【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十三話「怒りは口数を変える 下」

 静かな声だった。

 

 けれどもその声は荒んだ雰囲気の中で不思議と響き、頭に血が上った者達を落ち着かせる。

 

 そして一転してしんとした空気を作り出した声の主は、アリスはひっそりとゆっくりと場の中心に、ユズリハとワイラーの下へ歩み寄る。

 

 そしてユズリハの横に並ぶと、困惑する彼女の顔を見上げた。

 

「助手さん、今なんて」

「私が彼女と話をします」

「でも、こいつは」

「お任せください。彼女の欺瞞は必ず私が暴きます」

 

 静かな、穏やかな声だった。その上でどこか強く神聖さを、圧力すら感じさせる声だった。

 

 ユズリハが思わず気圧され頷くと、アリスは深く一礼を返してから一歩前に進む。その先には眉間に皺を寄せたワイラーが待っていた。

 

「せっかくユズリハさんとお話していたのに、いきなり割り込んで何かしら? あっもしかして、ホリーさんの作戦のこと?」

「前里長ホリーの計画も、貴方の下劣な考えも本当のことでしょう。そこに疑いはありません」

 

 けれども、とアリスは続ける。

 

「連合国にいるというのは嘘。貴方は今連合に滞在しても、向かってすらもいません」

「そんなことないわ~。私は」

「連合はかつて当時の大国に対抗するため、様々な小規模氏族が寄り集まって生まれた国。よって氏族の統治、州という区分を続ける彼らは今でも異なる、時に対立する風習や思想をそれぞれ保っています」

「急に長いお話始めてどうしたの、連合国の授業でもしたいのかしら?」

「貴方の言う後援者が誰であれ、必ず連合国の内部に敵が存在するということです」

 

 感情、利益、思想、歴史。様々な要因において、連合国の氏族は常に火種を抱え合っている。通常時は国としての対面を保つため、連合国という体制を守るためにお互い目を瞑っているが、隙を見せてしまえば話は変わる。

 

 ワイラーは迷宮協会賓客のエルフを攫い傷つけ、その上デルファ近辺で強大な魔物を解き放った。

 

 紛れもなく迷宮都市デルファへの、迷宮協会への敵対行動である。これは誤魔化しようのない事実だ。

 

 これほどの目に見える爆弾を、弱みを見逃すほどに氏族、貴族という存在は優しくない。彼らは協力要請がなくとも政敵を蹴落とすため、迷宮協会に借りを作るためにワイラーとその後援者を見つけ出し、やがて喜んで首を差し出すだろう。

 

 この程度のリスク、貴族であれば誰にでも思い浮かぶ。仮に想定も出来ないような無能であれば、放って置いてもワイラー共々すぐにお縄につくだろう。

 

 だからこそあえて、承知の上でワイラーを抱え込もうとするのであれば、その理由はただ一つ。

 

「貴方の研究に、それほどの価値はありますか?」

「ええ、もちろんあるわ。これはクラスとスキルという神の試練を超え、人が新たな領域へ昇る力。千年もの間人類が止めていた足をようやく動かす時が来たの! 他の誰でもない、私の研究によって!」

 

 求めていた答えを、感情の動きを捉え、アリスは思わず笑みを漏らした。

 

「ふふっ」

「……何か面白いところ、あったかしら?」

「申し訳ございません、つい。貴方の自信があまりにも滑稽で、おかしくて、ふふふっ」

 

 妖精のように可憐な、残酷な微笑みだった。

 

 今もアリスの顔は隠蔽の魔法が刻まれたフードの奥底にある。周囲のユズリハ達はおろか、対面するワイラーにもその相貌は窺えない。

 

 けれどもその笑顔が天使のように美しいことに、氷などよりも遥かに冷たいことに、不思議と誰一人疑いを覚えなかった。

 

「貴方の研究に、価値などありませんよ」

 

 そして微笑みの代わりに溜息を漏らした後、アリスは一切の容赦なくワイラーを切り捨てた。

 

「あらあら、残念だけど貴方程度では、私の研究の崇高さが理解出来ないようね~」

「残念ながら私程度にも分かるほど問題がある、ということです」

「……へぇ、問題?」

「貴方が大切にしているという実証性と再現性、客観性の三つから考えてみましょうか」

 

 さて、何故先ほどからアリスは長々とワイラーに話しかけ、彼女の考えをことごとく否定しているのか。

 

 ワイラーの考えや研究を否定するため、ではない。今ここでそのようなことをしたところで何の意味もなく、また論拠も理解も不足しておりそもそも完全な論破は現状不可能である。その程度はアリスも理解している。

 

 怒りをぶつけるため、でもない。確かに彼女は現在、怒髪冠を衝くという言葉が生ぬるいほど内心は荒れている。しかし『聖女』時代に自ずと築かれた理性によって、それはなんとか表面に滲む程度に抑えられている。

 

 それでは何故、アリスはあえてワイラーの癪に障るような話を続けているのか。

 

「実証性、つまりは実験による仮説の検証、証明です。実験の出来ない今の貴方には不可能ですね」

「何を根拠に」

「実験には限りなく純血に近い方が必要だと聞きました。大変貴重だとも聞きましたが、その方はどちらにいらっしゃるのでしょうか?」

「馬鹿ね。既に実験をした、証明してみせたから、連合国は私を支援してくれているのよ」

「ですが実証性の証明は常に継続出来なければ意味がありません。もう一度聞きましょう。逃亡先での実験はどなたでするおつもりですか?」

「当然あの方が、連合が用意してくれるに決まってるじゃない」

「しかし連合は千年前に獣人が中心となって開拓した国、貴方が先ほどおっしゃっていた歴史です。成り立ちからして、かの国で純血に近い方を確保するのは非常に困難だと思われますが」

「……仮にしばらくの間実験が出来ないとしても、私にはルーシャちゃんがいるわ。この子こそ私の研究の」

「ソマリ様より、ルーシャ様は猫そのものに変わってしまったとお伺いしております」

「ええ。だからこそこの子は貴重な」

「その子が実験により変異した方だと、ただの猫ではないと、どのように証明するのでしょうか?」

「……それは」

「やはり証明は出来ないようですね。非常に残念です」

 

 端的に言えば、煽るためである。

 

「次に再現性ですが、これは同一条件下で同じ結果を得られるか、という話ですね。こちらも不可能でしょう。繰り返しになりますが、今の貴方には実験が出来ませんから」

 

 かつてアリスの身に宿っていた『聖女』のクラスには嘘を見抜くという特殊能力がある。

 

 彼女は文字通り生誕の瞬間にこの力を押し付けられ、十三年間人生を共にしてきた。言い換えれば、彼女は十三年もの間聖教の頂点から、政治と宗教という伏魔殿の嘘を見続けていた。

 

 アリスは既に『聖女』のクラスから解放されている。同時に嘘を暴くという異能も手放した。しかしものごころつく前から、言語を知る前から嘘を観測し続けた経験は失われていない。そして彼女は経験を知識に、知恵に変え、己の力として身に付ける方法を知っている。

 

 よって『聖女』の力を失くした今でも、アリスは嘘を見抜くことが出来る。

 

「最後に客観性。語るまでもなく、貴方にはありませんね」

 

 そのため彼女はワイラーの居場所、連合国にいるという言葉が欺瞞だと一瞬で看破していた。

 

 ただしアリスからすれば、それは自分の感性に由来する勘のようなもの。かつてとは異なり『聖女』の力という絶対的な根拠がないため、これのみで確信を持つにはいささか問題がある。

 

 また彼女は相手が人間でない、イリアス曰く通信用の魔道具、肉人形の類だというのも引っかかっていた。どれほどの機能があり、どれだけ本体の反応を反映させているのか。それが分からない以上何かを見失う、既に見誤っている可能性もある。

 

 だからこそアリスはワイラーの感情を揺さぶろうとしていた。反応からワイラーの心情を計り、身体の機能を予測し、自身の勘の精度を高めて確信を、本当の居場所を探し当てるために。

 

 そのため、全ての話はワイラーの心を動かすことが目的の難癖である。自分でも詭弁や見落としが多い、勢いだけとは感じつつ、素知らぬふりでアリスは結論付けた。

 

「よって、貴方の研究に価値を感じる者などいません」

 

 暴論である。

 

 先の言葉はあくまでワイラーの研究を実証性、再現性、客観性の観点からアリスが偏見にまみれて語ったものに過ぎない。どれほど言葉を尽くそうと連合国に後援者がいないという証拠には、研究の価値の有無を示すものにはならない。

 

 だが、アリスの嘲りはワイラーの誇りを大いに傷つけた。思わず反論しようと口を開きかけるも、当然の如く彼女はその心の動きを読んでいる。先んじて塞ぐため、そういえば、とアリスはあたかも今思い出したように続けた。

 

「先ほど魔物を準備した時といい、今回の居場所のことといい、何かを誤魔化そうとする際の貴方は随分と口が回っていましたね。惜しい才能です。詐欺師や扇動家でも志していれば、今頃さぞ大成出来ていたでしょうに」

「……貴方」

「失礼しました。貴方の適正など極めてどうでもいいことでしたね。今は貴方の居場所を考える時間ですから」

 

 なお、これは過剰な煽りである。アリスの怒りは内心に収まりきっていなかった。

 

 自覚しているのか、彼女は咳ばらいをして話を切り替える。長く話したこともあり、ワイラーの仕草や目の動き、声の揺らぎは何度も確認出来ている。既に精度は十分過ぎるほど高められていた。

 

 であれば、後は居場所を確かめるだけ。

 

「さて、向かう先が連合でないとしても、貴方がダアト様に恐れ戦いているのは本当のこと。既にデルファからは逃れているのでしょう。それでは貴方が頼るのは北西の大国、魔帝国でしょうか。かの国は古来よりクラスとスキルについて国を挙げて探求しています。ある意味では、貴方の思想に近しいものがあるのかもしれませんね」

 

 アリスが想定する中で、ワイラーが逃げ込む可能性が二番目に高い場所が魔帝国だった。

 

 かつてアリスのためにアカシアが大陸中から収集した論文、学術書の大半は魔帝国の研究者が書き上げたものである。クラスやスキルに限らず、魔帝国はあらゆる分野の研究に国力を注いでいた。

 

 こうして集められた研究者の多くが善良なことをアリスは知っている。しかし、人が集まれば澱みが生まれることも彼女は知っている。

 

「また、魔帝国は優秀な者にその門戸を、出自や経歴を問わず広げています。長年他国やデルファにおいても熱心な勧誘活動をしており、一時期は国際問題に発展したこともあったそうです。このような国策を思えば、確かに貴方のような破綻者を迎え入れることも考えられます」

 

 そのため生じた疑念だったが、黙り込むワイラーの表情で彼女は胸を撫で下ろした。

 

「けれども、残念ながら貴方は求められなかったようですね」

「……」

「最初から詐欺師でも目指していれば、いいえ、大変失礼いたしました。その場合でも、かけられるのは声ではなく懸賞金です。どちらにせよ貴方が、貴方の研究が魔帝国にとって無為なことに変わりはありませんね」

 

 なお、これも不要な煽りである。口を開くたびにアリスの怒りは熱量を増していた。

 

 迸る感情を抑えるため、アリスは一度呼吸と共に考えを整える。間違いなくワイラーの居場所は魔帝国でもない。そう判断した彼女は、早速次の国へ質問を移した。

 

「ならば貴方が目指しているのは北東、聖王国の方角でしょうか。かの国は先日の動乱を受け、新たな力を必要としています。貴方の語るクラスやスキルを超える力に、魅力を覚えてしまう可能性も考えられます」

 

 数人覚えのある貴族の顔が、アリスの脳裏を過ぎった。

 

 各国が密かに保有しているという最終兵器を聖王国は表に出し、その上であっさり失った。この間隙を縫って他国が侵略に来るかもしれない。

 

 大陸全土を巻き込む全面戦争に発展しかねないためほぼほぼ起こりえないが、そう考えるのも人情、備えるのも為政者の義務である。

 

「当然『聖女』アカシアは貴方など頼りにしません。しかし周囲が、特に彼女に首輪を付けられた者たちが軽挙妄動に走らないとは、彼女がことを起こす前に走っていなかったとは言い切れません」

 

 これは事実かもしれないとアリスは考えている。なにせ数百年もの間『聖女』を、少女をこつこつと贄にしていた歴史がある。人の尊厳を見失っていた聖王国上層部の一部が、以前からワイラーの甘言に乗っていたとしてもおかしくはない。

 

「ですが、アカシアならばその程度の策謀は必ず見抜き、すぐさま貴方諸共に裁きを下します。彼女は貴方のような方を決して許しません。よって今もこうして呑気に口を利ける以上、貴方と聖王国の間には何の繋がりもなかった、今でもないのでしょう」

 

 だがアリスはその可能性を切り捨てた。

 

 これまでで最も薄い、そして厚い根拠から。ワイラーの素振りが聖王国との関係を否定していたから、現『聖女』アカシアへの信頼から。

 

 ワイラーが無駄な反応をする前に、アリスは勢いのまま結論をまとめる。

 

「さて、三大国ではないとすれば貴方の行き先はそれ以外、大陸各地に散らばる小国や集落になると思われますが」

 

 大陸ノアには三大国以外にも小さな国や村落が存在している。地図に載っているもの、いないもの。周囲に認められているもの、存在を否定されているもの。例を挙げればきりがない。一つ一つ確認していれば日が暮れる。

 

 しかし、アリスは確信と共に一言囁いた。

 

「北」

「っ」

 

 微かに息を漏らしたワイラーを、フードの奥底から青が貫く。

 

「……やはり貴方の狙いは実験体の補充、エルフの里ですね」

 

 読み通りの目的にアリスは心から溜息を吐いた。

 

 安直であり、効果的でもある。仲間意識の強いエルフは、同族の姿をしたワイラーを手厚く保護するだろう。そして里に侵入した彼女は、エルフの里で生き生きと暗躍するだろう。

 

 里長ヘーゼルの不在。前里長ホリーから得たであろう情報。これまでに幾度も見せつけられた悪辣さ、生命への冒涜。想像するまでもなく、エルフの里は彼女の欲望により滅亡する。

 

 アリスはもう一度溜息を吐いた。そんな未来など、彼女は決して認めない。

 

 だが向かう先が判明したところで、今度はどうすればいいのか。正確な居場所までは分からず、戦う力を持たないアリスではデルファの外を歩くことすら困難である。

 

 だから彼女は一縷の望みを持って、これまでの信頼を抱えて、無言で見守り続けていた『竜骸』に駆け寄る。

 

「ダアト様、恐らく彼女はエルフの里へ向かっています。探す手段は」

「捉えた」

 

 返って来たのは二つ返事。あまりにも早い答えに、さすがのアリスも目を丸くした。

 

 それを気にもせず、『竜骸』は無造作に彼女へ手を伸ばす。

 

「行くぞ、掴まれ」

「はいっ!」

 

 アリスは飛びつくように『竜骸』の腕へ抱きついた。なるべく負担にならないよう、抱え方を調整しながら『竜骸』は呟く。

 

「逆、南じゃなかったのか」

「……先ほどもおっしゃっていましたが、最初からお気づきで、居場所を探していたのですか?」

「ああ。全員気がついていると思っていた」

「ダアト様だけです。次からは、もっと早く教えてくださいね?」

「分かった」

 

 囁き合う声はお互いの間のみで消えた。周囲はアリス、助手の恐ろしい詰め方と恐れ知らずの振る舞いを見てただ立ち尽くすのみである。

 

 それを尻目に『竜骸』は内なる力を解き放った。

 

「『竜血活性 翼』」

 

 それは竜が空の覇者たる証。空に存在する全てを、現象と法則を支配する風の王冠。

 

 無論『竜骸』は『翼』を出さずとも飛べるが遠距離高速移動、それもアリスを伴うのであれば話は別だ。イリアスもいい加減、この事件をさっさと終わらせたくなっていた。

 

 突然目の前に広がった黒翼によって、ようやくユズリハの意識が現実に舞い戻る。

 

「ちょ『竜骸』さん、どこに」

「待っていろ」

 

 舞い戻ったが、それで得たのは『竜骸』の短い指示だけだった。

 

 一言告げた『竜骸』はふわりと浮かび上がると、音も衝撃もなく消え去った。

 

 実際は飛び去ったのだが、『翼』により空気抵抗やそれに伴う衝撃波は発生しない。また初速からして、人体の目で追える速度ではなかった。

 

 よってユズリハからすれば転移か何か、瞬間移動のような意味不明な現象ではあったが、彼女も『竜骸』の不条理にはそこそこ慣れている。

 

 三十秒ほど『竜骸』が消えた空間を眺めてから、彼女は深い深い溜息を吐いた。そして彼女が息を吐き切ると同時に、突然ワイラーが崩れ落ちる。

 

「……いや待ってろって、うわっ! またこいつ倒れたぞ。『竜骸』さんといい、一体何が」

「戻った」

「どうなって、ってうおぉ!?」

 

 ユズリハの首は忙しかった。唐突に顔面から倒れたワイラーに釣られ、続いて馬と人を担ぎ現れた『竜骸』の姿に引きずられる。

 

 馬を降ろしてからワイラーを投げ捨てる『竜骸』を、ユズリハは信じられないように何度も見ていた。五度見はしていた。だがアリスはそんな彼女を見なかったことにした。アリスに今、そんな余裕はなかった。

 

 最後に丁重な手つきで『竜骸』から降ろされた彼女は、一匹の子猫を抱えてソマリの下へ歩む。

 

 そして呆然とする彼に子猫を差し出す。不思議とその様子は酷く、とても酷く気まずそうだった。

 

「……ソマリ様。この子を」

「ルーシャ!」

「ご安心ください。眠っているだけです」

 

 正確には気絶している。突然空から降って来た『竜骸』を見て、彼女は本能的に意識を失った。

 

 手渡されたルーシャを大事に、宝物を抱くように抱き締めるソマリを見て、思わずユズリハの頬が緩む。

 

 しかし、まだ浸るには早い。彼女は頬をもみ込んでから鋭い目で地面を、転がされたワイラーを睨みつけた。

 

 地面に横たわるワイラーは蒼白な顔をして呻いている。現在『絶対死にたくなる魔法』の影響下にある彼女は、意識も失えないまま地獄の苦痛に喘ぎ続けていた。

 

 ぴくぴくと痙攣しながら外套や靴を土に汚す彼女を見下ろし、ユズリハは鼻を鳴らす。

 

「『竜骸』さん、こいつは」

「本物だ。生きてはいる」

「……どうやって見つけて、追いついたんだ?」

「目印があった。そこを目掛けて飛んだ」

「なるほど」

 

 ユズリハは考えるのを止めた。

 

 なお目印、イリアスが防御魔法を刻んだもの、ルーシャの首に巻かれた赤いスカーフは元々彼女の贈り物である。ある意味彼女から生まれた導きであり、よくよく観察すれば『竜骸』の正体への糸口となるものだった。

 

 それでもユズリハは考えるのを止めた。今はそんなことよりも考えるべき、聞くべきことがあったからだ。

 

「それより、封印を始める前に『竜骸』さん言ってたよな。兄さんを助ける考えがあるって」

「ああ」

「それを教えてくれないか? 今ならもう話せる、試してもいいはずだ」

 

 暴走するオーラ、ヘーゼルは文字通り止まった。逃亡するワイラーも捕まえた。よって残る課題はヘーゼルの治療法のみである。

 

 ユズリハに懇願された『竜骸』は静かに視線を横へ、神妙に待機しているリンドウへと移す。二秒後、目が合った。

 

「えっ」

 

 いやまさか俺、などと彼が無用な動揺をするも、すぐに視線は再び動く。その意味を理解出来たのは、次に『竜骸』と視線を交わしたアリスだけだった。

 

「可能か」

「………………はい。能力的にはもちろん、政治的にも、彼女であれば会長も妥協するでしょう」

 

 葛藤しつつ、アリスは頷いた。

 

 それは彼女が無意識の内に除外していた手段だった。投げ捨てた身として、今更都合良く縋るのには大きな抵抗がある。しかしそれ以外に、その方法を否定する理由を彼女は見つけられなかった。

 

 間違いなくこの場で最もその力に、立場に詳しいアリスから『竜骸』は保障を得ることが出来た。

 

「単純な話だ」

 

 だから『竜骸』は絶大なる自信を持ってユズリハへ告げる。

 

「治せないのであれば、戻せばいい」




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