【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第七話「初めての命名」

 次の日、僕達がお昼ご飯を食べ終えても女の子は眠ったままだった。

 

「あの子全然起きないね」

「それだけ石化の負担が大きかったってことだろうな」

「あのまま放って置いても大丈夫かな?」

「ウィザが大丈夫って言ったんだ、平気だろ」

 

 ウィザさんはお医者さんで、僕よりよっぽど知識も経験もある。そのウィザさんが押した太鼓判を僕も信用している。ただ、なんとなく心配になってしまう気持ちは別物だった。弱った人を前に何も出来ない、しないのは初めての経験でどうしても何か落ち着かない。

 

「……まあ、何にしても経過観察は大事だよな」

 

 そわそわしながらお皿を洗っていると、唐突にオウルがそんなことを呟いた。

 

「もしかしてウィザさんのこと、呼んできてくれるの?」

「自分で行くって発想はねぇのかよ。いや、お前一人はある意味危険か」

 

 苦笑いを何故か渋い表情に変えながら、オウルはウィザさんを呼びに出かけた。それを見送った僕は皿洗いを片付けて、その他残っていた家事も終わらせる。終わっちゃった、ならそろそろ行かないと。

 

 緊張を胸に階段を上り、二階に向かう。

 

「……おじゃましまーす」

 

 そして小さく呟いて女の子の眠っている部屋、ほとんど使っていない客間へ静かに入る。しんとした空気だ。聞こえるのは微かに届く街の喧騒と女の子の寝息だけ。入る前から分かっていたけれど、あの人はまだまだお休み中みたいだ。安心したような、また心配になったような。

 

 オウルは看病でもして待ってろよ、なんて言ってたけど、どうすればいいんだろう。僕がしたことのある看病は、精々オウルの二日酔いくらいだ。あれとは絶対やり方違うってことしか分からない。だってこの人顔青くないし、別に吐いたりもしてないし。

 

 ゲロゲロオウルを思い出しながら椅子をベッドの傍まで運び、女の子の顔がよく見えるところに座る。とりあえず様子を見ておこう。今の僕に出来るのはきっとそれくらいだ。

 

 看病としてまじまじと女の子のことをじっと見る。綺麗な人、だと思う。昨日ウィザさんが言ってた肌や髪だけでなくて、姿かたちの造形そのものが。こういう人だから石像として売られていたのかな。あれ、でもお店の人がなんか、石化した人が売られている理由を話してくれてたような。

 

 思い出せないしいいや。欠片しか残っていない記憶は放って置いて女の子の看病、観察を再開する。身長は僕より頭半分高いくらい。腕とか足とか、ほどほどの肉付きで栄養状態は良さそうだ。年は多分僕の少し上、十三とか四くらいに見える。そうなると女の子って呼ぶより、お姉さんとかの方がいいのかな。

 

 それにしてもと、このお姉さんを見てると改めて疑問が浮かぶ。なんでこの人石になってたんだろう。石化能力のある魔物は絶滅寸前だし、そういう道具やスキルも都市伝説くらいには珍しいって聞いた。

 

 僕もこの半年迷宮に潜っていたけれど、実際に石化を見たのは先生の魔法と昨日のトカゲだけ。それくらいにはレアなものにこのお姉さんが、どう見ても戦えない人が出くわした。そう考えるとますます不思議だ。

 

「ん」

 

 腕を組んで考え込んでいると、不意に声が聞こえた。声の主、お姉さんは眉をひそめながら身動ぎしている。もぞもぞと頭と手足を動かすこれは、おそらく覚醒の気配。石化の謎を吹き飛ばすほどの衝撃が僕に走った。

 

 えっえっこのタイミングで目が覚めるの? オウルもいない、僕しかいない状況で? オウルがウィザさん呼びに行ったのが三十分くらい前で、片道十分だからもう帰って来てもおかしくない。でも準備とかもあるだろうし、ウィザさんが忙しかったらまだまだ帰って来ないかも。その間この人の相手、僕がするの?

 

 僕が慌ててようと、仮に落ち着いていようと関係なかった。お姉さんの瞼がゆっくりと開かれ、やがて間抜けな動きをしている子供、僕を映し出す。

 

「……」

「……」

 

 またまた目が合う、これで三度目だ。こんな短期間で同じ人と合うのは、先生とオウルを除けば初めて。それでも当然慣れはしなくて、僕は今回もお姉さんの動きを待つだけだった。そうしている内に、どこか虚ろに揺らいでいた瞳の焦点が合い、今度は反転して微笑に移り変わる。

 

「ふふ、おはようございます」

 

 にこにこぴかぴかと、後光でも差していそうな笑顔。それを受けた僕は目を逸らさず立ち上がり、そのまま椅子の裏にしゃがんで隠れる。あっでもこのままはよくない。挨拶してもらったならちゃんと返さないと。僕は椅子の背中から少し顔を出して、小さく頭を下げた。

 

「………………おはよう、ございます」

 

 お姉さんの笑顔にものすごい困惑が加わった。

 

 

 

 椅子を通した視線の攻防の途中、オウルがウィザさんを連れて来た。それから昨日のように診察して、異常なしということで早々にウィザさんは帰って行った。今日は迷宮の再編日、迷宮が開いていないということもあって、探索者のお客さんが多くて忙しいらしい。

 

 そんな中来てくれたウィザさんに感謝しつつ、僕は居間の入口から中を覗き込み、オウルがお姉さんを前にやりにくそうにしているのを見守っていた。頑張って、オウル。僕の分まで喋ってなんとかして。

 

「あー俺はオウル、ここで鍛冶屋やってる。で、あれはイリアス。居候だ」

「オウル様に、イリアス様」

「様はやめてくれ。全身が痒くなる」

 

 うへーって顔でオウルが首筋を掻く。それを見てくすくすと笑みを零していたお姉さんが一転、今度は困惑と不安の混ざったような顔でオウルに問いかけた。

 

「ではオウルさん。私、イリアスくんに何かしてしまったのでしょうか?」

「いや、あれはあいつが度を越えた人見知りなだけだ」

 

 首筋の次は後頭部を掻きむしったオウルが、僕に向けて怒鳴り声を上げた。

 

「おいイリアス、話が始まらねぇからさっさと中入って来い!」

「……僕のことはお構いなく」

「構うから呼んでんだよ!」

 

 それでも渋っていると、今日もオウルに首根っこを掴まれて持ち上げられる。そのまま運ばれてお姉さんの横に座らされた。また寝起きの時のような眩しい微笑を向けられる。さっきみたいに椅子に隠れることは出来ないから、頑張ってその場で会釈を返した。

 

「話を戻すが、しばらくお前のことはうちで面倒見る。ここまではいいか?」

「はい。ご迷惑をおかけします」

「気にするな。お前を拾ったのはこいつ、その責任を取らせるだけだ」

 

 そう、しばらくこの家で面倒を見る。なんとこのお姉さんは記憶が戻る、もしくは独り立ち出来るようになるまで、ここに住むことになった。当然びっくりして文字通りひっくり返ったけれど、理由を聞けばとても反対なんて出来なかった。

 

 ウィザさんの診察中、お姉さんの記憶について確かめている時のことだ。

 

『名前にクラスに過去。自分のことはまったく思い出せないね。逆に知識は問題ない。むしろ広く深いくらいではあるけれど、どうも一部抜けてるところがある。これも記憶と一緒なのか、それとも元々知らなかったのか』

『ごめんなさい。先ほどからずっと思い出そうとしてるのですが、これ以上は何も』

『いいや、無理するんじゃないよ。大体の場合、記憶喪失なんてもんは時間を置いときゃ治るもんさ。記憶を失くしてるんじゃなくて、ただ思い出せてないことの方が多いからね』

 

 左手で自分の手首を摩るお姉さんはとても申し訳なさそうで、不安そうだった。迷宮でのことはおろか、自分自身のこともほとんど覚えていないらしい。そんなお姉さんを慰めるよう肩を叩いたウィザさんは、オウルに衝撃的な提案をしていた。

 

『やっぱりこの子はこのまま、落ち着くまでここで世話すんのが一番いいね』

『記憶がねぇなら教会にでも預けようと思ってたが、不味いのか?』

『これだけべっぴんなお嬢ちゃん、それも身寄りも記憶も無い子、預けた次の日には行方不明になってるだろうよ』

『……ならその身寄りを探して欲しいって依頼を出すのは?』

『自称親戚がどれだけ集まるか。ひひっ賭けでもするかい?』

『お前がそう言うなら、何に賭けても負けそうだな。しゃあねぇ分かった。俺は構わないが、お前はどうだ?』

『私、ですか?』

『あぁ。記憶がねぇのもそりゃ切迫した事情だが、いきなり女一人で知らねぇ男二人と同居させられるのも、ある意味緊急事態だろ』

『……いいえ、私は大丈夫です。どうかよろしくお願いします』

 

 何がどうしてそうなるのかは分からない。だけどもしお姉さんをこのまま放り出せば、凄い不幸な目に合ってしまうらしい。それこそ命や人の尊厳を奪われてしまうくらいだとか。難しい顔をするオウルと、青白い顔で硬く微笑むお姉さん。因果関係が分からなくても、その予想が正しいことは僕にも理解出来た。

 

 ウィザさんを呼んだ時と同じだ。僕の怖いなぁって気持ちより、お姉さんの安全の方が大切に決まっている。お姉さん本人がお願いしたこともあって、今日からここに住むことになった。

 

「さて、どこから話したもんか。お前も何か質問があれば、ん? どうしたイリアス」

「……お前お前って呼ぶの、あんまりよくないよ」

「そりゃそうだがそもそも名前がって、そうだな」

 

 人のことをすぐお前呼ばわりするのはオウルの悪い癖だ。人のことはちゃんと名前で呼びなさい、名前を呼ぶということは相手を認識するということです、って先生も言ってた。その先生が名前を教えてくれないのだけれども。とにかく、このままずっとお前だとかお姉さんだとか呼び続けるのはよくないと思う。

 

 そんな詳しい理由を言わずとも、オウルは別の理由で納得したようだった。

 

「このままだと一々不便だな。とりあえず、仮の名前でも決めておくか」

「…………………私のですか?」

「他に誰がいんだよ。何か希望とかあるか?」

「私の希望……」

 

 むむむ、と言った風に、お姉さんが眉間に皺を寄せて考え込む。ずっと微笑んでて迷いを持たない印象が強い人だったから、ちょっと意外な感じがした。てっきり一瞬で、あれにしましょう、みたいに決めるのかと。

 

 お姉さんは腕を組み、指を立て、眉間に指を当て、今度は顎に手を添えて。とにかく落ち着かない様子でもじもじしながら、しばらく自分の名前を考えていた。全然思い浮かばないみたいだ。助け船とか出した方がいいのかな。オウルを見上げると、大きな頷きが返って来た。

 

「あーあくまで参考だが、俺に任せるなら、アレクサンドラとかギリアンになるな」

「それお酒の名前じゃん。女の子につけるのじゃないよ、それ」

「ならお前はなんかあんのか?」

 

 鋭くブーメランと横から期待の視線が飛んで来る。藪蛇なツッコミだった。こうなると僕もちゃんと考えないと。

 

 名前名前、女の子の名前。何か素敵な名前。そんな当てあったかな。さっきまでのお姉さんと同じように、うんうんと唸りながら考える。沈黙が痛いから脳内時間を加速させること体感三十分、現実では一分くらい。なんとか思いついた名前を上げてみた。

 

「……アリス、とか」

「ほーん、どっから来た名前だ?」

「昔先生にお話してもらった、童話の主人公の名前。迷子の女の子のお話」

 

 先生も子供の頃、お兄ちゃんに読み聞かせしてもらっていたらしい。自分のことはほとんど教えてくれない先生だけど、ボロボロの絵本を抱えてそれは話してくれた。

 

「そのお話ってどういうものなんですか?」

「あっとえっと、ある日女の子が不思議な世界に迷い込んで、たくさんその世界で冒険を楽しんだ後、無事日常に帰って行く、みたいな」

 

 まだ先生と一緒に暮らしていた頃、森の外はこんな摩訶不思議に溢れてるんだ、なんて感動したことを覚えている。それは勘違いで、ある意味人の世界はもっと別の不思議が一杯ではあった。そんな過去の感傷は切り分けて、どうしてこの名前を選んだのか続ける。

 

「……いつかお姉さんが、ちゃんとお家に帰れたらいいなって意味をその、込めました」

 

 名前には祈りが込められています。先生は名前についてこうも言っていた。賢くなって欲しいとか、強くなって欲しいとか、幸せになって欲しいとか。僕が横で目を丸くしているお姉さんにお願いしたいのは、自分を取り戻して元気に、無事お家に帰ってもらうこと。あとは偶然命を拾った身として、健康になって欲しいとか。

 

「ありがとうございます、イリアスくん。そこまでしっかり考えてくれるなんて」

「本当、お前にしてはよく考えたな。嬢ちゃんはこれでいいのか?」

 

 オウルに問われたお姉さんは、目を閉じて何かを噛み締めるように考えていた。それもすぐに終わり、ぱっと開かれた瞳は喜びに満ちていて、笑みにもそれが零れていた。

 

「……はい! 私は、私の名前は、今日からアリスです!」

 

 今日何度も見たどこか神聖さを感じられるものではなくて、幼い子供のように純粋な笑顔。よく浮かべるあの微笑は、なんだか背筋がぞわぞわして落ち着かない。こっちの方が好きだな。笑顔の感じが変わったことと名前を気に入ってくれたこと、両方合わせてほっとする。

 

 その安心はオウルがおもむろに立ち上がったことであっけなく消滅した。

 

「じゃあイリアス、早速だがアリスの面倒はお前に任せた」

「えっ」

「さっきお前に責任取らせるって言っただろ。俺は飯やら服やら、もろもろ足りない物買ってくる」

「ちょ」

 

 僕が止める暇もなく、オウルはスタスタと大きいのに素早く家を出て行った。残されたのは虚空に手を伸ばす僕と、とても機嫌が良さそうなアリスさんの二人。早速って、いくらなんでも早速過ぎない? 抗議が胸を過ぎる前に、アリスさんが輝く瞳で僕の方を向いた。

 

「よろしくお願いしますね、イリアスくん!」

「……よ、よろしく、お願いします。えぇと、アリス、さん」

「ふふふっ、オウルさんじゃありませんけど、さん付けってなんだかくすぐったいですね。だからイリアスくん、私のことはアリスって呼び捨てでお願いします!」

 

 そう僕にお願いするアリスは何がおかしいのか、心底嬉しそうに、楽しそうに笑っていた。




次回「家案内とごはん」です。
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