斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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12話

 

 誰が言ったか、GWとはガッツリ練習するウィークの略であると。世間では休日でも、練習の予定は入っていた。それでも、ゴールデンというには砂金レベルの輝きの休日はあるのだった。

 こういきなり休日の予定を考えるとなかなか決まらない。何をしようかな、と武臣はテレビをぼんやり眺めていた。

『──素敵ですねぇ。最後に、今年度の目標はなんですか?』

『はい、これまで練習をここまで続けてこれたのは先生や父さ──』

 ピッ

 そういえばマウンテンバイクが倉庫にあったような。ちょっと様子を見てみよう。

 

 

 ゴールデンウィークが明けて、中間テスト前の一週間になると朝はちょっと勉強に時間を割く。数日漬けで点数がどうにかなるなど武臣は思っていないが、それはそれ。やらないよりもやった方がいいに決まっている。そんなこんなでテスト期間もあっという間に過ぎた。武臣にとってまずまずの結果といったテストが返ってくる時期には、部員たちは僅かながらのブランクを取り戻すかのように練習に励むのだった。

 

「コンバスは1人だし、ユーフォは3人なら全員受かりそうだよね」

 

「先生が求める実力が足りなければ、コンバス抜きの編成になるかもしれませんよ」

 

「緑ちゃんなら大丈夫だよ」

 

「チューバは4人……ってどうなの?」

 

「4人となると珍しいかも」

 

「だよねぇ」

 

 久美子の言葉にガックシとうなだれる葉月。テスト前と変わらず元気が有り余っている様子だ。

 テスト明けすぐの部活で集まった部員たちに、滝が告げたのはオーディションの開催。コンクールで演奏するメンバーの選抜である。例年は学年順だったため反論した3年生もいたが、

「3年生が1年生よりも上手であれば、なんの問題もない。……違いますか?」

 その言葉に口を閉じた。

 

「練習を続けて先生の前でも上手く吹けたら、もしかして……ってこともあるかもよ?」

 

「2ヶ月しか……いや、2ヶ月もあると言えるのか……?」

 

 長瀬の言葉をどうにか前向きに考える武臣。それでも、後藤と長瀬(と(一応)葉月)を追い抜くイメージが湧かない。

 

「えぇー、無理ですよムリムリ。来年になったら成長してると思うんでその時に……」

 

 葉月は腕をぶんぶん振って否定している。これには武臣も同感だ。

 そういえば、強豪校にいたらしい緑輝はともかく、久美子の腕前が高いことはそれとなくわかる。中川の腕前についてはよく言えないが、始めのサボり気味の様子を見るにハイレベルではないはずだ。合格枠がまさか1人ということはないと思うから、最低でも2人と考えると久美子はほぼほぼ安全圏にいるのだろう。羨ましいことだ。

 まぁ、とにかく今年は地道なスキルアップに努めるべきだろう。

 

「なぁに甘いこと言ってんだ! 2人ともー!!」

 

「ぐえ」

 

「うひゃ!」

 

 突然大声とともに後ろからストンとチョップをくらった武臣。先制攻撃を仕掛けたあすかは、流れるような動きで葉月の頬を人差し指で連打する。

 

「オーディションだよ、オー・ディ・ション。下手だと来年も再来年もレギュラーになれる保証は無いってことなのだよ?」

 

「僕は言ってないんですが」

 

「あんたは心で言っていた」

 

 プライバシーの侵害だ。思想の自由を所望する。

 

「考えてみて。もし、紅玉川島や金剛石川島といった強豪校からのチューバ経験者が毎年やってきたら……」

 

「レギュラーに、なれないかも……。そんな……緑の人でなし……!」

 

「え?」

 

「許せねぇ……!燐葉石川島……!」

 

「なんでフォスフォフィライト?」

 

 よくわかったな。実際のところ今年のレギュラーになることは不可能であるだろう。毎年やってもあと3回、実質あと2回のオーディション。3年という時間に対して残酷なほど少ない数である。強力な後輩は……祈るしかないか。まだ先のことを考えても仕方がない、そう気持ちを切り替えて武臣は課題曲に臨むのだった。

 

 

 

 チューバは目立たず、地味な楽器である。だからと言って仕事が少ないという訳ではない。課題曲『プロヴァンスの風』自由曲『三日月の舞』。この2つの曲なんか、どちらも始めからバリバリに働いている。特にプロヴァンスの風は開始の時点で吹いているというのに、全体で合わせると目立たないのいうのが不思議だ。つまり何が言いたいのかというと、既に躓いている。

 

「……少しテンポを落としてやってみよう」

 

「はい」

 

 先程よりも少し落ちたスピードで、後藤により調整されたメトロノームが動きだす。それに合わせるように、ゆっくりと、譜面を追って、吹いていく。吹いていく。

 

「はい。よくできました」

 

「やったー!」

 

 長瀬の言葉に、隣で演奏していた葉月が喜びの声をあげている。武臣も声をあげていないだけでも同じ気持ちだ。スピードを格段に落とした上で少しのフレーズだけとはいえ、吹ききれたのは嬉しい。けれども先輩たちの時間をそれなりに割いてしまった。

 

「すみません、結構みてもらっちゃって」

 

「ううん、気にしないで。この曲って難しいから」

 

「え。先輩たちでも難しいんですか」

 

「プロヴァンスの風は、課題曲の中でも難しい方。去年の顧問だったら選ばなかった」

 

 そういえば、滝もあえてこの課題曲を選んだと言っていた。自由曲も完璧に吹き切ることができれば全国も夢ではないとも。

 全国大会か……。

 入賞どころかコンクールのメインメンバー、Aメンバーまでの道のりすら今の武臣には遠く感じる。少しずつ練習を積むしかないが、なかなか険しい道のりだ。

 

「そういえば、2人はいつからチューバをやっているんですか?」

 

「中1の冬から、かな。そっからずっと吹いてる」

 

「私は去年からだよ。吹部に入って初めてチューバに触ったからね」

 

 い、いちねん……。経験者な雰囲気のある後藤はともかく、長瀬は1年なのか。たった1年とはいえ、経験の差はどうやら大きいらしい。

 

「ムムッ、ということは長瀬先輩なら越せるかも?」

 

「ふっふっふっ。簡単に追い越させはしないよ〜」

 

 葉月の言葉に長瀬は余裕たっぷりで応えた。1年後の葉月は……どうだろう。チューバを大人しく吹いてる感じはしないような。

 

「梨子は1年ですごく上達した。だから、練習すればきっと上手くなれる」

 

 そう言った後藤の目はいつも通りで、それでも真っ直ぐな言葉だった。

 オーディションの日まで、まだ何度でも吹ける。上手くなっていることを信じて譜面と再び向き合うのだった。

 

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