ようやく霊力が回復した。先程は少しばかり霊力を消費しすぎたな。それにしても戦闘音が途絶えたな。部下たちは無事だろうか。
「右翼側と左翼側からの伝達は来ているか?」
「いえ、今のところはありません。しかしながら、彼らが全滅するとは考えられませんよ」
「忘れたか? 戦場において絶対はない。もしかすると先程の桜鬼のような奴がいる可能性もある」
「っ! そ、そうでした。申し訳ありません」
「ラグナ様! 右方側の敵は全て片付けましたぞ」
戻ってきたのは我が部隊でも屈指の大槍使いの連隊長。流石といった所だがその姿は敵と戦った証拠に所々に切り傷や土汚れなどが付着していた。
「御苦労だった。敵は何匹いた?」
「弱小妖怪が六十でそれを指揮する中級の妖怪が一匹でした。そいつに部隊員を何名か持っていかれてしまいました。預かった部下を申し訳ございません」
「いや、それだけ撃退できたのは素晴らしい。よくやってくれた。逝った部下たちも浮かばれるさ」
「お気遣いありがとうございます」
部下が妖怪によって殺されてしまったのは残念であるが、それでも中級妖怪を倒せたのは事実。この勝利は大きい。
「よし、では右翼部隊は私た中央部隊に合流し前進せよ」
「はっ!」
さて、右翼部隊は無事に合流できた。しかし、未だ左翼部隊からの報告はない。やはり左方にも中級妖怪がいた可能性がある。
流石に彼奴が中級妖怪程度に後れは取らないと思うが……
「左翼部隊はどうしたんだ」
「大丈夫ですぜ。遅れやした、ラグナ教官」
「遅いぞ馬鹿者。それで首尾はどうだ」
ボロボロになりながらも報告に来たのは大斧を担いだ、厳つい顔の男。やはり彼も切り傷や土埃が付着している。更に敵の攻撃をもろに食らったのか脇腹から血が滲みだしている。
「雑魚妖怪が大量に沸いてやした。そいつらを二人組の中級妖怪が指揮してやっがったんですわ。おかげでこちらの被害もかなり大きくわっしもこんな姿になってしまったって訳ですわ。てか、
幽鬼の兄貴と呼ばれた男は私の隣にいた大槍を担いだ男の名だ。幽鬼と彼は血のつながった兄弟なのだ。
「よく戻ってきた。無事でよかったぞ
「幽鬼の兄貴も無事でよかったぜ」
斧を担いだ男、佐助は豪快に笑いながら兄、幽鬼の背を軽く叩く。幽鬼は何も言わず、ただじっと目を瞑っているだけだが、喜んでいるように見える。因みにこの二人は仲がいい。幽鬼も佐助のことをよく可愛がっている。妖怪たちの攻撃が来ると考えると警戒しなければならないが今は喜びを分かち合いたい気分なのだろう。
ここで一つ情報を公開しよう。佐助は斧が得意であり、幽鬼は主に大槍を使うのだが二人揃って戦うととんでもなく強いのだ。その強さから私は彼らを連隊長という役職を与えたのだから。
「お前たち喜び合うのは良いが戦場のど真ん中だ。死んでも知らんぞ」
微笑ましい姿に私も自然と口元が緩む。しかし、ここは戦場なのだ。一瞬の油断が命取りとなる。
私の言葉に二人はすぐさま、表情を改める。本当に部下は優秀な奴らだ。
ただし、佐助に関してはまだ幽鬼の背を叩いているが……まぁいい。
「(さて妖怪どもの気配から察するに残りは六百と少しといった所か……切るならここだな)佐助」
「何でしょうか、教官」
「能力の開放を許可する。派手にやれ」
その言葉に佐助の表情は強く引き締められた。そして能力開放の許可が出たことで大斧に青白いオーラが纏う。
これは佐助の能力、『無差別に爆発させる程度の能力』だ。佐助は普段この能力は使っていない。何故なら少しの気の緩みであちらこちらを爆発させかねないからだ。だが、今はその心配はない。もはや敵の数のほうが多いのだ。
「爆ぜな」
そして佐助は能力を開放し、力いっぱい大斧を地面に振り落とす。
爆発が地を駆ける。連鎖的に爆発したそれは次第に大きくなりながらあちらこちらで爆発を引き起こす。妖怪どもの悲鳴と爆発音が混ざり合い消えていく。
「はァー……結構持っていかれやしな。教官、あっしもう霊力が素寒貧ですわ」
「よくやった。お前は下がって回復に努めよ。残りの者たちはあたりの警戒を怠るな」
「「「了解」」」
「(残り三百か……幽鬼にも能力を使わせるか。しかし、奴も佐助と同じく霊力の消費が激しい。さてどうするか)……」
「ラグナ様。私も能力の開放を許可して頂きたい」
「幽鬼、お前は駄目だ。能力は極力控えろ」
「しかし! 敵はまだ残っているのですぞ! このままの勢いではやられてしまします!」
「そうかもれんな……わかったいいだろう。許可する」
どうせいつかは切らないといけない札だ。能力を使う前に霊力切れで戦えなくなるくらいなら。ここで切ったほうがまだマシだろう。それにさっき言った通り、残りは三百程なのだ。ここで片をつけれるのならそれに越したことはないだろう。それに幽鬼の能力なら押し切れるはずだ。幽鬼の能力は『無差別に凍らせる程度の能力』だ。佐助と同じような理由で能力の使用を禁じていたが、もうその心配はない。それに幽鬼の能力は妖怪どもには相性がいいはずだ。
「永久に凍り付け」
私が許可を出したことに満足したのか幽鬼は口元を緩めると目を閉じゆっくりと息を吐く。すると周囲に冷たい空気が漂い始める。そして冷気があたりを覆い始めた瞬間、周囲の温度が下がっていくのが分かった。それは次第に風となり佐助の能力で発生した炎を鎮火させていく。そして次の瞬間にはあたり一面が凍りつく。
それはまさに蹂躙だった。
私の周囲は一面が氷の世界へと変わり、右方、左方の妖怪どもは幽鬼の凍える風により完全に動きを封じることに成功したのだ。
「破ッ!!」
そして幽鬼は大槍を凍った地面に突き刺した。すると氷の世界は段々とひび割れ崩壊する。それと同時に凍りついていた妖怪共も砕け散る。佐助と幽鬼の能力によって、あっという間に六百の妖怪の軍勢が一匹を除いて全滅したのだった。
◇
いきなり、爆発音が鳴り響きだした。あちらこちらで人ならざる者の悲鳴が聞こえてくる。
「戦闘が激しくなってきたわね」
「ラグナ殿たちが頑張ってくれているのでしょう」
船の扉が開く音が聞こえる。どうやら見張りの兵士が入ってきたようね。
「後五分でこの船も発射されます! 」
「そう、わかったわ。下がりなさい」
あと五分、そうしたら
◇
残りの妖力の数は一つだけか。
(なぜ此奴は動かない? ほかの妖怪は全滅してるのに……不気味だ)
「妖怪が物凄い速度で接近中!?」
私は部下の声で前方から迫る敵の存在に気づくことができた。だが、もう既に遅かったのだ。私の視界に入った時にはすでにそれは攻撃態勢に入っていたのだから。
「いかん! 全員私の後ろにさがれ!」
そして次の瞬間には、目の前にあったものが消え失せていた。
私は一体何が起きたのか理解できなかった。それは周りの部下たちも同じようで、全員が茫然としてしまっている。それも無理はない、敵の数は一つ。例え中級妖怪程度ではここまで大きな被害を蒙るはずはない。だが、かなりの部下が殺られてしまったのだ。そして私はあることに気づく。この場にある強大な妖力、どうやら大妖怪がもう一人いたようだ。
「ふん、大したことないな人間」
そこに現れたのはにやにやと気味の悪い笑みを浮かべる一人の鬼だった。その鬼から感じられる妖力は桜鬼とは比べ物にならないほどの莫大なものだった。
「貴様が妖怪たちの大将か」
「そうだ。俺が大将、
「そうか。ならばここでお前を殺すとしよう!」
そういい零季はこちらに突進してきた。それに対抗しようと拳を構えるが一足遅かったようだ。背後から衝撃が走ると同時に、身体が宙に浮かぶ。
肺にたまっていた空気が全て吐き出される。そのまま私は無抵抗に吹き飛ばされてしまった。動きが見えなかった。此奴は危険すぎる。
「教官!」
佐助がこちらに走り寄ってくる。その後ろには幽鬼もおり、大槍を構えている。
「お前たちは船に避難しろ。あの鬼の相手は私がする」
そういい、立ち上がるが身体が重い。どうやら先程の一撃で骨にひびが入ったようだ。しかし、ここで引くわけには行かないのだ。私は此奴らの隊長だ。部下を死なせるわけにはいかない。
「佐助、幽鬼! 早く行け!」
だが、二人は動こうとしない。それどころか武器を構えて零季に向き直る始末だ。
「私は教官の右腕だ。ここで退くわけにはいかんですぞ!」
「この程度の傷、どうてことはない! ここはあっし達にお任せを!」
二人はやる気のようだ。私としてはかなりありがたいことだが……しかし、二人は霊力が少ないのだ。これ以上戦えば命に関わるかもしれない。
「馬鹿者。すまんが許せ『転移方術』」
二人は目を見開くがすぐに私の術が発動し姿を消した。残ったのは私と零季だけだ。
「ふん、仲間を逃がしたか」
「部下思いなだけだ……さて、仕切り直しだ」
「……フフフッハハハハ! 一人で勝てるとでも? 手加減してやるから本気で来るんだな!」
零季は気味の悪い笑みを浮かべつつ、殴りかかってくる。それを右腕で防御するが、骨が嫌な音を立て再び吹き飛ばされてしまう。それに床に激突した衝撃と砕けた骨による痛みが襲いかかり苦痛の声が漏れる。
そして次々と繰り出される拳打を何とかして回避していく。
「ほう……まだ立つか」
零季の拳打は一発でも食らえば致命傷になりかねない。それに、一撃が重いのだ。まともに受けること死を意味するだろう。
「しかし、その傷では長くはないな」
そういいながら零季は攻撃の手を緩める様子は一切ない。このままではいずれ力尽きてやられるだろう。だが、私はまだ負けるわけにはいかないのだ。
◇
船が打ち上げられ都市が小さくなるころ私の目の前にラグナの部下たちが現れた(……)
「ここは一体……」
「ここは月に向かっている船よ。所でなぜ貴方達がここにいるのか教えて頂戴」
「教官があっし達を此処まで飛ばしてくれやした」
この斧を持った男は確か佐助ね。ラグナが飛ばしたってどういうことかしら?
「転移方術です」
佐助の後ろにいたもう一人の男がそう告げる。彼は確か幽鬼だったかしら。なるほど転移方術を使ったのね。確かにそれなら納得だわ。
でも、今はそれよりも確かめなければならないことがあるわ。
「そう……ところで幽鬼、ラグナはどうしてこの場にいないのかしら?」
「そ、それは……。ラグナ様は零季と名乗る鬼から我々を逃すべく一人残られました」
「そう……あなたたちはよくやってくれたわ。ご苦労さま。部屋が空いているからそこで休みなさい。これは命令よ」
そういい私は彼らを部屋から追い出す。佐助が何か言っているようだったけど、そんなことはどうでもいい。
「ラグナ……」
私はそっと目を閉じ、彼女の名を呟く。いつも聞いていたその声は決して聞こえることはない。あるのは静寂のみだ。もう会うことが出来ないかもしれない。もうあの声を聴くことが出来ない。
目から涙がこぼれる。その涙は止まることなく頬を伝っていく。一人きりの部屋に嗚咽が響く。
つづく