その晩、守矢神社では二柱の巫女さんと神達が大いに賑わっていた。賑わっている神は主に諏訪子と神奈子だったが。
関係者だけの宴会は人と神という種族の壁を感じない空間になっていた。
「無血終幕の提案をくれたラグナに乾杯!」
「「「かんぱーい!」」」
諏訪子の何度目かの音頭の後、盃を酌み交わしている神と人の姿に眉尻が上がる。
「……諏訪子、こんなことをするなんて聞いてないぞ? 恥ずかしいじゃないか」
口では気恥ずかしさからそんな言葉が出ていたが心地よい気分で酒を煽っていた。少し飲みすぎたみたいだ。
「少し酔いを醒まそうか」
月が輝き星々がそれを飾る、まるで祝福しているかのような夜だ。そんなことを思い更けながら夜風に当たっていると酒瓶を片手にしたもう一人の神、八坂神奈子が立っていた。
「そんなとこにいないで向こうで飲もうじゃないか」
「あぁ、神奈子か。何、飲みすぎてな少し醒ましてる最中さ。それにしても諏訪子のアレはなんなんだ小っ恥ずかしいよ」
「まぁ、そう言いなさんな。アレでも感謝してるんだよ。もちろん私もさ、本当にありがとう」
「別に感謝されることはないだろう。私はただ提言しただけだ。実際に動いたのは神奈子達だろう」
そんな会話を肴にしているともう一つ近づいてくる足音が聞こえてくる。どうやら話題のもう一人だろう。足音からするにかなりの千鳥足になっているが大丈夫だろうか。
「お~い~ヒック──。ラグナ、あんた飲んでるぅ?」
ベロンベロンに酔っている。これはひどい……
何か返答しようとするもの持っていた酒瓶を引ったくって元来た道を戻ってしまった。
「随分出来上がってるな諏訪子の奴」
「本当にもう……彼奴はそこまで酒が強いというわけじゃないのに飛ばし過ぎなんだ。しかも私達の飲む酒を持っていきおってからに」
「大丈夫、私が持ってきた酒がある。これを飲もう」
神奈子の杯に並々と酒を注ぐ。透明な液体が溜まった杯には満月が浮かんでいる。ふむ、趣き深い。
「まるで月を呑むみたいだねぇ」
「趣き深くでいいじゃないか。では」
「乾杯」
杯がコツンと触れあう音が境内に響いた。
◇
飲んで食って騒いでと宴会を楽しんだ。今は、神も人も寝静まり妖達が跋扈する刻である。
本当に今日は楽しい思い出ができた。まさか神と人間が一緒に酒を飲み合う光景が見れるとは……中々良いものが見れた。さてさて。
「そろそろ行くか」
「もう帰るのかい?」
「おっと、驚いた。まさか起きてるとは」
「神社から出ていく気配を感じたからね。それでこんな時間に帰るのかい?」
「いや、帰らないさ。そろそろ旅に出ようと思ってね。元々色んなところを旅して回ってたわけだからその続きを始めようとね」
あの時彼女と出会ってから数千年が立っているのだ、そろそろ中断していた旅を再開しても良いだろう。それに新たなものとの出会いを待ち望んでいるのだから。
「何……旅に出るだと?」
「あぁ、数千年ぶりの旅にね」
空気が軋む。神奈子を中心に神力が溢れ出しているからだろう。若干殺気の籠った鋭く冷えた目。初めて出会った時よりも荒々しい。その姿はまるで……
「旅に出る……まぁいいだろう。しかし、お前の里に住んでいる者たちはどうなる。祭神であるお前がいなくなった後あの者らを誰が守る」
「そうだねぇ。里長の方には
「貴様、それでも神か!」
「何をそんなに声を荒げているんだ。落ち着け」
「貴様には失望したよ。貴様の行為は里の人間を裏切る行為だ」
「…………神奈子。私は前に言ったと思うんだがな、神の掟なんか守る気はないと。私は誇り高き妖獣だ」
「そうかい、なら獣退治でもしようかねぇ?」
「別に構わないが、せっかく建てた神社。巻き込むことになっても知らないぞ?」
「ふん。ぬかせ妖獣風情が!」
突如現れた御柱が神奈子のしめ縄の周りをふわふわと漂う。
「戦うからには手加減なんてできないぞ? 」
「ふん。手加減? 私を舐めてるのも大概にしろよ! 神祭【エクスパンデット・オンバシラ】」
御柱が左右に分かれ発射された。
「何処を狙ってるんだ。そんな物当たらないぞ! 【霊剣】」
霊力で生み出した剣で斬りつけようと御柱を避けながら接近する。
「フッハハー! かかった! 左右は囮だよ! 」
「なあっ!?」
「これで終わりだ」
神奈子が右手を振り下ろした同時に左右真ん中と囲う様に次々と御柱が発射される。この物量を捌くのは無理だ。クソ──。
「造作もない。所詮はこの程度か」
「あ、危なかった。次はこっちの番だ」
間一髪の所で御柱を避けることに成功した。後少しでも術の発動が遅れていたら潰れていただろう。
さて、お礼の時間だ。一枚の札を口に挟みその札を吹き出す。
「全妖力を霊力に変換。 幕引だ【五重炸裂結界】」
吹き出した札から溢れ出した煙は一瞬で神奈子を呑み込み囲い込む。煙を振り払おうとしているが無駄である。
「王手だな。負けを認めたら解除してやる」
「情けをかけるな、私を侮辱しているのか!?」
「そうか……なら仕方ない」
次の瞬間、結界の内側が歪み眩く輝いたと同時に静かに爆ぜた。
◇
「ん……私は」
「おはよう。調子はどうだ?」
「最悪だよ。まさかこんなに力の差があるなんてね」
「私もギリだよ。さて、神奈子が起きたことだし私はそろそろ行くよ」
「なぁ、本当に里を捨てるのか?」
捨てる? 神奈子は何を勘違いしてるんだ?
「捨てるも何も旅にでるだけでちゃんと巫女が居るし結界もちゃんと持続してる。それに何年かに一度は帰省する予定だ」
「そうだったのかい…………すまない! 勘違いとはいえ友人にかけてはいけない言葉を」
「別にいいさ。いい思い出ができたしな」
「だが……しかし」
「気にするっていうなら里の人間達が困った時に力を貸してあげて欲しい」
「そんな事でいいなら任せて欲しい。八坂の名において守護することを誓う。所で諏訪子はこの件を知っているのかい?」
「いや言ってないが……何盗み聞きしてるんだ、諏訪子」
物陰からコソコソと此方を伺う諏訪子がいた。どうやらさっきのやり取りは聞いてたらしい。
「あららら。気づかれてた?」
舌を出しながらあーうと唸る諏訪子に対し呆れ様子で神奈子がいつから覗いていたのかと聞く。
「最初から最後まで全部さ。ねぇねぇ、ラグナ。私ともやろうよ」
「魅力的なお誘いだが、そろそろ出ないと予定が狂う」
「あーう……それは残念だよ。なら今度会った時に闘おうね!」
「あ、あぁ。じゃあもう行くよ」
「気をつけるんだよ。ラグナ」
「私と闘うまで変なところでくたばっちゃダメだよ?」
「あぁ、善処するよ」
月明かりに照らされた境内に二柱の神が佇んでいる。一柱は友といつか闘うことに心を弾ませながら。もう一柱は友人が旅立って行くのを寂しげな様子で見送っていた。
こうして
つづく