【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十二話「怒りは口数を変える 上」

 戦いが終わりそれぞれ思い思いに体を休める中、ソドランはリンドウに絡んでいた。

 

「いやぁ助かったぜ、騎士の兄ちゃん! あんたのおかげで全員無事だ!」

「いいえ、これも皆さんの、『竜骸』殿のお力があったからこそです」

「真面目な奴だなぁ。でもいい、そこも気に入った。この後祝勝会すっけど、当然兄ちゃんも来るよな?」

「えっと、申し訳ございません。私はこれよりアカシア様の特命を果たさなければいけませんので」

「うわ固ぇ、カッチカチ過ぎる。大丈夫だって、こんだけ大活躍したんだから『聖女』様だって許してくれる、てか黙っときゃバレねぇって!」

 

 乱暴に肩を組まれて背中を叩かれ、リンドウは苦笑いを浮かべる。

 

「残念ながらアカシア様、嘘を見抜く力をお持ちなんですよね」

「あー、そういや『聖女』様ってそんな能力あったよな。じゃあしゃあねぇ、兄ちゃん次の休みいつだ?」

「はぁ、休み」

 

 未知の単語を聞いたかのようにリンドウは目を丸くする。そして訝しげに眉をひそめた。

 

「そういえば、最近休んだ記憶がないような」

「えっ」

「というか、あれ、最後に部屋帰ったのっていつだったかな。全然、思い出せない」

「……いつでもいいから、今度飲み行こうな!」

 

 新人騎士のリンドウはその誠実さを見込まれ、『聖女』アカシアの近衛騎士に引き上げられた。

 

 だが実力はまだ見習いに毛が生えた程度、どれだけ贔屓目に見ても依然未熟者のままである。そんな彼に立場相応の実力を身に付けさせるため、諸先輩は平日休日関係なく彼を可愛がっていた。

 

 これは彼への好意と敬意、そして紛れもない善意からの指導ではある。ただし結果として彼は聖王国へ帰国して以来、一度としてまともな休みを取れていなかった。

 

 聖王騎士のとんでもない労働環境に恐れ戦くソドランの耳に、突然悲痛な叫び声が届く。

 

「おいワイラー、お前、お前ふざけるなよ!」

 

 ソマリがワイラーの肩を握り締め、感情のままに叫んでいた。

 

 明らかに異常な光景を目にしたソドランとリンドウは頷き合い、彼の元へ向かった。そして沈痛な雰囲気を纏い、ソマリの悲嘆を見守るアリスへ問いかける。

 

「助手様、一体どうされたのですか?」

「……『錬金術師』ワイラーが、息をしていません」

「蘇生処置は」

 

 彼女は黙って首を横に振った。心肺蘇生法や回復スキルも含め、この場で可能な手段は既に試している。それでもワイラーが息を吹き返すことはなかった。

 

 冷たくなったワイラーに向けソマリは怒鳴り続ける。無駄と察しながらも、彼が震える手で彼女を揺らし続ける。

 

 遠くから彼を見つめていたユズリハは、自身の手を強く握った。その手も微かに震えていた。

 

「すまない、私のせいだ」

 

 そして瞳を伏せ、後悔を口にする。

 

「私が雑に殴ったから。もっと考えて大人しくさせていたら。これじゃ兄さんの、ソマリたちの身体が」

「いや、それは」

「殺しても、壊してもいない」

 

 咄嗟に反論するソドランを上書きするように、突如『竜骸』が否定を重ねた。不意を突かれ言葉を失う彼らの横を通り過ぎ、『竜骸』は無遠慮にソマリのもとへ歩き近づく。

 

 しかし悲嘆にくれるソマリは、その気配にまったく気づけなかった。

 

「貸せ」

 

 声こそかけたが、返事すら待たずに『竜骸』はワイラーの頭を鷲掴みして持ち上げる。そこでやっと顔を上げた、『竜骸』に気づいたソマリは、目の前の何もかもが理解出来なかった。

 

「あっりゅ、『竜骸』、何を」

「再起動させる」

 

 答えになっていない答えと共に、『竜骸』の手がほのかに発光する。魔力の輝きだ。

 

 放たれた魔力は次々とワイラーに注ぎ込まれ、その度にだらんと下がっていた手足がびくりと震え跳ねる。それは出来の悪い人形劇のような、夢に出かねない悍ましい光景だった。

 

 やがて一際大きく体が振動したことを確認した『竜骸』は、ワイラーの身体を乱雑に放り投げる。

 

 いくら相手が悪党とはいえさすがに度し難い振る舞い。『竜骸』殿の品位に関わってしまう。

 

 善意と正義感、親切心から諫言しようとしたリンドウの足が、口が、目が不意に止まった。

 

「もう、『竜骸』さんったら酷いわ~」

 

 死んだはずのワイラーが立ち上がり、拗ねたように微笑む姿を彼の瞳が映していたからだ。

 

 アリスも、ソマリも、ユズリハも、傭兵達も含めて誰もが息を止めている。ワイラーの息がないことを、鼓動が止まっていることを、複数人で何度も確認していた。

 

 それが嘘だったかのように、彼女は今平然と立っている。

 

 動揺が満ちる空間の中、ただ一人『竜骸』だけは何の感慨もなさそうに佇んでいた、

 

「女の子をこーんな乱暴に扱うなんて、まったくどんな教育受けてたのかしら~?」

「道具に性はない」

「あらあら、自信作だったのにこれもバレちゃってたの?」

「言った筈だ。元より見えていると」

 

 当然のように『竜骸』とワイラーは会話を進めるが、依然として周囲は状況が呑み込めない。特にソマリなど、ぽかんと口を開けたまま両者の間で目を白黒とさせている。

 

 結局口火を切ったのは、二番目に近くにいたユズリハだった。

 

「つまり、どういうことだ?」

「これは肉人形、生物ではない。魔道具、身代わりや通信器具の類だ」

「えっと?」

「……『錬金術師』ワイラーは最初からここにいない。既に逃亡し、この魔道具を通じて彼方よりこちらを観察していた」

 

 魔道具の知識に欠けるユズリハでも後半の話、ワイラーに関する話は理解出来た。眼前のエルフ、人形は偽物、本物は当の昔に逃げている。

 

 だがそれは、彼女が事前にソマリから聞いていた情報とは異なる。

 

「だけど、実験器具とかは」

「もちろん私だって惜しかった、器具も被検体の子たちも全部持って行きたかったわ~。でも私が魔石を貸してあげたあの運の悪いエルフたち、協会の子を襲う時に『竜骸』さんを巻き込んじゃったらしいじゃない。そんなのもう、絶対さっさと逃げるしかないでしょ?」

 

 『竜骸』に喧嘩を売った組織、探索者は例外なく破滅する。

 

 これは質の悪い噂話にとどまらず、れっきとした実績が数多く存在する。実際にほんの一、二月前に聖王騎士団が、三大国の一つである聖王国すらもある意味では崩壊、新生させられている。

 

 破壊は脇に置くとしても、ユズリハも『竜骸』の力は何度も目撃している。つい先ほども、自分達では歯が立たなかった相手をいとも容易くあしらう姿を目の当たりにしている。説得力が違った。

 

「だから必要最低限の荷物だけ持って」

「にゃぁ」

「ってあらあら、駄目よルーシャちゃん。大人しくしていないと落ちちゃう、危ないわ~」

「その声、ルーシャ!?」

 

 ワイラーの口から漏れ出た鳴き声に、ようやくソマリの意識が戻る。

 

「ルーシャは外にいるんじゃ」

「お外にお出かけ中って言ったでしょ? 私も一緒ってだけ。嘘は吐いてないわ~」

「……最低限の荷物って、まさか」 

「そうよ~。小さくて可愛くて、何よりも先祖返りの重要な、とっても貴重な被検体! 他はともかく、ルーシャちゃんだけは絶対手放せないわね~」

 

 じゃれつく声と音がワイラーの口、通信口から聞こえた。

 

 ルーシャは外にいて無事、ワイラーさえ止めれば事件は解決すると考えていたソマリにとって、この状況は予想外だった。

 

 故に追及も出来ず、手の平を開けたり閉じたり繰り返す彼をユズリハは一瞥。選手交代と言わんばかりに、彼の前へと歩み出た。

 

「それで、お前は今どこにいるんだ」

「あら、答えると思う?」

 

 思ってはいないが必ず、何をしてでも答えてもらう。

 

 ユズリハがそんな脅しをかけるまでもなく、ワイラーはあっけらかんと白状した。

 

「でも今日はいい実験が出来たから特別に教えてあげる。私は今、連合国オストロにいるわ」

「……そうか、この牧場の!」

「お察しの通り。この牧場を昔経営してたお貴族さまが、今は私の後援者なの。連合は千年前に獣人が中心となって開拓した国。おかげで今でも先祖返りへの意識はとっても高いわ~。だから私の研究について、とてもとても深く理解してくれていたのよ~」

「お前のクソみたいな考え、受け入れる奴がいるのかよ」

「あら、そんなこと汚い言葉使っちゃ駄目よ。それよりごめんねソマリ、貴方を連れて行けなくて」

 

 そして両手を合わせて心底申し訳なさそうに、残念そうにソマリへ告げる。

 

「でも安心して。いつか必ず、貴方のことも迎えに行くから」

「ふざけるな、お前の迎えなんて」

「あっそうそう! その時はきっともう、ソマリも叔父さんになっちゃってるわね~」

「……は?」

「人から獣になった子が果たしてどんな子供を産むのか。人なのか猫なのか、それとも先祖返り、はたまた獣人なのか。興味深いわよね~、うずうずしちゃう。ソマリも気になるでしょ?」

 

 何を言っているのか分からず、ソマリの口と怒り、思考が全て止まる。

 

 沈黙を肯定と勘違いしたのか、それとも彼の意見など最初から求めていないのか。愕然とするソマリを見つめながらもなお、ワイラーは楽しげに親しげに、懐のルーシャへと語りかける。

 

「子供が作れるようになったら最初は猫でー、その後は人間を試しましょうね~」

「にゃあ?」

「任せてルーシャちゃん。ちゃーんと格好いい子も可愛い子も、ルーシャちゃんの好みが見つかるように、どっちもたくさん用意してもらうから!」

「みゃ」

「うんうん、楽しみよね~。兄ちゃんが寂しくならないように家族たくさん増やしてあげたいって、前ルーシャちゃん言ってたものね~」

 

 あまりの悍ましさに理解が及ばず、しばらくの間誰もが口を開けなかった。

 

 やがていち早く我に返った、あまりの怒りにかえって頭が冷え切ったユズリハは、握り締めた木剣をワイラーの首元へ運んだ。そして迸る殺意を抑えつつ、ただ一言告げる。

 

「下種が」

「あら、ふふふっ。ユズリハさんったら変なこと言うのね」

「何がだ」

「だって、貴方のお爺ちゃんも似たようなこと考えてたわよ?」

 

 首筋に添えられた木剣の刃を撫でながら、ワイラーは流し目を送った。

 

「ねぇ、ホリーさん?」

「……」

「見込みのある人間を誘拐してから私の魔石で強制的にエルフに変える、だったかしら。確かにエルフの数も血の多様性も、私の研究なら解決出来るかもしれない。さすがは元里長さん、孫に引きずり降ろされた今でも里の未来を考えているなんて、とっても仲間思いだわ~」

 

 急展開する状況によりうやむやになっていたこと、何故ホリーがワイラーと共にいたのか。

 

 己が目的のため人間を、それも彼の目に適うともなれば無辜の、善き人々を攫い、好き勝手に弄り回す外道の所業。

 

 それを祖父が企んでいた。ユズリハは言葉に出来ず、縋るように視線で問いかける。

 

「……すまない、ユズリハ」

 

 返答は無常だった。

 

 彼女はぎゅっと目を瞑り、荒れそうになる呼吸と鼓動を抑えようと歯を食いしばる。またしても誰も口を開くことが出来なかった。にこやかなのは木剣に手を添えたワイラーだけ。誰もかけるべき言葉を持っていなかった。

 

 だが、それでもユズリハの心は折れていない。少しして顔を上げた彼女の瞳には動揺はなく、代わりに固い決意の光が灯っていた。

 

「……だとしても」

「?」

「だとしても、裁かれるべき罪人が一人増えただけだ。お前を許す理由にはならない」

「ならどうするの? 追いかけて来るつもり?」

「当たり前だ。お前は殺す。ルーシャは必ず返してもらう」

「まあ、怖い。ならあの方にお願いして、ずーっと匿ってもらわないといけないわね~」

 

 言葉とは裏腹に、表情通りに、くすくすと笑みを零すワイラーには恐怖も焦りもない。

 

 彼女へ射殺すばかりの視線を送りながら、ユズリハは静かに疑問を口にした。

 

「ソドラン、どうすれば連合に行ける。こいつを捕まえられる」

「……デルファの外に出ちまったのなら、俺達はもう勝手に動けない。その貴族とやらの調査申請やら入国手続きやら、諸々含めて準備だけでも二週間以上はかかる」

「二週間も待てない、今から向かう。馬の類はどこにいる」

「待て嬢ちゃん。気持ちは分かるが、無理矢理行っても逆に嬢ちゃんが」

「待ってる間に逃げられたらどうしようもない。こいつは一回、私たちを出し抜いてるんだぞ」

 

 ユズリハの言うことはもっともである。ワイラーは既に迷宮協会の捜査網から抜け出し、ソマリの予想を超えてデルファから逃亡している。これ以上時を重ねれば、手がかりすらも失ってしまうかもしれない。

 

 ソドランの言うこともまた、もっともなことである。ワイラーの言う後援者が誰であれ、相手が貴族である限り調査には相当な根回しが必要となる。加えて、あくまでも彼らの権限が及ぶのはデルファ内のみ。国外、連合国オストロ内での活動には、更なる申請や手続きが求められてしまう。

 

 ユズリハもソドランも、ワイラーの非業に怒りを抱いているのは同じだ。そしてお互いの意見に一理あると感じているのもまた同様である。

 

 だからこそ両者の間に、この場にいる者ほぼ全てに苛立ちばかりが募っていく。

 

 もはや冷静さを保っているのは、いまいち集中しきれていない『竜骸』ともう一人だけ。

 

「嘘、ですね」




長くなったので分割しました。次回は21日(木)更新です。
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