唐突に疑いをかけられたのにもかかわらず、ヘーゼルさんはあくまでも穏やかなまま質問を返した。
「その質問に答える前に、どうしてそう思われたのかお聞きしても?」
「最初に違和感を覚えたのは襲撃犯の姿です」
アリスがヘーゼルさんを疑い始めたきっかけ、エリーさんに襲い掛かったエルフの姿のこと。
「彼は襲撃を成功させるためか貴方の、エルフの里長ヘーゼルの姿を写し取っていました。ですがこれは、あまりにも中途半端な方法です」
「半端とはどういうことでしょうか?」
「エリーさんに警戒されず近づくのが目的だったのならば、用意すべきは親しい誰かの姿でした。彼ら自身の見た目は論外として貴方も、友人の兄も立場を含めて考慮すれば明らかに不自然な人選です。どう考えても彼らが取るべきなのは友人本人、ユズリハさんの姿だったはずです」
「単純に、ユズリハの『転写』の魔石が用意出来なかったのでは?」
「貴方の姿を借り受けられた時点で、それは考えにくいです。あの魔石の製造方法は御存じでしょう」
対象の姿を写し取る『転写』の魔石。変装とかに凄く便利そうなあれは、作るのに結構な手間暇がかかる。
一定以上の品質、純度とか大きさとか色々満たした魔石を、対象の人に一か月くらい肌身離さず持ってもらう。それからその魔石とその人の身体の一部、髪の毛とかをそこそこの量混ぜ合わせ、定められた手順通りに調合してようやく完成。
アリスが概要は知っていたから教えてくれた。とりあえずややこしい、やたらと面倒くさいことだけは分かる。
「あの襲撃の首謀者がホリーさん、貴方の祖父であるのなら、貴方とユズリハさんのどちらでも用意が出来たはずです」
一か月ずっと魔石を持ってもらう、もしくは密かに持たせる。そして身体の一部を確保する。
他人なら難しいかもだけれど、家族のホリーさんならきっと出来た。長年ずっと一緒にいるのだから、その分挑戦の機会もたくさんあっただろう。
もしくは何かしらの機会で協力して普通に作ってた、なんてこともあるかもしれない。使い道はいくらでもあるから、用意しておけばいざという時に便利だろうし。
だからアリスの言う通り、ヘーゼルさんでもユズリハさんでも、ホリーさんが首謀者ならあの襲撃犯はどちらでも選び放題だったはず。
そしてこれはヘーゼルさんにも同じことが言える。ヘーゼルさんは化けられた張本人で、ユズリハさんの家族でもある。
「では何故、彼らはあえて貴方の姿を選んだのでしょうか?」
「祖父はユズリハのことを深く愛しています。いくらエルフのためとはいえ、あの子に殺人の汚名を着せるのは祖父も」
「貴方のこともでしょう」
深く刺し込むようにアリスは指摘した。
「ホリーさんは、貴方のことも愛しています」
「……」
「私は家族というものを知りません。ですがあの時、貴方が魔物に変えられた時の彼の嘆きに、ダアト様への命がけの懇願に、私は嘘を見つけることは出来ませんでした」
「……そうですね。それを否定するのは、私にも出来ない」
強く咎めるような語気を聞いて、ヘーゼルさんは溜息と共に同意する。そこにはたくさんの後悔や失望が籠っているように思えた。
尋問みたいなことをしているから当然ではあるけれど、それを考えてもなんだか凄く空気が重い。
このままじゃ上手く話が出来ない気がしたから、別の気になっていたことをこの機に聞いてみる。
「あっあの、そういえば、ホリーさんってどうしてるんですか?」
「今は迷宮協会の施設に拘禁しています。ワイラーも含め、処分については現在シルヴァと協議中です」
「拘禁。処分」
なんだか物騒な文字が並んでいる。それでもちゃんと生きてはいるらしい。
あの『錬金術師』の人も含め、もう秘密裏に処理されているかもしれない、というアリスがした最悪の予想はとりあえず外れたみたいだ。
それでアリスもちょっと安心出来たのか、こっそりと息を漏らしていた。そしてすかさず息を吸ってその仕草を誤魔化し、冷静さを見せつけながら推理に戻る。
「話を戻しましょう。そもそもホリーさんがエリーさんの殺害を命じた、ということにも違和感がありました。彼の目的は国交の回復を妨害すること。そして彼の目に適う善良な人間を攫い、エルフへと改造することの二点です。どちらにしてもエリーさんを殺めること、エルフが犯人だと声高に主張するのはあまり得策ではありません」
アリスが解説してくれたことによると、ホリーさんが目的を果たすためにはあまり事件を大事にしてはいけないらしい。
エルフの人間への不信感を煽ること、逆に人間からエルフへの信用は削らないこと。加えて、あくまでエルフは被害者でなくてはならないこと。
今後のことを考えるとこの三つが重要なんだとか。けれど実際に起きた事件は、この内後者二つを思い切り損なうようなものだった。
だからこそアリスの中で、ホリーさん以外の誰かが裏にいる可能性が浮上した。
「また孫を愛し、エルフの誇りを重んじるホリーさんがエリーさんを、無辜の人間を殺めるという汚名を貴方に被せることを許すとは考えられません。よって考えられる、襲撃犯があえて貴方の姿を借りた理由は」
「その私が許可を、姿を変えるよう命令をしたから。そして彼女の殺害を命じたから、ということでしょうか」
そしてその誰かがヘーゼルさんだと、ヘーゼルさんしかいないと考えた。
「ですが結局のところそれは推測、私が指示したという証拠はない。そうですよね」
「おっしゃる通り、あくまでも私の違和感でしかありません。貴方に否定されてしまえば、私の語る全ては言いがかりになります」
一応、他にもアリスが疑いを覚えた理由はいくつかある。エリーさんの護衛って名目で僕が迷宮に向かうよう仕向けたこととか、その後『預言者』にしては不自然なほど無策で『錬金術師』のところへ行ったこととか。
ただ、どれも共通するのは二人の言う通り何の証拠もない、というところだ。どれほど疑わしく思っても、全部偶然だと言い切られてしまえばそこで終わる。
「しかし先ほど私は何でもお答え、お教えすると言ってしまいました。エルフの里長として吐いた唾は吞みこめません」
けれども、ヘーゼルさんはその盾を躊躇なく投げ捨てる。
「その通りです」
「……認めるのですか?」
「はい。祖父の出した命を覆し、彼らに殺害の命令を下したのは私です」
あっさりと認められてしまい、僕もアリスもつい眉間に皺が寄る。きっと意味合いは違うけれど、生じた言葉は同じはず。
瞳を伏せ自分で一生懸命考えるアリスと違って、僕はそれをそのまま口にした。
「どうして、ですか?」
「お怒りにならないのですか? 私は、クロガネ様の友人を殺そうとした男ですよ」
「怒るよりも前に、理由が分からなくて。どうして、ヘーゼルさんがエリーさんを殺そうと」
「彼女を殺そうなどとは、最初から考えてもいません」
「えっ?」
わざわざ殺せって命令を出したのに、最初からそのつもりはなかったという。
ヘーゼルさんの不可思議な説明に、ますますどうしてって気持ちが大きくなる。
「彼らには、祖父にはクロガネ様が必ず傍にいらっしゃる時間を選ばせましたから。貴方がいる限り彼らがどれほど足掻こうと、エリーさんを殺めるどころか触れることすら不可能だったでしょう」
確信と共に断言する、僕を見つめるヘーゼルさんの瞳には、欠片も濁りのない信頼の光が猛烈に輝いていた。
確かにヘーゼルさんの言う通り、僕がいればあの人達がどうしようとエリーさんを殺すことは絶対に出来ない。
実際ヘーゼルさんは執拗にあの日『竜骸』を、僕のことをエリーさんのお店に誘っていた。多分、ユズリハさんから僕が僕として行くと聞くまで。
だから殺すつもりがなかったのは分かった。でも、逆に別の疑問が湧き出て来る。
「……もっと分からないです。全部無駄だって分かってるのに、どうして」
僕にホリーさんのことを止めて欲しかったから?
それも違う気がする。そこまで、襲撃の日や方法まで知っていたなら、普通に通報とかすればよかった。さっき言ったことを考えると、それどころかヘーゼルさんは口を挟んだ、襲撃のやり方を横から指示してすらいる。全て僕に薙ぎ倒されると理解しておきながら。
僕達の会話を聞いていたアリスも、この問いにはまだ答えが出せないみたいだ。
こうして悩む僕達二人に向け、ヘーゼルさんは変わらない様子で問いかける。
「お二人は私のクラスについてご存じですか?」
「えっと、はい。『予言者』だって、絶滅しかけた種族を救うためのものだって聞いてます」
「よかった。ご存じであれば話が早いですね」
そして、まるで世間話でもしているかのような口調で続けた。
「端的に言えば、私はエルフという種族を滅ぼすために今回の計画を企てました」
エルフを滅ぼすために。
脈絡がない上にやけに壮大な目的を耳にして、思わず目をしばしばしてしまった。
滅ぼすために、滅ぼすために。目と一緒に心の中で言葉を転がしても、まったくさっぱり意図が掴めない。
僕がうんうんと考え込む内に、平静を取り戻したアリスがひっそりと問う。
「……失礼ですが、最初からお話いただいてもよろしいでしょうか?」
「申し訳ございません。つい、気持ちが先走りました」
アリスはいくら考えても理解出来ないって判断したみたいだ。僕もそれに倣って諦める。まずは話を聞いてみよう。
二人して聞く体勢を取ると、ヘーゼルさんは少しだけ目を細めた。
「それでは『予言者』の力についても、お二人はご理解されていますか?」
「識者からは予知夢を見る、危険な未来を予知し対処する力だとお伺いしております」
「概ねその通りです。より正確に言えば、種の存続に関わる事態を夢という形で予測し、更にその中で解決策をシミュレーションする力。失礼、シミュレーションで伝わりますでしょうか?」
一緒に頷く。要は限定的な因果律予測だ。
エルフの危機という状況からスタートして、こう動けばああなるという試行錯誤を夢の中で繰り返し、いつか求める結果が出るまでひたすら演算し続ける。
予測を覆す魔法さえなければかなり重宝する能力だと思う。現に今までこの力を使って何度も同族を助けてきたって、ユズリハさんも自慢げに言っていた。
「今まで私は、このスキルで数多くの運命を曲げて来ました。森に迷い襲撃を受ける者や不運な事故で命を落とす者、一つの失言で殺し合いに発展する者達。どれも少しばかり手を加え、行動を変えるだけで命を掬い上げることが出来ました」
「わ、す、凄いですね」
「いいえ。全ては予知夢、クラスの恩恵によるものです。私の力など、何も」
クラスもスキルも便利な道具でしかないから、現実にその人達を助けたのはヘーゼルさんの優しさと責任感の賜物だ。何故だか、ヘーゼルさんは妙に謙遜しているけれど。
不思議だなとは思いつつ、話の続きを待つ。まだエルフを滅ぼす云々の中身は全然分からない。
「このようにしてエルフの運命を変えていくにつれて、やがて私はとある変わった夢を毎日のように見るようになりました」
「変わったって、どんなですか?」
「牧場の夢です」
突然の牧場に混乱する。咄嗟に牛や馬が駆け回る牧歌的な風景が脳裏を過ぎった。絶対これのことじゃ、ないよね。アリスも同じようで困惑を隠せていない。
そんな僕達を見て薄く苦笑いを浮かべながら、ヘーゼルさんは何でもないように解説してくれた。
「予知夢は危機を回避、あるいは解決するために見るものです。ですからその夢は現在我々エルフが抱えている問題、常に生じている危機をこのように解決しろと、毎晩私に語り掛けていました」
「………………まさか、その牧場とは」
「お察しの通り、エルフのものです」
さあっとアリスの顔が蒼白に染まる。そして膝の上に置いていた手が、両方ともぎゅっと握られた。こっちも白い。相当強く握られている。
僕は何も察せていないから、エルフの牧場が何かもアリスが何にそこまでショックを受けたのかも分からない。
何も分からないけれど、とりあえずアリスの手を取って軽く握った。辛そうだったり苦しそうな時は温めた方がいい。これは身体の話で、心に効くかは知らないけれど。
驚いてこっちを見て、なんとか微笑もうとするアリスの顔色は今も青白い。それでもさっきよりはマシになった気がしたから、手を伸ばした甲斐はあった。
ヘーゼルさんは僕達を、僕とアリスが繋いだ手を一瞥して、ほんの僅かに口元を緩める。
「祖父の考え、里の閉鎖に同意するエルフの中には、人間を下等な猿と蔑む者もおりました。しかし私が牧場主となればその彼らも進んで豚となるのですから、中々どうして出来た寓話のようで、我がことながら感心した覚えがあります」
だけどその緩みは、そう語り終わる頃には痛々しい歪みに変わっていた。
この感じは大事なことを、それもとても悪いことを説明して貰っているとは思うのだけれど、そもそもその牧場って何のこと、さっきからいったい何の話をしているのだろう。
未だに全然さっぱりぴんと来ない。だけどこの状態のアリスに聞くのはよくない気がするから、言い出しっぺのヘーゼルさんに教えてもらおう。
「あの、牧場ってどういう意味ですか?」
「お耳を汚してしまい大変失礼いたしました。詳細はさておき、牧場とは家畜のように子供を作らせる施設のことを」
「でも子供って、結婚しないと出来ないんじゃ」
「……………………里の者に、無理矢理結婚と離婚を繰り返させるような場所、儀式でしょうか」
「な、なるほど?」
結婚は好きな人同士で幸せになるためにすること。それを他人が子供を作るために無理矢理させて、しかも離婚結婚と何度も繰り返させる。
正直まだちゃんと想像出来てはいない。でも確かに、これはよくないことだ。
ちょっとだけ理解出来て満足していると、ふと視線を感じた。アリスもヘーゼルさんもじっと僕を見ている。しかも様子がおかしい。
顔色の悪かったアリスは元に戻るどころかほんのり赤みが差しているし、ヘーゼルさんは酷く気まずそうというか、もはや罪悪感すら抱いていそうなほど渋い顔をしている。
その表情も、僕の視線に気づいた瞬間咳払い一つで奥に押し込められた。
「ともかく、こうして牧場の夢を見るようになって以来、私には一つ深刻な悩みが出来てしまいました」
「悩みって、牧場のですか?」
「関連してはいますが、恥ずかしながら個人的なことです。一言で言えば眠れなくなりました」
代わりに浮かべたのは、陽炎よりも儚い微笑みだった。
「毎日毎日眠るたびに、見知った豚の顔と嬌声を聞かされる。これがまた、結構な苦痛でして」
そしてその裏にある苦しみは、結構という表現すら控え目なように思えた。
僕もアリスも言葉を失う中、突然ヘーゼルさんの顔色が変わる。唐突に明るさが浮かび始めた。
「しかしまさか、その程度の理由であの地獄を実現させる訳にもいきません。どうしたものかと悩む私の前に、とある日突然天啓が舞い降りました」
「天啓?」
「貴方との出会いです、クロガネ様」
繰り返すけれど、天啓。
森に落ちてたヘーゼルさんは昔拾ったけれど、そんな天啓がやって来るような出来事あったかな。
首を傾げる僕とは異なり、ヘーゼルさんはしみじみと思い出に浸っていた。
「クロガネ様と出会ったあの時、随分と久しぶりに眠った記憶があります」
「……あっそっか。予知夢も因果律予測だから、僕が近くにいると出来ないから」
「そしてその帰り道、幸運にもシロガネ様ともお目にかかりました」
「えっ先生にですか!?」
「はい。その時お教えいただいたのです。『予言者』とは何のための力なのか。どうすればあの夢から、このクラスから解放されるのか」
全然知らなかった、先生ヘーゼルさんと会ってたんだ。しかも親切に色々話してたんだ。意外。
「シロガネ様はおっしゃいました。絶滅の危機を失くせ。そうすれば『予言者』のクラスを失うと」
「ということはつまり、頑張ってエルフを増やせばいいってことですか?」
でもそれって、さっきやっちゃいけないって言ってた牧場のことじゃ。
僕が矛盾に頭を悩ませるよりも早く、アリスが硬い声で呟いた。
「もう一つだけ」
この感じだともう答えに辿り着いているみたいだ。凄いなぁと感心して振り向いた先で、アリスは絞り出すような声で続ける。
「逆説的に考えれば、もう一つだけ方法が存在します」
「それって?」
「……エルフを絶滅させること、です」
数を増やす、絶滅の危機を失くすとは正反対の答えがアリスから飛び出した。
予想外の解答に驚く間もなく、それが正しいことを保証するためヘーゼルさんがすかさず補足する。
「正確に言えば、絶滅の未来を確定させることですね。種の絶滅を回避し、エルフを再び繁栄させることが私の、『予言者』の使命。逆に言えば絶滅の未来が確定した時点で『予言者』の役目はなくなり、同時に私からこの力は失われるそうです」
ここでようやく僕も理解した。要するにラインの問題だ。
種が滅亡の一線を越えるかどうかの時、『予言者』は誕生する。そして『予言者』は予知夢によって未来を、因果律予測で辿るべき道筋を知って、種が再び繁栄出来るように行動するのが使命だ。
ただし、因果律予測では起き得る可能性しか掴み取れない。つまり予測上ゼロパーセントの未来は観測することも出来ない。
だから因果律予測上で滅亡の一線を越えた時、絶滅が確定してしまった瞬間、『予言者』は無力な存在となる。崖っぷちの人には手を伸ばせても、既に落ちてしまった人にはもう何も出来ない。そして先生曰く、この時役目を失ったクラスは魂から消え去る、らしい。
これがヘーゼルさんの狙い。エルフの滅亡を確定させて、『予言者』のクラスを手放すこと。
「そのため私は人間の世界とエルフの里の国交を回復させようと、今回の件を企てました」
一つ納得したところでまた話が飛んだ。国交の回復がどうエルフを滅ぼすのだろう。
幸い考え込んだり質問したりする前に、アリスが簡単にまとめて確認してくれた。
「人間との国交が回復すれば、外の世界への窓口が出来てしまえば、里を抜けるエルフが数多く生じるため、という理解でよろしいでしょうか」
「言葉不足で申し訳ありません。里の外に興味を抱いているエルフはとりわけ若い者が多く、彼らさえ外へ飛び出してしまえば、あのような牧場など到底成り立たなくなりますから」
ユズリハさんもそんな感じだし、友達にもそういう人が結構いると言っていた。だから国交の回復をきっかけにエルフの里から人が減るのは本当で、ヘーゼルさんの言う通り滅亡の背を押すことになるんだろう。
また一つ疑問が解消されて、次にというか、最初の謎に立ち戻る。
「あ、あの、それで、結局どうしてエリーさんのことを殺そうと、じゃなくて、なんて言えばいいんだろ」
「全ては祖父、そして祖父に同意する者達の心を折るためです。事件を大事にすることでワイラーの所業を明るみに出し、彼らが縋る悍ましい手法の実態を理解させる必要がありました。里から若いエルフが減っただけでは彼らも諦めがつかないでしょうから」
確かホリーさんの作戦は、誠実な人間を攫ってあの欠陥魔石でエルフに改造する、だったかな。これだと里からエルフがいくら減っても外から補充出来るから、国交の回復だけじゃどうにもならない。
だからあの『錬金術師』の人ごと計画を叩き折るきっかけを作るため、わざわざエリーさんのことを巻き込んだ、というのが真相らしい。
とんだバタフライエフェクト狙いというか、滅茶苦茶回りくどくて面倒な計画に思えてならない。でも現実に皆まんまと狙い通り動いていたのだから、これ負け惜しみみたいな感想になっちゃう。
「かくして私は計画通りに『予言者』のクラスを失いました。動機については、これくらいでよろしいでしょうか」
「あっはい。ありがとう、ございました?」
「……何故、お礼を?」
「えっ。た、たくさん、お話、してもらったから?」
隠しもせず正直に、しかも色々解説までしてもらった。ヘーゼルさんが犯人、悪い人だったとしても、ここはちゃんとお礼言わないと。
ヘーゼルさんは僕のお礼に一瞬ぽかんとした後、気を引き締めるように目と口を一文字に閉じる。次に開いた時には、もうさっきのような抜けた空気はなかった。
「それでは今度は、私からお二人に質問させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あっはい」
「前提として、迷宮都市デルファはこの件について私達を罪に問うことは出来ません」
出来ない理由が分からなかったから、いつも通りアリスに聞いてみる。
「そうなの?」
「……先ほどヘーゼルさんもおっしゃっていましたが、彼が関与したという確固たる証拠がありませんから。仮にあったとしても、現状を考えれば握り潰される可能性が高いです」
「えっどうして?」
「迷宮協会もようやく回復出来たエルフの里との国交をむざむざとは捨てられません。この程度の、人一人分の泥であれば、飲み込んで終わらせた方が得策ですから」
そしてアリスはいつも通り嫌な顔一つせず分かりやすく説明してくれた後、これまたいつも通り僕が気づかなかったところまで追求してくれた。
「恐らくホリーさんについても同様、ですよね?」
「はい。ワイラーはともかくとして、祖父については今のところ表向きの処罰はなし、ということになりそうです」
「……無関係のエリーさんを巻き込んでおきながら、ですか」
「残念ながら」
皮肉気に肩を竦めてから、ヘーゼルさんは声高に語り始める。
「さて、私は祖父の企てを全て知りながらも、止めるどころか己が私欲のために利用しました。命の恩人たるクロガネ様を利用し、罪のないエリーさんを巻き込み、更には『錬金術師』ワイラーの陰謀をも承知の上で」
「……本当であればそれは、とても罪深いことです」
「ええ、許されざることです。しかしこの罪は、我々の都合により決して裁かれることはありません。目論見を果たした私は何の報いも受けず、いずれ大手を振ってこの街から立ち去ります」
そしてどこか仰々しく告げた後、僕達の顔をじっと見つめながら問いかけた。
「これを聞いたお二人は、私の罪をどうされるおつもりでしょうか?」