【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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おまけ最終話 下

「うーん、どうしよう。何かいい特訓方法は」

 

 それからしばらくの間、僕はうんうんと唸って特訓方法を考え続けていた。

 

 とりあえずオウルに付き合ってもらえればどうとでもなる、なんて踏んでいたから、もうまったくさっぱりアイデアは出てこない。どうすればいいのかまるで分からない。

 

 そんな僕にさっきから何故かうずうずしていたアリスが、どこかうきうきとした様子で声をかけてくる。

 

「イリアスくんイリアスくんっ」

「どうしたの?」

「私、名案があります」

 

 そしてその声には、妙にやる気が満ちていた。

 

 

 庭に引っ張り出され、アリスの言う名案を試し始めてからおよそ十分。既に僕の中には疑念が生まれて始めていた。

 

「……ねぇ、アリス」

「なんでしょうかっ?」

 

 アリスの声が弾んでいるのは楽しいから、だけじゃなくて単純に息が荒くなっているから。そして息が荒いのは、アリスが僕の特訓に付き合ってくれているから。

 

 せっかく特訓方法を考えてもらって、しかも一緒にやってもらって。その立場で言うのもなんだけど、僕はこの訓練の効果を思い切り疑っていた。

 

「本当にこれで、どうにかなるの?」

「きっとなりますっ! 踊りというのは、とても繊細なものですからっ」

「……うーん?」

 

 アリスが提案した特訓、それは踊りだった。しかも貴族とかお金持ちとかが社交界でやるような、男の人と女の人が組んで踊るもの。

 

 デルファに初めて来た頃、一度だけ興味本位で舞踏会に忍び込んで見たことがある。

 

 音楽や内装は凄く凄かったけれど、踊りについてはなんかくるくる回ってるなぁという感想しか出てこなかった。だから今までやったことは、やろうと思ったことすらない。

 

 そういう訳で踊りの知識なんてさっきアリスから教わった聞きかじりだけ。おかげで今も、傍から見れば相当つたないものになっているはず。足踏んだりしそうで緊張してるし。

 

 そんな風におっかなびっくりの僕とは違い、アリスは最初からとても楽しそうにしていた。すぐ目の前にはずっと、文字通り満面の笑みが広がっている。

 

「ここで、ターンですっ」

「うん」

 

 指示通り右足を軸に半回転。ついでにアリスが一瞬バランスを崩したから、繋いだ手で引き寄せる。あのままだと転ぶところだった。

 

 そのまま続けてステップステップ。途中アリスが僕の行先に足を置いたから、咄嗟に世界を蹴って軌道をずらす。あのままだと足を踏むところだった。

 

 今度はステップの勢いを利用して一回転。アリスが足をもつれさせてすっ転びそうになったから、腰に回した手で支えて持ち直す。あのままだと顔から行くところだった。

 

 そんな感じで言われるがまま、二人して下手なりになんとか一通り踊り終えた。

 

 無事終わって胸を撫で下ろす僕に向け、アリスは達成感に満ちた笑みで声をかける。

 

「イリアスくん、一度踊ってみて、どうでしたか?」

「どうって、えっと、大変だった?」

 

 踊りそのもの以上に、それ以外がとんでもなく気を遣った。

 

 基本的に踊っている間はずっと手を繋いだりくっついたりしている以上、うっかり力を籠めてしまうとアリスが大変なことになる。

 

 普段だって出かける時は手を繋いでいる。でもその時は歩くだけ。慣れない踊り中となると、気にするところが一気に増えてしまった。

 

 もちろん原初の魔法があるから大惨事にはならないだろうけれど、発動しない程度に痛い思いをさせてしまう可能性はある。命はともかく、それ以上を原初の魔法は担保してくれない。

 

 そこまで考えて僕もやっと察した。アリスがどうして特訓に踊りなんて提案したのか。

 

「……そっか。そういう」

「一般の男性でも、正しいエスコートはとても難しいと、以前聞いたことがあります」

「なるほどなぁ」

 

 僕と人間ほどじゃなくても男の人と女の人は力が、重さと筋力が全然違う。

 

 クラスシステムの恩恵を考えるとちゃんと釣り合ったり、反対に男の人が弱くなったりするかもだけれど、そこはそれで置いておく。後者の場合はどっちが気を遣うかってこと以外変わらないし。

 

 また一つ納得して、じゃあもう一度とお願いしかけて気がついた。

 

「ちょっと休憩しよっか」

 

 運動神経はともかく、意外とアリスは体力がある。出会ってすぐの頃から一日中街を歩けるぐらいには健脚だった。

 

 本人が言うには、『聖女』という仕事はとにかく体力勝負だったからそのおかげとか。世の中どんなにキラキラしている感じの仕事でも、結局のところ体力が一番重要らしい。

 

 そんなアリスでも踊りは結構疲れるみたい。一旦終わって少し経った後でも、まだ息がちょっと乱れている。これじゃ続けて特訓するのは難しい。休憩のために手を引いて木陰まで誘導した。

 

 それから座って休んで、その間もちょこちょこと話して。途中会話が途切れた時、ふと横に置いていた疑問を思い出した。

 

「そういえば、さっきアリスと先生が言ってた許可ってどういうことだったの?」

「えぇと、それは、ですね」

「難しい話?」

「簡単なような、難しいような」

 

 アリスは曖昧な返事にふさわしい顔を、なんだかもにょもにょとした表情をしていた。手もお腹の前で合わせて、変にもにょもにょと動かしている。

 

 このもにょもにょが実際簡単なのか難しいのか、とりあえず聞いてみないと分からない。僕が催促すると、アリスは一瞬瞳を伏せてから重々しく語り出した。

 

「……イリアスくんは以前オウルさんがお話されたこと、秘密は人を引き寄せるという話を覚えていますか?」

 

 急に話が飛んだ。

 

 でもアリスが言うことなんだから、多分どこかしらに何か繋がりがあるんだろう。そう信じてその時のことを思い出す。

 

「うん。オウルが魔法の説明した時だったよね」

「もう一つ秘密と同等に、もしくはそれ以上に人を引き寄せてしまうものがあります」

 

 分かりますか、なんて言外に問われた。もちろんまったく分からない、見当もつかない。自信を持って首を横に振る。

 

「それは、力です」

 

 アリスは僕の反応が分かっていたかのようにすぐ答えを言い、そのまま続けた。

 

「私はイリアスくんが協力してくれれば、いいえ、イリアスくんを利用すれば、三日でこの世界を征服出来ます」

 

 そしてまた話を飛ばした。しかもさっきよりもよっぽど明後日の方向だ。明後日過ぎて、僕の返事も内容に反してとても適当なものになった。

 

「世界征服なんて興味ないけどなぁ」

 

 だってそんなことをしても絶対何も面白くない。デルファを眺めるだけでもよく分かる。

 

 この街は多くの人間の色んな考えや想い、歴史と偶然により作り上げられた街。僕が想像も出来ないたくさんの物や出来事が、無造作にいつもその辺に転がっている。

 

 理解しがたいそれらは時にとても恐ろしく感じることもあるけれど、それ以上に魅力を感じさせることが多い。

 

 まだ子供の僕でも本能で分かる。これらは脆弱で意味不明な人間が、それでも毎日を懸命に生きているからこそ生み出せるもの。

 

 そしてこの街だけじゃなくて他の国、人類社会全体がそう。今まで色とりどりの人々がたくさん頑張ってきたから、ここまでよく分からない複雑な社会が育まれた。不気味な、そして面白い世界が出来た。

 

 だから僕一人が全てを支配したところで、そこから生まれるのはきっともっと単純でつまらないもの。今の世界よりも面白いものは作れないだろう。

 

 そんな考えが伝わったのかは分からない。それでもアリスは、緩やかに僕の答えを否定した。

 

「だとしても、私ならイリアスくんに協力してもらうことは簡単です」

「僕はやりたくないのに?」

「はい。イリアスくんはとても優しいですから、そこをくすぐって操る方法や口実はいくらでも思い浮かびます」

「へー、アリス怖いね」

「そうです。イリアスくんが考えているよりずっと私は、人間は怖いものなんですよ?」

 

 少しだけ茶目っ気を含めて微笑んだ後、アリスはすぐさま表情を引き締めて空を見上げた。

 

 雲一つない突き抜けるような青空。同じ青の瞳でアリスはそこに、多分先生の姿を思い描いている。なんとなくそんな緊張が伝わった。

 

「魔女様は恐らくこれを、イリアスくんが人の欲望に振り回されるのを嫌って、私のことを遠ざけようとしたのだと思います」

「でもアリスなら、そんな酷いお願いとかしないでしょ?」

「ありがとうございます。ですが人は誘惑に弱く、イリアスくんの力はあまりにも強大です。現にあれほどイリアスくんを心酔していたヘーゼルさんであっても、今回の事件では己が願いのためイリアスくんを利用しました」

 

 ヘーゼルさんの願い、『預言者』のクラスから解放されること。そのためにこの間僕は頼られた、アリスとヘーゼルさんからすると利用された。

 

 そして事件の経緯を聞いた先生も二人と同じように考えたのかもしれない。だからあんなに不愉快そうな顔をしていたのかな。

 

 でもそれだとなんかちょっと違和感あるなと思いつつ、一旦心の隅に寄せておく。今は先生の考えよりもアリスの話の方が大事だ。

 

「じゃあアリスにもそういう願い事とかあるの?」

「今はありません。しかしイリアスくんが常に味方をしてくれると私が甘え増長し、いずれ身に余る欲望を望む可能性を他でもない私が否定しきれません」

 

 私は弱い人間ですから、なんてアリスは自嘲するように言葉を結ぶ。

 

 アリスの心が弱い。いったい何の冗談かと思ったけれど、どうも本気で言っているらしい。

 

 あまりにもびっくりしたせいで否定する間もなく、アリスは話を続けてしまった。あとでちゃんと違うよって言っておこう。

 

「魔女様はそれすらも見通されているから、あれほど私のことを厭うのでしょう」

 

 それでもと、アリスは決意を込めて宣言する。

 

「絶対に私は諦めません。たとえ何年、何十年かかっても、それこそお婆ちゃんになっても、いつか必ず魔女様からお許しをいただきます」

「……最初の疑問に戻っちゃうんだけど、どうしてそんなに先生に認めてもらいたいの?」

「それは」

 

 あの時も口に出したこと。僕とアリスが一緒にいたいこと、いることは先生には関係ないような。

 

 僕の疑問を受け、アリスは何故だかほんのりと頬を赤くする。ますますよく分からなくなったのに、アリスの返答は不思議とつれないものだった。

 

「それは、内緒です。イリアスくんがもう少し大人になったら教えてあげます」

「むっ。なんかいきなり大人ぶってる」

「だって私、イリアスくんよりも少しだけお姉さんですから」

 

 確かにアリスの方が二つ歳は上で、なんなら心の方はもっと大人っぽい気がする。

 

 それはそれとして、たとえそれが事実だったとしても、こうもふふんって感じの顔をされると結構むっとする。反撃したくなる。

 

 だから僕は心のままにぼそりと、さっきから気を遣って言わないでいたことを口にした。

 

「……僕よりずっと、踊り下手だったくせに」

「え、へ、下手、ですか?」

 

 我ながらアリスにも負けないくらい話題が飛び上がった。しかも凄く負け惜しみっぽい。

 

 それを自覚しつつ、僕はチクチクとアリスに攻撃を続ける。

 

「さっき何回も僕の足踏みそうになってたし」

「うっ」

「それどころか普通に転びそうになってたし」

「ご、ごめんなさい。実は私も奉納の舞以外の、ああした踊りは初めてで」

 

 けれどもそれも、アリスの意外な答えに止まった。攻撃の代わりに疑問が浮かぶ。

 

「そうなの? 偉い人っていつもああいうの踊ってると思ってた」

「かつての私の立場ですと、踊る相手一つ取っても政争の種になりますから。私が特定の誰かを選んでしまえば、それだけで何かしらの事件が発生しかねません」

「そうなんだ。じゃあ特定の誰かが駄目なら、踊りたい人全員と踊ればよかったのかな」

 

 なんとなしに出した提案だったけれど、今度はアリスがどこか気に食わなかったみたい。見るからに拗ねたような目で、針で悪戯するかのような口調で問いかけてくる。

 

「……イリアスくんは、私に誰かと踊っていて欲しかったんですか?」

「そういう訳じゃないけど。さっきのアリス楽しそうだったから、前から踊れてたらよかったのになーって思っただけ」

「それは、イリアスくんと一緒だからで」

 

 一緒。その言葉でふと思ったことがある。

 

「……一緒と言えば、先生がアリスを信用出来ないって言ってたの、あれ僕のこともだよね」

 

 今日はよく話が飛ぶ日だ。飛ばした本人が思うことじゃないけれども。

 

 そんな唐突過ぎる話題の変換にアリスは当然ついて来れず、目を思い切りしばしばとさせている。だから僕は何が一緒なのか、変に察してしまったことをそのまま告げる。

 

「あれが本当なら先生って、アリスだけじゃなくて僕のことも全然信じてないじゃん」

「それは」

「だって僕が簡単に丸め込まれるって思ってるから、先生はアリスと一緒なのが嫌なんでしょ?」

 

 改めて考えると先生、僕達二人にまとめて凄く失礼だ。アリスは僕を裏切るほど悪くも弱くもないし、僕はアリスに簡単に利用されるほど馬鹿じゃない。

 

 人が何をどう思うのかは自由だと、大昔に先生が言っていた。

 

 好きも嫌いもどっちも大切なものだから無理に全てを好む必要はない、嫌いなものは嫌いなままでもいい、みたいなこともその時言っていた。

 

 だから先生がアリスのことを信用しないのも、アリスがそれを覆そうとするのも、二人の気持ち自体はどうこう言うべきじゃないと思っていた。

 

 もちろんアリスが危なかったら守るし、先生が意地を張るなら謝ってとお願いくらいはする。だけども、逆に言えば僕に出来ることはそれくらいしかなかった。

 

 だって僕がどう感じてもお互いをどう思うかは自由だからだ。僕が二人のことを好きでも、お互い無理に好き合ってもらうようなことは出来ない。

 

 でも、先生が僕を信用していないというなら話は変わる。気持ちにおいても僕は当事者になる。

 

「決めた。僕も頑張る」

 

 僕もアリスと同じ位置に、信じてくれない先生に挑む立場になる。

 

「アリスと一緒に認めさせて、その内絶対先生にぎゃふんって言わせる!」

「ぎゃ、ぎゃふん」

 

 実際に先生が言うかどうかはともかく、それくらいの心意気で挑まないと。

 

 先生は僕が知る中で一番頑固だ。あえて悪口を言うと、意地っ張りでへそ曲がりなところもある。

 

 そんな先生の意思をどうやって変えればいいのか。決意したところでまるで皆目見当もつかない。

 

「先生に認めさせる手段、アリスは何かアイデアある?」

「……ごめんなさい。あんな風に言いはしましたが、恥ずかしいことにまだ」

「謝らないで。それでね、今思いついたんだけど、こういう時は全部やればいいと思うんだ」

 

 きょとんとするアリスに向け、大きく胸を張って提案する。

 

「手加減も踊りも、とにかく出来ないこととか苦手なこととか、全部一緒に頑張って、全部一緒に出来るようになろう! 二人でこんなに成長したって見せつけて、二人だから出来たって先生に認めさせればいいんだと思う!」

「全部、ですか。途方もつかない話ですね」

「つかないかもだけど、絶対大丈夫。アリスも一緒だから」

 

 ここまで言ってもまだアリスはぴんと来ていないみたい。もっとちゃんと、はっきり全部言葉にしよう。

 

「さっきも踊るの、実は結構大変だった。でもアリスと一緒だったから僕も楽しかった。きっと、他の色んなこともそうだよ。どんなに難しいことでも苦しいことでも、二人でやれば絶対そうじゃなくなる」

 

 今回の事件、エルフとか先祖返りのあれこれとかもそうだった。

 

 アリスがいなければ、きっとあの『錬金術師』の人を捕まえるのにもっと時間がかかった。それ以前にユズリハさんとソマリの講習とかも、アリスと一緒じゃなきゃ絶対に何か問題を起こしていた。

 

 他にも僕一人だとどうしようもないこととか、面倒なだけで楽しくない時間とか、ここ一か月だけでも数え切れないくらいにはあったはず。

 

 その全てが無事に終わったのは、大変だったなぁなんて今呑気に振り返られるのは、いつもアリスが一緒にいてくれたおかげだ。

 

 これは逆もそうだと思う。僕がいたからアリスが出来たこと、アリスが僕と二人だったから楽しく過ごせた時間もたくさんあった。そう自信を持って言い切れる。

 

「アリスはどう?」

「……私も、私もそう思います。イリアスくんと一緒なら、私はいつでも、どんなことでも」

 

 ぎゅっと握った両手を自分の胸に当て、アリスは心に刻むように呟いた。

 

 二人でそう思っているなら大丈夫。一人でもしていた確信がますます強くなっていくのを感じる。

 

 嬉しくなって、気持ちが先走って、自然とアリスの手を取って立ち上がっていた。そのまま視線が合って、お互い頷き合って、決意は更に固くなる。

 

 だから僕は握った手を高く上げ、そのまま空に向けて大きく宣言した。

 

「打倒先生、頑張るぞー!」

「お、おー!」

 

 返事代わりにアリスはふにゃふにゃの、なんだか力の抜ける掛け声をあげる。まずはこれから練習した方がいいかも、なんて失礼なことを笑いながら思った。

 

 

 

おまけ最終話「貴方の隣にいるために」




ご愛読いただきありがとうございました。
続きか新作がありましたらその時はまたお付き合いいただければ幸いです。
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