斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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14話

 

 カレンダーを見るたびに、オーディションまでの日が近づいてくることを実感する日々。仲間でありながらも互いにライバルである吹奏楽部の部員たちの空気はピリピリし始めた。雑談の声は以前よりもさらに減り、楽譜とにらみ合う時間が増え、少しでも残って練習をする生徒の姿も出てきた。オーディションに合格する。ただその目的のために、それぞれが練習に励んでいた。

 

 

「いい感じの祭りの誘い方? ごめん、ちょっと力になれない」

 

「だよなぁ」

 

 わかっていましたと言わんばかりに大きなため息をつくこの男、塚本秀一。真剣な顔で「相談がある」と武臣を部活終わりに呼び出して、この言いぐさである。

 

「滝野先輩や瀧川のほうが、まだ力になれると思うよ」

 

「あの二人は……口が軽そうだし」

 

「たしかに」

 

 2年の滝野先輩はモテたい願望が強い。流石に大っぴらに宣言するしているほどではないのだが、彼女が欲しいとよく言っている。瀧川も同じような理由でサックスを選んだとか。吹奏楽部に入ったせいで余計に遠ざかっているように見える。

 

「それにしても黄前さんとは意外だな。告白もその時に?」

 

「コっ……! そんなんじゃねぇって! あいつとは幼馴染で高校生になったんだしせっかくだから──」

 

 と、聞かれてもないことまで顔を赤くしてベラベラしゃべりだす塚本。こいつ久美子のことが好きなんだ(小並感)。幼いころからの付き合いだというのだ、彼も新しく一歩踏み出そうとしているのだろう。自分から率先して動き人当たりも悪くない。吹奏楽部において男女分け隔てなく接することができるこの男は有望株であろう。久美子は……ユーフォ奏者で身内に優しいやつ、ってところだろうか? ……まぁ、塚本の倍率は高そうだが指名は入っているんだ、久美子しだいではあるが心変わりすることはほぼほぼあるまい。

 

「というか、あがた祭りってそんなに有名なの?」

 

「まずそこからか」

 

 あがた祭りとは(以下略)。別名「暗夜の奇祭」と呼ばれる、全国的にも有名な祭りである。時には700もの露店が並んだとか。つまり、超デカい祭りである。

 

「し、しらなかった……」

 

「ちなみにお前の予定は?」

 

「その祭りにでる露店の手伝い……」

 

「うわ……」

 

 どうしてそんな大きい祭りであることを教えてくれなかったんだよ爺ちゃん。住まわせてもらっている手前とやかく言うつもりはないけど、規模くらい教えてくれても良かったんじゃないかな爺ちゃん。俺が幼いころから知っている近所の祭りを知っていたよな爺ちゃん。

 

「はーぁ……。僕のことはいいんだよ、僕のことは。ジム行くぞ、ついてこい」

 

「なんでジムに?」

 

「前から思っていたんだ、塚本はもっと筋肉をつけたがいい。身体を鍛えればさっきの悩みも解決する」

 

「いや俺、お前が行ってるジムの会員じゃないし」

 

「公営ジムの方だよ、総合体育館の。あそこは割と機材がそろってる」

 

「運動着が―」

 

「体操服を持ってるだろ」

 

「……さよなら!」

 

「逃すか」

 

「うガッ……力つよ……っ。まて、引きずるな!」

 

「いいから来い」

 

「放せーーーー!」

 

 

 

 

 日が傾いて西の空が赤く染まりつつある時間、まだどこかで誰かが練習している音が聞こえる。武臣の家では明確な門限が定められていないが、家と学校の距離、電車のダイヤの都合で遅くまで残るのは厳しい。もっと軽くて良心的な価格だったら気軽に家で練習できるのに、と思いつつ武臣はチューバをケースにしまっていく。

 

「ん? 竜胆?」

 

「中川先輩」

 

 呼ばれた方を見ると夏紀がいた。自主練を終えて譜面台をしまいに来たのだろう。

 

「先輩も自主練をしてたんですか?」

 

「今日はちょっと直すだけのつもりだったんだけどね。熱が入りすぎたよ」

 

 最近、夏紀がユーフォを持ち帰っている姿をよく見かける。彼女もやる気に火が付いた生徒の一人であるのだろう。……やっぱりマウスピースだけでも持って帰ろうかな。

 

「そうだ、あんたも帰りならちょっと時間ある?」

 

「……はい?」

 

 

 

「はい、これ」

 

「ありがとうございます」

 

 夏紀から渡されたのはサイダー。自販機から出てきたばかりでひんやりとしている。

 

「でもいいんですか。おごってくれるなんて」

 

「たまにお菓子を分けてくれるお礼。まぁ、ジュース1本分ぐらいはもらってたでしょ」

 

 そう言って彼女は同じ自販機から出てきたカフェオレを口にした。ついてきてとしか言わずに歩いていくで、てっきりカツアゲされるかも、と考えた。割と小柄な先輩に何を期待してんだって話だが。

 それにしても絵になる、というか写真を撮りたくなる。壁際でカフェオレを飲んでいるだけだというのに、それだけでカッコよく見える。パンクな服を着てギターケースを背負っていたら完璧だろう。そんな姿のプロマイドがあったら買ってしまうかもしれない。

 

「……なに。じろじろ見て」

 

 しまった。見すぎたか。

 

「あっいえ、なんというか中川先輩ってギターとか好きそうだなって思って」

 

「よくわかったね。趣味程度だけどひいてるよ」

 

「いつか聞いてみたいですね。先輩のギター」

 

「オーディションが近いから最近はまったくだけど」

 

「たしかに……」

 

 授業という決まった時間があるため、悲しいことに練習時間を捻出しようとすると削らざるを得ないのは自分の時間である。又聞きでしかないが塾にも通っているらしく、時間はもっと限られていることだろう。

 

「ま、あんたも頑張んなよ。オーディションまでには……まぁ、葉月といい勝負をするんじゃない?」

 

「そこは嘘でも合格できると言ってくださいよ」

 

 自身でもわかりきっていたが、もうちょっと希望を持たせてくれてもいいんじゃないだろうか。夏紀からみても、武臣と葉月を比べたら後者の方が上のようだ。現実の壁はなかなか高い。

 

「後藤はともかく、梨子も上手くなってるからね1年の差っていうのは大きいよ。練習してきた時間は裏切らない」

 

 持っていたカフェオレを飲み干したようで、夏紀はからの容器をゴミ箱に入れた。底にあたって軽い音が響く。

 パコン

 

「それじゃ、また明日」

 

「先輩はどんなお菓子が好きですか」

 

「お菓子? ……辛めのやつとか好きかな。なに、買ってくれんの?」

 

「そこは財布との相談いるんですけどね。今度買う時の参考に」

 

「期待しないで待ってるよ」

 

 自分だって成長するけど他の人だって成長する。差は歴然であってもいつか届くと信じたい。

 

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