斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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5話

 

 本日のパート練習もほとんど基礎。後藤と長瀬から葉月と武臣はチューバのいろはを教わっている。主に長瀬が説明して後藤が補足する流れだ。

 

「ちゃんとメモを取ってるんだ」

 

 メモ帳を片手に動かしていた手を止める。声の方を向けると葉月が顔を向けていた。

 

「楽器選びの時に説明を聞いた時に思ったんだ。これは一瞬で頭に入り切らないって」

 

 手入れようのオイルは2つある?B♭管?抜差管? 

 1つの楽器だけで覚える要素が結構ある。しかも、自分で買った物ならともかく学校の備品であるため気を使う。ふと興味が湧いて値段を知った時には肝が冷えた。

 

「むしろ書かなくていいのか?」

 

「私は感覚で覚えるから大丈夫だし」

 

 控えめな胸を張る。彼女らしいがその根拠のない自信はどこから湧いてくるのだろうか。まぁ基礎知識といったところであるため、いつかこのメモを使わなくなるのも確かだろう。

 そんなやりとりを長瀬は微笑ましく見ていた。

 

「おぉ。小さな芽が順調に育ってるね〜。結構結構」

 

「……ユーフォは大丈夫なんですか」

 

「まったく問題ないよ。久美子ちゃんがいるしね」

 

「え、いや、私は……」

 

 後藤があすかに投げた問いは久美子に流された。

 実際、久美子の実力はかなり上の方であるように感じられた。楽器の演奏においてこれまでの経験値の差というのは大きい。武術の場合、技の完成度を上げるために練習は当然する。しかし、試合において100%練習と同じ状況になるものではない。身体の各部位に溜まったダメージの量、気力、残りの体力(スタミナ)、彼我の体格の差、等によってせっかく鍛えた技も十全に発揮できるものではない。無論、その試合を想定するものとして組手があるのだが。

 合奏は個人で行うものではない。各楽器がそれぞれの役割を果たす様子は『個人』を『一団体』すると『技』は『各楽器』と言えるだろう。使うべきところで使い、かと言って1つでも完成度が低いものがあれば勝利への道は狭まる。他でカバーできるが勝利の選択肢が減る。

 そういった意味で、楽器の経験が長い人物は完成度の高い「技」と言えるだろう。逆境であっても繰り出すことで好転させ、地味であっても在ることが不利になることはない存在。

 聞くところによると久美子は小4のころから始めていたとか。緑輝に関しては中学時代は全国常勝校にいたらしい。素人目線ではあるものの、プロと比べることになったら彼女らを見分けるのは容易ではないだろう。

 ……考え方が偏っている気がする。いろいろ長くなったが、先輩たちを含めて彼らに追いついて合奏に出ようとするならばは練習時間を積むしかない。

 

「そうじゃなくて」

 

 そう言って後藤が目線を向けた先にいたのは2年の中川夏紀。開けた窓のヘリにうつ伏せになっている。先程から休憩と言いつつイヤホンを付けたままだ。

 

「あー、大丈夫。いざとなればちゃんと吹いてくれるから」

 

 2年生から始めた様子ではないため技術はあるのだろう。しかし、様子を見るに後藤が心配になるのもよくわかる。たまに長瀬らと雑談している時もあるため部活の居心地が悪い訳ではなさそうだ。

 適当に束ねたようなポニーテールにどこか物憂げな目、いわゆるカッコイイ系とでも言うのだろうか。そこいらの奴だったら鼻で笑うがやる気のなさげなところも何故だか魅力に見えてしまう。それにしても限度はあると思うが。

 

「そういえば、2年生って少ないですよね。どうしてなんですか?」

 

 緑輝の言葉で空気が張り詰めた。空気が、冷える。

 

「それは─」

 

「理由なんてない」

 

 あすかの言葉を遮るように後藤が切り出した。

 

「1年生が気にすることない。知らなくていい」

 

 いつもは穏やかな彼の目は鋭く、その語気も鋭い。右手のペンは強く握られている。

 

「その言い方はよくないよ」

 

「……ちょっと出てくる」

 

 ため息をつくと教室を出ていってしまった。

 あすかが言葉を選び、後藤が思わず言葉を荒げるほど触れられたくない過去。どうやらこの吹奏楽部には黒いものが埋まっているらしい。

 

 

 

 

「皆さん今日が初めての合奏になりますね」

 

 全体でのチューニングを終え、滝が指揮者の位置に立った。現在の音楽室は机を撤去し楽譜台と椅子などなどが並んだ合奏形態である。

 そう、この日なんと合奏することになった。

 滝からクオリティを上げるように言われてまだ1週間と経っていないにも関わらずである。そんな短い時間で上手くいくものなのか疑問だが、前に立った部長曰くサンフェスまでの時間がもったいないかららしい。

 チューバを抱えた先輩2人に葉月と武臣は並んで座っている。初心者は演奏できる技量はないため今回は見学だ。聴く側では見ることのできない間近で見る楽譜群はわくわくする。同時に、楽器を持てないことのはがゆさも感じてしまう。

 

「では、始めから通してみましょうか」

 

 滝の腕が上がると、柔らかい手首が動き出した。

 

「サン、シッ、」

 

 指揮に合わせて最初の音が出る。迫力のある一音であった名残を感じさせるものの、どこか崩れていた。

 同じ楽器の中でも誰かの音がズレている。ミスをしたのか上擦った音。ふふっと小さな笑い。だんだん増えてく違和感。違和感。違和感。

 

「はい、そこまで」

 

 曲を全て吹き終わる前に滝は止めた。楽器を下ろした席に座る生徒の顔には沈黙か苦笑しかない。初心者でもわかるほどこの演奏はひどかった。顧問から提示されたのは合奏できるクオリティ。低い高いではなく酷い。評価の外のレベルを提示された時の反応が想像できない武臣は口を固く閉じるしかなかった。

 

「なんですか? コレ」

 

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