「……さて、と」
自室に戻ってきた私は、目の前にちょこんと立っているゲヘナ生徒へと視線を向けました。
当の本人はというと、なぜ自分がここまで連れてこられたのか、いまだによく分かっていない様子で、きょろきょろと部屋の中を見回しています。
「えっと……マヨイ?」
「何ですか?」
「私、何か悪いことしたかな……?」
「…………」
その言葉に、私は思わず額に手を当てました。
この子は……本当に、自分が何をしたのか分かっていないようですね。
「……三日間、一睡もせずに過ごしたことが、悪いことではないとでも?」
「え、えへへ……」
「笑って誤魔化さない!!」
「ひゃいっ!?」
全く……。
私はもう一度ため息を吐くと、部屋の隅に置いてあるソファを指差しました。
「とにかく、そこに座ってください」
「はーい!」
元気よく返事をすると、ゲヘナ生徒は素直にソファへと腰掛けました。
……返事だけは一丁前ですね。
私は棚から毛布を取り出すと、彼女の肩にそっと掛けてあげました。
「えへへ、ありがとう!」
「別に……風邪でも引かれたら面倒ですから」
「そっかぁ!」
「……本当に分かっているんでしょうね」
どうにも調子が狂います。
私は彼女の前にしゃがみ込み、その顔を覗き込みました。
目の下にはうっすらと隈ができており、普段なら元気いっぱいに動き回っているはずの尻尾も、今は力なく垂れ下がっています。
こうして改めて見ると、相当無理をしていたのでしょう。
……全く、無茶をするにも程があります。
「少し失礼しますね」
そう断ってから、私は彼女の額に手を当てました。
「ん? どうしたの?」
「熱がないか確認しているんです。……うーん、今のところは大丈夫そうですね」
「えへへ、心配してくれてるんだ?」
「違います!!」
「えー?」
「あなたが倒れたりしたら、私が余計な心配をしなければならなくなるでしょう!? それが嫌なだけです!!」
「そっかぁ……」
そう言いながら、彼女はなぜか嬉しそうに笑っています。
……なぜでしょう。
この子は本当に、私の言葉を都合よく解釈する天才ですね。
「とにかく、今日はもう何もせずに寝てください」
「えっ、でもまだやらなきゃいけないことが……」
「ありません」
「でも……」
「ありません!!」
「うぅ……」
ようやく黙ってくれました。
私は満足げに頷くと、部屋の奥へと向かいます。
まずは温かい飲み物でも用意しましょう。空腹のまま眠らせるわけにもいきませんし、何か軽く食べられるものも用意した方がよさそうですね。
……そういえば、先ほどのティータイムで出す予定だったお菓子が、まだ残っていましたね。
あれならば、きっとこの子も喜ぶでしょう。
そう考えながら準備を進めていると、背後から小さな声が聞こえてきました。
「……ねえ、マヨイ」
「今度は何ですか?」
「私、ここで寝てもいいの?」
「……は?」
思わず手を止めて振り返ると、彼女は毛布を両手で握りしめながら、少しだけ不安そうな顔をしていました。
「だって、マヨイのお部屋だし……迷惑じゃないかなって」
「…………」
何を今更。
そもそも、あなたをここまで連れてきたのは私でしょうに。
「……あなたという人は、本当に」
呆れたように呟きながら、私は彼女の頭に手を伸ばしました。
そして、少し乱れていた髪をそっと整えてあげます。
「いいですか。あなたは今、三日間もまともに眠っていないんですよ? そんな状態で帰したら、道端で倒れてしまうかもしれないでしょう?」
「うん……」
「ですから、今日はここで休んでいきなさい。……それに、私が許可したのですから、あなたが遠慮する必要はありません」
「……ありがとう、マヨイ!」
ぱあっと表情を明るくする彼女。
その笑顔を見て、私は思わず目を逸らしました。
……全く。
そんなに嬉しそうにされると、こちらまで調子が狂ってしまいます。
「ほら、温かいものを持ってきますから。大人しく待っていてくださいね」
「はーい!」
私は再び台所へと向かいました。
……本当に、手の掛かる子です。
ですが。
今日くらいは、少しくらい甘やかしてあげてもいいでしょう。
何せ、三日間も頑張ったのですから。
……もちろん、次からは絶対に許しませんけどね。
――その後、温かい飲み物とお菓子を口にしたゲヘナ生徒が、すっかり眠気に襲われてしまったのは言うまでもありません。
彼女は最初こそ眠気に抗おうとしていたものの、やがて瞼が重くなり、ソファの上でこくりこくりと船を漕ぎ始めました。
そして、ついには静かな寝息を立て始めたのです。
私は彼女が眠りについたことを確認すると、そっと毛布を掛け直しました。
「……本当に、困った子ですね」
そう呟きながら、私は彼女の寝顔を見つめます。
普段はあれほど騒がしく、自由奔放で、こちらの言うことなど聞きもしないくせに。
こうして眠っている姿を見ると、何だか少しだけ幼く見えてしまいます。
……まあ、今はゆっくり休んでください。
私は小さく微笑むと、彼女の頭を優しく撫でました。
「おやすみなさい」
……さて。
問題は、この子が目を覚ました後ですね。
三日間も寝ずに、一体何をしていたのか。きっちり聞かせてもらわなければなりません。
そして今後、二度と同じことをしないよう、しっかりと言い聞かせなければ。
……ふふ。
覚悟しておいてくださいね。
――もっとも。
その日の午後、私自身も彼女の隣でうっかり眠ってしまったことは、また別のお話です。