【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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昨日無事書籍の販売が始まりました。
これも関係者各位、読者の皆様のおかげです。
この場を借りてお礼申し上げます。


第二十四話「戦いを終えて」

 翌日ワイラーの研究所跡、時の凍り付いたオーラの前で、一人の少女が祈りを捧げていた。

 

 艶やかな黒髪を二つに結び、その上豪快に両方とも縦に巻いた美しい少女。白を基調とした修道服に身を包む彼女こそが、聖教トラゴエディアの現『聖女』アカシアである。

 

「それでは、始めてもよろしいでしょうか?」

「はい。どうか兄をよろしくお願いします」

 

 何故聖王国の頂点である彼女がここにいるのか。

 

 簡潔に言えば、これこそが『竜骸』の考えたオーラの対処法、ヘーゼルの救助策だからだ。

 

 どれほど身体が変容、身体の設計図が書き換えられていたとしても、時を操る『聖女』には関係がない。治療ではなく時間逆行であれば、魔物と化した肉体すらも容易く元に戻すことが出来る。

 

 そしてこの『聖女』への助力願いは、迷宮協会長シルヴァの懸念する三大国のパワーバランスをもある程度解決する。

 

 『聖女』の、ひいては聖王国の介入は、独力での解決を望む彼の意に反することではある。

 

 しかしそもそもの話、彼が各勢力の助力を拒む理由は三大国の均衡がますます乱れることを恐れたから、この機会に迷宮協会そのものの力を高めたかったからだ。

 

 聖王国は今回の治療の条件として、エルフの里に対し自国とも国交を結ぶことを求めた。『聖女』の力にはそれだけの価値がある。

 

 仮に対価を求めず弱者へその奇跡を与えようとする者がいるとすれば、それは余程考えなしのお人好しか、あるいは己が意思を貫く英傑だろう。

 

 エルフの里長ヘーゼルを襲った悲劇。誰もが、かの『竜骸』すらも匙を投げたそれを癒した『聖女』の聖なる力。大きな感謝と共にエルフの里は長年閉じていた門戸を人間界に開いた、という筋書きだ。

 

 大層な美談である。もはや国交回復の主体が聖王国となっている気配もするが、シルヴァは浮かぶ文句をきつく呑み込んだ。

 

 迷宮協会の力こそ高められないものの間違いなくヘーゼルは助かり、三大国のパワーバランスも僅かに回復する。よって考え得る限り、これが最もマシな結果だったからだ。

 

 アリスはこれらのことをあの時瞬時に勘案し、迷いながらもイリアスの背中を押した。だが無論、まったく彼はそんなことを想定していなかった。

 

 彼にあったのは、アカシアさん偉い人だから忙しくて呼べないかも、ぐらいの浅い考えのみである。思い付きが奇跡的な噛み合いを見せただけだった。

 

 こうして成立した『聖女』による治療現場には昨日の関係者とアカシアの護衛が集められている。すなわち『竜骸』とユズリハ、ソマリにルーシャ、そしてリンドウも含む聖王騎士団、『聖女』の近衛騎士達だ。

 

 聖王騎士団きっての精鋭である彼らの中には、その優秀さが災いして先日の決闘に召集された者も多くいる。そしてその大半は『竜骸』にトラウマを抱いている。よって空気は最悪だった。

 

 そんな神聖さとはかけ離れた雰囲気の中でも、『聖女』アカシアは遺憾なくその力を発揮する。

 

「『リバース』」

 

 白銀の光、時空を司る『白』の魔力がオーラの時を動かす。逆巻く時間の流れは彼の身体に何度か血の花を咲かせた後、やがてその身を小さく、人の身へと戻していった。

 

「兄さん!」

「混乱するといけませんので、お眠りになっている状態に戻しました。ユズリハ様から見ておかしなところはございますか?」

「……あぁない、全然、まったくない! 兄さん、元通りの兄さんだ!」

 

 力一杯抱き締める兄を抱き締めるユズリハを、アカシアは『聖女』に相応しい慈愛に満ちた微笑みを携え見守っていた。

 

 だがその微笑も、離れヘーゼルを観察する『竜骸』の様子によって影が差す。

 

 『竜骸』はじっと、穴が開きかねないほどに強い視線をヘーゼルに向けていた。顔が見えずとも、あからさまに何か思うところがある様子に見える。

 

 強く止める護衛に待機の指示を出し、アカシアは『竜骸』の横へ歩み寄った。

 

「何か、お気にかかる点でもございまして?」

「………………特に異常はない。別件を思い出しただけだ」

「安心いたしました。かの『竜骸』ダアト様にお墨を付けていただければ、(わたくし) も胸を撫で下ろすことが出来るというものです」

 

 こうして彼女がわざわざ『竜骸』に近づいた、護衛を離した理由は別にある。その本命のため、彼女はさりげなく周囲を見回した。

 

「話は変わりますが、本日助手の方は」

「来ていない」

「そう、ですか。理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?」

「合わせる顔がない。そう言っていた」

「それは、あの子が私に伝えて欲しいと?」

 

 幾ばくかの沈黙の後、『竜骸』はぼそりと呟いた。

 

「……いや、告げ口だ」

「まあ、ふふっ。噂通りのいけない方ですわね」

 

 思わず浮かべてしまった微笑みを隠すように、アカシアは手に持った扇を広げた。その影に口元を隠しながら、彼女は『竜骸』にだけ届くようひっそりと囁く。

 

「……合わす顔がないのは、私も一緒ですわ。十年も時を共にしながら、ずっと偉そうな口を利きながら、私が贈れたものはたくさんの小言と僅かな本だけ。もっと何かを成せたはずなのに、私は結局あの子に何もしてあげられなかった」

 

 それは懺悔、告解と呼ばれる類のものだった。聖教において『聖女』には許されない言葉だった。

 

 『竜骸』はそのような戒律は知らない。だが同時に、このような時にかける言葉も知らなかった。

 

「伝言があれば、伝える」

 

 故に出来ることと言えば、伝書鳩を申し出ることぐらい。

 

 余人が、特にエリー辺りが聞けば驚きに腰が抜け、顎が外れてしまうほどの提案。だがアカシアは予想していたとでも言うように、緩やかに白い首を横に振った。

 

「ご厚意ありがとうございます。ですが私の思いは、いつか私が直接伝えさせていただきます」

「そうか」

「代わりにどうか、よろしければ一つお願いを」

「聞こう」

 

 真剣な願いを前にして、気づけば自然とお互いに向き合っていた。

 

 見下ろす黒の大男と見上げる白の少女。前者の危険度を知る、後者の尊き者を守る聖王騎士団からすれば胃がねじ切れるような状況だ。決闘のトラウマから武器を握り締める者、逆に震えて盾を落とす者もいた。

 

 そんな雰囲気を察しつつもアカシアは堂々と、深々と頭を下げた。それが自身の、『聖女』の名に傷をつけかねないと知りながら。

 

「どうか、あの子を一人にしないでください」

「……」

「末永く共に未来を、幸福な日常を歩んでくださいまし、あの子の王子様」

「この場で約束は出来ない」

 

 にべもない返事に、一瞬アカシアの瞳が揺れる。けれども続く言葉が彼女の顔を跳ね上げさせた。

 

「誰でもない、本人の意思も必要だ」

「……私としたことがとんだ野暮天、無粋の極みでしたわね。申し訳ございませんわ、ふふっ」

 

 更に先ほどよりも遥かに無邪気な、まるでただの少女のような笑みがアカシアから零れる。

 

「ふ、ふふ」

 

 そしてそれは少しずつ大きくなり。

 

「ほほほっ」

 

 続くごとに大げさな、高貴なようなそうでもないような響きを増して。

 

「おーほっほっほっほ!!」

 

 やがて高笑いとなった。

 

 きょうび演劇以外では聞くこともない声である。劇と『聖女』アカシア、両方に不慣れなソマリは急な物音にびくりと肩を震わせていた。慣れてしまった聖王騎士団の面々は逆に安堵の息を漏らしていた。

 

 なお、アリスのものまねは凄くそっくりだったんだなぁ、と感動した者も一人いたという。

 

 自身に集まる様々な視線に気づいたのか、それとも満足したのか。アカシアは広げた扇を閉じると同時に、高笑いもまた収めた。

 

 そして本日三つ目の目的、あえて予定に含めていなかったそれのため、大切そうに妹を抱き抱える兄へと顔を向ける。

 

「これは失礼。時にそちらの、先祖返りの方」

「えっ俺か、じゃなくて、俺、ですか?」

「ええ。その子猫、妹も連れてこちらに来なさい」

 

 色んな意味でヤバい人に呼ばれてしまったソマリは、おっかなびっくり指示通り近づいた。

 

 彼が何用かと聞く前に、アカシアの様子を窺うよりも先に、彼女は大きく両手を広げる。

 

「今日は気分がよいので特別におまけ、ですからね。それっ『リバース』!」

「えちょ」

 

 有無を言わせず、ソマリとルーシャを白銀の輝きが包み込んだ。

 

 

 

 アカシアさんの高笑いを堪能した日から更に一週間くらい経った。

 

 僕は参加出来ない、出来ても絶対に行かないけれど、この間に迷宮協会の総会は無事開催された。そしてエルフとの国交回復についても、しっかりその場で認められたそうだ。

 

 だけどそれでいきなり人間の社会に、デルファにエルフが増えた訳でもない。そんな早く里から出て来られないだろうから、当然と言えば当然だ。

 

 おかげで新聞やら何やらでエルフとの国交について知った街の人達も、今のところは疑ってるというか真実味がないというか、とにかく実感がないみたい。

 

 ただ、ユズリハさんが言うにはそんな平穏もあと少しで終わるらしい。

 

「私の友達にもデルファに来たがっているのは何人もいた。だからまあ、のんびり出来るのも今ぐらいだろうな」

「今度こそその方たちのお世話を、大使のようなことをユズリハさんがされるのでしょうか?」

「やっぱり大使って言い方は大げさだな。デルファに来たエルフたちを色々案内したり、人間の街での過ごし方を軽く教えたり、ちょっとした先輩役をやるくらいだ。まったく、私もまだまだ不慣れだっていうのに」

 

 そう言って、ユズリハさんはやれやれと肩を竦めた。

 

 今日も僕とアリスはユズリハさんにお呼ばれしていた。場所はまたいつも通りエリーさんのお家、喫茶店『白紙の地図』。到着した時、今日もアーサーさんは僕達を歓迎してくれた。

 

 そして今日も僕達以外にお客さんはいなかった。このお店はいったいどうやって成り立っているんだろう。依然として、僕の中で迷宮都市デルファ最大の謎だ。

 

 大いなる謎の探求は今度にして、ユズリハさんも忙しいのになんだろうね、なんて話をしながら奥に向かえばそこには三人、ソマリさんとルーシャちゃんも一緒に待っていた。

 

 僕達は困惑、それはもうびっくりしながら挨拶とか自己紹介とかして、それからユズリハさんのお話を聞いていた。

 

 迷宮協会の総会の内容。エルフのこれからの予定。ユズリハさんの立場や今後のソマリさんの扱いについてなどなど。色々話してくれたけれど、これって僕達が聞いてもいい話なのかな。

 

 僕と同じ疑問を抱いたのか、ユズリハさんの隣に座っているソマリさんが口を挟んだ。

 

「いいのか、話しても」

「シルヴァから許可は貰ってる。二人も巻き込んじゃったからな、ちゃんと話しておかないと」

 

 一度納得して、それからまたソマリさんは僕も感じていた別の疑問を口にした。もしかしたら僕達は気が合うのかもしれない。

 

「……というか、そもそもなんで俺達も連れて来たんだ?」

「お前たちの身元を引き受けた大人として、同年代の友達候補を紹介してやろうって親切心だよ」

「ふん。なんだお前、この間からいきなり年上ぶりやがって」

「いやだって、なあ?」

 

 ちょっと困ったように頬を書きながら、ユズリハさんはソマリさんの頭を見下ろす。

 

「まさかお前が十二歳だったとは、夢にも思ってなかったからさあ」

 

 不服そうに顔をしかめ、頭に残った獣耳を揺らすソマリさんは僕と同じ年くらいに見えた。

 

 見えたというより、実際ユズリハさんが言う通りたった一つ上しか変わらないらしい。今回の事件で個人的に一番の衝撃的事実だった。

 

 アリスも聞いた時は両手を口に当てて声を漏らしていた。ちなみにユズリハさんは驚き過ぎて、思い切り倒れて縦に二回転したそうだ。自分でさっきそう言ってた。

 

 そして僕とアリスは驚くだけで済んだけれど、シルヴァさん達はとんでもなく泡食ったらしい。

 

 ソマリさんは一度ユズリハさんを襲ったとはいえ状況が状況、その上犯人逮捕や事件解決へ大いに貢献してくれた。迷宮協会として、ヘーゼルさんの友人としても、とてもとても大きな恩人だ。恩赦と報奨金を出すべき、なんなら信頼出来る傭兵として勧誘してもいいかもしれない。

 

 そんな風に考えていたのに、なんとソマリさんはまだ子供だった。しかもどの組織にも所属していない、九歳の妹を抱えながら懸命に生きる、頼る当てもない孤児だった。

 

 もはや恩赦がどうとか勧誘がどうとか言っている場合じゃない。『ブラウンウィード』の被害者ということもあり、このまま放り出したら迷宮協会の名が折れる。まずはソマリさんの居場所を用意しなければならない。

 

 こうして養護院やら各ギルドやら、ソマリさんを受け入れてくれるところを探す途中、ユズリハさんが勢いよく手を挙げたらしい。

 

『兄さん。さすがにいい加減、私もエリーの家を出なきゃいけないと思うんだけど』

『うん。そのための施設、エルフの大使館もそろそろ出来るって聞いているよ』

『それで兄さんはこれから先、里とか聖王国とかあちこち飛び回るんだろ?』

『準備が出来次第ね。それがどうかした?』

『じゃあ私、しばらく一人でそこに暮らすのか?』

『……そう、なるね。もちろん日中は職員もいるし、警備の方々は常にいるけれど、生活するのはユズリハだけだ』

『出来ると思う?』

『いや、死ぬ』

 

 そんな実利と情、そのほか色んなものが飛び交った結果、ユズリハさんがソマリさん達兄妹のことを引き取ることになったそうだ。名目上は住み込みのお手伝いさんとのこと。

 

「何度目だよ。というかそれを言うならお前だって五十、婆さんだったとは思わなかった。どんだけ若作りしてんだ」

「……エルフは人間より遥かに寿命が長い。私が成人したのもほんの五年前だ。だから私はまだお婆ちゃんじゃ」

「五十は五十だろ」

「なんだとお前、表に出るか? ん? ちょっと叩かれるか、おい」

「お二人とも落ち着いてください。お店の中ですから」

 

 仲良く言い争う二人をアリスが仲裁した。

 

 でもお店の中ではあるけれど、誰もお客さんいないし平気じゃ。口にはしなかった。失礼だし、アリスの方が正しいし。

 

 矛を収めたユズリハさんは握った拳を解いて、代わりにソマリさんの頭に、獣耳の間に乗せた。僕もよくやられる奴だ。大きく違うのは、撫でられるソマリさんがとても不機嫌そうに目を細めているところだった。

 

「じゃ、しょうがない。今日のところはこれで勘弁してやるか」

「……おい、手放せ」

「やー、この耳いいよなぁ。『聖女』様でも治せなかったんだっけ?」

「戻せる時間には限度があるらしい、じゃなくていい加減やめろっ」

 

 ぺしっと言葉の印象より随分と弱い力で、ソマリさんは頭上の手を跳ね除けようとする。一度はどけられたけれど、ユズリハさんは諦めずにしつこく手を乗せる。また攻防が始まった。

 

 アカシアさんが、アリスも同じく言っていた。『聖女』の力でも無限に時は戻せないそうだ。人それぞれ戻すことの出来る限界は違くて、時の流れと共にそれは蓄えられるとか。イメージ的には砂時計が近いともアカシアさんは教えてくれた。

 

 ソマリさん達のそれは大体半年。だから限界まで巻き戻しても元の姿には、今みたいに中途半端な、よく見る先祖返りの身体に戻すのが精一杯だった。

 

 もっともソマリさんはそんな気にしてないみたいだし、ユズリハさんに至ってはむしろ気に入ってる節がある。さっきから事あるごとにソマリさんの頭に触ろうとして、その度に邪険にされている。とても失礼だけど、猫じゃらしで遊んでるみたいだなぁって思った。

 

 やがてユズリハさんは満足したのか、ソマリさんの頭からようやく手を放した。そしておもむろに話を戻す。

 

「一時は何がどうなるかと思ったけど、どうにかなって本当によかった」

 

 安堵のため息を漏らすユズリハさんに向け、アリスが労わるように声をかけた。

 

「お疲れ様でした。黄金の魔物との戦い、大変な激闘だったとお聞きしています」

「あれ、それまだ話してなかったよな。もう知ってるのか?」

「はい、あれだけの騒ぎでしたから。ご近所の方々も噂していました」

「あーうん、でも安心してくれ。何もかも『竜骸』さんと私、そしてここにいるソマリたちと一緒に解決したからな!」

 

 ぽんぽんと頭を叩かれたソマリさんがまた顔をしかめる。

 

 でも、今度は嫌そうというよりもなんだか納得がいってないというか、気まずそうというか、そんな感じの表情だった。

 

「別に、俺は」

 

 言葉もそんな感じだったから、ユズリハさんが励ますように繰り返す。

 

「何遠慮してるんだ。お前がいなきゃワイラーの研究所には行けなかっただろ?」

「だけど、そもそも俺があいつを通報でもして牢屋にぶち込んでおけば、こんな大事には」

「こいつ意外と細かいというか後ろ向きというか、面倒なところあるよな」

 

 面倒というか、これじめじめしてる。結構前の、よくうじうじしてた頃のアリスみたいだ。

 

 こういう時、僕はアリスにどんなこと言ってたっけ。そもそもソマリさん相手にも同じ言葉使っても平気なのか、というか僕が言ってどうにかなることなのかな。

 

 僕がこれ以上思い出したり悩んだりする前に、二個目のケーキを食べ終えたルーシャちゃんが元気よく声をかけた。

 

「そーだよ兄ちゃん、胸張りなって!」

 

 そしてソマリさんとお揃いの明るい茶髪を振り回し、ルーシャちゃんは左右を、僕とアリスの顔を繰り返し覗き込む。

 

「アリス姉もイリアス兄もそう思うよね!」

「はい。ユズリハさんのおっしゃる通りかと」

「う、うん、僕もそう思う、よ?」

「だよねだよね!」

 

 僕達の返事がよほど嬉しかったのか、ルーシャちゃんは頭の耳をぴくぴくと動かしながら僕とアリスの腕を両手で抱き寄せる。

 

 ルーシャちゃんもソマリさんと同じく、身体は先祖返りに近いままだ。猫っぽい耳は生えているし、力も年にしてはそこそこある。反対にあんまりないアリスは、抵抗出来ずルーシャちゃんに強く引き寄せられた。

 

 その様子を見て、ソマリさんが深くため息を吐く。

 

「やめろバカルーシャ。会ったばかりの奴に迷惑かけるな」

「べーっ! 会ったばかりじゃないもんねー。二人とも、猫の私可愛がっててくれたもんねー!」

「そ、その話は、なるべくしないでいただけると」

「えーなんでー? 全然覚えていないけど、アリス姉すっごい優しかったよ?」

「覚えてないなら分かんないだろ」

「分かるの! なんとなく! 野生の勘で!」

「もうないだろ、それ」

 

 身体がほぼほぼ猫になっていた時のルーシャちゃんは、実は頭の方も野生に還っていたらしい。見えている世界や記憶も猫と同じだったから、あの頃の出来事はおぼろげにしか思い出せないとか。

 

 それでも本人が言うように覚えていることはある。記憶は残らなくても、想いは猫の時のまま抱き続けている。だからたくさん遊んで優しく接していたアリスにとても、おまけに不思議と僕にも懐いてくれている。

 

 もっともそのアリスはルーシャちゃんを、人を猫だと思って接していたことを、もの凄く後悔しているみたいだけれど。

 

 今も頬がほのかに赤いのはそのことを気にしているからだと思う。けど満面の笑みを浮かべ。無邪気にほっぺを腕にくっつけるルーシャちゃんには言いづらいみたい。

 

 このままだとアリスが恥で死んでしまうかもしれない。しょうがないから僕からちょっと言ってみよう。

 

「あの、ルーシャ、ちゃん。その、その辺に、してあげて? アリス、気にしてるみたいだから」

「イリアス兄まで言うならしょーがないかー。あっじゃあじゃあ、代わりに今可愛がってくれてもいいよ?」

「何がじゃあだよ」

 

 ソマリさんのツッコミも何のその、ルーシャちゃんはおでこをアリスの腕に擦りつけ始めた。

 

「ほらほらアリス姉、頭撫でて?」

「あっわ、分かりました」

「イリアス兄も!」

「あっはい」

「えっへっへっへー」

「……はぁ。ったく、このバカ妹は」

 

 僕も同じことをされたから、アリスを見習ってルーシャちゃんの頭を撫でる。手加減手加減。触れるだけ触れるだけ。あの金ぴかトカゲもどきの相手の数億倍も緊張する。あっでも、ゼロは何をかけてもゼロだった。

 

 少しして満足してくれたらしいルーシャちゃんが、にこにこ笑って僕から離れる。ほっと一安心したところで、僕達のじゃれ合いを羨ましそうに眺めていたユズリハさんがぽつりと呟いた。

 

「ところでルーシャ。この間から思っていたが、どうして私はお姉ちゃんじゃないんだ?」

「……五十でお姉ちゃんは、ちょっとキツイかなって」

「んなっ」

「ぷっ」

「あっこらおまっ、ソマリ、お前今笑ったな!」

「ああ」

「そこは否定しろよ、せめて誤魔化そうとしろよ!」

 

 そんな仲良しの言い争いも含めてたくさん話して。そろそろ解散の時間かなって頃、ユズリハさんが突然僕達に問いかけてきた。

 

「そうだ二人とも、今度でいいんだが、ちょっとだけ時間貰ってもいいか?」

「えっと、何かその、用事とかですか?」

「実は兄さんが二人に会いたい、今回の事件についてちゃんと説明したいって言ってて」

「説明ですか? ですが、先ほど」

「私からするって言ったんだが兄さんときたら、お前は結構言い忘れとか妙な言い間違いをするからって」

「あ、あはは」

 

 しそうだなって思った。

 

「本当なら兄さんから来るべきなんだが、ちょっと今出歩くのはな」

 

 エルフの里の里長だから、というのもあるけれど、一番はヘーゼルさんが入院中だからだろう。

 

 アカシアさんのおかげであの金ぴか系の影響は全部なくなった。でもそれ以前の問題、長年蓄えていた疲労やら不摂生やらで、身体がとても酷いことになっていたらしい。ソマリさん同様、これを戻し切るのは無理だったんだろう。

 

 そういう訳で総会を終えたヘーゼルさんは、それ以来ずっとベッドに縛り付けられているそうだ。

 

「えっと、はい、分かりました。アリスも平気?」

「もちろんです」

「ありがとう。じゃあまた今度、行ける日が分かったら教えるから」

 

 個人的にちょっと聞きたいこと、確認したいこともある。

 

 だからアリスと一緒に頷いてユズリハさんのお願いを、ヘーゼルさんへのお見舞いを引き受けた。




そういえばソマリの口調ってなんか時々幼かったよね、という伏線とも言えない伏線。
書籍が売れなさ過ぎてやる気をなくしてエタるという黄金パターンを避けるため、残りのエピソード名を書いて自分にプレッシャーをかけます。
今のところ「言えなかったこと」「真相」「幕間」「最終話」の予定です。恐らく分割はします。
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