斯くして手に取るのだった   作:空ボトル

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9話

 

 ついにやってきた二度目の合奏の日、音楽室にいるどの生徒も真剣な眼をしていた。楽器のチューニングをしている最中はもちろん、ひそひそと雑談していてもなおその眼は楽譜をにらみつけるかのようだ。絶対見返してやる、何か言われたらマッピ投げるし、と言った声が様々な音に紛れて聞こえる。恨み言の出どころについて思うところがあるが、いい緊張感だ。この場にいる全員が『いい合奏にする』という目的に向かっている感覚があった。前回の合奏の時はそこまで感じられなかったやる気を、今日はそこらじゅうから感じる。良くなった演奏を聞けることは確実だろう。しかし、気持ちとクオリティは別である。求められている水準まで達しているのか武臣には予想できなかった。当然ながら武臣と葉月は今回も見学だ。

 ピシャッ。音楽の扉の閉まる音でいっせいに静まり返る。入ってきたのはもちろん、我等が顧問の先生だ。

 指揮者の位置についた滝は、ゆっくりと教室を見渡す。

 

「皆さん、そろったみたいですね。この1週間の成果、楽しみしています」

 

 その声は穏やかだった。楽器を抱えていない武臣にも力が入る。

 

「それではいきましょう」

 

「サン、シッ」

 

 滝の指揮に続き、迫力のある音で始まった。もう既に前回と違う。続く朗らかな音と深みのある音が交互に響く様子は、足並みがそろえられた行進を思い浮かばせた。そうしていつまでも続くような音楽は次第に華々しくなり、掲げられた指揮者の手が握られた。

 握られた手が下がっても生徒たちに広がる緊張感は途切れない。指揮台の上に立つ人物が何を言うのかを待っていた。真剣な表情で滝はゆっくりと教室を見渡している。そして、ふとその口元が緩んだ。

 

「いいでしょう。細かく言いたいことはまだまだあります」

「ですが皆さん、今、合奏をしていましたよ」

 

 その言葉を聞いてようやく教室の空気も緩んだ。武臣の口からも安堵のため息がでる。滝は机に置いてあった紙の束を持ち上げると生徒たちへ配った。書いてあったのはサンフェスまでの予定表だ。

 

「うげー、マジか」

 

 そんな声が出てくるのも頷ける。予定はみっちりと詰め込まれており、土日はもちろんのこと平日も朝練を始業までしっかりやる徹底ぶりだ。

 

「皆さんが若さにかまけてドブに捨てている時間をかき集めれば、この程度の練習量は余裕ですよ。基礎練習のやり方やパート練習のやり方も後日配ります。あ、もちろん初心者の一年生にはまた別のメニューを渡しますからそちらをこなしてくださいね」

 

 優しい顔で厳しいことを言ってくれる。まぁ、上達までの道のりがわかるということでもあるので武臣的には歓迎だ。

 

「サンフェスは楽しいお祭りですが、各学校の実力が如実に現れます。この場を利用して、今年の北宇治は一味違うと思わせるのです」

 

「でも、今からじゃ」

 

 思わずといった様子で、小笠原が声を上げる。

 

「できないと思いますか?」

「私はありますよ、自信」

 

 返された問いかけでうつむきかけた視線が滝を見る。

 

「私たちは全国を目指しているのだから」

 

 ね。と言わんばかりに屈託のない笑顔を向けていた。そうして全員が確信する。この人は本気で全国を目指していることを。

 

 

 

 

「かんぱ〜い」

 

 瀧川の声に合わせてこつんと武臣がぶつけたカップの中身にあるのはメロンソーダ。ハンバーガーと合わせて食べるならコーラも悪くないのだが、なんとなく今日はこっちの気分だった。

 

「部活の予定やばくね? 土日もあれだけ練習があるとは思わなかった。平日も時間いっぱいまでやるみたいだし」

 

「これまでが緩みすぎだった、ってもあるけどすごい量だよな」

 

 隣に座っている塚本がポテトをつまんでは口に運んでいる。武臣もトレイに乗っているハンバーガーを手に取ると、包み紙を開いてかぶりつく。この体に悪いファストフードの味は1度知るとたまに食べたくなる。

 

「時間が延びるのもそうだけどひたすら歩くのがなぁ。もう忘れたよあの歩幅。行進の練習が始まったら、エネルギーが足りなくてぶっ倒れるかも」

 

「大袈裟な」

 

「歩幅?」

 

 行進ならそれなり知ってはいるが何か決まりでもあるのだろうか。

 

「ああ、5mを8歩でだいたい1歩62.5cmってのが決まってるんだ」

 

「しかも楽器を持ちながらなんだぜ? そりゃキツいのなんの」

 

 うんざりしたように瀧川がうなる。ただ行進するだけではないのはわかっていたが歩幅まで決まっているとは。これまた一筋縄ではいかなそうだ。

 

「そういえば僕の楽器はどうするんだろう。一月はさすがに間に合わせる自信はないな」

 

「まぁガードとかじゃない? いや、でも謎ステップの可能性も……?」

 

「謎ステップ?」

 

「いや、気にしないでくれ。見学とかじゃないだろうし何か任せられるだろ」

 

「そうか」

 

 何はともあれ武臣の実力はまだまだ足りない。知らないことばかりだ。マーチングはちょっと別だが、いずれは彼らに追いつけるように頑張ろう。手に取ったカップの中身はいつの間にか氷だけだった。

 

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