東方狐著聞集   作:稜の幻想日記

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十四尾 狐と夢と仲直りと

 雪夢との決闘から、数日が経った。その間、私は母様が能力で隠した屋敷に身を寄せていた。

 外観は岩穴そのものだが、一歩中に入れば、どこか懐かしく温かな空気が満ちていた。

 ……まったく、こういう凝った演出、母様らしい。

 

 雪夢とはあれ以来、一度も顔を合わせていない。母様いわく、「ただ不貞腐れておるだけじゃろう」とのことだったが……まあ、あの時の様子を見る限り、あながち間違いでもないか。

 年頃の娘というのは、本当に難しい。永琳が反抗期だった時なんか、毎晩のように頭を抱えていた記憶がある。

 

 ──そして今日。

 いよいよ最後の妹が、この屋敷に帰ってくるらしい。

 

 ……え? 急すぎるって? 

 まあ、確かに。じゃあ少しだけ、事情を話そう。

 

 私が修業に出たあと、雪夢、そしてその下の妹──つまり三女が生まれたそうだ。

 その三女はまだ幼い頃から旅に出ていたらしいが、今日、久方ぶりにこの家へ戻ってくる……というわけだ。

 

「……お前は誰に向かって喋っておるんじゃ?」

 

 母様の突っ込みが飛ぶ。あっ……また、独り言癖が出ていたらしい。

 

「母様、一番下の妹って、どんな子なんですか?」

 

 ふと尋ねてみると、母様は目を細め、どこか誇らしげな笑みを浮かべて言った。

 

「ふむ……おぬしと雪夢を足して二で乗算した、実にかわいらしい子じゃよ」

 

 ……この“親バカ全開”な感じ。変わらないなあ、母様は。

 でも、そこまで言うなら……少しだけ、期待してしまうじゃないか。

 

「……それは楽しみですね」

 

「ただのう……最近、紫の式神になったそうでの。わらわとしては、ちと気がかりじゃ」

 

「八雲……あの八雲紫の?」

 

 思わず声が低くなった。眉が自然とひそまる。

 母様は、うむ、と真顔でうなずいた。

 

「そうじゃ。もうすぐ、紫と一緒に来るらしいぞ」

 

「……はぁ」

 

 八雲紫の式神、か……。

 あの掴みどころのない妖怪の“手の内”に、末の妹が加わるとは……。

 ──ガラガラッ! 

 

 不意に、玄関の方で戸が開く音が響いた。

 続けざまに、廊下を駆ける足音。玄関から、こちらへ一直線に向かってくる。

 

「お母しゃまー! ただいまでしゅ!」

 

 鈴を転がすような声とともに、姿を現したのは──小柄な少女だった。

 

「おお、お帰り、藍」

 

 母様が優しい声で呼びかける。その声音に、深い慈しみがにじんでいた。

 

 その少女──藍は、長い金髪を揺らしながらこちらを見上げてくる。

 瞳は澄んだ琥珀色。頬にはまだ幼さの丸みが残っており、全体的に小動物のような愛らしさがあった。

 

 ……この子が、私の妹……? 

 

(……か、かわいい)

 

 思考が一瞬で停止した。心臓が跳ね、目が離せない。

 なんだこの破壊力は……。

「は、はじめまして。藍ちゃん」

 

 声が震えてしまった。だが藍は、ぱっと顔を輝かせて返してくれた。

 

「わっ……貴女が、ラグナお姉しゃまですね! はじめましてでちゅ……あぅ、噛んじゃいましたぁ……」

 

 恥ずかしそうにうつむき、顔を真っ赤に染めるその仕草──

 

「……か、かわいいッ!!!」

 

 気づけば叫んでいた。鼻から不浄な液体が出そうになる自分を必死で抑える。

 

「ひゃあっ!?」

 

 ビクッと肩をすくめた藍が、私の背後に隠れようとする。

 

「こら、バカ娘。落ち着かんか! ……それと、紫。隠れておらんで、出てこい!」

 

 ──ゴツンッ! 

 

 後頭部に、母様の拳骨が直撃した。ううっ、手加減なし……。

 

「あらら、ばれていましたのね。……藍が私の式になったことも、含めて」

 

(まったく……母様の結界すらかいくぐるとか、さすがというべきか)

 

「ねぇ、藍ちゃん。どうして式になったの?」

 

 気になって聞いてみると、藍は少し戸惑いながらも、まっすぐ答えてくれた。

 

「紫しゃまが、怪我した私を助けてくださって……それで、『私のところに来ない?』って……。でも、私からお願いしたんですよ? 式にしてくださいって……!」

 

(……あのスキマ妖怪、“そういう趣味”でもあるのか……)

 

 じろりと紫を睨むと、彼女は肩をすくめて微笑んだ。まったく、食えない女だ。

 

 その後、紫とは軽く言葉を交わし、いつの間にか敬語も抜けていた。

 昔からだが、彼女は妙に人を緊張させない雰囲気を持っている。

 

「ねぇ、ラグナ、天狐」

 

 紫が不意に真顔になり、私たちに視線を向けてきた。

 その瞳の奥には、どこまでも澄んだ意志が宿っていた。

 

「どうした?」

 

「なんじゃ?」

 

「お願いがあるの。……聞いてもらえないかしら?」

 

 切実な響きを帯びた声だった。

 

「内容次第だな」

 

「式になる以外なら聞くぞよ」

 

 紫はふっと微笑み、小さく息を吐いて語り出す。

 

 彼女の夢──それは、「妖怪と人間が、共に生きられる場所を作ること」。

 

 理想論にも聞こえるが、彼女の言葉には確かな“重み”があった。

 

「……共存、か。言葉にするのは簡単だけど、現実はそう甘くない」

 

「それでも、私は叶えたいのよ。その夢を……どうしても」

 

 その目を見て、私は息を飲んだ。

 どこまでも真っ直ぐなその光に、胸の奥が少しだけ、熱くなる。

 

「……いいだろう。その夢、手伝ってやる。土地探しは、任せとけ」

 

「のう、紫。雪夢には話したのか?」

 

「はいっ! 私が直接伝えました!」

 

「……なんと言っておった?」

 

「『考えさせて』って!」

 

 ……あの雪夢が、“考える”と? 

 

 ほんの少しだが、彼女も変わり始めているのかもしれないな。

 

 そしてその夜。夕食の席で、雪夢が現れた。

 どこか気まずそうにしながら、静かに席に着く。

 

「久しぶりに顔を出したか、雪夢」

 

「……久しぶりだな」

 

 微笑みながら声をかけると、彼女は椅子から立ち上がり、叫ぶように声をあげた。

 

「お姉ちゃん、ごめんなさい!」

 

「ん? ……えっ、急にどうしたの!?」

 

「私、あんなひどいこと言って……許されないって分かってる。でも、謝りたくて……!」

 

 顔を赤らめ、涙を浮かべて頭を下げる雪夢。

 

 ──ああ。素直になれたのか。それなら、それで十分だ。

 

「気にしてないよ。それより、早く食べよう? ……お腹、鳴ってるわよ?」

 

「う、うん……」

 

 頬を赤くして腹を押さえる雪夢に、思わず笑みがこぼれそうになる。

 

「まったく……落ち着け、バカ娘。……ふむ、皆そろったな。では──『いただきます』じゃ」

 

「「「「いただきます!!」」」」

 

「美味しいです! これ、誰が作ったんですか?」

 

「全部、ラグナが作ったんじゃよ」

 

「えっ……お姉さまでしたか!?」

 

「ほんと美味しいわね……ねぇラグナ、うちの式にならない?」

 

「……式は絶対にお断りだ」

 

「あら、残念」

 

「ふぇ……紫しゃま……私のこと、嫌いになったんですか……?」

 

(やばい……涙目の藍ちゃんも可愛い……!!)

 

「じょ、冗談よ! 私は貴女がいちばん大事! だから泣かないで?」

 

「じゃあ……ぎゅーってしてください」

 

「ふふっ、わかったわ。おいで、藍」

 

 その時──

 狐親子は心の中で、同じことを思った。

 

(いちゃつくなら、部屋でやれ……)

 

(やっぱり紫には、幼児趣味があるのでは……)

 

(私も……お姉さまと、あんなことやこんなこと……フフフ……)

 

(……ふぁ!? 今、誰か私のこと考えた? なんだ、この寒気……)

 

 ──つづく。

 

 




sukositurai
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