斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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13話

 

 しとしとと雨が降る日であっても、吹奏楽部の練習は変わらない。雨の日にいい印象は持っていなかったが、変わらず練習に励めるのはある種の特権だろう。

「雨の日は音質が悪くなるんだよね」

 という話も聞くが、武臣は首を傾げるばかりだった。うっすら曇った空と湿った空気というのはどんな物にも影響があるのだろう。

 

 

「待って、葵ちゃん!」

 

 飛び出すように久美子は音楽室から追いかけて言った。と思ったら部長も勢いよく出て行ってしまった。

 練習中に突然の退部宣言に加えて、出て行く生徒に追いかける生徒。残された部員たちは動揺を隠せるはずもなく、ざわついている。

 しかしなんとも意外だ。同じ3年の部長はともかく久美子まで追いかけるとは。芯がないタイプだと思っていたが行動力はあるらしい。

 ふと視界の隅で誰かが立つのが見えた。副部長のあすかだ。彼女が軽く両手を打ち合わせただけで、教室は一気に静まり返る。

 

「はーい、集中集中。みんな気になるのはわかるけど、とりあえず今日はこれで解散ね。一年の教室で保護者向けの集まりをしているから、今日は音出し禁止だよ。明日からはオーディションに向けてばっちり練習するように」

 

「はい」

 

 いろんな感情がうずまいていてもなお、皆がはっきりとした返事をした。返事の習慣はしっかり身についているらしい。どこかいったん感情の区切りがついたようで先ほどよりも音楽室の空気が緩み、生徒たちは片づけに入っている。

 そういえば、滝がいるのに副部長(あすか)が部活を締めてしまったがいいのだろうか、と武臣は教壇に目を向けた。杞憂だったようで、滝はあすかとに何か話し込むとそのまま教室をあとにした。何を話せば先生を動かせるのやら……。彼女の人を動かす技術(スキル)は先生にも通用するらしい。

 

 

 音楽室に綺麗に並べられたイスと机はとても良い。自分もそれに加わっていたと思うとさらによく見える。まぁ明日になればまた合奏の隊形に並べなくてはならないのだが。

 

「斎藤先輩? どんな人って言ったら、真面目な人だな。滝先生の指導が入る前からコツコツやっている感じだし」

 

「教え方も丁寧で優しかったのに、あんな急にやめるだなんて……」

 

 寂しそうな顔をする(まき)(ちかい)。こころなしかツインテールも元気がなさそうだ。斎藤葵という名前さえつい先ほど知ったような武臣であるが、あのような引退現場を見せられたら嫌でも興味が湧いてしまうものだ。と、言ってもたまたま音楽室にまだ残っていたサックスパートの1年、瀧川ちかおと牧誓に聞く程度なんだが。

 

「受験勉強に力を入れたいっていうならやっぱり学力が?」

 

「いや、そんなことはないと思う。成績上位にいつもいるらしいし。それだけ頭がいいならどこでもいけそうなのになー」

 

「よっぽど高いレベルの大学にいくのかもしれないな」

 

 文学少女チックな三つ編みにおさげにたがわず、本人は真面目なようだった。引き留める声も上がっていたのだからサックスパート内でも特に慕われていたことだろう。なんか……やめる要素がないような……。言葉にしなかった理由があったりするのかもしれない。

 

「明日はどうなるんでしょう……」

 

「明日?」

 

 牧の言葉に首をかしげる武臣。はて、特に何も行事はなかったはずだが。

 

「さすがに部長は来るだろ。……まぁ今日は教室に戻らなかったけど」

 

「あ、そっか。同じパートか」

 

 全然気が付かなったが、バリトンサックスとテナーサックスは当然ながら同じパートである。学年が違っても影響があった。ならば、より長い時間をともにした小笠原には計り知れないものだったであろう。それだけに明日のパート練習の空気は……。

 

「……これでも食べて元気をだしてくれ」

 

「うーん、飴かぁ」

 

「わぁ。ありがとう」

 

 

 

 少し肌寒い雨の日は、電車の中が暖かくて助かっている。部活が唐突に終わったこともあって中途半端なこの時間、ホームの人影は少なく乗る人はあまりいないようだ。日頃の電車もそこまで多くは無いのだが、席も自由に選べられるって感じがする。到着した電車の腰かけた座席は暖かい空気を吸っていたようで温もりが伝わってくる。

 

「あ」

 

「……」

 

 少し隣の確実に無視できない位置に、小笠原晴香(部長)がいた。小笠原も気づいたようで武臣に目線が向いたが、すぐに床に落ちた。

 気まずい。「あ」ってなんだ「あ」って。乗ってすぐに気付かなかったとしてもそれはないだろう。適当に挨拶でもしておけば流せたものを。というかなんで乗った時に俺は気が付かなかったんだ。お菓子を買おうと寄り道したのが良くなかったのか。

 

「私がでたあとの皆はどうだった」

 

「え?」

 

 急に話かけられて頭が回らなかった。どう、とは。

 

「そうですね、やっぱりみんな驚いていたと思います。戸惑うばかりで何もできなかったですし。田中先輩が収集をつけてくれたから、そのまま解散までいけたんだと思います」

 

「あすかが、ね……」

 

 あっ、やばい。暖かいのに空気が悪くなってきた。あすかの名前を出すはまずかったようだ。なにか、別の話題を。

 

「そっ、そうだ。斎藤先輩ってどんな人だったんですか? 瀧川と牧さんには少し聞いたんですけど、先輩から見たらどうなのかなって」

 

「葵は……優しいんだよ。背負わなくていいのに背負い込んじゃうほど。だから()()()()()()()を切り捨てるなんてこと、できなかった」

 

「もしかして、斎藤先輩が辞めた本当の理由は勉強じゃなくて、去年たくさん辞めていったていう人に対して責任を感じて?」

 

 たしか、去年の吹奏楽部では現2年が集団で辞めたとか。責任を感じなくていいのに、と思ってしまうのは武臣が部外者であったからであろう。斎藤の負った傷は1年、いやそれよりも短い月日では癒えないようだ。

 

「そう。でも『優しい』って。結局、人に聞かれたらそんな風にしか答えられないのかな」

 

 自嘲気味に言葉をこぼす小笠原。電車の窓はいつもよりも暗めの風景が流れ去っている。優しい、という言葉が嫌なんだろうか。

 

「そうですか? 僕は『優しい』っていうのはいいことだと思いますよ。どんな人でも、頼るなら切り捨てる人よりも助けてくれる人ですし」

 

「助けるなんて……」

 

「失礼、助けるというよりか。慮ってくれる、ですね。ぶっちゃるなら助けてもらわなくてもいいですし、困った時は『気遣ってくれる』って思える人がいいです。そんな人だからこそ他人から慕われるのだろうし、少なくとも僕は力を貸したいって思えます。まぁ、斎藤先輩の優しさをしる前に退部しちゃったんですけど」

 

「……」

 

 退部さえしなければ瀧川を経由してお近づきになれたかもしれないが、3年はちょっと遠すぎる。勉強に集中するとなれば今後の縁はないだろう。

 

「あっ、次の駅だ」

 

「すみません。なんか時間をもらっちゃって」

 

「いいよ、いいよ気にしないで。って前にも言った気がするね」

 

 元気になってくれたのか……? 明るくなったようにも見えるが……気のせいか。元気づけるなんて慣れないことはするもんじゃないな。電車に乗るときはもっと気をつけよう。

 

「良かったらこれでも……!」

 

 と、バックに手を突っ込んだところで思い出した。今のバックに入っているのはシート状の珍味系駄菓子、○○さん太郎シリーズのやつしか入ってない。しかも焼肉味(箱)! 

 渡すにしても微妙過ぎる……、今からでも渡すのをやめるか……? いや、でもなんか申し訳ないし……。ええい、ままよ! 

 

「どうぞっ!」

 

「わっ、なっつかしー。子どもの頃よく買ってたんだよね」

 

 よし、喜んでくれたようで何よりだ。

 

 翌日、彼女は部活に参加した。一助ぐらいにはなれた、と思いたい。

 

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