黒の流星   作:ほせき

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可愛い弟の話

ヘアは無事に起動したヒューマノイドの成功例、その二体目だ。

 

研究し始めて随分と長い時間が経つのに、今まで成功したのはたった二体。

一体目は手探りで、二体目のヘアもほぼ同じ状態だった。一体目と二体目の間にも、研究や製造は続けられていたのに、ようやく起動したのはヘアだけ。

 

人の形を模し、人らしくあれと望まれたのは、人の中で働くことを目的として造られたから。故に、簡単な性能テストを経て幾ばくも経たない内に、ヘアは一体目の成功例のもとへと預けられた。

個体識別名はヒン。ヘアの兄だ。

 

製造者からそう紹介されたわけではない。人の中で過ごすときのただの設定。だが当のヒンが、兄と呼んでくれと言った。

ヘアが出来て喜んでいるのも不可思議ではあった。人ならば有り得るのは分かる。しかしヘアもヒンもヒューマノイドだ。

ヒンとの生活は人らしくあるには非常に役立った。設定の擦り合わせに、ヒューマノイドが人として擬態するためのコツや人の心情について。人から学習するのは勿論だが、同じヒューマノイドの視点や前例は為になる。

無駄なこと、不便なことを取り入れる方がより人らしい。人の中で働くならそれも必要だと判断して、ヘアもヒンに倣った。

 

ヒンは、ヘアのことを本当の弟のように思っていた。ヘアの存在を本当に喜んでいた。

研究が進んだからでもない、製造者の目的が叶ったからでもない。弟ができたから嬉しい、と言う。言葉だけでなく、態度や行動でもそれを示した。人前だけでなく、ヘアと二人きりのときでもそうだった。

人なら分かる。でもヒンはヒューマノイドだ。機械だ。少々歳の差のある、今まで離れていたからこそ可愛がりたい兄とそれに甘える弟として、職場の人間には親近感を持たれ上手く馴染めてはいるものの。不可解だった。

人に紛れるために、という理由がないときでも、ヒンの態度を享受し、自然と甘えてしまうことが増えたヘア自身も。

それを同僚はブラコンだと言った。それを製造者の一人は、人工知能が上手く育っていると言った。ヒンはそれを心だと言った。

 

 

「人の定義ってなあに?」

「それはどの視点から見るかにもよりますね。例えば見た目。それだけならば我々も人と呼べましょう。キリキザンやゴチルゼルのタマゴグループは『ひとがた』と呼ばれます。であれば、二足歩行をし二本の手があれば、人と呼べるのやもしれません」

 

ドリュウズの頭と手のドリルを磨き、ワックスを塗りこみながら、ヒンは答えた。

 

「外見はそう。なら中身は?」

「臓器で考えるなら、ほぼ人と同じ種類と臓器を持つポケモンもおりますし、全く異なるポケモンもおります。ポケモンは全て卵生ですから、胎生の人間とはまるで違う生き物と言えるでしょう。機械の体である我々も勿論、人の定義には当てはまりません。ならば生まれつき、あるいは事故や病気で臓器を取り除くことになってしまった方や生殖能力のない方は人間とは言えないのか? 大半の方はこう答えるでしょう、否と。臓器で明確に人を定義づけるのは難しいのかもしれません」

「心は?」

「冷酷な人や凄惨な事件を起こした人のことを指し、人の心がない、と称することがございます。つまり人には、良心や思いやりがあるのが普通、と捉えることもできます。そして人間の外見と臓器を持っていても、心は後から失うことができるものとも考えられます。ならば心を得ることも可能と言えるのではないでしょうか。つまりヘア、あなたは心を持っている、とわたくしはそう思いますよ」

 

パチリ、とヘアは大きく瞬きをした。この仕草もヒンから学んだもの。

手入れの終わったドリュウズが、満足そうにヒンから離れていく。立ち上がったヒンはヘアの傍まで来ると、手を差し出した。反射的にヘアはその指先を握る。

 

「ぼくが? ヒューマノイドなのに?」

「ええ。わざわざその場で狼藉者を拘束したり、自販機の下から職員の落とし物を拾ってあげたり、生産終了したお菓子を見つけた際には好きだと言っていた同僚に買ってさしあげておりましたね」

「それはお仕事だし、職場の人とは良好な関係でいた方が仕事が捗るから」

「わたくしも注意を受けましたが、それを仕事としている警備員を呼べば宜しい。転んで泣く子供を慰めるために、跪いて笑みを向けながら飴をあげる必要まではございません。職員の落とし物は安価な大量生産品で既に新しいものを購入済み、誰かに貰った思い出の品でもないのですから埃まみれになる労力とは釣り合わない。同僚はもう退職日が決まっておりましたし、そう連携の多い部署でもございませんでした。あなた様が挙げた理由も勿論ありましょう。人の中で生活し関わって生きるならばそれらを微塵も考えず行動するのは社会性に非常に欠けますからね。それでも、ヘアのその言動は良心や思いやりが根底にある、と言えると思います」

 

そうだろうか、と首を傾げるヘアが握るヒンの指先が電子化した。直接ヒンの言葉が伝わる。

体の一部を電子化させて伝えるのは、ヘアとヒンにはよくあること。声に出して言うには情報量が多すぎるとき、時短したいとき、電波に載せてやりとりも出来るが、ハッキング等の心配もない。勿論、盗聴や読唇術、読心術の心配もない。電子化しているのを人に見られさえしなければ、互いのやりとりは一番効率がいい。

 

『わたくしを兄と呼ぶのが擬態や習慣のためであるならば、電子化したときまでそうする必要はないでしょう。わたくしが呼んでほしいと言ったから、あるいはわたくしの希望的観測としては本当に兄と思ってくださっているから。それはあなた様の優しさです。それに、』

 

パッとヒンはヘアの手を離して、ヘアの胸の中心に手を当てた。人ならば、心臓が存在するであろう位置。

 

「人の心ってなあに? ――心を持っていないなら、そんな質問が頭に浮かび人に尋ねることはないでしょう。わたくしの持論ではございますが。この身に血が流れていなくとも、心臓がなくとも、心を宿すことはできますとも。ヒンは優しい心を持った、わたくしの可愛い弟です」

 

四センチほど視線の高い兄を、ヘアは見つめる。声色は一等優しいのに、表情は固くまるで変わらない。

ヒンは初めて成功したヒューマノイドだから、性能的にはヘアの方が圧倒的に上だ。使われている素材もそうだし、容量や処理速度もそう。表情だってヒンは、少し目を見開いたり喋る時の可動域分の口角を上げるくらいしか出来ない。

だけどヒンは本当に人間のように思える。その声色や会話の間、仕草や気の使い方は、表情の違和感なんて気にならなくなる。

ヘアにとっては人に馴染むためのお手本で初めての成功例なだけだったけれど。ヒューマノイドでありながら人らしい兄がそう言うのであれば、ヘアも心を持っているのだろう。

 

それからもヘアはヒンと共にスイッチステーションで働き、人として過ごした。

そんな中で、ヘアは遠い地方の言い伝えを見つけた。何でもその地方では、長年使われた道具には魂が宿る、と考えられているらしい。それはおおよそ百年。人の一生ほどの年月、欠けず壊れず使われたということは、愛され大切にされたということ。

ヘアは納得した。百年どころか、まだ十年も経ってはいないけれど、ずっと人として人に馴染み人の中で過ごしてきた。ヒンの他人への態度と自分への態度、ヒンがブラコンだと揶揄される姿。

ヘアは兄に大事にされ今も愛されている、という自負があった。可愛い弟と口に出されて、事実として受け取っていた。対ヒンにだけ、自己肯定感が高いとも言う。

他人から見れば背の高い成人男性だから、客観的にはそうではないと知っているが。兄弟や家族ならそういう場合もあるのだということも知っている。

飲み残しの紅茶や切り株、捨てられたぬいぐるみがポケモンになったりするのだ。人と接して学習するように設計されているヘアが人になるのは、当然とも言える。

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

そうして数年が経ち――ヘアは初めて、怒りという感情を宿した。

一つの感情だけが昂ると、意図せず機能が制限されるらしい。感情にメモリを割きすぎて目の前が真っ暗になる、なんて初めての経験だ。それくらい、ヘアは怒っていた。

 

ヒンが廃棄される。しかも当人が異を唱えなかった。

 

矛先は勿論製作者達だけれど。どうして抵抗しない、拒否しないんだ、とヒン自身にも腹が立った。

これでも数年間ヒンの弟をしているため、ヒンの考えは分かる。部品の摩耗は仕方ない、一部を新しくするにも膨大な資金と高い技術がいる。なら自分をばらして解析することで、弟がより長く生きるために役立ててもらおう。

 

ふざけるな、という気持ちだった。

確かにポケモンバトルは好きで、メトロマイスターの仕事も楽しい。でも、ヘアが今より長く稼働できたとしても、ヒンがいなければ意味がない。製作者の意図だとか、人間の役に立つだとかは二の次だ。

 

ヘアにはロボット三原則が組み込まれている。優先順位は上から、製作者の命令に従い、人間に危害を加えず、自身を守ること。

ちなみにヒンは一番と二番が逆だ。だからこそヘアはこの優先順位を組み込まれたのだろう。

 

だけどヘアの天秤は簡単にヒンに傾いた。本来ならば、絶対に破ることはできない三原則。でも、ヘアは人工ポケモンの要素も組み込まれているし、心があるというのならば、強制力を持たないのも頷ける。純粋なロボットではなくなったのだから。

そもそも、人の心がない、と言われるような者達は、自分の欲望や役目を最優先した結果、他人に危害を加え心身に多大なダメージを与える。ヘアに人の心がないと言うならば、自分の兄を、自分の感情を優先したところで構うまい。屁理屈だっていい。ヒンを廃棄しないで済むならば、何でも良かった。

 

だからヘアは、ヒンと一番付き合いが長く仲が良い駅員を捕まえて、洗いざらい喋った。駅員の性格は把握していたため、拒否反応はないと予測していた。

勿論、人間ではありえないヒューマノイドである証拠を実際に見せもした。さすがに頭を取る、なんてことは簡単に出来ないが。

だけど話を聞き終わった後は頭を抱えていたので、ちょっと反応に困った。

 

「ヒューマノイドはダメ?」

「SF映画の見過ぎちゃうやんか……マジか……いや、ダメやないし、めっちゃ協力したる、むしろさせてくれ……」

「そう言ってくれると思ってた。なら何で頭抱えてるの?」

「ロボットかもしれん思うてる時期があったんや……でも瞬きとか体の動きとか会話とか自然すぎるから、ほな人間かって」

「ね、すごいよね。ぼくも兄さんのお手本を参考にしてアドバイス貰った」

「完璧に人間やから自信もちぃ……で、や。ボスがええようにされん方法、考えよか!」

 

彼が大丈夫だと言うから、一部の駅員達にも事情を説明して巻き込んだ。皆話を聞いた直後は混乱し戸惑ってはいたものの、二つ返事で了承してくれた。

駅長はそもそもヒン達の事情を知っていたが廃棄のことは知らなかったため、快く情報を流し研究所側には黙っていてくれた。ヒンに同情的だった研究員も引き込んだ。勿論、ヒン自身には内緒にしてだが。

 

まず考えたのは、ヒンの延命だった。ヒンの部品が摩耗し、寿命が長くないのは本当のこと。

だが他の地方であっても科学力はそう大きく変わりはしないだろう。むしろヒューマノイドを二体も作った研究所の方が進んでいるかもしれない。いい研究材料だと、非道な実験をされ解体される可能性も大いにある。

ならば目を向けるはもっと外。ハイルツリーを利用して、科学力の進んだ似て異なる世界を探す。そこでヒンがもっと長く生きられるようにしてもらうのだ。

そこが一番難航した。なにせ、ヒンがスイッチステーションを退職して研究所に戻るまでに見つけないといけない。似て異なる世界のヘア達と駅員達が非常に協力的で、顔が広い者も多かったからギリギリで何とかなったが。

 

直接その世界へと渡るのではなく、幾つもの世界を経由したのは念のためだ。

そもそも、ハイルツリーを利用できるのは限られた人間だけ。似て異なる世界で犯罪を犯して逃げ帰られたら、犯人を捕まえることも難しい。正式な身分証に加えて、年齢や資格、ジムバッジ等、様々な条件をクリアした者だけが世界を渡れる。

しかし抜け道がないとも限らないため、信頼できる自分達にヒンを託し、自分達ですら追いかけることが出来ないようにした。責任を感じたヒンが帰ってこれないためという理由もある。

尤も、ヒン自身は電源を切り『物』と認識されるようにした上で渡るため、自力で戻るのは不可能だろうが。

 

次はヒンとヘアの権利だ。このままではヘアもいずれ廃棄される可能性がある。ヒンを盗んだとして駅員達が訴えられかねない。

最善なのは人間と同じ権利を認められることだが、この際ポケモンとしての権利でもいい。ポケモンなら、命の危険がある場合は第三者が命を守るために一時的に保護したり、当人がトレーナーから逃げても問題とははならない。むしろ廃棄しようとしたなど、トレーナー側が罰せられる案件だ。

自我と個性があり、ポケモンの要素が含まれているならポケモンとしての権利を認められる可能性は高い。法律に少々詳しい駅員がそう言い、顔の広い別の駅員がシルフカンパニーの偉い人間と知り合いで個人的に連絡も取ってくれた。

全面的に協力してくれると二つ返事で返信があり、膨大な資料も送られてきて、目を通すのに時間がかかったのは余談である。専門家を正式に雇った時点で丸投げしたのは言うまでもない。

人権に関しては、似て異なる世界で人を探す際、似たような判例も同時に調べた。

実際、人間と同等あるいはそれ以上の知能を持ち、人語を操って言葉で意思疎通が出来るポケモンが人権を認められたという例を別の世界で発見することができた。

ヒンもヘアも何年も人の中で生活し、人と認識され、優秀さを示し社会に貢献したという実績がある。自我と個性があり、人以上の知能があり、意思疎通も当然出来ている。

 

ヘアも駅員達も忙しかったが、ヒンとヘアの命が懸かっているため、必死だった。ヒンはヘアの仕事の引継ぎもあったものの、疲れ知らずの機械の体と頭脳なら造作もない。

ヒンにばれないかということだけが不安要素だったが、事情を知らない者達への引継ぎや教育、バトル育成を頼んでいたため、接触がなくともそう不審に思われなかったようだ。元々、顔に出やすい者には伝えず、彼らにヒンとの繋ぎ役をしてもらったのもある。

表情や体温、心音、仕草で嘘や隠し事があるか否かを簡単に見破られてしまうため、こういう場面では非常に厄介だ。味方なら頼もしい限りであるのに。

 

 

 

奔走した結果、ヒンが正式に退職する前に諸々の準備が整った。

ヒンを似て異なる世界に運び出すのは最初に話をした駅員で、ヒンの電源を切るのはヘアの役目。ヒンの電源を強制的に落としてソファに寝かせ、ヘアはスマホで連絡を入れる。

近場で待機していたのだろう、彼は大きなスーツケースを転がしてすぐにやって来た。

 

「死体を運ぶ気分や……ちゅうか単体で見たらでかい思うてたけど、こん中に入るんか?」

「ギリギリ入るよ。ばらした方が良かった?」

「やめえ。ホンマに死体埋めに行くみたいやないかい」

 

ヘアはヒンを抱き上げて開いたスーツケースの中に下ろし、手足を折りたたんで詰め込んで行く。皮膚の感触は人間そのもので、関節の可動範囲も人間なら有り得る範囲なので、余計にそう思えるのだろう。

きちんとヘアが目視で計算しているため、問題はない。人であれば窮屈さを感じただろうが、意識がない上に機械の体である。

若干の隙間にヒンがまとめていた荷物を分散して詰めながら、駅員は口を開いた。

 

「ちゅうかボス、よう強制的に電源切らしてくれたなあ。パッと押せるような位置にはないんやろ?」

「喉の奥を口側から数秒押し続けたら強制終了できるよ」

「ホンマよお何も言わんと押さしてくれたな!?」

「動かないで黙って口開けてって言ったらその通りしてくれた」

「おにーちゃん弟に甘々やん……いや今回の場合、都合は良かったけど……」

「ぼく兄さんに愛されてるから……」

「せやな。でも自己犠牲的な愛は一周回って悲しゅうなるからやめえって、ちゃんと釘刺しとき」

「うん。次に会う時に言っとく。……兄さんのこと、お願いね」

「おう。任しとけ」

 

次にヘアがヒンと直接会うことができるのは、いつになるだろう。少なくともこの世界で、ヘアとヒンの権利をきちんと勝ち取ってからだ。

万が一勝ち取れなければ、これでお別れ。そうなれば駅員達にも多大な迷惑をかけて犯罪者にしてしまうが、ヘアにとってはヒンの命の方が大事だし、専門家が勝算はあると言っていた。似て異なる世界の協力者達に、シルフカンパニーの偉い人達の助力もある。信じるしかない。

最後にヒンの額をそっと撫でて、ヘアはスーツケースの蓋を閉じた。

 

 ▽

 

ニュース番組に『勝訴』と書かれた紙を掲げる者が笑顔で映っている。

二年半だ。ヒンを似て異なる世界に逃がしてからそれだけ経った。ヘアとヒンの権利を申し立て、スイッチステーションがヒンの窃盗で研究所に訴えられ、シルフカンパニーが研究所を訴えたりした。

人工ポケモンを作り出したのはシルフカンパニーで、その技術の特許を申請し受理されている。研究所はお金を支払っていなかったし、そもそも研究所はその技術を使用する条件に適っていなかった。ポケモンという生き物を作り出す技術なので、通常の特許と異なるのは当然である。

他にも真っ当なポケモン愛護団体や労働組合等々……様々な団体や権利者が声を上げ、研究所を糾弾した。ヘアが噛んでいたものもあったが、そうでないものもあった。

 

ともかく事態は複雑になり、研究所はスイッチステーションだけを相手にするわけにもいかなくなり、世論は当然ながらヒンとヘアの権利獲得に傾いた。

だが全てが収束するまでに二年半もかかったのは、ヒンとヘアのような存在がこの世界では前例がなかったこと。似て異なる世界の例を持ち出し、公的機関が実際に調査をし、ようやく権利は認められた。

ハイルツリーが一般的なアインアル地方だからこそこの程度で、似て異なる世界に馴染みのない他の地方であれば、もっと時間が掛かっていただろう。

 

そう、ヒンとヘアの人間としての権利とポケモンとしての権利、両方が認められた。

他にも二人と同じようなヒューマノイドが生まれたら、同じようになるだろう。尤も、自分達の設計図を見る限り、心を持ったヒューマノイドが生まれるとは思えないのだが。とはいえ、研究所が三体目のヒューマノイドを造ることはないので、どちらでもいい。

 

研究所は閉鎖、研究は当然ながら停止。特許関連は勿論のこと、幾つも有罪判決が下された。スイッチステーションは無罪でお咎めなし。

ヒンとヘアを造ってくれたことには感謝しているが、ヒンを廃棄処分にしようとしたことは許せない。

出来る限り延命措置をして大事にしてくれるのなら、あのまま研究所に協力してその下で働き続けても良かった。それだけの成果は出しているはずだし、スイッチステーションでの給与も衣住とポケモンの世話で必要な最低限の額しか手を付けていなかった。

本当に自我も個性もない無機物であれば、製造者に破棄の権利もあるだろう。でもヒンとヘアには自我があり思考する。人間とポケモンには、生きる権利がある。

金がかかるからと親が子を殺すなんて、少なくとも今のアインアル地方では認められていないのだから。

 

 

 

ヘアはスイッチステーションで駅員がやって来るのを待っていた。

ヒンを似て異なる世界へと運んでくれた駅員が、今回の結果を記した手紙の返事を届けてくれる手はずになっている。

アインアル地方で、ちゃんと人として過ごせる。もう帰ってきても大丈夫。

 

今まで、ヒンの近況は全く聞いていなかった。皆がその暇がなかったのもあるし、複数世界を経由しなければならない所為で時間がかかるし、研究所や反対派に突き止められて強硬手段に出られてはたまらない。だから、近況を聞くのも楽しみにしていた。

 

もしも向こうの世界が気に入っているなら、それでもいい。だいぶ時間がかかってしまったし、せっかくこの世界で権利を獲得したけれど、ヘアが追いかけて行ってもいい。

どちらにせよ、ヒンの返事待ちだ。しばらく離れて暮らすとしても、今後は複数の世界を経由することなく、そのまま直に渡っていけるだろう。

 

少し分厚い封筒を手に、駅員は難しい顔をして現れた。いつもより体温は低い、というか顔から血の気が引いているのに心拍が速い。

嫌な予感を覚えるヘアに、駅員は眉根を寄せて口を開いた。

 

「あー、ええニュースと悪いニュース、どっちから聞きたい?」

「聞きたくなぁい……」

「ほんならええニュースからやな。ボスの部品の交換やら改良やらは上手くいって、少なくとも何十年も寿命は伸びたし、性能も耐久性も大幅アップ! 無事に目ぇ覚まして向こうの世界のボスとヘア、ノボリとクダリっちゅー名前らしい二人のところで過ごしとるんやって。ヘアも改良する余地があるらしいから、ボスとおんなじだけ寿命延びるって」

「兄さんと一緒にいられる時間が延びるならそりゃお願いするけど……。で、悪いニュースって?」

「ボス、今行方不明なんやと」

「は?」

「今から二年前のことらしい。向こうのバトルメトロで忽然と消えてもうたて」

「……何で?」

 

この時のヘアは宇宙フェリルーの顔をしていた、と後に駅員は語った。

 

 

 ▽ ▽ ▽

 

 

「この度はお詫びのしようもなく、誠に申し訳ありませんでした」

「本当にごめんなさい」

 

ヘアの目の前で、胸に手を当てて心底申し訳なさそうな表情でそう言う二人。

二人は似て異なる世界のヒンとヘアに当たる、ノボリとクダリ。身長は少し低いが、一目見て血縁者だろうと感じるくらいにはヘア達に似ている。

タチの悪い風邪が流行り、人手不足でノボリのフリをしてサブウェイマスター業をしていた最中にヒンが行方不明になったのだから、責任を感じるのは尤もだ。

ヘアの優先順位の一番はヒンなので、仕事を代行しなければ今も此処にいたのに、という気持ちは勿論ある。

 

「謝罪は受け入れるから、もういいよ。ノボリより丈夫だし生存率は高いだろうから、逆に自分で良かった。……って、兄さんなら言うだろうし。それに、一応手は尽くしてくれてるんでしょ?」

「勿論でございます。わたくし達とアクロマ様のスマホやコンピュータは常に電源を入れて通知は逃さぬようにし、家にも留守番のポケモンを常駐させております」

「ぼくとノボリ、他の世界に渡って、管理人と自分達に情報聞いて回ってる。あんまり頻繁だとヒンが気にするから月イチだけど、変わりばんこだから実質月に二回」

「まあ、今出来ることってそれくらいだろうね」

 

ヒンが行方不明になる直前にノボリとクダリ、アクロマに送っていたメッセージから、ヒン自身の意思による失踪や、人為的な誘拐や事故でないことは分かっていた。残されたノボリのポケモン達の錯乱ぶりからも、そこら辺の一般ポケモンの仕業でないことは明白だった。

大事にするなともあったが、放ってはおけない。原因不明の失踪という前例はないかと調べていたら、国際警察が訪ねてきた。

 

どうやらヒンは突如出現したウルトラホールに巻き込まれた可能性が高いらしい。

本来ならウルトラビーストと呼ばれるポケモンだけが開くことの出来るそれは、原因不明で開くこともあるようだ。ウルトラホールに巻き込まれた人間は記憶を失うことが多く、どこへ飛ばされるかは分からない。そのため、巻き込まれた人間の特徴や飛ばされる場所の正確な統計や傾向も分からない。

だが、ヒンが行方不明になった場所には確かにウルトラホールが開いた微弱な反応が検出された。ヒンがウルトラホールに巻き込まれたことは間違いない、というのが国際警察の見解だ。

 

だからこそ、ノボリとクダリ、そしてアクロマは今できる限りの捜索は行っていた。

どこにいるか分からないのであれば、基本的にヒンからの連絡を待つしかない。未来に飛ばされた場合もそう。別の世界であれば、いつか出会えるようにノボリとヒンが別世界のイッシュ地方の自分達とハイルツリーを見て回る。ヒン自らがハイルツリーを利用できずとも、分かりやすいようにギアステーションに顔を出すかハイルツリーの傍にいるはずだ。

お手上げなのが、著しい過去に飛ばされてヒンの寿命がきた場合。飛ばされた拍子に機能停止するほどの損傷を受けた場合。

 

「でも、記憶喪失になっちゃう場合が多いって。その場合、無事に現代にいても分かんないよね?」

「兄さん、基本的に毎日バックアップは取ってたから、メモリが損傷してなければ、記憶がなくなっても大丈夫だとは思う。ぼくも兄さんに倣ってバックアップしてるし」

「記録と記憶は違うのでございますか?」

「違う。記録は他人が書いた報告書を読んでるみたいな感じ。記憶は此処」

 

そう言って、ヘアは自身の胸元と頭を指差した。人間であれば心臓と脳みそがある。つまりは心と精神の源。

記録さえあれば、自分が何者かは分かる。自分の簡易メンテナンスも出来るだろうし、最終的にヘアやノボリ達に会えるように行動するはずだ。

だから本当に、ヘア達に出来ることは少ない。どこかで朽ちて倒れていないか探すことと、別世界に飛ばされた場合にいつかかち合うことを願って、数多の似て異なる世界をめぐること。

どちらでもない場合は無駄な時間を過ごすことになるし、ヒンの性格ならそれは厭うはずだから、それも頻繁にすべきではない。たとえ何かせずにはいられないとしても。

 

「ぼくも自分の世界で兄さん捜しつつ、たまにハイルツリーを利用してみる。うちのギアステーションの面々にも話は通しておくから、何かあったら連絡ちょうだい。ぼくも手がかりを見つけたら連絡する。ああ、こっちの国際警察にも聞いてみた方がいいのかな?」

「こちらの国際警察の方々に確認しておきます」

「あんまり気に病まないで。特に兄さんに似た顔でそんな表情されるの、なんか嫌」

「……善処いたします」

 

ヒンとヘアの生存や権利に関する諸々は解決し、ヘアも改良してもらって性能が上がり寿命も延びた。メトロマイスターの仕事はあるが、ヒンを捜す時間は十分にある。なにせ、人間としての権利を得て勤務時間が人並みになったので。

 

 

――血相を変えたクダリがバトルメトロに駆け込んできたのは、それから半年程が経った後だった。




フェリルー……チョロネコ
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