1年全員の楽器が決め終わるのにはもう少しかかりそうで、その間に軽く自己紹介をした。
どこか流されやすそうな雰囲気をもったユーフォニアムの黄前久美子、もとテニス部だった加藤葉月は初心者らしい。強豪校に所属していたとの川島緑輝、その
といったところで時間が終わり、全体ミーティングが始まった。
「楽器も無事決まったので、これから部活の方針について決めていきたいと思います」
小笠原が周りを見渡しながら発言する。もとがそこまで広くない音楽室に多くの人数が詰めている。仲良しどうしが集まればおしゃべりがしたくなってしまうものなのであろう。バレていないつもりでそこらかしこから小声の雑談が聞こえてくる。やる気のない集まりはここまで騒がしくなるのか。
考えているうちに、入口の扉が音を開けて開いた。
「おや、皆さんもうそろっていましたか」
「滝先生!」
入って来たのは、高さが180センチほどで整った肉体。爽やかな印象を与える顔は多くの女子の心を掴むことだろう。真面目で誠実そうな人だ。教師は割と不健康そうな偏見があったのだが、どこかで鍛えていたりするのだろうか。単に太りにくい体質かもしれないが。
「毎年この時期に、生徒の皆さんにお願いしていることがあります」
そう言った滝はチョークを手に取ると、黒板に文字が書かれていく。
全国大会出場
「私は生徒の自主性を重んじるというのをモットーにしています。今年1年間指導していくにあたって、まずは皆さんに今年度の目標を決めてほしいと思います」
そう言って彼は人差し指で指し示した。
「これが、昨年度の皆さんの目標でしたよね?」
深緑色の上に大きく書かれた白い文字。思っていたより目標がでかい。
「……いやあの、先生」
言いづらそうに小笠原が切り出した。
「それは目標というかアレですよ、単なるスローガンというかなんというか……みんな本気で行こうとは思ってなくて……」
「なるほど。ではこれはなかったことにしましょう」
厚く濃い白い線がバツになって文字に重ねられた。訂正、間違いであるかのように。
「ですが、そういうのは困りますね。達成する気のない目標ほど無駄なものはありませんよ」
困ってますと滝は腕を組み、眉をひそめる。
「私は目標を決めた以上、それに従って動きます。もしも皆さんが本気で全国に行きたいと思うならば当然練習も厳しくなりますし、反対に楽しい思い出を作るだけで充分だと思うならハードな練習は必要ありません。私自身はどちらでもいいと考えていますので、自分達の意思で決めてください」
「私たちで決めていいんですか?」
困惑したように小笠原が問い、滝はうずいた。
吹奏楽の大会のグレードについて知らないが、全国というかりにはトップレベルであるのはわかる。現在の雰囲気では本格的にやってないのだろう。強いところにある統率と伝統のプライドが感じられない。本気でやるとしてもせいぜい目標を立てるなら1つか2つ前、京都大会(?)出場とかが妥当じゃないか。
昔は強豪校だったらしいが、今や見る影も無さそうだ。嗚呼、無常也。
なんて考えているうちに滝は横に退き、小笠原が前に出た。
「えー、今から多数決をとります」
「どちらを今年の目標にするのか、自分の希望に手を上げてください。全国大会に行くか、のんびり大会に出るだけで満足するか、です」
え? その2択? 厳しい目標を立てるにしても、実現可能なものにすべきなのでは。
考えるのも束の間にまずは前者と、横目で見ると一斉に手が上がっていく。知らないだけで広き門であるのだろうか、疑問に思いつつも手を上げた。所詮は始めたばかりの素人だ、どちらにしても努力することには変わりはない。可能性があるなら高い目標にしよう、そう思うことにした。
「では次に、京都大会で満足な人」
ポツンと上がったのは1人だけ。
意外だった。スタンスは人それぞれだし、手を上げることは悪いとは思わない。たった1人だけ。もっと他にも上がりそうなのに上がらなかったことが意外だった。
「……はい。多数決の結果、全国大会を目標に練習に取り組むことになりました」
生徒たちでパチパチとまばらな拍手が起こり、滝も柔らかく拍手しながら教室中を見渡した。
「今決めた目標は、皆さん自身の手で決めたものです。内心で反対している人もいるかもしれません。しかし、これは皆さんが決めたことです。私は皆さんの目標が達成できるように尽力しますが、私ができることはただ皆さんに指示することだけです。それを忘れないでください。皆さん自信が努力しなくては、決して夢は叶わないのです」
「わかりましたか?」
はい
あっこれ返事をしなくていいやつか。
ついつい身体に染み付いた習慣で返事をしてしまった。途中で気づいて声が上ずってしまったのが恥ずかしい。
「何をぼーっとしているんです? もう一度言います……皆さんわかりましたか?」
今度こそ滝の声で生徒の声が合わさった。
全国のステージ。できることなら3年間で1度くらいは立ってみたいものだ。
「吹部の全国大会ってハードル低いの?」
あざっした〜
やる気のない声を後ろに、アツアツのチキンを食べる。ちょうど揚げたてだったようで噛むたびに油が溢れる。帰りのコンビニで食べるチキンはどうしてこんなにもうまいのだろう。
「そんなわけないだろ。たくさんの学校が集まるなかで2回も勝ち抜かなきゃいけないんだぜ」
あきれたように塚本が言う。聞けば、京都大会で約30校の中から3枠選ばれて、さらに関西大会で集った上澄みの中で3枠の内に選ばれて、ようやく全国大会に進めるというのだった。
「いまさらかよ」
「初心者だからさぁ」
同じく隣で食べていた瀧川がけらけらと笑う。吹奏楽部にとっては割と常識みたいだった。強豪校は有名であり、3枠は実質その3校による独占状態らしい。
聞けば聞くほど全国どころか京都大会突破すら怪しく思える。
「はー、よく目標に立てようと思ったもんだ。真剣にやっている感じはしなかったけど、思っていたより熱意があったんだな」
「ほとんどは流されて選んだ人ばかりだろ。というか本気で全国を目指している人は少ないだろうな」
え、違うの?
「先生がいたし、あの聞き方は自分で選ばせるように狙っていたと思う。むしろ葵先輩……1人だけでも反対に手を挙げることの方が意外だよ」
「オレはやるなら本気で目指そうと思うけど、今の実力はやばいしな」
皆で目標を決めたとしても全員が納得している訳ではない。心に無くとも口先はどうとでもできる。全ての行動が心からの行動であるとは限らない。
あの時と同じだったのか。
「……」
「どうした?」
ふと、思い出がよぎったのが顔に出ていたようだ。
なんでもない。そう言ってチキンを食べ切り、手に残ったの空の袋をゴミ箱に捨てた。
次回の話を書いていたら区切りが悪いかったので、後ろに付け足しました。
行き当たりばったりの弊害が…