっくり歩いて行った。そのあまりにも自然な動作に、全員それ以上止められず彼女の後姿を見送ってしまう。

 

 中途半端に伸ばした手を下ろすユズリハのことを横目に見つつ、ソマリが小さく呟く。

 

「……あんたなら、出会い頭にぶん殴ると思ってた」

「無駄はしない」

 

 その言葉に引っかかりを覚えたのはアリスだけだった。

 

 それからワイラーの後を追った『竜骸』達の先にあったのは、いわゆる居間。

 

「もしかして皆さん、お腹空いてないのかしら?」

「……」

「それとも冷たいものの方がよかった? 確かにそろそろ暑くなる時期よね~」

 

 そして流れのまま机に案内された彼らの前にあるのは、彼女が手ずから用意したというお茶とクッキー。どちらも人数分用意されており、まだ温かく淹れたて、作り立てだ。

 

 どれも豊かな、部屋に満ちるほど甘い香りを放っているが、誰一人として口にしない。心底不思議そうに首を捻るワイラーへ代表して答えたのは、不快を隠そうともしないソマリだった。

 

「お前の出したものなんて食べる訳ないだろ。どうせ何か盛ってるに決まってる」

「まあ、失礼な子」

 

 彼女は拗ねたような声を出し、続けて諭すように告げる。

 

「いい、ソマリ。どんな実験でもね、ちゃーんと事前に準備を整えないと意味がないのよ? しっかり被検体の子には同意をもらって休んでもらって。それから各種検査をしてその記録を残して。それで正常値じゃなかったら延期して。そうじゃないと結果に実証性と再現性、客観性が保証されないもの」

「話が長い」

「要するに、いきなり投薬なんてしないってこと。そんなことしても実験の意味がないじゃない!」

 

 彼女なりの自論に基づく教えだったが、当然誰の胸にも届かない。理念や理屈以前に、彼女の言動への信頼が圧倒的に欠けていた。そのため向けられるのは納得ではなく不信感のみである。

 

 しかし彼女はそれをものともせず、今度は『竜骸』に向け砂糖を煮詰めたような声をあげる。

 

「それにしても、あの『竜骸』さんにも来ていただけるなんて感激だわ~」

「……」

「見れば見るほど惚れ惚れしちゃう。不躾だけれど、これから実験に付き合ってもらってもいいかしら~?」

「断る」

「あら、残念。気が変わったらいつでも言ってくれると嬉しいわ~」

 

 地獄の冷気よりも冷えた返事を受けてもなお、ワイラーの口ぶりは温く胃がもたれるほど甘ったるい。それは向けられる者以外、とりわけ同姓にとっては非常に癇に障る声色だった。

 

 だからこそ、更にはこれまでの経緯を考慮すれば、ユズリハが机を思い切り叩き立ち上がるのは当たり前の反応だと言える。

 

「いい加減にしろ」

「あら?」

「茶番はもうたくさんだ。兄さんたち、それにルーシャ、こいつの妹はどこにいる!」

 

 怒鳴るユズリハほどではないにしろソマリも、そしてアリスも苛立ちを覚えている。

 

 だがしかし、それでもワイラーは笑みを崩さない。変わらない声でユズリハの問いに答えた。

 

「ルーシャちゃんはお外にお出かけ中。お兄さんたちは、今は地下室でお休みしているわ~」

「なら今すぐ案内しろ! そして兄さんたちを返せ!」

「ええ。もちろんいいわよ~」

 

 まさか快諾されるとは考えもしていなかったせいか、ユズリハの動きが止まる。それを狙っていたのか、その隙を縫うようにワイラーは続けた。

 

「ただその前に、ちょっとお話に付き合ってもらいたいの。それくらいはいいわよね~?」

「どうしてそんなことを! お前の話を聞く義理なんて私たちには」

 

 ワイラーは微笑んだ。

 

「あるでしょ? 地下室に」

「ッ!?」

「うふふ」

 

 対照的に、ユズリハは唇を嚙みながら勢いよく腰を下ろす。机の上で強く握り締めた手は震えていた。

 

「ダアト様」

「まだだ」

 

 そんな様子を見てしまえば、アリスもつい促すように問いかけてしまう。しかし、『竜骸』は言葉短く首を横に振った。

 

 その返事を最後に四人は黙り込み、居間には緊張感と敵意のみが満ちていく。だがワイラーは朗らかな笑みを崩さずに講演を始めた。

 

「さて、皆さんはこの世界の仕組みに、クラスとスキルに疑問を抱いたことはないかしら~?」

 

 そしてあまりにも唐突な問いかけを『竜骸』達に向けて投げかけた。

 

「疑問だと? 何を思えと言うんだ」

「あらあら、さっきも言ったけれど短気は損気よ、ユズリハさん。ちゃーんと考えてね」

「気安く呼ぶな!」

 

 またしてもユズリハが机を叩くと、今度はみしりとどこかに罅の走る音がした。机とユズリハ、両方に限界が近いと感じたアリスが割り込むように回答する。

 

「クラスとスキルは、神が人々に与えた祝福である。聖教においてはそう教えられています」

「うんうん、ありがとう助手さん。それでユズリハさん、エルフの方はどう?」

「……エルフにおいても似たようなものだ。神ではないが、天と地の恵みだと伝えられている」

 

 アリスとユズリハ、人間とエルフ両者からの返事を受け、ワイラーは満足そうに頷いた。

 

「そうよね~。クラスとスキルは強大な力、どちらか一つでも欠けていたら、きっと人類はここまで繫栄していないもの。昔の人が祝福と呼び始めた気持ちも分かるわ~」

「それで、お前は何が」

「でも本当に、これって祝福なのかしら?」

 

 またしても唐突、更に先よりもまして意味不明な質問に、苛立たしげなユズリハの言葉が止まる。

 

「私はね、どちらも人類に課せられた試練だと思うの」

 

 そして続く言葉に全員口を閉ざした。

 

「クラスを得れば誰であっても同じ力を与えられ、スキルを使えばいつでも誰でも同じ事象を引き起こせる。これってとっても便利だけど、それ以上に残酷な話よね」

「残酷? どこがだ」

「だって、個性がないじゃない」

 

 そう言い切ってから、ワイラーは部屋にいる面々を見回す。

 

「ここにいる五人でさえ、顔も体も性格も全然違うのよ? 好きなことや得意なことだってそう。もし一緒だとしても、その濃淡は絶対違うでしょ? たとえば、出来たら欲しいーと、ないと生きていけないーじゃ、同じ好きでも全然色合いが違うわ」

「違うならどうだって言うんだ」

「体も心も異なるなら、それぞれ重ねる努力も手にする結果も変わるはずよね。だけど、クラスとスキルはそうじゃない。誰であってもどんな思いであっても、結局は同じ恩恵と力を得られてしまう。しかも普通に努力をしても到底手が届かないほどの、人知を超えたものを」

 

 クラスにより与えられる各種能力の向上。スキルにより引き起こされる様々な超常現象。どちらにおいても人類は、クラスシステムの恩恵なくしてその領域に手を伸ばせていない。

 

「これが祝福なら、神様ってとても意地悪だわ。最初から人の限界を、種の結論を見せつけられているようなものだもの。特に『錬金術師』のスキル、『仮説証明』なんて酷いものよ? だって考えるまでもなく、実験の用意をするだけで結果が分かっちゃうの。その上危ない結果になるなら止めておきなさいーって、頭の中で警告までされちゃうのよ。まるで過保護で過干渉な親みたい」

 

 そしてクラスシステムが実行されてからおよそ千年、人類はその恩恵の庇護下から脱して、抜け出そうともしていない。千年もの間世界を知らぬ幼子のように、暖かな守護の下でぬくぬくと生き続けている。

 

「それでね、神様がどうしてこんな意地悪をしているのか考えたの。最初は人を堕落させるための誘惑じゃないかしら、なんて思ったのだけれど、それは絶対にありえない。だって、神はあまねく全てを愛しているもの」

「……聖教の、教え」

「だとしたらどうして、神様はクラスとスキルなんてものを私たちに与えたのか。考えて考えて、私は一つの結論に至ったの。これらはきっと、神様が人に教えてくれた、見せてくれたお手本。いずれ乗り越えるべき壁なんだって!」

 

 よってワイラーの演説はこの世界の人類が未だに辿り着けていない、ある種一つの真理を捉えた言葉だった。

 

 しかしアリス達は気が付く下地を持たず、唯一持つはずの『竜骸』は話半分気もそぞろで聞いている。そのため、ワイラーの語りは戯言としか受け止められていない。

 

 特にユズリハにとって、彼女の話はどこまでも不愉快なものでしかなかった。

 

「……で、そのご高説がどうかしたか? 私たちはお前の説教をいつまで聞けばいいんだ」

「まだお話の途中よ~。焦らない焦らない」

 

 また、つい漏らしてしまった嫌味混じりの相槌も、ワイラーの生暖かい返事のせいでかえって気持ちをささくれ立てただけだった。

 

「ともかくこうしてクラスとスキルが試練だと仮定した私は、その限界を超えるために研究を始めたの。でもその後が困ってしまったのよ~。だってクラスもスキルも、両方とも干渉しようがない現象や法則のようなもの。長い間、本当に長い間色々と試したわ~」

 

 ぼうっと天井を眺めるワイラーの瞳には、彼女にしか見えない幾多の試行錯誤が映っていた。一瞬その光景に浸ってから、彼女はソマリに向けて心から感謝の気持ちを告げる。

 

「その中でもあなたは最高の成功例。改めてありがとう、ソマリ。あなたたち兄妹の献身のおかげで、私は一つ壁を超えることが出来たわ」

「何が感謝だ。お前のせいで、ルーシャは」

「本当にあなたにも、ルーシャちゃんにも感謝してるのよ~? 二人がいなければ種の進化理論は実証、ううん、検証すら出来なかったもの~」

 

 当然の反発を受けてもなお彼女は本心のまま、罪悪感の欠片もなく無邪気に微笑み続ける。

 

 それを打ち砕いたのは、『竜骸』の唐突な確認だった。

 

「そろそろ、準備は終わったか」

「あら、驚かせようと思っていたのだけれど、もしかしてバレちゃってたかしら?」

「元より見えている」

「さすがは『竜骸』さん。天然ものなのが本当に残念だわ~」

「……天然もの? 残念?」

 

 意図の読めない単語をソマリがオウム返しに呟いた。それを耳ざとく聞きつけたワイラーは、すかさず彼に問いかける。

 

「ねえソマリ、人工物と天然もの、道具と命の違いは分かるかしら?」

「は?」

「やっぱり分からないか。それじゃあ皆さんはどう?」

 

 『竜骸』、イリアスとユズリハはそんな哲学的なことを考えるような性格ではない。

 

 残るアリスも、かつて『聖女』であった時に出した答えは一応だがある。しかし道具とは私、命とは私以外の人々、という拗ねと諦観に満ちた考えは、既にイリアスが跡形もなく粉砕している。

 

 そのため、ワイラーの問いに答えられる者は誰もいなかった。

 

「答えは、込められた気持ちの種類。道具とはかくあるべしという目的によって作られ、そしてその理念の下で研ぎ澄まされていくもの。言い換えれば、道具には無駄がないのよ」

「……じゃあ、命は?」

「祈りよ。ああして欲しい、こうあって欲しいというたくさんの想いや願いと共に命は生まれ、様々な愛によって育まれていくの。捧げられる気持ちは形も量もいつだってバラバラ。だからそれらを背負って生きる命は、誰もが色とりどりの余分を抱えているの」

 

 つらつらと並べられる綺麗事に、ソマリもユズリハも苛立ちを忘れて間抜けな顔を晒してしまう。そしてまたしても身動き一つしない『竜骸』はともかく、アリスだけがワイラーの話に顔をしかめていた。

 

「ソマリほどじゃないけれど、私も『竜骸』さんのことは好きで色々と調べたから分かるわ。あなたは間違いなく一つの命。道具と、兵器と呼ぶには、余計なものがあまりにも多過ぎるもの」

 

 決闘の際に聖王騎士ライラックが声高々に述べた、市井でも一定数信じられている主張。『竜骸』は魔帝国が開発した新種の生物兵器である、という噂話にワイラーは真っ向から反論していた。

 

 それが真実であることを、『竜骸』が、イリアスが生物兵器などではないこと、彼の温もりを知るアリスは盛大に眉をひそめた。

 

 ワイラーの持つ情報は分からない。口ぶりからして確定的なもの、正体は知らない可能性が高い。しかしあれほどの確信を得る根拠は、今後のためにも知っておかなければ。

 

 イリアスのため思考に耽りかけた彼女の体が不意に浮かぶ。反射的に顔を上げればそこには『竜骸』の顔。彼女は何故か、『竜骸』に抱えられていた。

 

「だ、ダアト様?」

「全員、この場から離れろ」

 

 そう短く言い切ってから、『竜骸』は空いた片手から風の魔弾を放った。直撃した部屋の壁は吹き飛び、そのまま『竜骸』はアリスを抱えたまま雑草だらけの景色の中へ飛び出していく。

 

 突然の奇行、暴挙とも言える『竜骸』の行動に一瞬困惑した空気が流れる。だがユズリハは、その意図をすぐさま察した。

 

「……ッ!? ソマリ、私たちも行くぞ!」

「急に」

「いいから早く!」

「わ、分かった!」

 

 言われるがまま駆け出し、その四歩目でようやくソマリも気が付いた。

 

 何かが足元で、地下で蠢いている。

 

 そして十数秒後、彼らが研究所からいくらか離れたところで、その音は地響きへと変わった。

 

 揺れる大地に足を取られ、ふらつき思わず屈んだソマリの目に、異様な光景が映る。

 

 地震の中でも助手を抱えたまま直立不動の姿を取る『竜骸』、ではない。ワイラーの研究所の周囲が、地面が下から叩かれたかのように何度も膨らみ、少しずつ盛り上がり始めている。

 

 やがて何かが砕ける音がした瞬間、地面の下から黄金の巨体が飛び出す。それは研究所の床を、居間を、建物全てを破壊し、空へその身をさらけ出した。




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