東方狐著聞集   作:稜の幻想日記

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十七尾 狐と化猫と封

 ──大黒猫は、人生で一度きりの“後悔”をしていた。

 それも無理はない。慢心がすべてだった。

 己の力を過信し、相手との“本当の”力量差を、致命的に見誤ったのだ。

 

 

 

(ナ、ナンナンダ……!? 奴の雰囲気ガ……急ニ変ワッタ……ッ!?)

(ドウイウコトダ……ま、マサカ……)

(いや、アリエナイッ!)

 

 

 

 だが目の前の“人間”は、狂気じみた笑みを浮かべ──霊力で形成された剣を軽々と振り回していた。

 

 

 

「ホラ、逃げなきゃアたるワよ? アハハハッ♪

 

 

 

 ラグナの手にあるのは、霊力の光で編まれた剣──“霊剣”。

 振るたびに空気が引き裂かれ、風が鋭く悲鳴を上げる。

 その切っ先を、誰も視認できない。

 

 

 

「ギャオッ!」

 

 

 

 だが、大黒猫も名のある妖怪だ。

 霊剣の軌道を見切り、かろうじて身をかわす。

 そして反撃。

 自らの胸を裂いて血を噴き出させ、それを刃に変えて──ラグナの首へと叩き込んだ。

 

 

 

 まさしく致命の一撃。

 

 

 

「お姉さまっ!?」

 

「五月蝿い。下がってなさい」

 

 

 

 ──だが。

 ラグナの首は、飛ばない。血も流れていない。

 それどころか、首から頬にかけて、淡く光る“文様”が浮かび上がっていた。

 

 

 

「……は、はいっ」

 

 

 

「オマエ……ニンゲンジャナイナ?」

 

「さぁねぇ?」

 

 

 

 ラグナは余裕の笑みを浮かべ、剣を構え直す。

 剣戟が何度も交わり、火花が舞った。

 地すらも息をひそめるような、静かな緊張が空間を満たす。

 

 

 

「ツギノイチゲキデ──オワラセテヤルッ!!」

 

 

 

 大黒猫は吠えた。

 全身を妖力の炎で包み、獣のごとき突進。

 怒り、恐怖、絶望──すべてを込めた、捨て身の一撃。

 

 

 

「……突進? それが切り札か。笑わせるなよ」

 

 

 

 ラグナの声は、冷たく響く。

 その両手が空へと掲げられる。

 

 

 

「──霊双《五封剣》」

 

 

 

 出現したのは、歪んだ形の双剣。

 霊力で編まれた禁忌の武器。

 それに斬られた者は──感覚・言語・妖力・肉体・記憶──五つの“何か”を封じられる。

 

 

 

「ナァ!? ソレハ……レイリョクヲアヤツルヨウカイガ……ウンダブキノ……!」

 

 

 

「ほう……知ってるのね。じゃあ……」

 

 

 

 ラグナの口元が吊り上がる。

 冷笑とも、愉悦ともとれる表情で囁いた。

 

 

 

「これを抜いた時点で、アンタの運命は決まったのよ。

 ──この世から消えたほうがマシな痛み、味わわせてあげる」

 

 

 

 言葉とともに、双剣を投擲。

 次々と霊剣が構築され、怒涛のごとく放たれる。

 回避不能の連撃。

 霊力の暴風が、大黒猫を襲い続けた。

 

 

 

「ガッ……アァ……ァァ……!」

 

 

 

 耐えきれず、大黒猫が地に膝をつく。

 全身は傷だらけ。血を流し、呻き声を漏らす。

 

 

 

「……ふん、呆気ない。さて──そろそろ消える覚悟はできたかしら?」

 

 

 

「ヤ、ヤメロ……! ワタシヲ……コロシタラ……ドウナルカ……ワカッテイルノカ……ッ!?」

 

 

 

「うーん、どうかしら? なら、全部奪って──地底にでも沈めてあげる」

 

 

 

 ラグナの瞳が細められる。

 美しいその顔に、残酷な笑みが浮かぶ。

 

 

 

「雪夢!」

 

「は、はいっ! なんでしょう!」

 

 

 

 木陰から現れたのは、妹・雪夢。

 小柄な体に満ちた霊力が、地を揺らす。

 

 

 

「例の術、準備できてる?」

 

「えっと……あれですね? 対妖怪用の巫術!」

 

「説明はいいから、早く」

 

「は、はいっ!」

 

 

 

 雪夢は術棒を取り出し、素早く地面へと円陣を描く。

 その形は一見すると単純な円だが、内部は幾何学的な図形が複雑に絡み合っている。

 見ているだけで、精神が削られるような感覚すらあった。

 

 

 

「ふむ……線がちょっと甘いけど、まあ合格点ね」

 

 

 

 ラグナは円陣の前に立ち、掌をかざす。

 

 

 

「──お待たせ。じゃあ、始めましょうか」

 

 

 

「ヤ、ヤメロ……! 地底ニイクグライナラ……シンダホウガ……ガアアアアア!!」

 

 

 

「──黙れ」

 

 

 

 術式が起動。

 ラグナの霊力が図形に注ぎ込まれ、空間が歪む。

 重力が狂ったかのように、周囲の空気が沈み込んでいく。

 

 

 

「巫術《五封の印》。

 今回は──“その身の封印”と、“妖力の半減”よ」

 

 

 

ギィィィィィアアアアアアア……ッ!!

 

 

 

 大黒猫の体が黒い渦に呑まれていく。

 断末魔を残し、存在ごと──“地底”へと封じ込められた。

 

 

 

 その場には、風すら吹かない静寂だけが残る。

 

 

 

「……まあ、歯ごたえのある敵だったわね。帰るわよ、雪夢」

 

「はいっ! お姉ちゃん!」

 

「じゃ、行きましょうか」

 

 

 

 森を後にする二人の背が、緩やかに遠ざかる。

 その途中──雪夢が、ふと木陰に戻り、頬を赤らめて呟いた。

 

 

 

「お姉様に……あんな風に命令されるなんて……も、もう……興奮しちゃった……♡」

 

 

 

 ──とか言ってたとか、なんとか――

 

 

 

 

 

 ──つづく。

 

 

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