自分をイケメンだと勘違いしていた俺、反省するも口説いてきた美女達が許してくれない。 作:恋愛を知らぬ化け物
帝黎学園、生徒会室。
本校舎の二階に位置するそこには、ここ最近
「お疲れ様です、生徒会長」
「こんにちは、御堂君」
御堂蓮司。生徒会役員でも何でもないにも関わらず、定期的に生徒会室へ訪れている一年生である。
入学して二か月ちょっとしか経過していないにも関わらず、既に『帝黎学園で最も有名な男子生徒』の称号を与えられている彼は、缶コーヒーを貴音へ差し出しながら、当然のように彼女の隣に座った。
「はい、これ。差し入れです」
「ありがとうございます。………もう。来る度に買っていては、すぐに無一文になってしまいますよ?」
「ちゃんと計算してるので大丈夫です。―――それに、全校生徒の代表として毎日頑張ってる生徒会長に、なんの手土産も無しに会いに行くだなんて、ね?」
「仕事を手伝っていただいたり、相談に乗っていただいたりと、出入りの理由は十二分にあると思いますが………」
「それは生徒会長以外にもしている事ですから。―――ま、たった百何十円程度の手土産ですし、気にし過ぎないでください」
『御堂君、これおねがい』と書かれたメモが張られた段ボールを手に取り、慣れた様子で作業を開始する蓮司。
貴音と話す時間を確保するために、生徒会の
それでも彼は焦る事無く、がっつき過ぎない程度に―――しかし狙っている、という意思だけは伝わるように、アプローチを続けていた。
勿論、お手伝いや他の役員との関係についても一切妥協していない。
今やっている意見箱の作成も、工作番組に出演できると思わされる程の手際の良さで、非常にクオリティの高いモノを量産している。
「器用、ですね。本当に」
「はははっ。ありがとうございます。なんだか、遊んでるみたいですけどね」
「そんな事はありません。意見箱の作成は、生徒会活動で一、二を争う過酷な業務なんですから。生徒会室前、食堂、図書室、そして各教室に一つずつ………。この後に設置と回収の作業まで入るせいで、毎年生徒会役員は疲れ果てた表情を見せるとか」
「設置と回収は確かに大変そうですけど、作るのは学祭気分だと思いますよ?」
貴音の言葉に苦笑しつつ、意見箱の
箱の側面に取り付けられた
それはもはや意見箱というよりも、何かのキャラクターグッズのようだった。
彼がよし、と一言呟いて意見箱から手を離したタイミングで、貴音は体を蓮司の方へ向け、真剣な表情で声をかけた。
「御堂君。少し、よろしいでしょうか」
「?はい。大丈夫ですけど、何かありましたか?」
次の意見箱を作ろうと、材料へ伸ばしていた手を引っ込め、貴音と向き合う。
また何か悩み事だろうか?と次に彼女が発するだろう言葉をいくつか予想していた彼は、しかし想像の斜め上を行く『頼み事』に驚くことになる。
「その。………私の家に、来ていただけないでしょうか?」
♡―――♡
貴音が蓮司を自宅へと招いたのは、遂に彼のアプローチが実を結び、二人の関係が一歩進展する事になったから―――では、当然無く。
貴音の父であり西園寺財閥の当主である、西園寺
「私が毎日のように話す男を、自分の目で確かめてみたい………と。そう仰っていました」
「毎日のように、俺の事を?」
普通の人間なら多少胃が痛くなったり、緊張感を覚えるような状況だが、彼は現状を正しく理解した上で、特に気にする素振りを見せなかった。
それ以上に『貴音が自分の事を毎日のように語っている』事の方が重要らしく、噛み締めるように聞き返した。
自分の発言がどう聞こえてしまうかを遅れて理解した貴音が、少し照れた様子で声を張る。
「あっ、い、いえ!そういった、深い意味はありませんから!ただ、毎日夕食時に、その日の出来事を話す習慣があって………」
「ほぼ毎日顔を合わせている上、生徒会の仕事にも関わっている以上、話に出さないわけにもいかない、と」
「生徒会役員の方々よりも一緒に居る時間が多い気さえしていますからね」
実際、貴音と一番会話をしているのは蓮司である。
他の役員たちは一緒に居る時間こそ多いモノの、言葉を交わす回数は少ない。
彼女が纏う高貴なオーラに気圧されて、気軽に話しかける事が出来ないのだ。
なお、言葉を交わす回数が
「着きましたね」
「………ここが、生徒会長の家………です、か」
車から降り、改めてその全貌を認識した蓮司は、つい言葉に詰まる。
目の前の豪邸は平均的な一軒家の五、六倍はあろうサイズで、屋根も壁も窓もドアも、家を構成する全てが高級感を醸し出していた。ついでに家の前には巨大な噴水とプールがある。
『金持ちの家』、というイメージをそのまま具現化したような光景に、流石の蓮司も面食らってしまう。
車のすぐ近くから動こうとしない蓮司に、貴音が声をかけようとしたその瞬間、
「お帰り、貴音。そしていらっしゃい、御堂蓮司君」
複数人の従者を引き連れ、ゆっくりと歩み寄ってくる筋肉質の男性。
ダンディーの色気を感じさせる彼は、蓮司のすぐ側で立ち止まり、手を差し出す。
「初めまして、だね。私は貴音の父、西園寺博典だ」
「初めまして。御堂蓮司と申します。よろしくお願いします」
探るような視線を向けられるが、一切動じることなく握手に応じる。
ほんの数秒程度の接触だったが、博典はそれだけで何かを感じ取ったらしく、瞼を閉じて頷いた。
「来る前に事情は聞いているだろうが、今日君を招いたのは他でもない。娘が毎日のように話す男を、ぜひ自分の目で確かめてみたくてね」
「それは構わないのですが………その、何分唐突な話だったもので、手土産一つご用意できておらず」
「はっはっはっ!いいや、気にしなくて良いよ。むしろ、すまないね。まさか娘よりも年下の少年に、そんな気遣いをさせてしまうとは」
「いえいえ、そんな………」
話しながら歩く二人を見て、貴音は軽く息を吐く。
昨日の夜、「自分の目で確かめてみたい」と言い出した時の父が、息が詰まるほどの重圧を放っていたからだ。
これはただ話すだけでは済まなさそうだ、と予想していたが、実際には二人の間に険悪なムードが漂う事は無く、道中の雑談もにこやかに行われた。
―――客間に着き、椅子へ腰掛けるまでは。
「さて。そろそろ本題に入ろうかな」
「本題、ですか」
紅茶を一口飲み、静かにカップを置く。
「マナーの一つも知らないのか」と嫌味を言ってやるつもりだった博典は、しかし一連の所作が文句のつけようが無い完璧な物であった為に、複雑な表情を見せる。
「………御堂蓮司君。ウチの娘に、随分と熱烈にアプローチしているようだね?」
「アプローチだなんて、そんな。普通に会話させていただいているだけですよ」
「嘘であっても、交際は交際」と偽装恋人の申し出を断られた経験と、控えめなアプローチに終始している現状を鑑み、否定の言葉を口にする蓮司。
「普通に、ね………。しかし君は、生徒会関係者では無いのにも関わらず、毎日のように生徒会室へ出入りし、娘と会っていると聞くが」
「何も下心が一切ないとまでは言っていませんよ。娘さんと親しい仲になれれば、という思いはありますし、その一環でお仕事を手伝っている。というのも否定できない事実です。それでも、アプローチと呼べるような関わり方をしているつもりはありませんよ」
「親しい仲………」
ある意味どうとでも捉えられる表現を、貴音は半ば無意識に反芻する。
娘の反応を見て何を思ったのか、博典の表情はさらに険しくなり、責め立てるような口調へと変わっていく。
「要するに、君は貴音に対し直接的なアプローチこそしていない物の、男女の仲になる事に関しては前向きに考えていると。そう言いたい訳だね?―――しかし、君には少し良くない噂が流れているようでね。なんでも、異性相手なら誰であろうと熱烈に口説こうとする………とか。それは本当かな?」
「はい」
「そ―――そう、か。うむ。しかし、それは良くない事なんじゃないか?誰にでも愛を囁くような、見境の無い男というのは………誠実さに欠ける。そうは思わないか?」
後ろめたい事など何もない、と言わんばかりに真っすぐな瞳を向け、即答した蓮司。
余りにも堂々とした返事に気勢を削がれ、博典は想定していたよりも優しい言い方で訊ねてしまう。
まさか自分が動揺させられるとは。
博典は思わず苦笑を溢してまうが、すぐに『娘に言い寄る男を警戒する父』の自覚を取り戻し、硬い表情に戻る。
「そう、ですね。確かに、不誠実と捉えられてしまっても仕方ない―――とは、思います」
「では」
「ですが同時に、私はこれも誠実な行為だと思っています」
博典の言葉を遮り、力強く言い切る蓮司。
どこに誠実さがあるんだ、と言いたくなる衝動に駆られるも、ここまで強く言われてしまえば、流石の西園寺財閥の当主と言えど口を噤む他無く。
視線で続けるように促し、博典は指を組んだ。
「自分で言うのもなんですが、私はそれなりに………こう、異性から、好意を抱かれやすいと言いますか。俗っぽい言い方になりますが、モテるんです」
「………ふむ」
チラ、と、博典が貴音へ視線を向ける。
彼女が頷いた事で、蓮司の発言が少なくとも嘘ではないと判断され、特にツッコまれること無く流された。
「関係を深めるかどうかは別としても、寄せられた好意に答えるのは、好かれた者として当然の義務―――と、私はそう考えています」
「………それと口説くのとは、別の話じゃないか?」
「相手が求める言葉を考えたら、自然と口説く言葉になってしまうんです」
口説く、という言葉は思いの外曖昧だ。単なる褒め言葉であっても口説き文句だと認識されてしまう事もあれば、口説いたつもりがただの美辞麗句として流されてしまう事もある。
博典は蓮司の発言をそう捉え、そして否定する材料を持ち合わせておらず、結局は無言のまま続きを待つだけに終始した。
なお蓮司の真意は『イケメンな俺に会う人皆が恋愛感情を持ってしまうのは必然。そしてそんな人達が求める言葉は、愛を囁く口説き文句に決まっている』という何とも言えないモノだったが、この場の誰にも悟られる事は無い。
「向けられる好意全てに応える事は、当然できません。ですが、好意を抱いてくれた事に対する感謝の気持ちというか、最低限のお返しくらいはするべきなんじゃないかって。そう思っています」
迷惑がってやれば良い、なんてアドバイスした上で言うのもアレだけど―――と、内心密かに思いつつ、貴音と一瞬視線を交差させるだけに留める。
刹那のアイコンタクトであっても彼の考えは伝わったらしく、貴音は思わず笑みを溢した。
当然、博典がソレを快く思うはずも無く。
アプローチをしていないという割には娘と通じ合い過ぎている蓮司に、視線だけで殺して見せると言わんばかりに鋭い眼光を向けた。
「………君の考えはわかった。だがやはり不誠実としか言えないね。その
「それが正しい対応だというのは、重々承知していますよ。―――結局のところ、私がやってるのは自己満足ですから。これを誠実だと思っているのは自分だけだなんて事くらい、自覚しています。………それで。何となく予想はできていますけど、結局何が言いたいんですかね?」
「そうだね。なら単刀直入に言わせてもらおう。―――君、娘と交際するつもりは無いか?」
貴音と従者たちが目を見開き、蓮司も予想外の言葉に硬直した。
ようやく顔色が変わったな、と口角を上げて、博典はわざとらしく言う。
「予想できている、と言っていたが、その反応を見るに違ったようだね?」
「………そ、それは」
「不誠実だなんだと言っておきながら、娘との交際を促す………我ながらおかしな話だとは思っているよ」
先程まで纏っていた剣呑なオーラを霧散させ、すぐ近くに控えていた従者へ手で指示を出す。
するとすぐさま紅茶が片付けられ、代わりにウイスキーの入ったグラスが置かれた。
「最初は娘に言い寄るなと言ってやるつもりだったんだけどね。貴音の話と、軽い身辺調査の結果―――そして何より、今直接話して私が感じたモノ。全てが御堂蓮司という男を、娘の相手として相応しいと認めたんだ。実際、一般家庭の生まれという事と、異性であれば誰であろうと口説いてしまうという事を除けば、これまで貴音の婚約者として候補に挙がっていたどの相手よりも魅力的だったしね」
さらっと凄い褒め言葉を言われたのだが、生憎この頃の蓮司は自尊心と自己評価がストップ高だった為、「正当な評価だな」とあっさり受け入れた。
寧ろ、蓮司との交際を認める、と突然言われた貴音の方が余程動揺していた。
「婚約者として候補に挙がっていた相手、というのがどういう人かは存じ上げませんが………その、未だにあるんですね、そういう政略結婚的なお話って」
「私としては好ましくないのだがね。西園寺家との繋がりを求めて………或いは、純粋に貴音を求めて、縁談を持ってくる連中が多いのだよ。そういうのに限って、何かしら問題のあるヤツばかりで………おっとすまない。これはオフレコで頼むよ」
あと、もう口調とか崩してくれて構わないからね。
そんな事を言いながら、既に赤くなりつつある顔を手で扇ぐ博典。
この男、酒は好きだが頗る弱いのだ。
こうして家族以外の前で飲む事は滅多になく、基本的には酒を飲まないと公言している。
「それで、どうだね?私が言うのもなんだが、貴音は良い女だろう?」
「それは当然、その通りですけど………」
耳まで真っ赤にして俯いている貴音を見て、眉を下げる。
膝の上に置かれた手がプルプルと震えているのに気づくと、溜息まで出てきた。
―――このままだと爆発するな。
そう直感的に理解した蓮司は、窘めるように口を開いた。
「そういう事は、本人が考えるべきじゃないですか。誰と交際するとか、そういう事は口出ししない方が良いと思いますよ」
「それは当然、わかっているとも。だがね、聞くところによると貴音は君と会うまで、人との交流が碌に無かったそうじゃないか」
「えっ!?」
なぜそれを、とたまらず声を上げる貴音。
博典はそんな娘を気にすることなく、彼女が語っていない事―――沼垂をはじめとした従者たちが、補足するように報告した内容を語り続ける。
「友人と呼べる友人はおらず、生徒会役員とも事務的な会話を交わすばかりで、放課後の交流は無し。なんの部活にも所属せず、そこそこ孤独な高校生活を送っていたと聞くよ」
「………皆、気後れしてただけですよ。生徒会長、かなりの美人ですし、カリスマオーラっていうか、そういう特殊な空気を纏ってますし」
「そ、そうなんですか?」
「少なくとも役員の人たちは『なんか畏れ多いんだよね』と言ってました」
苦笑交じりの言葉に、貴音が頭を抱える。
彼女自身、避けられているのでは?と不安に思ってはいたのだ。
生徒会長として選ばれている以上、嫌われている事はないだろうとは考えていたが―――まさか、雰囲気で近寄りがたいと思われていたとは。
彼女がここまで感情的になるのは久しぶりに見たらしく、博典が小さく笑うが、すぐに咳払いをして話を戻した。
「とにかく、私は心配なのだよ。このまま娘に春が来ないまま大人になってしまって、跡継ぎの為だけに、恋を知らないままに結婚する事になってしまったらと」
「少なくとも、今俺との交際を許可しても同じですよ。生徒会長は以前、恋愛に興味がないって言っていましたし………それに、俺と交際するのは嫌、みたいですよ?」
「そうなのかい?話を聞く分には、寧ろ逆のようだが」
首を傾げる蓮司ヘ、博典は残ったウイスキーを一気に呷り、普段貴音から聞いている話を伝えようと―――するも、すぐに考えを改め、悪戯っぽく笑った。
「まぁ、それを私の口から伝えるのはやめておくがね。とにかく、君達の関係性はこれでわかった。私からは、どう転んでも構わないとだけ言っておこう」
「どう転んでも、ですか」
「ああ。個人的には、君がウチに婿入りしてくれる事を願っているのだが―――」
貴音へ一瞬だけ目を向け、そして蓮司の方を向く。
「これ以上の口出しはやめておくよ。君も、それをお望みのようだしね?」
♡―――♡
「―――その、すみませんでした」
「生徒会長が謝るような事は何も無かったじゃないですか。そりゃ、突然呼び出された事とか、思うところが無いわけじゃないですけど………生徒会長のお父さんがやった事ですし。なんだかんだ、丸く収まりましたし」
行きと同じ高級車で、蓮司の家まで向かっている途中、ここまでずっと沈黙していた貴音がようやく口を開いた。
かと思えば謝罪の言葉が飛び出してきたので、蓮司は思わず苦笑してしまう。
「なんなら、謝らないといけないのは俺の方じゃないですか?勝手に生徒会長の恋人候補になっちゃって」
「それこそ不可抗力でしょう。―――あなたが、私と親しい仲に、と言った事は多少影響しているでしょうけど」
「はははっ。生徒会長みたいに素敵な人と親しい仲になりたいと微塵も思わない人なんて、それこそ一人も居ませんよ」
ジトッとした視線を向けられても、気にする事無く歯の浮くようなセリフを言ってのける蓮司。
この男は筋金入りだな、と同席している従者たちが呆れた顔をする中、彼は窓の外へ顔を向けた。
「―――でも、今は生徒会長とそういう関係になれるとは思っていませんよ」
「………それは、何故ですか?」
「恋愛に興味が無い人に、嫌われる要素を持ったままアプローチしても意味は無いでしょう?」
あっけらかんと放たれた言葉に、貴音は思わず息を呑む。
彼にしては珍しい、後ろ向きな言葉。意図せず漏らしてしまったのだろう本音。
―――自分との関係で、悩んでいたのか?
実際は博典との会話で疲れ、その影響で乗り物酔いを起こしただけなのだが、勘違いした貴音は徐に口を開き、
「―――嫌いでは、ありませんよ」
突然の言葉に、振り向く蓮司。
頬を染めて、真っすぐに彼を見て話す彼女に、彼は何か言おうとして、しかし何も言えないままに視線だけを向ける。
「西園寺家という、恵まれた生まれ。両親や従者たちに愛されて育ち、あらゆる方面で才能を発揮―――不自由のない人生を、俗に勝ち組と呼ばれるような人生を、当然のように生きてきました」
信号に車が止まる。
静かな車内には彼女の言葉だけが響き、余韻無く消えていく。
胸に手を当てた彼女は、まるで愛の告白でもするかのように―――しかし、この時はまだ彼に対して恋愛感情を持っているわけでは無く、ただ元気づけようと言葉を紡ぐ。
それは蓮司が不誠実だと切り捨てられ、自らもそうであると半ば自覚している『最低限のお返し』に似た行為だった。
「ですが私は、常に飢えていた。心のどこかで何かを求めて、満たされていないと感じていた。―――そう、そうです。私はずっと、『何か』が欲しかった」
だが、蓮司のソレと違い、次第に言葉は彼女自身に向けられたモノへと変わっていく。
無意識の内に、彼女自身も気づいていない本心を暴く言葉へ変わっていく。
その違和感に気づけたのは蓮司のみだったが、それでも制止するような真似はせず、黙って続きを聞いた。
「生徒会長という役職について、誰に嫌われる事も無く、何一つ取りこぼすことなく生きてきて、でもずっと飢えていて―――出会った。誰よりも優秀で、誰よりも優しく、そして誰よりも自信に溢れていたあなたに」
住宅地へと入り込んだ車は、後続が居ない事を良いことに、ギリギリまで速度を落とす。
彼女が最後まで言葉を紡げるように。
「私が完全だと思っていた世界を、あなたが不完全だったと教えてくれた。家族でも従者でも無い、壁一枚隔てたような接し方をしないあなたが、私の求めていたモノを教えて、そしてそのまま満たしてくれた」
「………それは」
「私、ずっと―――お友達が、欲しかったんです」
ただ一人の少女として、自分を見てくれる人。
娘としてではなく、従うべき人としてでは無く、財閥の令嬢としてではなく、ただの貴音として扱ってくれる人。
彼女はようやく自分の求めていたモノの正体に気づき、そして同時に
ある意味では、彼女が口にした言葉は間違っていない。
彼女が求めていたモノは、友人と言っても差し支えは無かった。
だが今の彼女が、改めて本心と向き合った彼女が
「………着きましたよ」
無言のまま向かい合っていた二人へ、運転手が声をかける。
蓮司は軽く頭を下げて礼を言うと、そのまま車を降りようとして―――振り向いて、微笑んだ。
「じゃあ、また明日。―――
「えっ、な、名前!?」
「友達なら、そう呼んだ方が良いかなって思ったんですけど………その反応を見るに、これまで通りの呼び方の方が良さそうですね」
それに、名前を呼ぶのは大事な時って決めてるんです。
疲れも酔いも感じさせない爽やかな笑顔を浮かべ、車から離れていく。
顔を真っ赤にして固まっていた貴音は、彼の姿が見えなくなったところで、ようやく我に返った。
「………気の多い人が嫌いだったのではなく、彼の気が多い事が気に入らなかったんですね、私」
しばらくして呟かれた一言に、従者全員の心が「ソレをさっき言えば良かったのでは」と一つになったのは、言うまでもない。
蓮司の工作力の高さは、幼いころ舞を喜ばせるために色々作っていた事に起因する。
彼は既に全部捨てられていると思っているが、いくつかの作品は未だに舞の部屋で大切に保管されている。