皆様、どうもごきげんよう。
ごく普通のトリニティ生徒です。
本日は天気もよろしいので、トリニティの学区内を散歩しております。
優しい日の光がとても心地よく、その光に照らされたトリニティの素晴らしい街並みを歩くというのは、実に贅沢なことです。何だか心まで豊かになっていくような気がしますね。
そんなふうにトリニティの街を歩いていると、前方からやって来た一人の女の子が、元気よく挨拶をしてくれました。
「こんにちはです! 今日は冒険には絶好の天気ですね!」
「あら、少女ちゃん。こんにちは。本日もとても元気そうですね」
「はい! 私のステータスは本日も快調、オールグリーンです!」
そう言いながら、少女ちゃんは握りこぶしを作り、元気いっぱいであることをアピールしています。
本当に真っ直ぐな方ですね。
出会ったのは偶然でしたが、こうして良いお友達になれたのは嬉しいことです。
「ふふっ。本当に、見ているだけでこちらまで元気になりますね。それで、今日はどちらへ行かれるのですか?」
「今日はヒフミたちと一緒に冒険に行きます! 確か、ペロロ様ミュージアムという限定マップでイベントが開催されるとか!」
「そうですか。ヒフミさんたちと……。それはきっと、楽しい一日になりますね。お気をつけて行ってきてください」
「はい! それでは、また会いましょう!」
そう言い残すと、少女ちゃんは元気よく駆け出していきました。
あの様子から察するに、今日のお出かけを本当に楽しみにしていたのでしょうね。
ヒフミさんたちのことですし、きっと彼女にとって素敵な一日になることでしょう。
さて、私も改めて散歩を続けるとしましょう。
……それにしても、今日は本当に良い天気ですね。
その分、日差しも強いですが。
このような日は、きちんと日焼け止めなどでお肌のケアをしておかないと、後で痛い目を見ることになります。
まあ、私はどこぞのゲヘナ生とは違い、もちろん対策はバッチリしておりますよ。
だいたい、あのゲヘナ生が無頓着すぎるのです!
なんですか、この前、私がわざわざ親切心から、それとなく助言して差し上げたというのに……。
『そんなことをしている暇があったら、いち早く仕事を終わらせて、君との時間を作りたい』
……などと、素っ頓狂なことを言い出す始末!
本当に、ゲヘナの生徒は思考が残念というか、適当というか、何というか!
あまりにも呆れ返ってしまったので、私のお気に入りの日焼け止めクリームを叩きつけてやりましたよ!
全く! どうしてゲヘナ生徒なんかに、私が施しを与えなければならないのですか!
もう少し自分のことに興味を持ったらどうなんですか、あのゲヘナ生は!
はぁ……はぁ……。
落ち着きましょう、私。
ゲヘナ生徒のことを考えて取り乱すなど、栄誉あるトリニティの生徒として、あってはならないことです。
私は深呼吸をして気持ちを落ち着かせると、構内にある花壇へと目を向けました。
すると、ジャージ姿のピンク髪の生徒が目に入りました。
「あら……あの方は……」
どうやら、その生徒は草むしりをしているようです。
この炎天下の中での作業とは、なかなか大変そうですね。
……まあ、彼女がこれまでにやってきたことを考えれば、当然の報いなのかもしれませんが。
私はその生徒に近づき、声をかけました。
「こんにちは、聖園ミカさん。精が出ますね」
「何か用かな? 見ての通り、今の私、忙しいんだけどなぁ~」
私が声をかけると、聖園ミカは面倒くさそうな視線を向けてきました。
大方、また嫌がらせでも、嫌味でも言われると思っているのでしょう。
生憎ですが、私はそこまで暇ではありません。
「いえ、少々気になったことがありましたので、声をかけさせていただいただけですよ。ですので、一つ質問してもよろしいでしょうか?」
「ふーん。聞きたいことね……。いいよ。答えるかどうかは分からないけど、聞いてあげる」
「どうも。それでは早速ですが……どうして貴方は、帽子を身につけていないのですか?」
「…………へぇ? 帽子……?」
聖園ミカは目を丸くし、急に何を言い出すのかとでも言いたげな顔で私を見つめてきました。
……何をやっているのかと言いたいのは、こちらの方なのですが。
「何ですか、その顔は。まさか、お持ちになっていないのですか?」
「い、いや、持ってるけど……。別に今は関係ないでしょ?」
はぁ……。
どうやら、本当に理解していないようですね。
…………仕方ありません。
「いいですか? こんな日差しの中、ろくに対策もせずに作業を続けていたら、後で絶対に後悔しますよ。……ほら、これを被ってください」
「うわっ! な、何!?」
そう言いながら、私は持参していた帽子をミカさんの頭に被せました。
何やら抵抗しようとしてきますが、問答無用です!
私は無事に帽子を被せ終えると、ミカさんの周囲を確認しながら、さらに質問を続けました。
「それと……周りに水筒やペットボトルが見当たりませんが、まさか、ろくに水分補給もしていないのではありませんか?」
「え? だって、まだそこまで暑くないし……。邪魔だから、いらないかなって……」
「バカなのですか、貴方は!」
「ひぅっ!?」
「日差しを甘く見てはいけません。気づかないうちに、体から水分は失われていくものなのですから。ほら、これをどうぞ」
私は鞄から水筒を取り出し、ミカさんに差し出しました。
しかし、彼女は戸惑っているのか、なかなか受け取ろうとしません。
……仕方がないので、半ば無理やり手渡すことになりましたが、まあ、よしとしましょう。
「あっ、ありがとう……。これ、中身は紅茶かな?」
「いえ、ただのスポーツドリンクです」
「ふーん。この帽子もだけど、貴方っていつも持ち歩いてるの?」
「…………以前、どこぞのバカが暑い中で無茶をして、倒れたことがありましたので。その時からです」
ああ、思い出すだけで何だか腹が立ってきました。
私があの時のことを思い出し、再び頭に血を上らせていると、ミカさんが私の顔を覗き込みながら、とんでもないことを口にしました。
「…………大切な人なんだね。その人」
「………………え?」
「………………っ!?」
「うわっ、すっごい顔真っ赤! 分かりやすいね、貴方!」
「なっ……! い、いきなり何を言い出すのですか! そんなこと、ありもしません! 私があの野蛮人のことを大切に思っている? そんなわけ、あるはずがないでしょう! ええ、たとえ天地がひっくり返ったとしても、そんなことは絶対にありませんとも! そもそも、今の話のどこにそんな要素があったというのですか! 大体ですね!」
「ご、ごめん! ごめんってば! 分かったから、少し落ち着いて!」
「…………はぁ、はぁ……」
「…………ナギちゃんよりひどいや、これ」
「…………そうですね。少々取り乱してしまったようです。申し訳ありません」
何やら納得がいきませんが、ひとまず誤解は解けたようなので、よしとしましょう。
……ええ、誤解ですとも。
そもそも、気になっていたことは解決しましたし、ここにとどまる理由もありませんね。
私は最後に、ハンカチでミカさんの顔についていた土を拭いながら、伝えておきたいことを口にしました。
「突然、何を言い出すのかと思われるかもしれませんが……これだけは言わせてください」
私は一度言葉を切り、ミカさんの目を見つめました。
「貴方が自分のしたことに責任を持ち、きちんと償おうとしていることは立派だと思います。
ですが、もう少し自分自身のことも大切にしてあげてください。
貴方が傷つけば、貴方自身よりも深く傷つく人がいることを、どうかお忘れなきよう……」
そう言ってから、私は手元の水筒と帽子に目を向けました。
「……ああ、それと。その帽子と水筒は差し上げますので、このような日にはきちんと活用してくださいね」
「…………うん。ありがとう」
ミカさんの返事を聞き届けた私は、その場を後にしました。
……何だか、どっと疲れたような気がします。
ですが、あのまま放置して、もしも熱中症で倒れられたりしたら……。
まるで私が見捨てたようではありませんか。
そんなことになれば、きっと気分が悪くなってしまうでしょう。
……ええ、ですから、仕方のないことなのです。
決して、あの方を心配していたわけではありませんとも。
そんなことを考えながら、私は再び散歩を始めました。
しばらく歩いていると、時刻はもうすぐお昼を過ぎようかという頃になっていました。
私もそろそろお腹が空いてきましたね。
……………………。
そう思い、近くのベンチに腰掛けて景色を楽しんでいると……。
私の平穏をぶち壊す、邪悪な声が聞こえてきました。
「ヤッホー! お待たせ! 待たせちゃったかな?」
「……別に、貴方のことなど待っていませんよ。…………ですが、少し遅かったのではありませんか?」
「ああ、いや、その……委員会の仕事が長引いちゃって……」
「またですか……。以前から申し上げているように、風紀委員会などという野蛮な委員会、さっさと辞めてしまえばよろしいのに」
「そういうわけにもいかないよ。……うっ」
その時、彼女のお腹から、ぐぅ~、という音が聞こえてきました。
「…………」
「…………」
「……ほら、そうやって忙しいという理由で、またお昼を食べ損ねているではありませんか」
「うぅ……」
「自分のことすらろくに管理できない人に、誰かを守る資格などありませんよ」
本当に、ゲヘナの生徒というのは、こんな簡単なことすら理解できないのでしょうか。
私は改めてゲヘナ生徒の残念さを実感しながら、持ってきたものを差し出しました。
「……はい、これ」
「これって……お弁当、作ってくれたの!?」
「勘違いしないでください。今朝、少し作りすぎただけです。貴方のためではありませんので……。さあ、さっさと食べますよ」
「うん! ありがとう! それじゃあ、いただきます!」
……本当に、分かっているのでしょうか。
確かに今回のお弁当は、トリニティ各地から味も品質も良い食材を私が厳選し、栄養バランスまで考えて作った自信作です。
ですが、それはあくまでも私自身が食べるために作ったもの。
決して、ゲヘナ生徒のためなどではありません。
…………まあ、少々塩分を多めにして、味を濃くしておきましたが。
……いえ、これは関係ありません。
本当に、関係ありませんとも。
……って、私はいったい誰に言い訳をしているのでしょうか。
そんなことを考えていると、ゲヘナ生が不思議そうにこちらを見つめてきました。
「……どうしたのですか?」
「いや、なんかずっとこっちを見てるから……。何か用事でもあるの?」
「貴方に用などありません! いいから、早く食べてください!」
「あっ、う、うん。それじゃあ……」
彼女はお弁当を一口食べました。
「…………」
「…………どうですか?」
「ん~~~~!! すっごく美味しいよ!! さすがだね!」
彼女は満面の笑みを浮かべながら、次々とお弁当を口に運んでいきます。
「ふっふん! 当然のことです! 何せ、私が作ったのですから! ゲヘナの貧相な食事とは違うのですよ!」
「ん? 何か言った?」
「な、何でもありません!」
「そっか! それじゃあ、いただきまーす!」
「…………ふふっ」
「ん? 今、何か言った?」
「何も言っていません!」
「えー? そう?」
「そうです! ほら、冷めないうちに食べてください!」
「はーい!」
…………はぁ。
全く、最後まで調子を狂わされる方ですね。
ですが……。
「…………美味しい?」
「うん! すっごく美味しいよ!」
「…………そうですか」
……ふふっ。
いえ、何でもありません。
私はその後、ゲヘナ生徒と一緒に昼食を取るという、最悪……いえ、実に不本意なランチタイムを、ゆっくりと過ごす羽目になったのでした。