斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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7話

 

 朝の陽光というものは不思議なもので、明るいのに熱くない。走る場所が変わってもお天道様は変わらないことなのだろう。

 地面を蹴って腕を振り、ほんのちょっぴり意識して長く息を吐く。道にまだ慣れていないこともあって呼吸がきつい。だけど、まだ身体は動かせる。

 居候させてもらっている祖父母の家は学校からそこそこ遠い。電車を使うのもそうだが駅まで自転車でちょっとかかる。こればっかりは過去の自分が恨めしい。急な坂がそこまでないのが幸いだ。

 ランニングを終え、用意してくれた朝食に感謝していただく。うちでは和食が主流だ。米が美味い。靴紐をしっかり結び、出立する。天気よし、青い空に点々と雲が浮かんでいるのがまたよし。今日はなんだかいいことがありそうだ。

 

 

 

 

 

「ごめんね。しばらく練習は休みなの」

 

 そう告げた小笠原の申し訳なさそうに指先を合わさせていた。聞けばパートリーダーどうしで意見がまとまっていないそうな。練習を個人でやるか合奏をやるのか。加えて、滝の方針の対応についても話し合っているようで、話し合いが長引いているようだ。小笠原も相当まいっているようで眉に見事な八の字ができている。

 楽器室が空いておらず廊下をうろうろしていた所を話しかけてもらわなかったらずっと歩き回っていたことだろう。パートリーダーはほっといて練習ぐらいさせてもらっても良くないか、とも思うがしきたりなのだろう。武臣1人で練習するにはまだまだ未熟すぎる。

 

「教えてくださってありがとうございます。お時間とらせてしまってすみません」

 

「ううん、いいよ。よく考えたらしっかり連絡をしてなかったしね。考えとかないとなぁ」

 

 滝の指導は誰にとっても刺激的だったが、一番刺激を受けたのは3年生なのかもしれない。顧問が変わったことによる雰囲気の急激な変化はさぞかし心中穏やかではないことだろう。まとめる立場となれば尚更だ。

 

「部長ってのも大変ですよね。顧問が変わっただけでこんなに影響があるとは思いませんでした」

 

「そうだね。……私じゃなかったらもっと上手くいったのに」

 

 思ったより返ってきた言葉が重い。どうやら自分から進んで部長になったタイプじゃないようだ。言葉を選び間違えたようで気のせいか小笠原のおさげも一緒にしゅんとしてしまっている。

 

「……良かったらどうぞ」

 

 バックをあさり武臣は袋を取り出した。どこにでも売ってある個包装がされたミニドーナツだ。割と雑にバックに入れやすく食べやすい、しかもおいしい。お腹に溜まれば少しは前向きになる、はず。

 

「いいよいいよ、そんな」

 

「いえ、部長って大変みたいですし、1人で食べきるにはひと袋は意外と多かったんですよね」

 

「そう? それじゃあもらおうかな」

 

 譲り合いも早々に小笠原はミニドーナツを手に取った。3つ、思っていたより取るな……。そんなに入ってなかったはずなんだが……。案外、部長向きな太い精神をしているのかもしれない。

 

「……小笠原先輩は部長の自信がないみたいですけど、皆をまとめようと動くのは凄いことだと思います」

 

「そんなことは……」

 

「あと、サックスを吹いている姿がカッコイイです。まぁ、素人なんで説得力はないと思うんですけど……。できることはありませんが応援しています」

 

 本当のことだから仕方ないけど情けないな。せめて演奏の実力があれば先輩達に対してなにか言えたものなのだが、ないものは仕方がない。

 窓から見える空にはうっすらと雲がかかっている。日が傾いてきたがそれでも明るい時間はまだ長い。

 

「なんか時間をとらせてしまってすみません。失礼します」

 

「あっ、うん。お菓子ありがとね。こっちが元気をもらっちゃった」

 

 少し早いが帰りにジムにでも寄ろう。今日はどこを鍛えようかな。

 

 

 

 

 

 パートリーダー会議もなんとか片付いたようで方針についての連絡があった。しかし、滝からしてみればどうでもいいことだったようで、体操服に着替えるように言うとグラウンドに呼び出された。

 

「タイムは90秒です。遅れた人はさらにもう1周追加で」

 

 ランニングである。

 

「疲れすぎだろ」

 

「なんっ……で……おまえは……ケロッと……してるんだ……」

 

 蛇口から流れる水が心地いい。ただの水でも上から落ちているだけで芸術品のように見える。

 

「10周や20周をしているならともかく5周でそれはちょっと……」

 

「男子で最後だったしな」

 

「ほっとけ」

 

 息が整ったようで塚本はジャバジャバと水を飲んでいる。自己申告で運動が得意ではないと言っていたが、どうやら本当のようだ。一方、瀧川は塚本ほどではないがほどほどに疲れているように見える。この吹奏楽部には運動が苦手な人がそこそこいるようで、追加で走っている人がそこそこいる。大きなコントラバスを弾く時は神がかった姿の川島が走る姿は、それはもうへにゃへにゃだった。演奏技術と体力は別物なのである。

 

「竜胆が後ろから追い越してきたときは驚いたよ」

 

「やばいくらい速かったけど何かやってた?」

 

「うーんと合気道、柔道、躰道、剣道、居合術、棒術、薙刀……」

 

「いや多い多い」

 

「と言っても趣味程度でしかないけど」

 

 本気でやったのは別として、先程述べたのはできる環境があったからというのもある。父が色んな武術に興味があり、祖父は色んな武器に関心があっため気軽に振るう機会があった。色んな技術を学ぶことは楽しかったし、武器を振り回すのはそれだけで楽しいものだ。

 

「……お前なんで吹奏楽やってんの」

 

「県外から来たのは言ったっけ? まぁ、それもあって高校生になったから新しいことを始めよう、っていうよくある話」

 

「ふうん」

 

 そう。なんでもない、どこにでもあるよくある話。

 

「あーでも、体力がついてるのは朝のランニングかな」

 

「登校の前に走ってんのかよ」

 

「走るしかないかぁ」

 

 きゅっと音をたてて蛇口が閉まる。そろそろ頃合だ。滝の指導はどんなものだろう。

 





夏紀先輩の漢字を間違えるなんて…。なんとなしだと自分では気づかないものですね…。
誤字報告ありがとうございます。
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