【コミカライズ】探索者イリアスは人見知り   作:差六

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第九話「かわいそうな受付の人 そのに」

 通常再編日の迷宮協会、とりわけ窓口は和やかな空気が流れている。再編中の迷宮は立入禁止、そもそも誰であっても入ること自体出来ないため、大抵の探索者は協会に寄りつかない。そのため探索者の対応が基本業務の窓口は、再編日は日がな一日暇を持て余しているのが常だった。

 

 だからこの日、受付で地獄を見ているのはエリーだけだった。

 

「だから! このバジリスクを討伐したのがどのギルドかを教えてくれればいいんです!!」

「申し訳ございません。匿名を希望されておりますので、そちらはお答えしかねます」

「そこをなんとかとお願いしてるんです!」

「規則ですので」

 

 白銀の鎧を纏う年若い青年が苛立たし気に足を踏み鳴らす。床が抜けるような轟音に、エリーの隣に座っていた職員がそそくさと裏へ去っていた。またか薄情者どもめ。昨日に引き続き今日も逃げて行く同僚に、エリーは同じような愚痴を再び内心で呟いた。

 

 その原因は目の前の青年、聖王国メイシスの騎士からされた突然の要求だ。昨日バジリスクが迷宮で討伐されたはず、いったいどこのギルドによるものか教えろ。一応は独立組織である迷宮協会に、聖王国の指示に従う理由はない。そしてその横暴な要求に応えるほど、エリーは柔でも柔軟でも無かった。

 

「分かりました。責任者の方を呼んでください。そちらに話を」

「この件に関しては私が責任者です」

「……あぁもう!」

 

 今度は受付台に手を叩きつけようとしたところで、後ろから伸びた手に止められる。

 

「よせリンドウ、それは騎士の振る舞いじゃない」

「ですが隊長!」

「よせと言っている。我々の一挙一動が、聖王国の信頼を揺るがすことを自覚しろ」

「も、申し訳ございません!」

「謝る相手が違う」

「……申し訳ございません」

「いえ」

 

 部下、リンドウを下がらせ、隊長と呼ばれた男が代わりに前に出る。四十か五十か、リンドウとは打って変わって、その相貌には積み重ねた苦労が滲み出ていた。エリーが黙って値踏みをしていると、彼は恭しく彼女に向けて名前とお詫びを口にする。

 

「私はライラック。聖王騎士団デルファ駐屯部隊長を務めております。この度は部下が手荒な真似をしたこと、深くお詫び申し上げます」

「問題ございません」

 

 あるという気持ちを微塵も見せずにエリーは答えた。その様子に何か手応えでも感じたのか、ライラックはそのまま言葉を続ける。

 

「重ねて失礼を申し上げますが、本当にお教えいただけないのですか?」

「規則ですので」

「……聖王騎士団にて、士官待遇でお招きするとしても?」

「そのような紹介は不要とお聞きしております」

 

 顔色一つ変えずに返答するエリーを見て、ライラックは年若いのに中々の強敵だと感心していた。先ほどのリンドウへの、武装した騎士への対応からして、相当に肝が据わっている。いくつも修羅場を潜らなければこうはならないだろう。若手でこれとは。ライラックはひそかに迷宮協会への評価を上方修正した。

 

 それでもライラックにも、引くに引けない事情があった。いかなる手段をもってしても、迷宮でバジリスクを討った者を突き止めよ。そんな謎の指令が本国より緊急通信で届いたのは昨日のこと。それを聞いたライラックは一瞬耳を疑った。

 

 聖王国は二週間前に起きた大事件により、今も酷く不安定な状態が続いている。その中で出されたこの緊急指令。詳しい内情を把握していなくとも、ライラックは事態の異常性だけは理解していた。

 

 だがいかに緊急の指令だとしても相手は迷宮協会の職員、それもこんなうら若き少女に乱暴な手段を取るほどライラックは衰えてはいない。受付のけんもほろろな対応に、またしても鼻息を荒くする部下を押さえながら、ライラックは試しにゆさぶりを入れることにした。

 

「あれだけの怪物を討ち取ったのにも関わらず、無欲な方なのですね」

「かもしれません」

「……驚きました。まさかあれを個人で倒せる方がいるとは」

 

 一見してエリーの表情はまるで動いていない。だがその瞼に一瞬緊張が走ったのを、ライラックは見逃さなかった。

 

「個人とは言っておりませんが」

「失礼しました。焦りのあまり、つい早合点を」

 

 糸口にもならない一本のほつれ。常人では見つけることすら出来ないそれを元に、ライラックは推測を深めていく。一方エリーも、自身の動揺が感づかれたことを悟っていた。これだけで答えに届く筈もないが、一歩近づけてしまったのも事実。

 

「………………差し出がましいようですが、ご忠告を」

 

 だからせめてもと、自分のため目の前の騎士のため、そして何より『竜骸』のために口を開く。

 

「多くの探索者にとって、名をあげるというのは非常に有益な行為です。それをあえてしない意味をどうか、もう一度お考えいただきますよう」

「隠すには隠すだけの理由がある、と」

「それが暴かれた時どうなるか。私にも分かりかねます」

「……なるほど。貴方の心遣いに、心よりの感謝を」

 

 それはライラックの本心から出た言葉だった。この言葉が親切心によるものだということを、彼は十分に理解していた。

 

 謝意を込めて深々とエリーへ礼をし、ライラックは傍らに控えていたリンドウに呼びかける。

 

「戻るぞリンドウ。嫌な予感はしていたが、これは大仕事になりそうだ」

「えっ隊長、もういいんですか?」

「あぁ。これ以上は協会の方々にご迷惑をおかけするだけだ」

 

 今度はリンドウとともに再び頭を下げ、聖堂騎士団の二人は迷宮を立ち去っていく。ほっと一息吐いたエリーの耳元で、誰かが訳知り顔で囁いた。

 

「情熱に燃える若い子と苦みの混じるベテラン。いやぁ鉄板って感じの組み合わせだったねぇ」

「……先輩、いつからそこに?」

「今よ今」

 

 じゃあその感想は出てこないだろというツッコミを、エリーは疲れから飲み込んだ。

 

「てか英雄ちゃん、なんであれ持ち込んだの『竜骸』だってさっさと言わなかったの?」

「規則ですから。あと先輩、まだあの方たちがいるかもしれないので」

「いないいない。超早足で歩いていくの確認したから。あれ絶対私の全力ダッシュより早いよ」

 

 呆れたように語る運動不足の彼女は、エリーを見捨てて逃げた受付の席に、背もたれを跨ぐようにして座る。そして座んのかよ、どっか行けよ、と言いたげなエリーの視線を無視し、彼女は背もたれに顔を乗せて話を続けた。

 

「英雄ちゃんが何も言わなくてもさ、あん時だって少ないけど『竜骸』のことを他の探索者も見てたじゃん。騎士さんたちが聞き込みしたら、あの人たちが黙ってる訳ないと思うんだけど」

「確かに、結局は時間の問題だとは思います」

「でしょ? ならなんでわざわざあんな態度取ったのかなって。あの隊長さん、『赤剣』のライラックなら大丈夫だろうけど、ヤバい奴はマジでヤバいから気を付けたほうがいいよ~」

「それは」

 

 どうしてだろうと、エリーは一瞬自分でも悩んでしまった。自分が何をしようといずれ彼らは『竜骸』に辿り着くだろうし、自分が何もしなくとも『竜骸』は難なく彼らを叩き潰すだろう。両方分かっているのに、なんで。

 

 けれどエリーが意地を張る理由は、自分でも笑ってしまうほどシンプルなものだった。

 

「……私は迷宮協会の職員です。たとえ無駄だとしても、探索者を裏切る訳にはいきません」

 

 自己満足に近い誇りのため。そのどこまでも青臭い答えを聞いたエリーの先輩は、大満足の笑顔で彼女の頭へ手を伸ばした。

 

「本当、英雄ちゃんは熱くて真っすぐで可愛いねぇ。どれ、先輩が頭をなでなでしてあげよう」

「やめてください、同性でもそれはセクハラです。訴えますよ」

「そういうところは可愛くないねぇ」

 

 

 

 聖王騎士団デルファ駐屯部隊はかつて他二大国、迷宮協会への牽制を目的として設置された。自国以外が暴走して迷宮を独占しようとした際、速やかに鎮圧出来るように。もしくは他国が隙を見せた際、迅速に迷宮を手中へ収めるために。

 

 魔帝国や連合国も似たような組織をデルファに設置しており、幸いなことに現在どの組織もその本懐を成し遂げてはいない。代わりに今回の一件のような、デルファで起きた事案の調査を主に行っている。

 

 その聖王騎士団デルファ駐屯部隊、期待の新入りがリンドウだ。彼が街のあちこちで聞き込みしている先輩団員の報告書をまとめていると、隊長のライラックが唐突に声を上げた。

 

「さてリンドウ、突然だが教導の時間だ」

「えっは、はいっ! よろしくお願いします!!」

「仮にバジリスクの討伐を任されたとして、どのような部隊を編成する?」

「……詳しい条件を伺ってもよろしいでしょうか?」

「おっと、言葉が足りなかったか」

 

 二言で返事しなかったことを評価しつつ、ライラックは頭の中で条件をまとめ上げる。

 

「対象は我々が調査中のバジリスク。場所も同じ、夢幻迷宮三層『海』にしよう。人数は百人隊。接敵の状況は好きにしていい」

「三層ですか。見渡す限りの海が広がっていると聞きます」

「その通り。ただしバジリスクと戦えるだけの陸地は存在しているため海上戦に限定はしない」

「分かりました」

 

 それから数分の間室内には、思考から漏れる声とペンが走る音だけが響いた。やがてリンドウが深く息を吐きながらペンを置いたことでその時間は終わる。

 

「終わったか?」

「はい。『魔導士』百人部隊で一つの船に乗り、海を移動しながら全力で引き撃ちをします」

「……なるほど、理由を聞こうか」

 

 ライラックは静かに尋ねただけで威圧などしていない。それでも憧れの隊長の視線を受けて、リンドウは緊張から唾を飲み込んだ。それから一度大きく息を吸って吐くと、覚悟を決めて口を開く。

 

「まずは恐れながら、バジリスクの生態について説明させていただきます」

「言い忘れていたが生態の説明も採点対象だ」

「せ、説明させていただきます!」

 

 リンドウが背筋を更に伸ばしたのを見て、ライラックは薄く笑った。

 

「バジリスクは九百年前に世界を汚す邪法、魔法により竜を模して生み出されたと言われております。主な能力は視線に宿る石化の呪い、各種体液の猛毒性、雄叫びによる心臓麻痺など、です。これらを防護する上級スキルが無ければ、まず勝負の土台に登ることすら出来ません。ここまではよろしいでしょうか?」

「大丈夫だ、続けろ」

「はっ! 表皮も非常に硬く、並の鉄剣では逆に剣の方が折れるほどだとか。また仮に傷をつけられたとしても体液により剣は溶け、それにより生じた毒煙で全身が腐ると文献にありました。そのため、そもそも接近戦を挑むことが間違いだと判断しました」

「それで魔導部隊か」

「はい。更にリスク分散としては愚策ですが、あえて一つの船に集まることで防護を集中させています」

「そうだ、バジリスク相手ならそれがいい」

 

 バジリスクは千人殺しと呼ばれた時代もある恐ろしい化物だ。能力の解析が進む前では、たった一体で軍が崩壊した事例がいくつもあったという。それを前にして力の分散など、よほどの余力が無ければするべきではないというのが現在の定説である。

 

「あとは初めに申し上げました通り、魔導部隊内でそれぞれ移動担当、防護担当、攻撃担当の三つに分け、バジリスクが倒れるまで退きながら攻撃し続けます」

「海上戦を選んだ理由は?」

「移動速度です。人の足では、特に運動能力の劣る『魔導士』ではバジリスクには敵いません。その点海上であればバジリスクの移動速度低下も見込め、船にもよりますが数時間は戦えるはずです。迷宮外であれば被害が広がるため取れない戦法ですが、迷宮内であれば問題ないでしょう」

「花丸をあげよう。私も予算があれば似たような対応をする」

「ありがとうございます!」

 

 予算があれば、という言葉に溢れた哀愁にリンドウは気づかず、無邪気に喜びの声を上げた。

 

「ただし、今回の場合そのような作戦は取られなかったはずだ」

「お言葉ですが隊長、そもそも探索者連中にこのような作戦が思い浮かぶでしょうか?」

「探索者を侮りがちなのはお前の悪い癖だ。彼らは迷宮探索を始めとした多くの点で、我々聖王騎士団よりもはるかに優れている」

「……すみません」

 

 不承不承と謝るも、リンドウに納得した様子は見えない。だが認識の、心の教導は一度では済まない。何人もの騎士を導いてきたライラックはそれを理解していたから、そのまま話を続けた。

 

「それに、今回のような状況では誰であっても関係ない」

「我々騎士団であっても、ですか?」

「もちろんだ。これまで迷宮内にバジリスクが出現したという報告は一切無い。つまりこれは誰にとっても突発的、予想外の遭遇だった、ということになる。そしてお前の言った方法であれば、バジリスクの死体はどうなると思う?」

「どうなると申されても、穴だらけ傷だらけ、などでしょうか」

「あぁ。とにかく無残な姿になることは間違いないだろう」

 

 リンドウの作戦は物量戦だ。一つ一つはまるで効果の薄い攻撃をひたすら重ねていく。『魔導士』の上級スキル、貫通力に長けた槍状の魔弾を放つ『ジャベリン』であっても、精々体表を貫く程度。その繰り返しで命を奪うのだから、死体は必ず血みどろのズタボロになる。

 

「だがあのバジリスクの死体は、君も確認しただろう」

「……一撃、恐ろしいほどの断面でした。どれほどの技があれば、あれほど鮮やかに斬れるのか」

「更に体内も含めて、一日経った今でも全身が氷づいている。どちらも人数では補えない、圧倒的な個の力だけで成し得る技だ」

 

 リンドウは、そして密かにライラックも、あのバジリスクの死骸を見て震えあがっていた。その異形、その大きさ、そして何よりもその目。全てを嘲笑うように歪んだまま、バジリスクは死んでいた。つまり死の一瞬まで、バジリスクは自分に迫る脅威を認識出来なかったということになる。

 

「ではわずか二人で、あのバジリスクを倒した探索者がいる可能性が?」

「……これは私の勘だが、ソロの可能性が高い」

「えっ?」

「私はこれでもデルファ暮らしが長い。おかげで大抵の有力な探索者の戦い方くらいは把握している。その記憶からすると、現役の探索者でこれほどの氷を生み出せる者はいないはずだ」

 

 術を扱えるスキルの持ち主は迷宮内外問わず人気が高いが、とりわけ氷使いは迷宮外での需要が強い。料理店や行商人など、あらゆるところで引っ張りだこだ。加えて特別戦闘に向いている訳でもないため、探索者を志す者が比較的少ない。なお、その逆の立場にあるのが雷使いである。

 

 そのためライラックの知識に該当する探索者はいなかった。だが、心当たりだけはあってしまった。

 

「いないのであれば、何故ソロだと?」

「一人いるからだ。私も含め誰も全容を把握していない、そして単身でバジリスクを倒せてもおかしくない、最強の探索者が」

「……そんな、まさか!?」

 

 顔を青く引き攣らせ、本能的恐怖にリンドウが立ち上がる。それに重々しく頷きを返しながら、ライラックは推測を告げた。

 

「『竜骸』。それがおそらく、今回の我々の目標だ」




次回「少しずつ」です。
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