責任取れとかお願いしますとか言われても、何をどうすればいいのか。頭を抱えかけた僕を助けたのはお姉さん、アリスの提案だった。
『イリアスくん、このお家のこと教えてくれますか?』
アリスのお願いは当然のものだった。オウルも僕がここに住み始めた時は、あれこれと部屋の場所や家具の使い方を教えてくれていたっけ。あれと同じことをすればいいんだ。ようやくやることを理解した僕は、アリスを連れて一旦玄関から外に出た。
「ここはその、オウルの鍛冶屋さんで、建物が二つあります」
「お家とお店の二つですか?」
「えっと、はい。ここがお家で、あっちの煙突あるのがお店兼鍛冶場です」
それから敷地内にある建物を二つ指さす。アリスの興味はお家より鍛冶場にあるみたいで、ちらちらと煙突を何度か見ている。僕の視線に気づいたアリスは照れ臭そうに笑みを浮かべた後、控えめに質問を始めた。
「オウルさんは鍛冶屋さん。ここは迷宮都市ですから、やっぱりあそこで武具を作っていらっしゃるんでしょうか。例えば、赤い大剣とか黒い鎧とか」
「あっそういうのはやってなくて、オウルは武器とか好きじゃないから、包丁とか鍋作ったり直したりしてます」
「街の鍛冶屋さんなんですね」
感心したように、うんうんとアリスが頷いている。実際オウルはかなり腕がよいらしくて、しかもあれこれ口うるさいけど凄く優しい。鍛冶以外でも近所の人が持ち込んだ生活用品をぱっと直したり、その時手入れの仕方をしっかり教えたり。誰にでもそんな感じだから、オウルはご近所さんにとても慕われている。僕も鼻が高い。
鍛冶場はオウルの許可が無いと入れないからまた今度にして、お家に戻って中の説明をする。といってもこっちはそんなに話すことも無い。一階に大きな居間と台所があって、階段裏にお風呂とトイレ。階段を上ってすぐ正面がオウルの部屋で、一個空室を挟んで僕の部屋。その向かいにアリスを寝かしていた部屋があって、その隣は今のところ物置だ。
会話に困って足早にお家紹介を続けていると、アリスが突然挙手をした。
「イリアスくん、私ちょっと聞きたいことが出来ました」
「あっご、ごめんなさい。何か、説明足らなかったですか?」
「いいえ、とっても分かりやすくて頼もしいです。そうじゃなくて、どうして私に敬語なんですか?」
「……初対面の人には、なるべく敬語を使いなさいって先生に教わったから?」
そもそもアリスだって僕相手に敬語使ってるのに、僕のは不思議に思うんだ。そこに引っ掛かりは感じるものの、わざわざ頑張って質問することでも無い。それにアリスが僕よりずっとずっと早く質問を続けたから、僕は自分の疑問をとりあえず放り投げた。
「先生。イリアスくんはどこかの学校に通われているんですか?」
「えぇと、学校じゃなくて、小さい頃から僕を育ててくれた人が先生って名乗ってて」
「……小さい頃から先生に。ごめんなさい、とても失礼なことを聞いてしまって」
「大丈夫、です?」
一体何が失礼だったんだろう。またまた疑問で引っかかる。ただアリスが僕にも分かるほど気落ちしてしまったから、今回も僕は聞き返さなかった。
聞き返さなかったけど、何か言った方がいい気がする。僕から何か言わないと、アリスはこのまま落ち込んだままかもしれない。言っていいことと悪いことの区別がつかない僕は、この状況でもアリスに内容を委ねていた。
「えっと、えっと、あっそうだ。それ以外にも何か、聞きたいことありますか?」
「……イリアスくんは優しいですね。では、ここに住んでいるのはイリアスくんとオウルさんのお二人だけですか?」
「うん、二人だけ、です。先生は遠い、遠いところに住んでます」
「……そう、ですか」
僕の返事が不味かったのか、アリスの雰囲気が更に暗くなっていく。きっとどこかがアリスの何かを傷つけたのだろうけど、また僕はどれが原因か分からない。こんなに間違えちゃうならいっそ聞いた方いいのかな。迷いつつ、一個思いついた間違いを訂正した。
「あっで、でも」
「?」
「今日から、三人です、ね」
僕の気持ちはともかくとして、アリスも今日からこのお家の一員。ここで省くのはなんだかとても意地悪だ。そう思って訂正したのに、アリスから返って来たのは深い深いお詫びの一礼だった。
「本当にごめんなさい、イリアスくん」
「えっな、なにが?」
「……………………人見知りのイリアスくんのお家に、私がお邪魔する事、です」
左手で手首を温めるように撫でながら、アリスは心の底から申し訳なさそうに、絞り出すように告げる。確かに僕は正直怖いし緊張するけれど、それとアリスの事情は関係ない。アリスはアリスでもっともっと大変な状態だし、そもそもアリスに責任は無いはず。
「だ、大丈夫です、謝る必要なんて、アリスが悪いことなんて、何も無いです」
「イリアスくん、でも」
「それに先生も、拾った命には最後まで責任持ちなさいって言ってました」
「……私、ペットみたいですね」
アリスの瞳から罪悪感が薄れ、代わりに目が死んだ。
その後アリスに家具の使い方とかを説明していると、オウルが大荷物を抱えて帰って来た。荷物は大体二種類。街の屋台で買ったご飯と女物の服、アリスの服らしい。ウィザさんを含めご近所の人達から貰って来たとか。そういえばアリスは着の身着のままだから、そういうのも必要だった。オウルはこういうところで気が利いて凄いと思う。
「アリスは昨日から飯食ってねぇだろ。ただ何食うか分かんねぇから、適当に買って来た」
「その割には肉ばっかりだよ?」
「この街の屋台は大体探索者相手に商売してるからな。だから売ってるのは肉が多いし味も濃い、いいことだ」
ソースのたっぷりついた串焼きに、くず肉や野菜の溶け込んだスープ。他には肉を挟んだパンや肉やチーズを包んだ揚げ物など。今更だけど、病み上がりの人のご飯がこれでいいのかな。確か体調悪い人には、お腹に優しいものを用意した方がいい、みたいな話を聞いたことあるけど。小さな悩みを抱える僕のローブの袖を、アリスがゆるく引いた。
「……あの、イリアスくん」
「もしかしてお肉、食べられそうにないですか?」
「お肉は、食べられると思います。そこではなくて」
串焼きを不思議そうに見つめるアリスは、そのまま疑問を口にした。
「こちらのお肉、どうやって食べればいいんでしょう?」
「……?」
「どうやってってお前、そりゃこうやって手づかみで」
「手づかみ」
何故かアリスが突然真顔になった。初めて見る表情にぎょっとする僕なんて気にせず、オウルは思い出すように呟いた。
「そういや、いいとこのお嬢かもしれないって話だったな」
「えっお嬢様って串焼きとか食べないの?」
「俺の知ってるお嬢は蛇の丸焼きとかうまそうに食ってたが、まあ最近のお嬢はあんま食わねぇかもな」
「へ、蛇の丸焼き……?」
「言っとくがそれは蛇肉じゃねぇ。確か鶏肉だ」
オウルはそう言うものの、アリスの視線には深い疑いが籠っているようにも見える。だって三回くらい串焼きとオウルのこと見比べてるし。疑われているオウルも気付いているのか、苦笑いで僕に水を向けて来た。
「イリアス、ちょっと手本見せてみろ」
「手に取って食べるだけじゃ、というかそれくらいオウルがやりなよ」
「さっきも言っただろ。アリスの面倒はお前に見させるって」
「これもそういうのなの?」
「そういうやつだそういうやつ」
超適当なオウルの言葉はいまいち信用出来ない。ただ、アリスが救いを求めるよう振り向いたから食べざるを得なかった。
ほかほかの湯気を放つ串を一本手に取り、そのまま口にする。油の甘味と塩辛いソースがよく絡まっていて美味しい。アリスの興味深そうな視線を受けながら、よく噛んで食べていく。飲み込んで早々、アリスが待ちきれないとでも言うように問いかけた。
「そのまま口につけて食べる。手についたソースはどうするんですか?」
「……舐める?」
「舐める」
また真顔になった、怖い。
「…………それが正しい作法であるのなら、私も覚悟を決めましょう」
「串焼き食うのにこんな覚悟決める奴、初めて見たな」
「僕も」
毒物にでも触るかのようにゆっくりゆっくりとアリスは手を伸ばし、緊張に震えながら串焼きを手に取った。それから手首を回転させて裏表、手を動かして串焼き全体を観察している。アリスがこんな変な動きをしてるのは記憶が無いからかな、それとも元々こんな感じなのかな。
自分が串焼きにしている視線を僕に向けられていることにアリスは気づいたようで、気恥ずかし気に軽く咳ばらいをした。そうしてようやく覚悟を決めて串焼きを口に含んだ。
「……塩がとても効いてますね」
「さっきも言ったが、探索者向けの味付けだからな」
「でも美味しいです」
その言葉を証明するかのように、アリスはぱくぱくと小さな口で上品に食べ進める。お腹空いてたんだ。石になりっぱなし、眠りっぱなしだったから無理も無いよね。そんな微笑ましい気持ちはアリスが一本食べ終えて、再び真顔でソースのついた指を眺め始めるまで続いた。
「……舐める」
滅茶苦茶葛藤してる。
「いや別に、無理に舐めることは」
「いいえオウルさん。頂きものは、正しいマナーでいただくべきです……!」
「なんでこんな悲壮感あるんだ?」
決死のまなざしで指についたソースを見つめるアリス。オウルの言う通り、無理して舐めるものでも無いし、そもそもそれは正しいマナーでもなんでもないと思う。だから僕はハンカチを取り出し、出来る限り慎重にアリスの手を取って、優しく指を拭き始めた。
「えっあっあの、イリアスくん?」
「あっ、ご、ごめんなさい。舐めたかったですか?」
「い、いえ、そうではなくて、その」
困惑するアリスの手を丁寧に拭き取る途中、口の端にソースがついているの見つけた。そこにも手を伸ばして綺麗にする。お世話を続ける僕と身を硬くするアリスの様子を見たオウルは、不審と笑いを混ぜるように顎髭を弄っていた。
「どうした急に。妙に甲斐甲斐しいな」
「えっだって、僕がアリスの面倒を見るんでしょ?」
「まぁ、そりゃ確かに言ったけどよ。会ってすぐの奴に珍しいじゃねぇか」
「あのね、さっき気づいたんだけど、今のアリスってほとんど赤ちゃんと同じだなって」
「え゛っ」
過去が無いまっさらな子。一人にしておくと危なくて放って置けない子。愛嬌だけで、周りの厚意だけで生きている子。どれも音に聞く、あの赤ちゃんと一緒だ。実際見たことない僕もまさかとは思っていたけれど、アリスの幼い笑顔と串焼きの食べ方も分からないのを見て確信した。
「だからアリスの面倒を見る、お世話するってことはつまり、子育てみたいなことすればいいのかなって」
「いきなり斜め上に吹っ飛んだな、おい」
もちろん僕は子育てなんてしたこと無いし、赤ちゃんどころか小さい子のお世話もしたこと無い。だけど当然、僕だって育ててもらった経験はある。先生にしてもらったことを思い出して、それを参考にしてアリスのお世話をすればいいはず。
早速僕が幼い頃、ご飯の時に先生がしてくれたこと、話してくれたことをそのまま声に出した。
「たくさん食べて大きくなりましょうね、アリス」
「は、はいっ」
「そしてなんでこっちも微妙に乗り気なんだ……?」
そこは舐める以上に躊躇しろよ、というオウルのツッコミは食卓に消えて行った。
その後もご飯をもりもりと食べたアリスは人心地ついたみたいで、たちまち眠そうにうつらうつらし始めた。お腹いっぱいになったこともあるし、何よりまだまだ体が本調子じゃないんだろう。たくさん食べて一杯寝る。これが何よりの健康の秘訣だ。
「ご飯食べてすぐ眠くなって。これじゃ私、ほんとに赤ちゃんみたいです……」
アリスはそんなことを言っていたけれど、結局眠気には勝てなかった。眠たげに瞼を擦るアリスを誘導し、再び二階の客間へ連れて行く。そのままベッドに入って寝入るのを確認してから、オウルのいる居間へと戻った。
「アリスは寝たか?」
「うん。子守唄歌ってみたらすぐだった」
「お前マジでそのスタンスで行くのか……?」
全身に鳥肌を立てたオウルが戦慄したように震える。予想を超えた反応に僕も不安になって来た。
「そんな気はしてたけど、これそんなに変?」
「あぁ、ヤバい」
「どのくらい?」
「……お前の先生が聞いたら、冷静になるのに茶三杯は時間が必要だろうな」
「わっそんなに? じゃあもうやめるね」
僕が砂遊びで突然温泉を掘り当てた時でも、先生は瞬き数回くらいの驚きしか見せなかった。先生はきっと大陸がいきなり半分に割れても、精々眉をひそめるくらいだと思う。そんないつでも冷静沈着な先生がそこまで動揺してしまうなら、これはもうえらいことだ。やめよう。
だけどアリス赤ちゃん作戦を止めるとなると、僕は一体どう接すればいいんだろう。ただでさえ人と接するのが怖いのに、お世話なんて考えたことも無いし想像も出来ない。急遽訪れた難問に唸る僕を、オウルはニヤニヤ笑いながら眺めていた。
「訳分からん経緯でこうなったが、なってみりゃこれもいい機会かもな」
「何のこと?」
「アリスのことだよ。こうして無理矢理同居でもしなけりゃ、お前このまま誰とも関わるつもりなかったろ」
「むむむ」
「それにあいつ、石化に抵抗出来るほど魔力があるんだろ? お前が探してた人材にぴったしじゃねぇか。ちょうど記憶も曖昧だし、適当に言いくるめれば連れて行けるかもしれねぇぞ」
「……あー」
アリスのことがあってすっかり頭から抜けていた。そういえばアリスを見つけたきっかけは、迷宮の奥に進むために奴隷屋さんに行ったことだった。おひとりさまおことわり問題。あっちはあっちで大変だけど、今は身近にもっと大問題があるから後回しにしよう。先生ごめんなさい。
罪悪感とちょっぴりの安心感を抱え、代わりに悩みを放り出した僕は、オウルへ注意しなきゃいけないことに気がついた。
「でもオウル、そういうのはよくないよ」
「どれのことだよ」
「アリスの弱みにつけこんで迷宮に連れて行こうってところ。アリスは今すっごく大変なんだから、そういう無理はさせちゃいけません」
「お前の倫理観が俺にはもう分からん……」
次回「かわいそうな受付の人 そのに」です。