黒の流星   作:ほせき

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プロローグ

真っ白な雪の上に、男が一人倒れていた。

黒を基調とした服の上には雪が降り積もり、その衣を白くしつつあったが、男の周囲に他には何も見当たらなかった。

ポケモン達が闊歩する弱肉強食の地、人の住まう集落どころか、白い大地以外をその場で視界に入れることは出来ない。

そんな場所で、男の周りには荷物どころかボールの一つすら落ちてはおらず、また足跡や引き摺られたような跡もなかった。かといって、上空から落ちたような痕跡もなく、風で雪が吹き飛ばされた跡も見えない。

 

テレポートでその場に移動させられたかのように横たわる男の胸は、少しも上下していない。近づく者がいれば、その口の前に手を翳しても少しも呼気を感じず、首筋や手首に手を添えても脈動がないことが分かっただろう。

その肌の冷たさに、もう手遅れではないのか、あるいは蘇生する必要があるのではないかと誰もが思うに違いない。だが男は、黒い服が全て雪に埋もれてしまう直前、おもむろにその身を起こした。

瞳が揺れていることもなく、寒さに震える素振りもなく、男はゆるりと首を巡らせて周囲を見回す。

 

『記憶に障害が発生しています。バックアップから記録を復元します』

 

周囲にはポケモンの姿もなく、相変わらず音らしい音が響かない中、男の頭の中でそんな音声が聞こえる。

十数秒経ってから、男は天を見上げ、よろけることもなく二本の足でしっかりと立ち、僅かに首を傾げた。

 

「なるほど。少なくともアインアルでもイッシュでもなさそうですね」

 

黒のサブウェイマスターの制服を身に纏った男、ヒンが呟いた言葉は誰にも聞かれることなく、雪に吸い込まれて消えた。

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

銀色の短い髪に、ぎゅっと口角が下がった表情。

怒っているようにも機嫌が悪そうにも見える仏頂面を貼り付けた男の名は、ヒンと言った。

バトルメトロのメトロマイスターのひとり。そして男とは言ったものの、正確には男性型のヒューマノイドロボット。つまりは機械人形である。

 

ヒンとしての自覚を持ったのは、機械人形として目覚めてすぐのこと。

なのにヒンには、それまで人間として過ごしてきた記憶があった。人間を模すための擬似的な記憶か、あるいはこの世界の誰かの記憶でも埋め込んだのかと、そんな仮説を抱いた。

だが機械人形の部分が即座にそれを否定した。ヒンがどう作られたのかという情報も持ち合わせていたが、人工知能で人らしく成長するよう作られてはいるものの、誰かの人格を参考にしたり記憶を埋め込む設計にはなっていなかった。

何より、この世界にポケモンが存在しているのに、その記憶ではポケモンの存在は微塵も見当たらなかった。

 

一個人の記憶を持っていること、学習するより前にある程度の人格形成されていることは、突然変異、あるいは予期せぬバグということだろう。

本来ならばそれは、機械人形としては報告すべきことであった。設計と違う。紛れもないエラーだ。

だけどヒンは沈黙を選んだ。理由は二つある。一つは、報告すれば高確率で、ヒンは廃棄処分になる可能性があったからだ。

設計と違うということは、想定と異なる結果を生み出す可能性が高いということ。大きな問題が起こる前に元から原因を断つのは、当然の行動だ。

実際、そう望むのであれば、ヒンは簡単に機械人形の製作者達の想定から外れた言動など造作もないし、命令違反も容易に行なえる。

勿論、設計上はそうならないよう、製作者に忠実であるように、人に危害を加えないようにプログラムはされている。

記憶にあるロボット三原則に似たものが最初から刻まれてはいるものの。だからこそと言うべきか、ヒンにはそれが可能だ。

 

ヒンに、というよりも機械人形に最初からプログラムされているのは三原則は以下の通りだ。

第一に、人間に危害を加えてはならない。

第二は、第一に反しない限り、製作者の命令に従わなくてはならない。

第三は、第一、第二に反しない限り、自身を守らねばならない。

 

最優先は人間の命。次に製作者の命令。それらの次に自己。ここで第二が人間の命令でなく製作者であり、ヒンが実際に人間社会で働くことになってからも変更されない辺り、真っ白な背景でないことはさておき。

第一で指定されている人間の命にはヒンの人間としての部分、つまり人間の記憶も当てはまった。少なくとも、ヒンを構成する機械の部分はそう判断した。

故に、三原則を容易に覆すことのできるヒンの記憶や人格も破壊しようとはしなかったし、今もこうして存在している。製作者に知られれば廃棄の可能性があると、ヒン同様に伝えることを拒んだ。

 

伝えない二つ目の理由も、一つ目の理由と深く関わっている。人間の記憶と人格を持つヒンが、機械人形としての最初の成功例だからだ。

これまでに、数えきれないほどのヒューマノイドロボットの試作機が作られている。そしてそのどれもが、ろくな成果も出せずスクラップとなった。ヒンのような人型、鋼の体を持つより前の人格でさえ、一度として成功した試しはない。

当然だ。人格もなく、人に似せず作られた機械であれば、成功していただろう。人の形をとらず体積の大きな高性能の機械は、既に世に溢れている。

製作者達が目指したのは、それらと同じ高性能で、しかし人に似た形で自律行動する機械だ。

だからこそ人工知能を搭載し、補助するかたちで最新の人工ポケモンの要素も組み込まれている。

 

本当に人と同じような人格と意識を持てば、場合によっては他人ではなく自己を優先することもあるのは当たり前だ。また、最新の人工ポケモンは、時々プログラムにない仕草を見せたり、挙動が不安定になるときがある。

三原則をプログラムされた機械が、それらを放っておくか? 答えは否だ。三原則を守れない可能性が高い。

故に、機械の割合が多い今までの試作機は、起動することもなかった。人間に危害を加えかねない、製作者の命令違反をしかねない不確定要素を、あらかじめ排除したのだ。

その結果、設計通りにならずバランスが保てず、ヒューマノイドロボットととしてだけでなく、機械として成り立つこともなかった。

 

人の記憶があったヒンだからこそ、守るべき人間だと判断して排除されなかった。不確定要素を製作者に伝えることもなかった。

製作者に都合のいいように、反抗されることのないようにとのプログラムが、結果的に成功を妨げていた。エラーだからこそ成功したなど、皮肉でしかない。

ようやく成功したヒンという存在を前に歓喜に沸いた製作者達を見ていて、今更告げられるはずもない。人として過ごした記憶があるからこそ、機械の器に入ったゆえに些か淡白で感情の起伏は平坦であるが人としての情があるからこそ、言うのは憚られた。

勿論、廃棄処分を恐れたからでもある。人の記憶にはない世界で新たに生を受けたのに、何も見ぬまま経験せぬままスクラップになるのは嫌だった。せめて、もう少しこの世界を、この体を体験してから。

 

そうして、最初の成功例であるヒューマノイドロボットは、ヒンという個体名を付けられた。

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