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初星学園プロデューサー科。
アイドル育成校として名高い初星学園の学科の一つである。
芸能活動におけるプロデュースについての基本的な知識・技術・姿勢を学ぶことができるだけでなく、アイドル科との連携制度が特徴的だといえる。
アイドル科との生徒と合意が取れれば、学園内でのオーディションやコンテストに一緒に臨むことができる。
そこで教科書からでは学ぶことのできない、実践的な経験を積むことができるといえるだろう。
勿論、アイドル科とのプロデュースをすることが必須なわけではない。
ただプロデューサーとしての実績を提示した方が、学生として好成績を残せる。
プロデューサー科に在籍する学生ほとんどが、実際にプロデュースを行っているのが実情である。
ぼんやりと、2コマ目の講義を受けながら考える。
思い返したのは青い髪の少女、月村手毬のことだった。
1週間程度経ち、何度か月村さんと出会うことがあった。
以下月村さんとの会話抜粋。
「奇遇ですね、温水さん。もしかしてストーカーですか」
「移動しなくて大丈夫です。気にしませんから私」
「ふーん、また美味しそうな弁当ですね」
「別に欲しいとは言っていません!」
「んん!そんな目してないんですけど」
「……じゃあ少しだけ」
会話している時の月村さんは元気がいいのだが、食事中となると急に元気がなくなっているように見える。
何だか無理をしているような。
月村さんの食事は、味気の無いものばかりだった。
ヘルシーそうではあるが、すぐにお腹がすいてしまいそうである。
人の様子に口を出す必要もないし、資格もない。
無用な心配かもしれないし。
ただ、高校生としてもっと楽しんでもいいんじゃないのか。
いつか倒れてしまいそうだと。
そう思った。
2コマ目が終わり、昼休みである。
3コマ目までは結構時間があるので、どうしようかなと考えていると。
「温水君」
明るく通る声で話しかけられた。
そちらの方へ振り向くと、茶髪のショートボブで若い女性が俺のそばに来ていた。
「亜紗里先生」
根緒亜紗里先生。
初星学園に在籍し主にプロデューサー科の学生を指導する、俺の担任である。
プロデューサー科では学生はクラスに振り分けられ、担当する先生がいる。
「先ほどの講義、しっかり聞いていましたか?何だか心ここにあらずでしたが」
「すいません、でもノートはとっていますよ」
「それならいいんですが。まだ入学して1か月ほどですし、大変ならいつでも言ってくださいね」
「ありがとうございます。でも体調なら全然……」
そこまで話して、亜紗里先生は顎に手を当てじっと俺を見る。
「あの、何でしょうか」
「うーん、見当違いならそれでいいんですが、温水君」
「はい」
「アイドルのことについて悩んでいますね?」
突然の指摘にびくっと自分の動きが止まる。
何だか悪いことを見破られたようだった。
「い、いや悩んでいるというか」
「でも講義中も考えていましたね」
「……はい」
「それなら!」
亜紗里先生は、ぱちんと手を胸の前で合わせる。
「今日の講義が終わったあと、3階の教室に来てください」
「相談ということですか」
「別に怒るとかそういうわけではありませんよ。私は担任ですから、何でもお話してください。少しでも力になります!」
亜紗里先生の提案に驚きはしたが、非常にありがたいと思った。
自分がどうしたいのかもあやふやだったから。
「ありがとうございます。亜紗里先生」
「いえいえ、当然のことです」
亜紗里先生は嬉しそうに笑みを浮かべていた。
そして午後の講義も終わり、指定された3階の空き教室に入る。
どうやら亜紗里先生はまだ来ていないようだ。
教卓に近い席に座り、先生の到着を待つ。
自分がどうしたいのか……静かな教室の中でふと考えてしまう。
窓に目を向けると、薄暗く灰色の雲が空を覆っていた。
プロデューサー科の教室から見える広場には、ジャージ姿の数人の女子生徒が広場で懸命にダンスの練習をしているのが見える。
白い髪の女の子は既に体力の限界が来ているようで、他の生徒とリズムが揃っていない。
それでも、何とか踊ろうと踏ん張っている。
皆アイドルになろうとしているんだ、そう改めて感じた。
その上で、俺は何をしたいか。
またぼんやりと思索にふけようとした時、
「お待たせしました!」
亜紗里先生が重そうな段ボール箱を両手に抱え、教室に入ってきた。
俺は席を立って、荷物を支えるのを手伝う。
「どうしたんですか亜紗里先生。その大荷物は」
「ふふ。アイドルの悩みならば先生の得意分野。更にこの学園はアイドルについての資料は大量にあるんです」
「なるほど」
「あれもこれも良い資料だなと思って持ってきたら、段ボール1箱分になってしまいました」
「……なるほど」
「あれ引いてます?」
「い、いや全然。素晴らしいです。ありがとうございます」
「先生として当然のことをしたまでです」
そういう亜紗里先生はどこか誇らしげだった。
どうやら亜紗里先生は教卓に立って話をするわけではなく、机を向かい合わせにして俺と先生が向き合う形になる。
「さて、温水君」
「はい」
「お昼前に話していた悩みについてですが、率直に温水君が思っていることを私にお話ししてください。あなたがどのように思っているかを」
亜紗里先生は真っすぐに俺の目を見て言った。
「分かりました、本当に大したことない話なんですけど」
俺は自分の今の悩みを打ち明けた。
自分のプロデューサーとしての能力について、月村手毬について、その生徒に関わる資格について。
俺自身がどうしたいかについて。
まとまりもなく、脈絡も分かりづらい話を亜紗里先生はしっかりと聞いてくれた。
そして俺の話が終わり、亜紗里先生は口を開く。
「温水君。お話ししてくれてありがとうございます。お話しを聞いて先生が言えることはまず……」
亜紗里先生は人差し指をぴんと上に立てる。
「温水君は月村さんにティンときた!というものだと思います」
「ティンときた、ですか」
「ええ。プロデューサーとして、月村さんをプロデュースしたいと思ったんじゃありませんか?」
俺はそう言われて、初めて自覚した。
月村さんとは昼休みだけしか話したことはないけど、食べることが好きくらいしか知らないけど。
何故月村さんのことを考えていたのか。
そうか俺は、月村さんをプロデュースしたいのか。
その割には小動物みたいに扱ってもいたけど。
「そう……かもしれません。私は月村さんをプロデュースしたいと思います」
「分かりました」
亜紗里先生は段ボール箱から資料を取り出し、机に並べ始める。
「勿論、月村さんの意思も重要ですが、温水君がどうしたいか明確になりましたね!
では次にすることは……アイドルについて学びましょう!」
目の前にある資料を見てみると、アイドル特集と題した今活躍しているアイドルが、大きな写真で掲載されている。
俺が初星学園を入学するきっかけになったアイドルも。
「アイドル事務所として活躍しているのは765プロ、346プロ、283プロなど、沢山の事務所が存在しています。アイドル達は基本事務所に所属しライブやコンサートに出ます……」
そうして、亜紗里先生のアイドル講義が始まった。
30分ほど俺からの質問を受けつつ、亜紗里先生は現在のアイドル界隈について教えてくれた。
既に習っていたこともあったが、改めてより学ぶことができた。
「さて、アイドルについての説明はこれで一旦終わりにしましょう。
次に月村さんについてです」
亜紗里先生はより、真剣な顔つきで話し始める。
「月村さんは、中等部で一番評価が高いユニットに所属していました。
『SyngUp!』と呼ばれるアイドルユニットです。高等部になったら芸能界にデビューすると噂されていたのですが……
どうやらユニット内でトラブルがあり、SyngUp!は解散しました。月村さんは今ソロとしてアイドル活動を行っているようです」
「そうだったんですか……」
月村さんの不調の原因はそれが一番大きいと俺は思った。
初星学園に所属している限り、解散したメンバーとも顔を合わせる可能性は高い。
円満に解散できているなら良いのだが、月村さんの様子を見る限り、そうとはいえないだろう。
「すみません温水さん。何故SyngUp!が解散したのか。私の持つ情報では知ることは出来なくて」
「いえ十分です。月村さんに直接聞いてみるとします。本人からの話を聞いてみたいので」
俺が答えると、亜紗里先生は嬉しそうに頷きながら
「そうですね!噂ではなく、月村さんから聞くのが一番良いと思います」
「はい。本当に今日はありがとうございます。色々勉強になりました」
「先生が役に立ったのなら、嬉しいです!」
「何か手伝えることがあったら、是非言ってください、そうだこの荷物持ちますよ」
「大したことはしてませんが……お言葉に甘えます」
資料を箱にしまい机を整理してから、先生と共に教室を後にする。
廊下には柔らかい夕陽の光が窓に差していた。
月村さんと話をしよう。
俺のプロデュースを受けてくれるかは分からない。
ただ月村さんと正面から話したいと思った、アイドルについて。
新たな決意と共に俺は行動を始めた。