【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十一話「蒼の理」

 黄金合成偽竜オーラは空に羽ばたく。生じた暴風は草を揺らし、柵の名残を飛ばし、腐りかけた納屋をなぎ倒した。

 

 その風圧に片膝を着きながら、『魔導士』の傭兵はオーラに向け手をかざす。

 

「穿て『ジャベリン』ってわ、わぁ!?」

「アホ、狙い過ぎだ!」

 

 彼女が放ったスキル、氷の魔槍はオーラの火球に容易くかき消された。ソドランが彼女の首根っこを掴んで飛び退かなければ、彼女もまた自身のスキルと同じ末路に至っていただろう。

 

「あんま無茶すんな、俺達の仕事は時間稼ぎだ! 殺しにかかりゃ逆に殺られんぞ!」

「ですけど、それくらいじゃないと多分誘導にもなりませんよ!」

「じゃあ死なねぇ程度に張り切れ」

「それこそ無茶ぶりですって!」

 

 オーラの戦闘能力は『竜骸』の読み通り、おおよそバジリスクと同等である。そしてバジリスクは、過去に『千人殺し』と呼ばれていたこともある化物だ。

 

 つまり、本来であれば軍をあげて討伐すべきもの。今の彼らのようにたかだか数人で相手取るなど、正気を疑うほどに愚かな行為である。

 

 にもかかわらず現在戦っているのは僅か六人、四人の傭兵とユズリハ、ソマリのみ。非戦闘員のアリス、負傷した傭兵とホリー、そして意識のないワイラーは『竜骸』の張った結界の中で小さく固まっている。

 

 無理無茶無謀を束ねながらも、こうして彼らがオーラと戦う理由は一つ。

 

『封印の詠唱は二分かかる。その間、牧場内であれの相手をしろ』

 

 つい先ほど、『竜骸』が有無を言わせず叩きつけた無茶ぶりのせいだった。

 

 あまりにもあっさりとした口調を思い出し、ソドランは半分怒り、半分笑いながら愚痴を零す。

 

「簡単に言ってくれるよな、本当」

「実際、『竜骸』にとっては簡単なんでしょうね!」

「そりゃそうだろうさ、見てたから分かる」

 

 ぽんぽんとオーラを殴り飛ばす姿は今も目に焼き付いている。そのせいで感覚が麻痺して、つい安請け合いをしてしまっていたのかもしれない。

 

 数十秒前の自分に唾を吐きながらもソドランは、傭兵達は決して逃げようとしていない。

 

 また彼らは『竜骸』の語る封印の意味を知らない、そもそも何をするつもりなのかも聞けてはいない。

 

 ただ、それでも『竜骸』ならどうにかするだろうという確信だけはあった。この約半年間で受けた、目の当たりにした『竜骸』の暴威を彼らは文字通り身に染みて理解していた。

 

 だからこそ、彼らは今もこうしてオーラへ武器を向けている。

 

「つってもこれからどうするか。人間相手と同じ時間稼ぎは通用しねぇだろうし」

 

 変わり果てる前のヘーゼルならともかく、今目の前で咆哮を上げるオーラに理性は感じられない。

 

 誘ったところで、まさか茶飲み話には付き合ってくれないだろう。だが偽でも竜だというし、もしかしたら酒ならいけるかもしれない。

 

 そんな脳裏を過ぎった愚にもつかない冗談を、ユズリハの鋭い声が引き裂く。

 

「『空破』!」

 

 ただし、共に放たれた剣閃はオーラの身体に傷をつけることは出来なかった。

 

 元々まったく期待していなかった以上、彼女も舌打ち一つでそれは流す。

 

 大事なのはオーラの反応。確かに傷つきはしなかったものの、彼は『空破』が発動した瞬間僅かに動きを止め、虚ろな視線をユズリハへと向けた。

 

 そしてお返しと言わんばかりに火球を撃つ。当たれば、掠っただけでも灰になるだろうそれをユズリハは軽やかな足取りで回避し、遠く離れて構えていたソマリの元へと跳躍する。

 

「大丈夫か?」

「ああ。それより、見ての通り私たちじゃ傷つけるのも難しい。だからとにかく注意を引くんだ」

「分かった。やってみる」

「だが気をつけろ。観察した限り、敵意を向けられると本能に火球を返すらしい。幸い威力こそ大きいがどれも直線的だ。すぐ動けば、お前なら余裕で躱せる」

 

 相手は竜を模した前例のない怪物、それも兄が変貌したものだというのに、ユズリハの言葉や対処はどれも冷静かつ的確なもの。ソドラン達傭兵は思わず舌を巻く。

 

「さっすがエルフは違ぇ。こんな時でも頼りになるな」

 

 しかし、ソマリだけは物憂げに彼女の顔を見つめていた。

 

「お前、本当に大丈夫か?」

「まあ、なんとかな。正直なところ兄さんが魔物に変えられたなんて、全然現実感がなくいんだ。おかげでまだ頭はぐちゃぐちゃだが、この通り身体は動く」

「そうか」

 

 気丈な返事を受け取って、一瞬彼は言葉を飲み込みかける。

 

「……でも本当、あんまり無理するなよ」

 

 それでも彼は堪えきれず、結局口に出してしまった。この状況、相手で無理をしないなど、絶対に出来ないだろうに。

 

 自分の迂闊さに苦虫を嚙み潰したようなソマリを見て、きょとんと目を丸くした後ユズリハはふっと笑みを零した。

 

「お前こそな。さあ、散開するぞ!」

 

 別れ際に告げた言葉は、ほんの少しだけ柔らかい響きを伴っていた。

 

 

 ユズリハが見せた対処法に倣い、傭兵達もソマリもオーラへの簡易な攻撃と回避を繰り返す。

 

 当然のごとくオーラの身体には傷一つない。彼らの攻撃はオーラにまったく通じず、また仮に効果があったとしても、彼の再生能力により無に帰していただろう。

 

「あと三十秒くらいだ、気張れ!」

 

 だがソドランが叫ぶように、既に戦闘開始からおよそ一分三十秒。狙い通りに時間は稼げていた。

 

 そして彼が檄を飛ばすと同時に、地面に青の魔法陣が広がっていく。それは『竜骸』を中心に展開し彼らを、オーラを、更に牧場跡全体を包むように光り輝いた。

 

 この輝きにどんな効果があるのか、何が起こるのか。彼らには分からない。しかしそれでも、『竜骸』の準備が整いつつあること、戦いの終わりが訪れようとしていることは理解出来た。

 

 けれどもそれは、オーラも同じだった。

 

 彼は本能的に何かを察知したのか、魔法陣が自身の足元に届いた瞬間空へと飛び立った。

 

「また飛びやかった! どうする、『竜骸』は間に合うのか?」

「いや、あれはまさか」

 

 そしてある程度の高さまで浮かぶと急旋回、ソドラン達に背を向ける。

 

「あいつ、逃げる気か!?」

 

 彼は牧場跡から逃げ去ろうとしていた。

 

 オーラには理性も知性もない。しかし、鈍いが本能はある。ことここに至り、ようやく彼は自身に迫る圧倒的脅威を認識し始めていた。

 

 一刻も早く逃げようと彼は羽ばたきを繰り返す。生じた風圧に耐えるため、誰もが倒れるように身を低くした。

 

 その体勢のまま空を、オーラを見上げたユズリハが、突然何かに気づいたように息を呑む。そして刺すようにソドランへ大声で問いかけた。

 

「ソドラン、『竜骸』さんの射程距離は!?」

「聞いてねぇよ、今聞く暇もねぇ!」

 

 もし無限と言われても今更ソドランは驚かないだろう。だが、現実的にその可能性はとても低いと彼は踏んでいる。

 

 なにせあの『竜骸』がわざわざ傭兵に足止めを、それも牧場内でと指示を出したのだ。仮に無限であれば準備のために距離を離すか離れるか、『竜骸』ならどちらでも簡単に出来るはず。

 

 故に、恐らく射程はこの牧場跡。このまま放置すれば『竜骸』の牙はオーラに届かない。そして逃げたオーラはやがてデルファを蹂躙するだろう。

 

 偶然ソドランの近くにいた、彼の独り言に近い推測を聞いたソマリは焦りと共に立ち上がる。

 

「じゃあ話してる暇もないだろ!」

「待て、ソマリ!」

 

 そして駆け出した。

 

 この中で戦闘技術こそ最底辺の彼だが、先祖返りの恩恵もあり身体能力は最も高い。そのため他が這いつくばることしか出来ない状況でも、彼は力任せに突撃することが出来た。

 

 更にオーラはその巨体もあり、飛行速度自体はそれほどでもない。よって身を低くし駆けるソマリは、数秒もすればオーラに追いついていた。

 

 追いついて、それでどうするのか。ユズリハが指示した通りに、これまでと同じように牽制で時間を稼ぐのか。だがそれだけで本当に逃げるオーラの足を止められるのか。この期に及んで無為な攻撃など、ただ無視されるだけでは。

 

 無視されて逃げられてオーラに、ヘーゼルに、ユズリハの兄に街を壊させてしまうのか。

 

 背中を睨みながらの逡巡は一瞬。ソマリは確実な手を、自らを危機に晒す一手を選んだ。

 

 彼は全力疾走の勢いのまま、揺れるオーラの尻尾に向けて跳躍する。更に鱗へ足をかけ尾の反動を利用し、胴体を目指してもう一度飛び上がる。

 

 曲芸染みた動きにより無事ソマリはオーラの頭上を、むき出しの背中の上を位置取った。

 

 隙だらけの敵を前にして、『戦士』のやるべきことは一つ。

 

「『剛断』!」

 

 渾身のスキルはオーラの背中に直撃し、見事彼の鱗に傷をつけた。

 

 その傷もすぐに再生し消滅する。だがその一撃は、狙い通りオーラの注意を引いた。

 

 オーラはその場で旋回し後ろを、叩きつけた斧の反動で浮かぶソマリの方を向く。虚ろな瞳と目が合い、数秒後の未来を感じ、彼の背筋に冷や汗が流れた。

 

 その予感は正しい。オーラは落下するソマリを追いかけるように顔を近づけ、その口に火を溜め始める。

 

 火球を蓄えた口は目の前。空中のソマリに防ぐ手段は、避ける暇はない。

 

 そして傭兵達とユズリハは未だ片膝を着いたまま、異常に気付いた『竜骸』も封印の詠唱中で動けない、中断するにもいくらか時間が必要となる。

 

 よって数秒先の未来、ソマリが燃え散るのを止められる者はここにいない。

 

「だけど」

 

 愚かにもオーラは逃げるのを止めた、攻撃のため振り返った。ここから切り返し、逃亡を再開するためには最低でも十秒はかかるはず。そしてそれだけあれば、『竜骸』の準備は終わるだろう。

 

 つまり、時間稼ぎは成功した。

 

 震えそうになる歯を噛み締め、ソマリは勝利の笑みを前借して浮かべた。

 

「ソマリ!」

 

 ユズリハが叫ぼうとオーラは、彼女の兄が変貌した魔物は止まらない。まもなく彼は、最愛の妹の友人を焼き殺す。

 

 空を裂く青年の叫びがなければ、そうなるはずだった。

 

「『来い』ッ!!」

 

 そのスキルの名は『挑発』。民や仲間を守るため、知性に欠ける敵の注意を強制的に引き寄せる『騎士』の代表的な技である。

 

 そしてオーラの知性もこのスキルの効果範囲内にある。ソマリに向けられていた無機質な殺意は『挑発』の主、白銀の鎧を纏う青年の元へと向かう。

 

 突然の乱入者に、いるはずのない人物に、ソドランの口から困惑が零れ落ちた。

 

「は? なんでここに、聖王騎士が」

 

 集まる注目を若き聖王騎士、リンドウが気にする余裕などない。オーラの注意は実際の驚異、火球となって彼へ襲い掛かる。

 

 人が触れれば即座に灰と化す炎。いかな聖王騎士の鎧と言えども、直撃すれば命はない。

 

 だから彼は守るための力を、生き抜くためのスキルを続けざまに開放する。

 

「『炎断壁』!」

 

 熱を遮断し炎を拒絶する不可視の壁がリンドウの前、構えた盾を中心に展開された。

 

 溶岩すらも弾くその力は、彼の持つスキルの中で最も対炎に特化したものである。

 

「ぐっ、つ、うぅ」

 

 されど、オーラの火は溶岩など遥かに上回る。防壁にぶつかってなお火の勢いは衰えず、リンドウを焼き尽くさんと燃えに燃え盛る。

 

 冷や汗すら蒸発する中、火炎を防ぐ壁が揺らぎ始める。スキルの効果時間が切れるまで残り数秒。彼が稼げた時間はたった十秒だった。

 

「邪魔だ」

 

 だが、その十秒で十分だった。

 

 それだけあれば、『竜骸』も封印の詠唱を被害なく中断することが出来る。そして詠唱さえしていなければオーラの対処など造作もない。『竜骸』は巨大な氷柱を無造作に三本放った。

 

 その内一本が火球を潰し消し去り、二本がオーラの翼を打ち抜く。更に突き刺さった個所から氷が広がっていき、再びオーラは氷漬けとなった。

 

 瞬きの間に危機が去った、命を救われたリンドウの顔に影が差す。彼が顔を上げるとその主、『竜骸』がアリスを伴ってそこに立っていた。

 

「あ、ありがとうございます、『竜骸』殿!」

「何故ここにいる」

「えぇと、それは」

 

 礼を無視し問いかける『竜骸』に、リンドウは返す言葉に悩み口を止める。それにアリスは眉をひそめ、『竜骸』の問いに重ねることで催促を強めた。

 

「何故、貴方がここに?」

「あっり、ではなく、あ、でもなく」

「……私のことは、助手とお呼びください」

「は、はっ! 了解いたしました、助手様!」

「…………それで、どうして貴方が、聖王騎士がここに?」

 

 極めて微妙な表情をフードの奥底に沈めながら、アリスはリンドウへ改めて問いかけた。

 

「私は、我々はこの度迷宮協会の総会に出席されるアカシア様の護衛として参上いたしました」

 

 迷宮協会にてシルヴァが語った、総会のためデルファを既に訪れている理事。その内一人が『聖女』アカシアだ。

 

 聖王国は先日の決闘事件について、主犯は暴走したライラックであり全ての責任は彼にある、とアカシアが革命を起こす前に声明を出している。だが、当然そんな苦し紛れで他国が納得する訳もない。

 

 歴代『聖女』の末路の件もあり、聖王国はあらゆる勢力からの信用を損ないつつある。そんな今、聖王国に最も求められているもの。あえて簡潔に言えば、それは誠意である。

 

 その証明のため、『聖女』アカシアは総会という機会を利用して各国との会談に臨んでいた。

 

「今日も護衛を務めるはずだったのですが、朝方アカシア様より特命をいただきまして。そのために街を歩いていたところ、あの魔物の姿と咆哮、地響きを何度も確認しました。それで明らかにこれは事件だと思い、急いで駆けつけたのですが」

 

 そこで言葉を切り、リンドウは氷漬けのオーラを見上げる。そして当たり前の疑問を口にした。

 

「助手様、『竜骸』殿、今更ですがあの魔物は一体」

 

 今度は逆にリンドウへ経緯を説明する番だった。主にアリスが語り、時折『竜骸』が口を挟み、簡潔に状況を告げた。

 

「よってあれを封印する。そのための準備をしていたが、中断した」

「……も、もしかして俺を、私を助けるために。申し訳ございません、余計なお世話をかけてしまい」

「いいや、貴方が来てくれなければソマリが犠牲になるところだった。本当にありがとう」

「あっえ、エルフ? 凄い、初めて見た、じゃなくて、き、騎士として当然のことですから!」

 

 どれほど簡単にまとめたとしても相当に複雑な状況である。語り終えるまでに、散らばっていたユズリハ達が集まるくらいの時間はかかった。

 

 彼女は深々とリンドウへ頭を下げた後、気まずげに視線を落とすソマリの背中を思い切り叩く。

 

「おいソマリ、お前もちゃんとお礼言え。まったく、あんな考えなしに動くなんて、本当お前な」

「……別に、一番確実な手を取っただけだ」

「だからってな、お前な、いい加減にしないとな、私、そろそろ怒るぞ? 私怒ると滅茶苦茶面倒だぞ? 怖いって大評判だぞ?」

「お二人とも、お気持ちは分かりますが後にしてください」

 

 いきり立つユズリハの声を上書きするよう、ぱきぱきと氷がひび割れる音がする。オーラが目覚める、再び動き出す時が訪れようとしている。

 

 それぞれが改めて武器を構える中、リンドウは盾を握り締めて高らかに宣言した。

 

「微力ではありますが加勢します。守りは任せてください!」

 

 そんな控えめな言葉とは裏腹に、結果から言えばリンドウの加勢は微力どころではなかった。

 

「『来い』!」

 

 知性と理性が乏しいオーラに対し『挑発』の相性は抜群によい。

 

 それぞれの攻撃スキルと『挑発』を繰り返すだけでリンドウが参戦するよりも遥かに容易く、安全に時間を稼ぐことが出来ている。

 

 ずっとはらはらと戦いを見守っていた、荒事への理解が薄いアリスにもその余裕、雰囲気は伝わった。

 

 おかげでようやくほんの少しだけ胸を撫で下ろし、次に彼女が気にかかったのは隣の『竜骸』、イリアスの様子だった。

 

 彼の纏う、そして地面に広がる魔法陣の雰囲気が、聖王国との決闘にて地獄を生み出した魔法、『紅き空』(ワールドエンド)にとても近いと感じたからだ。

 

 アリスはイリアスに対し全幅の、己の命や人生を躊躇なく預けられるほどの信頼を寄せている。

 

 ただし、それはそれとして彼の常識、とりわけ痛みや戦い等に関する感性については大きな疑念、というよりも懸念を抱いている。

 

 いつもあまりにもやり方が苛烈、容赦がなさ過ぎる。行き過ぎた暴力はいずれ自らに返って来るもの。遠い未来、イリアス自身をも傷つけてしまうかもしれない。

 

 戦いを知らない、戦うことの出来ない自分が口に出すことはおこがましいとは思いながらも、彼女は常々感じている妄想のような不安を捨てきれない。抑えることが出来ない。

 

「ダアト様」

「問題ない」

 

 そんな心配が込められた呼びかけに『竜骸』は、イリアスは短く返す。

 

「……大丈夫。殺しも死なせも、痛くもしない」

 

 そしてアリスにだけ聞こえるようひっそりと、柔らかく付け足した。

 

 彼女の肩から少し力が抜けたことを確認し、『竜骸』は封印の結びとして改めて詠唱を始めた。

 

「『回り廻り巡るもの。歩み走り駆けるもの』」

 

 魂には、魔力には色がある。

 

 『赤』『青』『黄』『緑』『茶』『紫』の基本六色に全てを飲み込む『黒』と『白』、そして禁忌の『灰』。それぞれ司る感情、事象が異なる。

 

「『其は世を征するもの、界を服すると嘯くものなり』」

 

 共通するのは本質。魔力とは一の命、完全なる世界を乱す邪な力。その業を理論化、誰もが使える道具へと昇華させたものを、古代の人々は魔法と呼んでいた。

 

「『されどその御業、我が力に敵わず、我が足止めること叶わず、我が命には適わず。大いなる法は今ここに失墜す』」

 

 魔法は通常起こりえない事象を引き起こし、生じるはずの代償をかき消し、あるべき世界の流れをいとも容易く断ち切る。

 

 その神髄は因果の改変。よっていずれの色においても、極めし者はやがて時と概念への干渉に行き着く。

 

「『傲慢なる弱者よ。愚行の代償、その身に刻め』」

 

 そしてこれこそかつて賢者が、現代では聖女と伝えられるリリアンが至りし『青』の極致。

 

 時を、概念すらも凍てつかせる終わりの冷気。

 

『蒼の理』(ロードエンド)

 

 『竜骸』の詠唱に応え、牧場跡を埋め尽くしていた青の魔法陣が雪の結晶のように砕け散った。

 

 粉々になった魔法陣は対象、オーラを包み込むかのように集まっていく。

 

 彼は本能のまま逃亡しようとするが、それは無駄骨だ。時を超越した魔法はどこまでも彼を追いかける。また、抵抗に切り替えたところで無駄は無駄のまま。概念へ干渉する術を持たない彼に、『蒼の理』に太刀打ちする手段はない。

 

 暴れるオーラを魔法陣が完全に飲み込んだその時、『竜骸』が思い出したように呟く。

 

「目を閉じろ」

 

 辛うじて忠告が聞こえたアリス以外の目が、『蒼の理』が放つ強烈な輝きに潰された。

 

 視力を奪われたユズリハ達の耳に届くのは、何か巨大なものが地面に墜落した轟音と、それにより生じる地響きのみ。警戒し身を低くするも、それ以降は何の音もしなかった。

 

 やがて視界を取り戻したユズリハが顔を上げると、そこには奇妙なものが鎮座していた。

 

「なんだこれ。止まってる、のか?」

 

 声が迷っているのは、目の前の物体の実在と目の不調を比較して、どちらが現実なのか判別付かないから。

 

 翼は今にも羽ばたこうと広がったまま。口元には作りかけの火球があり、手足の筋肉は生々しく張っている。そして尻尾は捻り上げられ、天へと高く伸びていた。

 

 そんな異様な体勢でまるで凍り付いた、時が止まったかのような状態でオーラは固まっていた。

 

 ユズリハが警戒を保ったまますり足で近づいても、おずおずと手を伸ばしても彼は動かない。

 

 彼女の直感は既に決着が着いたことを察していた。だからか、ついつい興味のままオーラを指でつついてしまう。

 

「つめたっ」

 

 その奇怪な感触に思わず言葉が漏れ、反射的に手を引く。

 

 普通の人間であればここで足も引くところではあるが、生憎ユズリハはそうではなかった。むしろ一歩踏み込み、今度は指ではなく両手でぺたぺたと触り始めた。

 

「いやなんだこれ。冷たくも、温かくもない……?」

 

 時の凍てついた、止まったオーラは変化しない。よって彼にユズリハの熱は伝わらず、また彼の熱も感じることは出来ない。

 

 通常物理法則下では起こりえない不可思議な感触を、ユズリハは首を傾げながら何度も味わっていた。

 

 遅れて立ち直ったソドランはその光景を見なかったことにした。優れた感覚のせいで未だのたうち回るソマリも、彼も含め負傷者の介抱を始めるアリスからも目を逸らした。

 

 ソドランは一人、無言で佇む『竜骸』に声をかける。

 

「『竜骸』の旦那、封印の方は」

「成功した」

 

 期待通りの返事を受けた彼はすかさず大声で周囲に、戦友達に向けて告げる。

 

「対象の沈黙を確認、戦闘終了だ! 皆よくやった、俺達の勝ちだ!」

 

 勝鬨が上がった。




概念凍結魔法『蒼の理』について
賢者リリアンさんのレビュー ★★★☆☆
コメント:殴った方が早いわ!

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