斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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11話

 

 いつも通りの時間に起床。サンフェスがあろうとも起きる時間はさほど変わりなし。

 第23回サンライズフェスティバル。その開始時間は9時であるため、部活の集合時間はいつもより早かった。そうして来た部員総出でトラックに楽器が積み込まれた。会場である太陽公園と北宇治高校の距離がそう離れておらず、トラックを借りるのもタダではないとはいえ、前日から積み込ませて欲しいものだ。

 スーザフォンの収められたケースはけっこう重い。先輩達は他にやることがあるし、葉月に運んでもらうには力に不安がある。ゆえに武臣がトラックまで階段を往復することになる。楽器を重しに階段を上り下りするのは新鮮だしこれはこれでありか、と思った矢先にゴトリと荷台に並べられたのはもう1つのケース。見れば乗せたのは塚本だった。楽器室から取りに行ったにしてはやけに早い。

 

「楽器室まで行ったのか?」

 

「いや、加藤が途中まで持ってきてくれた」

 

 振り返ると数メートル先で葉月が変なポーズで固まっていた。おそらくあそこまでスーザフォンを運んでいたのだろう。分担していたはずなんだが……まぁ彼女の性格的に自分で運ぶよな。

 

「今度は楽器室までヨロシク」

 

「それはちょっと勘弁な」

 

 楽器を積み終え、その他諸々の確認が終わればバスに乗っての移動が始まった。バスの席が自由であるがゆえにおきる座席の駆け引きは、まぁ語ることでもないだろう。どんな距離で隣に誰が座ろうとも武臣はバスで寝る。

 

 

 

 バスを降りると、観客に他校の生徒と大きな人だかりがあった。コンクールでもない野外のイベントであるのだが、思いのほか注目されているようだ。先に来ていた他校の生徒はチューニングをしているのか、いろんな楽器のロングトーンがいたるところから聞こえる。

 

「はーい、まずはパーカスから降ろしていって! 準備はまず楽器を全部降ろしてからねー」

 

 あすかの指示で部員たちはトラックに積み込まれた楽器を降ろしていく。この場所を次に使う高校があるためテキパキと楽器を取り出し、衣装の着替えも行われた。チューニングをしている生徒たちはいつも通りに見えるが、どの生徒もどこか緊張しているように見える。塚本と久美子はそれぞれのパートの人達とチューニングをしていた。葉月と緑輝はポンポンを持ってステップの確認をしているようだった。

 武臣も先程まで同じガードの先輩と動きの確認をしてたのだが、フォーメーションについて呼ばれて行ってしまった。ガードを振るには人通りが多くて危ないし、この後ひたすら歩くことを考えると公園の散策をするのもなぁ。と考えるとしばらく待機するしかなかった。

 それにしてもこの衣装、腕を出しすぎではなかろうか。試着をして、衣装を着ての予行練習もしたのだがよくよく見ると凄い格好に見える。腕を出している学校は他にもあるが、肩までというのはなかったように見える。葉月のような元気な子ならともかく、小笠原部長のような人が着ているのは意外に感じる。普段の制服が長袖なだけに珍しい光景だ。なるほど、腕フェチという存在があるのもうなずける。

 

「なにぼーっとしちやってんの」

 

うわっ、白魚っ。

 バトンを片手に話しかけてきたのはあすかだった。顔がいいのはもちろんのこと、衣装が持ち前のスタイルの良さを引き出している。あと、腕が細い、白い。この人は何を着ても高評価をもらえることだろう。

 

「今日の夕食は魚がいいなと考えてたんです」

 

「もう夕食?」

 

「……」

 

 気が早いね、とケラケラ笑うあすか。太陽はまだ頂点にすら至っていない時刻である。なんなら昼食すらまだである。

 

「なーんだ。1つ後ろとはいえ、先頭に立つんだから緊張してるかと思ったけどそうでもないみたいだね」

 

「緊張ですか?」

 

 緊張……緊張か……。思いがけないミスをしないか不安なところはある。が、これまで練習を繰り返してきたのだ、もう動きは身体に染み付いている。本番のために完成度を練習で上げ、練習と同じように本番もやることはこれまでやってきた演武と変わらない。むしろ、

 

「審査がある訳でもないし、そこまで気負うことはないと思います。まぁ、楽器じゃなくて旗を持っているから言えるんでしょうけど」

 

「おいおい、楽器を持ってなくても見られてるからね。しっかりやってくれよ」

 

 呆れたように言うあすか。手を抜く訳じゃないんだが……。見られていることを意識しないといけないし当然か。あすかの手にはバトンが握られている。

 

「そういえば、先輩は去年もバトンだったんですか?」

 

 ふと、疑問に思ったので武臣が尋ねる。

 

「ユーフォだったけど、なんで?」

 

「バトン回しが上手かったからてっきりそういう経験があるのかと」

 

「まさか、他に任せられる人がいなかったから私になっただけ」

 

 謙遜、と言うにはあすかの目に温かみがなかった。

 

「適材適所ってやつだよ、晴香ができたらよかったんだけどね。おかげでバトン(こいつ)に時間を取られちゃってユーフォを全然吹けなかったしさー。ま、今日で最後なんだけど」

 

「ユーフォ好きなんですね」

 

「大好きさ」

 

 即答。その答えに迷いは一切感じられなかった。高校に入ってから好きになった、というには言葉が重い。おそらく、かなり前から続けてきたのだろう。上手い人には積み重ねがあるものだ。

 ただ、なんとなく武臣は目を逸らしたくなった。なんてことはない。ただ好きなことを聞いただけなのに。自身にもある。誰にだって言える好きなことが。

 不意にトランペットの音が駆け抜けた。()()()()()を吹き飛ばす迫力のある芯の通った音色が。音源の方を見ると高坂が何食わぬ顔でチューニングを続けていた。

 先程からの喧騒にしてはやけに音が響いたと思い周りを見ると、手持ち無沙汰にしていた北宇治生徒だけでなく、他校の生徒も釘付けとなっていた。

「何あの子めっちゃ上手い」

「あそこは……たしか北宇治やな」

「えー、あんな高校にあんな上手い子がいるの?」

「入る高校ぐらい選べばいいのに」

 ひそひそ話がここまで届いてくる。彼女の腕前は武臣が思っていた以上にハイレベルらしい。北宇治の評判は相応の評価のようだった。他校の生徒だけでなく同じ部員すら眺めているというのに、高坂は淡々と練習している。3年生なんかどこか刺々しい視線を向けているせいで、小笠原がオロオロしていた。

 

「はーい、注目注目! そろそろ移動するよ!」

 

「はい!」

 

 空気を切り替えるようにあすかが手を打つと、とたんに皆がキビキビと動きだした。『部長らしさ』とあるというか、この人は人を操るのが上手い。

 

「さて、そろそろ行こうか」

 

「あっ、そうだった」

 

 武臣はポケットからお菓子を取り出してあすかに渡した。うっすらレモン味の塩タブレット。同じパートの人たちに渡していたのだが、なんだかんだであすかは忙しそうだったため後回しにしていた。

 

「バトン、頑張ってください」

 

「おお。気がきくね、ありがとう()()()()くん」

 

「んん?」

 

 何故かとんでもない勘違いをされているようだ。腕って言うより……いや、そうじゃない。訂正しなくては。そう思った矢先に、あすかの背後から声がかかる。

 

「あすか先輩、今日のフォーメーションの話なんですが……」

 

「お? わかった、いま行く」

 

「あすか先輩」

 

「じゃ、そういうワケで」

 

「先輩!?」

 

 訂正できませんでした。

 

 

「皆さんの演奏、楽しみにしてますからね」

「貴様ら、手を抜いたら承知しないからな」

 そんな顧問と副顧問の言葉を戴いて、北宇治高坂吹奏楽部は規定の場所へ整列した。寸前までどこか落ち着きがなかった部員たちも、あすかのメジャーバトンが上がると我に返った。ホイッスルと共にシンバルがリズムを刻み始め、演奏がスタートする。そうして全員が右足を踏み出した。

 パレードで意識することは5mを8歩、つまり1歩62.5cm。当然、武臣は身につけたのだが、隣で歩く同じガードの先輩との横の並びも意識する。3人4人の並びと違って2人、しかも先頭となればズレが起きると極端に目立つ。1人分の距離とはいえ間隔が空いていると、修正するのはなかなか難しい。だからこそ、徹底的に練習してきた。あとは曲のタイミングでガードを振るだけだ。終わりに近づくにつれて足が重くなっていくが、この程度は何度も経験してきた。筋肉は素晴らしい。

(頬が痛ぇ……)

 強いて問題をあげるなら、なれない笑顔で表情筋がつりそうだった。

「カッコいい!」

「北宇治、結構上手いじゃん」

「ドラムメジャーの人、超美人だった!」

「あの高校どこだっけ?」

 周りからはこんな歓声が聞こえたのだ。今年の北宇治はひと味違うことを知らしめられたことだろう。

 

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