【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第二十五話「言えなかったこと 上」

 ユズリハさんからのお願いを聞いてお勘定を終えて。お店を出てこれで解散だとなった時、ルーシャちゃんが突然僕とアリスの袖を引っ張った。

 

「アリス姉とイリアス兄ってこの後も大丈夫? 一緒に行きたいところあるんだ」

「この後、今からですか?」

「うん! これから、今から!」

 

 元気満点、まるで断られることを想像もしていないような笑顔をルーシャちゃんは浮かべていた。

 

 正直気は完全に乗っていないのだけれど、断ったらものすごく落ち込ませてしまいそう。それは困る。行きたくはない、でも悲しませたくもない。だからとても困った。

 

 僕とはまったく違う思いだけど、同じようなことをユズリハさんが呟く。

 

「参ったな。行きたいのは山々だが、この後私は用事があって」

「あっユズリハさんは来なくてもいいよ」

「えっ」

 

 そして凍り付いた。

 

 それでもなんとかかんとか自力で解凍してから、ユズリハさんは懸命に声を絞り出す。

 

「……いいのか? いくらなんでも子供だけじゃ、さすがに危なくないか?」

「表の大通りしか通らないから平気だよ。それにあたしたちの方がデルファには詳しいんだから」

「や、でも、本当に、ほんとにいいのか? 私ついて行かなくて、一緒に行かなくて」

「うん!」

「なんて迷いのない返事……!」

 

 こうしてユズリハさんはとぼとぼと、一人で立ち去って行った。何度かこちらを振り向く姿には、煤けて歩く背中には、敗北者のような哀愁が漂っていた。

 

 その様子があんまりにもあんまりだったから、アリスが確認するように問いかける。

 

「えぇと、ルーシャさん、ユズリハさんがいらっしゃらなくてもよろしかったのでしょうか?」

「よろしいというか、ユズリハさんいられると困っちゃうから」

 

 その言葉についアリスと顔を見合わせてしまった。いられると困っちゃうって、それつまり。

 

 僕達の様子に今度はルーシャちゃんが目を見開いた。それから手をぱたぱたとせわしなく動かしながら、弁解するように口を動かす。

 

「あっ違うよ? あたしユズリハさんのこと大好きだから。綺麗だし、優しいし、格好いいし」

「うん」

「あと何より、凄く面白いし!」

 

 分かる。思わず深く頷いてしまった。

 

 アリスも苦笑いこそ浮かべるものの、決して否定はしない。概ね僕とルーシャちゃんに同意らしい。やっぱりユズリハさん凄くいい人だし、もの凄く面白いよね。

 

 生まれた心配が杞憂だったと証明出来たから、ルーシャちゃんは改めてお願いを口にする。

 

「実はね、兄ちゃんがユズリハさんに贈り物したいらしいんだけど」

「……おい」

「あー駄目、兄ちゃん口挟まないで。兄ちゃん絶対その辺ダメダメなんだから」

「断言すんな」

「する!」

 

 反論を真っ向からぶった切られたソマリさんは、への字にしながら口を閉じた。諦めちゃったみたい。

 

「それでね、二人には兄ちゃんの贈り物選び手伝って欲しいんだ」

「私たちでお力になれるでしょうか?」

「なるなる! 大人っぽいアリス姉と、アリス姉と仲良しのイリアス兄ならきっと凄いもの見つけてくれる!」

 

 期待が重い。ついついまたまたアリスと目を合わせてしまう。

 

 いけそう? 無理そうです。

 

 そんなアイコンタクト、僕達の不安が伝わったのか、ルーシャちゃんは一瞬目を伏せる。けれども諦めず一歩踏み込み、顔を傾けながらアリスを見上げた。

 

「……だめ?」

「うっ」

 

 上目遣いの問いかけにアリスがうめき声を漏らし、息を止める。そして時間にして僅か数秒後、アリスはあっさりと白旗を上げた。

 

「お、お任せください」

「やったー、ありがとう! よろしくね、アリス姉イリアス兄!」

 

 たとえ猫の姿じゃなくなっても、アリスはルーシャちゃんにはとても弱かった。

 

 

 

 それから四人で足を延ばしたのは鍛冶屋『残り火』近所の雑貨屋さん。オウルのお酒友達が趣味でやっているお店だ。時々オウルのお使いで訪ねたりする。

 

 ここは普通のお皿から髪留めみたいな装飾品、それから謎の調度品まで並んでいる謎の品揃えの良さが売りらしい。

 

 店長のお爺さん曰く、昔の俺が求めていた店を作った。複数股かけてると、誰とどこに遊びに行ったか分からなくなるんだよ。一か所で済めば粗も減って、腹の穴も減っただろうに。いつかお前が色を振りまいても秘密にしてやっから、いつでも誰でも連れて来いよ、とのこと。

 

 僕にはよく理解出来なかったけれど、一緒に聞いたアリスの目は『蒼の理』よりも冷たかった。だからとりあえず、最低なこと言ってるってことは分かった。

 

 そういう訳でここに行くって決めた時、アリスはとても渋い顔をしていた。でも、僕が知る限りここが一番色んなものを売っている。贈り物を選ぶとなれば、きっとこのお店以上のところはないだろう。

 

 実際、お店に入ってからのルーシャちゃんは大はしゃぎしていた。

 

「見て見てアリス姉! この花すっごくきれい!」

「ボロニアですね。春に咲く花ですから、そろそろ見納めの時期になります」

「わっさすがアリス姉、物知り!」

「私も実物を見るのは久しぶりです。やっぱり、図鑑よりもずっと美しいですね」

「ねー。あっじゃあじゃあこれは?」

「えぇと、こちらは」

 

 それに付き合うアリスも楽しそう。二人してお花を眺めながら、和やかに話をしている。

 

 よかった。この分だとルーシャちゃんの相手はアリスがしてくれそうだ。小さい子の相手って、どうしていいのか分からないから。

 

 二人の邪魔にならないようにちょっとだけ、すぐ駆け付けられる程度に離れる。この隙に僕も何かを、ルーシャちゃんの言う凄い物を探してみよう。

 

 商品棚を眺めれば、今日も今日とてたくさんの物が並んでいる。お皿、謎の人形、暗器、手鏡など。この中から何を選べば。眉間に皺を寄せて次々と手に取る内に、誰かが僕の傍に忍び寄る気配がした。

 

 反射的に振り向くと、ソマリさんが視線を背けながら立っていた。

 

「……悪かったな、いきなり」

「あっそ、ソマリさん、えっと、何か見つかりました?」

「ソマリでいい。敬語も、なんか合わないからやめてくれ」

「あっはい、じゃなくて、うん」

 

 そう言われて返事して、それから沈黙が流れる。

 

「……えっと」

「……あー」

 

 なんだか気まずい。

 

 考えてみなくても、ソマリとちゃんと話すのは今日が初めてだ。『竜骸』の時は好き勝手言えばいいだけだったし、そもそもソマリは僕と『竜骸』が結びついてないだろうし。

 

 おかげでほぼ初対面同士、お互いどう接していいのか分からない。一方的に知ってるだけだけど、ソマリはちゃんと勇気ある心の強い人で、普通のはじめましてよりもずっと話しやすいはず。

 

 その上でこれ。最近なんか上手く人と話せるようになってきた気がする、なんて思ってたけれど、ただの思い上がりだった。そういえば同年代の同性と話したことなんて全然ないから、一体全体何を話せばいいのやら。

 

 助けを求めてアリスの方へ目を向ける。

 

「赤と青、ユズリハさんはどっちのが似合うかな?」

「どちらもよくお似合いになるとは思います。赤だと鮮烈な、青だと品のある印象になりますね」

「うーん、悩ましい。じゃあアリス姉、あたしならどっち?」

「えっルーシャさんですか? ルーシャさんならもっと色合いが異なるこちらの」

 

 助っ人は期待出来なさそうだった。アリスもアリスで、ルーシャちゃんの相手で手一杯みたいだ。

 

「その、心当たりとか、あるか?」

「こ、心当たり。えぇと、ゆ、ユズリハさんが、喜んでくれそうなものの?」

「あー、ああ、そんな感じだ」

 

 僕のいっぱいいっぱいさを察したのか、ソマリが一生懸命話題を提供してくれた。それに乗じて考えてみる。ユズリハさんにプレゼント、喜んでくれそうなもの。

 

 十秒くらいたっぷり悩んだのにもかかわらず、僕は結局しょうもない結論に至った。

 

「何あげても喜ぶ気がするから、別になんでもいいような気が」

「……お前、思ったよりも適当だな」

「わっご、ごめんなさい」

 

 確かに人の相談にする返事じゃない。とても失礼で誠意に欠ける、怒られても仕方ないくらいだ。

 

 だけどソマリは逆に、肩の力が抜けたようにふっと笑みを漏らした。

 

「いや、そういう奴の方が俺も話しやすい」

 

 そんな風に言ってもらえたから僕としても一安心。

 

 ほっとして考え直そうとしたところで、以前ユズリハさんが言っていたことを思い出した。

 

「た、多分だけどユズリハさん、欲しいものは大体自分で買っちゃってると、思う」

「……そういやあいつ、一応エルフの偉い奴か。なら里の金が」

「あっえっと、そうじゃなくて、自分のお金で」

「自分の?」

「遊ぶ金欲しさで迷宮に潜ってるって、前言ってたから」

「とんでもないなあいつ」

「うん。僕も聞いた時、そう思った」

 

 ユズリハさんはエルフの里長の妹さん。人間の国に例えると、ある意味お姫様みたいな立場のはず。そんな人が意気揚々と危険な迷宮に、それも遊ぶお金が欲しくて突入している。行く人も、許す人も凄い。

 

 今更ながら感心半分呆れ半分を抱く。隣のソマリは呆れ全開だった。

 

 そんな僕達二人の腕を、急に駆け寄って来たルーシャちゃんが興奮して引いた。

 

「ねね、二人とも、あっち見てあっち! あれいい感じじゃない?」

「……なんだあれ」

「魔石の指輪!」

「アホ。予算考えろ」

 

 ぽんとソマリがルーシャちゃんの頭にチョップする。言葉とは裏腹に優しい手つきだった。

 

 ルーシャちゃんが指差した魔石の指輪は探索者御用達の一品だ。スキルが込められた魔石を身に付けることで、自分のクラスでは使えない力を用意することが出来るとかなんとか。

 

 そしてあれは帰還石、この間ユズリハさんを襲ったソマリが逃げようとして使ったもの。質にもよるけれど、大体デルファの宿代一年分くらいのお値段になる。一層の稼ぎ、それもたった二週間の研修のおまけだと全然足りないだろう。

 

 また機会があるかもしれないから、僕がアリス用に買っておこうかな。釣られて指輪を眺めていると、そのアリスがちょうどゆったりとこちらに歩み寄って来た。

 

「申し訳ございません。予算のことを失念しておりました」

「……別に、俺の方こそ、最初に話してなかったのが悪かったから」

 

 ルーシャちゃんがにんまりと子供らしい、いやにやりとした笑みを浮かべる。

 

「あれあれ兄ちゃん、もしかして緊張してる~? 分かるよ~、アリス姉ってお姫様みたいに綺麗だもんね~!」

「してない。うるさい」

 

 ソマリはもう一度チョップをルーシャちゃんへ叩き込んだ。気持ちさっきよりも威力が高い。

 

 それでもルーシャちゃんは慣れてるみたいでまったく気にしていない。平気な顔をしてソマリに予算の確認をしていた。

 

「えっ少なっ。兄ちゃんも一応最近迷宮潜ってたんだよね。なのにこれだけ?」

「まだあるにはある。だけど全部使う訳にはいかないだろ、生活もあるし」

「別にいいじゃん! これからはユズリハさんの家で、お金で生きていけるんだから!」

「……どうしてこんな、恥と頭のないアホに育ったんだろうな」

「兄ちゃんが育てたんだよ!」

 

 ぎゃーすかぎゃーすか言い争う二人からちょっと距離を置き、アリスにこっそり聞いてみる。

 

「あれで何かいいものって買える?」

「装飾品の類、それもユズリハさんの立場に見合うものを選ぶとなると、少し厳しいものが」

「だよね。じゃあ何か別のもの、別のもの」

 

 贈り物ってなると、身に付けるものが多い気がする。僕もこの間の誕生日は先生からローブ、オウルからは靴を貰った。でもそれが難しいなら一体何を。

 

 駄目だ、全然思い浮かばない。

 

 いくら考えてもまったくさっぱりだったから、ここは僕以外に参考を求めよう。

 

「アリスが今まで貰った中で、一番嬉しかったプレゼントって何?」

「……参考にはならないと思います。私の一番は、絶対にお金では買えないものですから」

「そっか。ちなみにどんなの?」

「今は内緒です。またいつか、機会があればお話しますね」

 

 立てた人差し指を口元に運び、アリスは幸せそうに微笑んだ。

 

 アリスをここまで喜ばせた、しかもお金で買えないものってなんだろう。というかそもそもお金で買えないものってなんだろう。

 

 人間社会は金がありゃ大抵どうとでもなるって、前にオウルが言ってたからなぁ。どこからどこまでが大抵なのかも分からない。

 

 キリがなさそうな疑問は一旦棚上げして、再び最初の悩みに立ち返る。何をユズリハさんへの贈り物に選ぶか。

 

 でもやっぱり、何度考えてもまったくさっぱり思い浮かばない。

 

 ただ、答えの代わりに別の疑問、質問が生まれたから、じゃれ合っていたソマリ達に聞いてみる。

 

「あっあの、この贈り物って、そもそもなんの贈り物なの?」

「それはもちろんお礼だよ! あたしのこと助けてくれたり、あたしたちのこと引き取ってくれたりの。ね、兄ちゃん!」

「……ああ。まあ、そんな感じだ。あいつには世話になったから」

「あっ照れてる?」

「照れてない」

 

 ほんの僅か、誤差程度にアリスが瞳を光らせた。どうもこれは、照れもお礼も嘘らしい。

 

 もしお礼じゃないとしたら、一体どういう目的なんだろう。喜んで欲しいとかになるのかな。だけどそれって隠すことでもないような。

 

「ソマリ、なんで嘘ついてるんだろうね」

「イリアスくんも気づきましたか?」

「僕は分からなかったけど、アリスがそういう反応してたから」

「私がですか?」

「うん、アリスの目が一瞬そんな感じだった。こう、きらーんって感じ」

「……少し、恥ずかしくなってしまいますね」

 

 ほっぺを微かに赤くして、アリスはお腹の辺りで照れくさそうに指先を絡めていた。格好いいと思うのにな、あのきらーんって感じ。本に出て来る名探偵みたいで。

 

 じめじめはしていないもじもじアリスは、やがてわざとらしく咳払いをした。話を戻す合図だ。

 

「んんっ、お礼ではないとしたら、ソマリさんは何のために」

「そんなの、あとはもう一つだけだよ」

「ルーシャさん、ソマリさんは」

「あっちに置いてきた。それで、あたしもまさかとは思っていたけれど、そのまさかかもしれない」

 

 ルーシャちゃんが指差した先で、ソマリは腕を組んで商品を眺めていた。時折こっちに視線を送るのは、ルーシャちゃんのことを気にしているからだろう。

 

 そんな心配をされているルーシャちゃんは、いきなり自分のお兄ちゃんの変なことを言い出した。

 

「兄ちゃんはきっと、ユズリハさんに告白しようとしてるんだよっ」

 

 告白。

 

「この場合の告白ってあれ、好きとか嫌いとか、そういうの相手に伝えるやつのこと?」

「嫌いを伝える方は少ないと思いますが、その告白のこと、ですよね?」

「うん。あたしの勘が、あたしの女の勘が、そう言ってる」

 

 賢しげに語るルーシャちゃんの顔はとてもどやっとしていた。酷く胡散臭い。

 

「うんうん、分かる、分かるよ。ユズリハさん綺麗だもんね。兄ちゃん、ユズリハさんにたくさん可愛がってもらってたらしいからね。初心な兄ちゃんじゃいちころされるのも分かるよ~」

「え、えっと?」

「あの大人嫌いの兄ちゃんがあんな仲良く話せてたのを見て。あたしはもう一瞬で察したよ。これはもう絶対、恋の気配だってね!」

「あの、ルーシャさん、一度落ち着いて」

「まさかあの兄ちゃんに春が来るなんてなー。でも相手がユズリハさんならあたしも文句ないよ。これからはお姉ちゃんって呼ばなきゃかー。しょーがないなー」

 

 一人で盛り上がってるルーシャちゃんの相手はアリスに任せよう。僕じゃとても対処できない。

 

 気配を殺して逃げるようにその場から離れ、神妙な顔で花瓶を眺めるソマリの下へ向かう。

 

「あの、ソマリ」

「何か見つかったか?」

「ううん、そ、そうじゃ、ないんだけど」

 

 相変わらず候補すら見つかっていない。それを誤魔化すような感じにはなってしまうかもだけど、それでも言っておきたいことがある。

 

「えっとね、気持ちは物だけじゃ、伝わらないと思う。大事なのは、言葉だよ」

「……」

「あっも、もちろん、だからって、贈り物が意味ないって訳じゃなくて」

「……大丈夫だ、分かる。分かってる」

 

 ソマリがユズリハさんに何を伝えたいのか。それは分からない。何を言うにしても、その気持ちを乗せた贈り物はいいと思う。それでもそれは、まず言うべきことを言えなきゃ、言葉に出来なければ贈る意味が無い。

 

 何の当てもない直感だけど、ソマリはまだそれを用意出来ていないような気がした。

 

 何かを伝えたい時は、アリスと喧嘩した時も聖王騎士団から取り戻しに行った時も、いつだって一番大切なのは言葉だった。僕の数少ない経験だけど、きっとこれは真理だと思う。

 

 だからついこんなことを言ってしまったのだけれど。自分でもとんでもない余計なお世話だと思った。どういうことだよ、なんて怪訝な顔をされて仕方ない。

 

そんな僕の話を、ソマリは静かに聞いてくれていた。

 

「俺があいつに言いたいこと、もうバレてるのか?」

「そこは、ううん、全然。ルーシャちゃんは、告白だって言ってたけど」

「……あのマセアホガキが」

 

 心底忌々し気、舌打ちしそうな口調だった。というかこの後二回した、しかも強烈なやつ。

 

 この調子だと、やっぱりルーシャちゃんの予想は違うらしい。

 

 じゃあなんだろな、なんて考える間もなく、突然ソマリが自分の頬をパンと両手で思い切り叩いた。大きな音と頬の赤みがその威力を証明している。痛そう。

 

「わっだ、大丈夫?」

「痛い。でもおかげで覚悟は決まった」

 

 覚悟とは。僕が聞き返す前に、何か吹っ切れたような笑顔でソマリが続ける。

 

「今日は助かった。ありがとうな、その、イリアス」

「ど、どういたしまして?」

 

 どうやら僕はいい感じのことを言えたらしい。プレゼント選びはどうにもならなかったけれど、別にところでソマリの力になれたみたいだ。

 

 ソマリは付き合ってもらったお礼をアリスにも伝えてから、ルーシャちゃんに声をかける。

 

「もう買い物は終わりだ。暗くなる前に帰るぞ」

「えー、贈り物は?」

「いらない。物で誤魔化すのはやめにした」

「おー、いいじゃん男らしい。じゃあ兄ちゃん、浮いた予算であたしに何か」

「買わない。やっぱそれが目的だったか」

「ケチ―!」

 

 そんな感じにやんややんやと言い合いながら、ソマリ達兄妹は並んでお店から出て行った。仲良し兄妹だ。

 

 それはいいんだけど、果たしてソマリはちゃんと言いたいことをユズリハさんに伝えられるのかな。

 

 僕とアリスはそんなお節介な心配を二人して抱いていた。

 

 

 

 そんなもやもやが解決したのは、それから数日後の夕方。

 

 デルファを囲む高い外壁の上で、ユズリハさんとソマリは並んで風景を眺めていた。

 

「いい景色だなー、夕日が近い。でもここって登ってもいいのか?」

「よくはない。でもこの時間は巡回に穴があるから、しばらくは大丈夫だ」

「へー。さすが地元っ子、危ないことにも詳しいな」

「どうしても盗みやるならこの時間この辺りでやれって、昔教えてもらった」

「ろくでもない知識だなぁ」

 

 街を守るための外壁なのだから、いつもならここには警備の人達があちこち目を光らせている。今はソマリの言う通り、誰一人姿は見えないけれど。

 

 ただ、その割にさっきから視線というか注意というか、ちらほらと人の気配自体はする。敵意は感じないけど、何かあったらすぐにその人たちが飛んできそうだ。

 

 何のためにこんな状態にしているのか分からず、物陰に隠れながらこっそり首を傾げる。

 

「さあいけ! やれ、兄ちゃん!」

 

 その横でルーシャちゃんは手に汗握り、謎のファイティングポーズを構えるほど大興奮していた。反対にアリスはとても冷静、というよりも困惑していた。僕は帰りたかった。

 

 なんだろうこの状況。僕達はいったい何をしているんだろう。脳裏を過ぎるそんな疑問に、冷静な自分が勝手に答える。

 

「……あの、ルーシャさん」

「今こそ男の見せ所だー、ってどうしたの?」

「これは、覗き見はよくないことだと思います。今すぐここから立ち去りましょう」

 

 これは覗きだ。

 

 突然家に来たルーシャちゃんに無理矢理手を引かれ、お願いされるまま物陰に隠れて十分くらい。結果、気づけばこんな感じになっていた。

 

「違うよ。これは覗いてるんじゃなくて、見守ってるって言うの!」

「それは詭弁です。イリアスくんもそう思いますよね?」

 

 同意を求めるように話を振られてしまった。困った。

 

 僕だってアリスの気持ちも意見も分かる。ルーシャちゃんの言っていることはただの言い訳だ。

 

 だけどそれはそれとして、今アリスの言うことを聞くのは難しいだろう。

 

「今更帰ってもしょうがないよ」

「イリアスくん」

「僕だって覗きはよくないと思う。でも、ユズリハさんにはもうバレちゃってるから」

 

 二人して目を見開く、特にルーシャちゃんなんかは耳もぴんと立てていた。そういう反応するんだ、元に戻っても猫っぽい。

 

 変な感心をしている僕を置いて、二人は物陰から身を乗り出してユズリハさんの様子をじっと観察していた。

 

 やがてちらりとユズリハさんがこちらに視線を移して、それでどうもアリス達と目が合ったみたい。反射的に二人はびくりと跳ねた後、そのままそろそろと影に戻ろうとする。とっくに見られてるから意味ないと思う。

 

 面白い動きをするアリス達を楽しく眺めていると、ふと視線を感じた。顔を上げれば今度は僕とユズリハさんの目が合う。思い切り苦笑いを浮かべていた。

 

 それからユズリハさんはあんまり上手じゃないウインクを僕に送り、緩やかに振り返ってから再び夕日を眺め始めた。とりあえず、お咎めはないらしい。

 

「ね?」

 

 それにもう一つさっさと帰らない、帰れない理由がある。

 

「あとほら、今動くと、多分今度はソマリに気づかれちゃう」

「バレたら兄ちゃん、怒って話どころじゃなくなっちゃうかも」

「だからタイミング見て、大丈夫になったら動こう」

 

 今もバレていないのは、こっそりと隠蔽の魔法を使っているから。だけどこれは簡単な軽いもの。このまま逃げようとしたらきっとすぐに見つかってしまう。時間をかけてちゃんとした魔法を準備しなければならない。

 

 それがなくとも誰より詳しい妹からの保証がついてしまったから、アリスも飲み込まざるを得なかった。

 

「……致し方ありません。ですがルーシャさん、こういったことはもうしてはいけませんからね」

「はーい。次からはしませーん」

「嘘、ですね」

「えっ。なんでバレたの?」

 

 今のは僕でも分かるくらい白々しかった。不思議そうに首を傾げるのがおかしいくらいだった。

 

 こうして僕達が静かにうるさくふざけ合っている間も、ソマリ達の間に会話はなかった。ユズリハさんは穏やかに夕日を見上げ続け、ソマリはずっと視線を彷徨わせしていた。

 

 しばらくしてしびれを切らした、というよりもきっと話を促すために、ユズリハさんが口火を切る。

 

「それで、話って?」

「……ああ」

「あっもしかして話しにくいことか? ならゆっくりでいいぞ。お前が準備出来るまで、私は夕日でも眺めてるから」

 

 ユズリハさんの口調はいつもよりずっと柔らかい。まさに優しいお婆ちゃん、じゃなくてお姉さんのよう。

 

 そのおかげか、とうとうソマリも決心がついたみたいだ。

 

 ぎゅっと自分の胸元を一度握ってから、深く一度息を吸ってから、短くはっきりと呼びかける。

 

「ユズリハ」

 

 ユズリハさんの反応は劇的だった。戦闘中かと思うほどの速度で振り向き、ぱあっと夕日に負けないくらい明るい笑みを浮かべる。

 

 けれどもソマリがその笑顔を見ることはなかった。

 

「やっと名前呼んでくれたな。なーんだ、それが話したいこと」

「──ごめん」

 

 ソマリはユズリハさんに向けて静かに、そして深く頭を下げていたから。

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