黒の流星   作:ほせき

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かえったひとたち

ショウに たのまれました

きおくがすべて けつらくしているのなら むりでしたが あなたのなかに かけらがのこっている

いま よみがえらせましょう では あなたも もといたじくうに おかえりなさい

 

 

 

 

ヒンはいつの間にかシンオウ神殿の中央に立っていた。

否、ヒンの記憶にあるそれより残った柱は朽ち、長い時間が経過していることが分かる。視覚情報で認識しながらも、ヒンはそれ以上のことが出来なかった。

 

失っていた記憶が蘇り、記憶に付随する感情にかき乱されていた。元から人の記憶を持っているが故に、感情はあった。だけどあくまでも機械人形の体。それは些か平坦であった。

だけど今は、アクロマから手渡されたポケモンの力を引き出す道具、つまり進化道具によってポケモンへと進化している。ただの記録であり、他人事のように捉えていたことが全て返ってきた。肉の体に変化したわけではないが感情の昂ぶりが抑えきれず、ヒンは俯けた顔を右手で覆い、左手で胸元のシャツを掴む。

無性に、弟に、スイッチステーションの友人や同僚に、似て異なる世界の自分達に会いたくなった。

 

ひとり似て異なる世界に置いていかれた時は、同じルートを辿って追いつくから待っていろ、とヘアが言うのだから楽しみながら待っていられた。ヘアが約束を違えたことはないし、優秀な弟なのだから。

でも記憶があって見知らぬ過去にたったひとりだったなら、ああも冷静ではいられなかっただろう。ヒンがいた時代まで、ゆうに百年はかかる。それまでろくな設備もなく、簡易なメンテナンスしか出来ず、過酷な環境で五体満足は保てなかったに違いない。何より、心が折れていたかもしれない。

記憶がなかったことは、ヒンにとって僥倖だったと言えるのかもしれない。おおよそ二十年、弟や友人達が恋しくなることもなく、望郷の念も希薄だったのだから。

 

数秒そのまま待てば、徐々にヒンの心も少し落ち着いた。元より一部のことに対して以外は冷静な性質である。こんなところで時間を無為にしている場合ではない。

探れば電波は拾えたので、現代、あるいは近代なことは分かった。現在の日付は、ヒンがいた頃より三年後、ショウがいた頃から半年後。

位置情報を探れば、シンオウ地方のテンガン山の頂上。眼下には、ヒスイ地方ではあり得なかった人工的な光が遠目に見える。

 

更に接続する。シンオウ地方の過去のニュースを浚えば、半年前にショウという名前の少女が行方不明になったという記事を幾つも見つけた。

ショウに直接聞いた限りの情報は全て合致する。ショウがいた世界でほぼ間違いない。

 

手を伸ばして手繰り寄せる。辿って辿って――アクロマとノボリ、クダリの端末へと辿り着いた。ヒンの前ではザルのようなセキュリティを潜り抜けて情報を見たが、ヒンの知る彼らだった。ヒンとショウがいた世界は繋がっていた。数多の似て異なる世界を巡らず済むことにホッとする。

アクロマ、ノボリ、クダリにそれぞれメッセージを送ってからようやく振り返り、ヒンは遺跡の床に横たわるショウへと駆け寄った。

 

「ショウ様、ショウ様、聞こえますか。大丈夫ですか」

「んん……」

 

ヒンが軽く肩を叩くとふるりと睫毛が震え、ショウの瞼がゆっくりと開く。外傷はないし、体温や心音も問題はない。焦点がしっかりとヒンに合ったのを確認し、ヒンは口を開いた。

 

「起きられますか?」

「はい……」

 

ショウが差し出されたヒンの手を掴んだので、ヒンはそのまま力強く引き起こす。だが意識を失っていたことですっきりしないのか、目を細めてぼうっとしている。

ヒンはショウの手を握ったまま、屈んでショウと視線の高さを合わせた。そこでようやく、ショウは目をしっかりと開いてヒンを見た。

 

「ショウ様、ありがとうございます。あなた様がわたくしのこともアルセウスに頼んでくださったおかげで、無事に戻ることができました。機械の体といえど、さすがにこの時代まではいられなかったでしょう。しかも記憶まで取り戻せました。本当にありがとうございます」

「無事に戻って……」

 

そう呟いた直後、ショウは勢い良くヒンの手を両手で握った。屈んだヒンにぐっと顔を近づける。

 

「ここ、ノボリさんのいた世界で間違いないんですか!?」

「はい。わたくしがいた頃から三年ほど経っておりますが間違いございません」

「あ、あたしの、」

「トバリシティ在住のショウという名前の少女がジム巡りへの旅に出る一か月前に行方不明になった、というネット記事は発見いたしました。ちなみに今現在の日時は――」

 

今現在、電波を拾って分かる限りの現状と、ネット記事の内容等を伝える。信憑性の低いSNSの情報は除外し、ショウがいた時期に主にトバリシティで起こったローカルな出来事など。世界を判断する材料になりそうなことで、ショウから聞いたことがないもの。

それらを挙げていけば、徐々にショウの目は見開かれ、じわりと湿り気を帯びてくる。

 

「ぜんぶ知ってる……別世界とどれくらい違いがあるのか分かんないですけど、でも」

「すべて合っているのでしたら、ショウ様の世界で間違いないと思います」

「帰ってこれたんだ……」

「おそらくは。ショウ様、いかがいたしましょう。此処はテンガン山の頂上でございます。ヒスイとは地形も変わり道も出来、通常はひでんわざを使用できるトレーナーとポケモンが揃っていなければ到達できない場所になっております。警察と消防に連絡し救助隊を派遣していただければ、そのまま病院で検査も受けられますが」

「電話繋がるんですか?」

「わたくしのスマホは生憎と電池切れのままですし、わたくしに通話機能はございません。ですが声が出せない方やトレーナーの代わりにロトムやポリゴンがネットを通じて通報できるシステムが存在いたします。ショウ様もご存じなかったように、あまり周知はされていないようですが。救助隊が到着するまで時間がかかるでしょうしまずは病院と警察でしょうから、家に帰るのは遅くなるかと」

 

ヒンの言葉に、ショウは縋るような眼をヒンに向けた。

 

「ウォーグルやオオニューラ、アヤシシのように快適なライドでなくて宜しければ、トバリシティまでお運びいたします」

「今すぐうちに帰りたいです……!」

「かしこまりました」

 

地図は文字通り頭に入っているし、衛星写真でどのルートを通れば最短でトバリシティへ行けるのかはシミュレート済みだ。

位置情報も常に確認できる。さすがになみのりやたきのぼり、そらをとぶ、ショウを抱えてのロッククライムは無理だが、ただ下山して陸路を走ることならできる。

 

アクロマに貰った進化道具を使ってポケモンへと進化してから、ヒンは自身がどれだけ出来るのか、どれだけ動けるのかを入念に確認している。普段から力を貸してくれていたポケモン達に、コトブキムラ滞在時の夜はショウに許可をとって借りた手持ちに協力してもらい、実戦やレベル上げも行った。

今ならギラティナももっとスマートに倒せる自信があるし、習得した技も増えて技の熟練度も上がった。遅れは取らないだろう。

 

ヒンは着ていた黒のサブウェイマスターのコートを脱ぎ、帽子とネクタイと共にポーチに無理やり詰め込む。

知る者は少ないとは思うが、シンオウ地方にサブウェイマスターがいると噂になってはノボリ達が困るし、綺麗に仕舞っておいたのだから今更汚すわけにもいかない。

最初に会ったとき時空の歪みを突っ切って走ったときのように、ショウを左腕の上に載せるようにして抱え上げた。

 

「通常以上に揺れが予想されます。しっかりと掴まっていてくださいまし」

「はい! あ、ノボリさん、じゃない! 本当の名前、教えてくれるって約束しましたっ」

 

東に向かって歩いていたヒンは、ピタリと足を止めた。ショウがしっかりと両腕をヒンの首に回し密着しているおかげで、至近距離で視線がかち合う。

 

「Hin、わたくしヒンと申します」

 

 

 

トバリシティに入る前にバトルフォルムを解除しながらも、ヒンは足を止めずに駆け抜ける。

決してどこかにぶつけたり落としたりはしなかったが、ヒンの腕は心底居心地が悪かっただろう。テンガン山から普通に落ち、影や技を用いて衝撃を吸収したり着地したり、随分と荒っぽかったのだから。今のヒンが速度だけを考慮した結果だ。

とはいえ、ショウもライドポケモンを呼びヒスイの地を駆け回っていた。目を瞑ることもなく必要以上に硬くなることもなく、目を回したり吐いたりすることもなかったのはさすがと言える。

 

テンガン山の頂上にいたときから周囲は薄暗かったが、トバリシティに着いた頃には真っ暗だった。灯りが多いゆえにヒスイと比べると、肉眼で見える星が圧倒的に少ない。

足を止めることがなかったため早く着いた方だろう。それでもほとんどの人は寝ているような時間で、街中でも人の姿は少ない。

この時代にしては少々変わった格好の少女を抱きかかえて疾走する成人男性という図は些か怪しいため、夜半で良かったとも言える。

 

トバリシティに入ってからは、ショウの指示で走った。平坦な道で振動が少ないからという理由もあるだろうが、ショウの手が自然とヒンの首から外れ、ショウは背を伸ばしてキョロキョロと辺りを見回す。見慣れた景色が懐かしいのか、いない間に変わってしまった光景があるのか。

ショウがヒスイ地方に来てから一年以上、実際にショウがいなくなっていた期間は半年ほど。誤差はあるが短い方がいいし、長い時間を生きているポケモンにとってその程度は同じなのだろう。

 

ショウの案内で住宅街を足音と気配を消しながら走り、しばらく経った頃。唐突にショウが一点を見つめて暴れ出した。

素早くショウを地面に下ろし、急に駆けだした所為で転びかけたショウを支える。だがショウはヒンを振り返ることなく、一軒の家へ向かって走る。

玄関先には明かりが灯り、カーテンの向こう側は仄かに明るい。探れば起きている人が二人いるのが分かった。

 

「ママ! パパ!」

 

都会の夜半なのに施錠されていなかったのは、いつ娘が帰ってきてもいいようにだろうか。

乱暴にドアを開けたショウが、民家に駆け込んで行く。中からバタバタと慌ただしい足音が聞こえ、やがてそれは子の無事を確かめ喜ぶ声と嗚咽に変わる。

玄関ドアの前でそこまでを聞いて、ポケモンセンターに行ってきます、と書いたメモをポストに入れてから、ヒンは踵を返した。

 

舗装された地面に、煌々と照る人工的な灯り。背の高い建物が並び、その隙間から見えるテンガン山と街路樹、人の手で植えられた花や低木くらいしか自然と言えるものは見当たらない。聞こえるのは人の営みの音、人と共にあるポケモンの平和的な声。

闇夜を切り裂くような遠吠え、威嚇の声、轟々と鳴る風の音は聞こえない。草むらにポケモンがいるのではなく、人が草むらに身を潜めてポケモンが過ぎ去るのをじっと待つ光景。満点の星空に、手つかずの自然はどこにもない。

まだポケモンがふしぎな隣人ではなかった時代、人の命を無慈悲に奪ってきた厳しい自然。それが少し懐かしいと思うのは、ヒンが長くヒスイに居すぎた所為だろう。

 

音の響く夜の住宅街。ヒンは足音を消し出来る限り足早に通り抜けた。住宅街を抜けてからスピードを落とし、ポケモンセンターを目指しながら夜のトバリシティをゆっくりと見て歩く。デパートはさすがに閉まっているがゲームセンターは煌々と光が輝き、歓楽街らしき通りは賑やかだ。

ギンガトバリビルが見える位置にポケモンセンターはあった。少なくとも社員に対してはホワイト企業なのだろう、見える範囲の窓は全て真っ暗だった。

 

それを視界の端に収めながら、ヒンはポケモンセンターに足を踏み入れる。真夜中ということもあって、人もまばらだった。とはいえ二十四時間営業であるため、ジョーイさんの姿はある。入ってきたこちらに視線を向けたため、軽く会釈しながらヒンは奥へと足を進めた。

用事があったのは、奥の休憩スペースの一角に設けられているスマホの充電スポット。通常速度で充電するなら無料で出来、旅の最中にはありがたい存在だ。とはいえ、今すぐ充電したいため、ヒンは高速充電器にスマホをセットして硬貨を入れる。

ヒスイ地方に来て早々に電源を落としていたものの、二十年は経過している。心配ではあったが、画面に充電中のマークが表示され、二十秒ほどで充電完了のランプが点灯した。久方ぶりに電源を入れれば、通話やメールやアプリにおびただしい量の通知が入る。元々音を消していて良かった。

 

スマホを手に更に移動し、有料の個室スペースへと入る。扉を閉めて、防音がきちんとなされており足元以外は外から視認できないことを確認して、ヒンは指先を電子化させてスマホの通知を一気に読み取った。

ほとんどがノボリとクダリで、アクロマとギアステーションで連絡先を交換した職員達からが何件か。ある日を境にして頻度はぐっと減り、近況報告のようなメッセージが定期的に送られるようになった。

 

少なくとも人為的な事故や事件ではないから大事にしないようにと直前に送っていたが、色々と調べていく内に国際警察に知られ、原因はウルトラホールに巻き込まれたことだと判明したらしい。ついでに調べたが、ウルトラホールについての情報はほぼなく、発見者のモーン博士のレポートでしか詳細は知れなかった。

もっと深くまで潜ったり、国際警察のデータベースまで調べればもう少し情報はあるかもしれないが、後回しだ。国際警察と繋がりがあるなら、データベースにない情報も直接聞く機会はあるだろう。

レポートに書かれている特徴からすると、ヒンがウルトラホールに巻き込まれたことは確かだろう。原因不明の高エネルギー、時間と空間の転移、記憶喪失。世界まで越えなかったのは不幸中の幸いか。

 

そしてヘアもこの世界に自由に来れるようになったことに少し驚く。二年半もあれば当然か。

優秀な弟だから、人間としての権利もポケモンとしての権利も獲得したと聞いても驚きはない。だが、今いる世界と自分達が造られた世界、どちらに定住しても良いし行き来しても良い。そこまで認められるとは思っていなかった。尤も、この世界ではヒューマノイドということは伏せられており、逆に向こうでは周知されている。

幾つもの世界を経由するのではなく、ヘアは何度か直接この世界を訪れたりもしているようだ。互いの情報交換が目的だろう。

ほぼ一瞬でそこまで確認してから、ヒンはスマホをタップしてノボリのスマホへと通話をかける。一瞬で繋がった。しかし向こうからは僅かに呼吸音が聞こえるだけで、声は聞こえてこない。

 

「……ノボリ? 聞こえていますか」

『ッヒン、ヒンですね!? 本当にヒンなのでございますね!?』

「ええ、ヒンでございます。たいへん遅くなりまして申し訳ございません。すぐにイッシュ地方へ帰ることは出来ないのですが、とりあえずご連絡をと」

『メッセージは見ましたので、簡単な事情は把握しておりますが、本当に、もう、直接、声を聞くまでは、不安で……っ』

 

ノボリの声が震えている。喉が引き攣ったような音の直後に、大きく息を吐く音が聞こえた。ヒンが意図して失踪したわけではない。しかしここまで心配を掛けて申し訳ないと思う。かくいうヒンも、二十年前までは毎日聞いていた声を久しぶりに聞けて、少しホッとしていたりする。それが表情や声の調子に出ることはないが。

 

「送っていただいていたメッセージは全て確認いたしました。皆お元気そうで何よりでございます。ヘアも何度かこの世界へ渡ってきたとか。弟がご迷惑をお掛けしていませんか?」

『……いえ、こちら、こそ、ヒンに、代わって、いただいたのが、原因のような、ものですし……』

「仔細は全員が揃った後にお伝えしようと思っていますが、あの場にいたのがノボリでなくわたくしで良かった。どうぞお気になさらぬようにお願いいたします」

 

通話の向こうで、嗚咽を堪えながら話していたノボリが、小さく笑う声がした。

 

『失礼。ヒンならこう言う、とヘア様が仰ったことを、そのまま言うものですから』

「仲良し兄弟ですので」

『そのようです。今クダリがヘア様をお迎えに行っております。ハイルツリーを利用できる時間帯が限られていますので、今渡った頃だと思いますが。合流次第、アクロマ様と国際警察の方々と共にシンオウ地方へ向かいます』

「仕事は宜しいのですか? こちらでの用事が終わり次第イッシュに帰りますが」

『メッセージは貰いましたし、こうして声も聞きました。次は直接会って無事を確かめたいのでございます』

「かしこまりました。現在位置は都度送るようにいたします」

 

詳細は後で話すと言ったゆえに、ノボリととりとめのないやりとりを続ける。

ヒンは呼び捨てなのにヘアが違うのは、ヒンのように共同生活をしていたわけでもないしまだ距離があるからだろう。ノボリの代わりにヒンが行方不明になった、という認識であればノボリとクダリに遠慮があるのは当然だろうし、ヘアの当たりが少し強い可能性もある。

ウルトラホールは原因不明で突如現れることもあるらしいため、あの日ノボリが風邪を引いていなければ、ヒスイ地方に飛ばされ記憶喪失になっていたのはノボリだったことは間違いない。

 

 

ふいに個室スペースの前に人の気配を感じて顔を上げると、扉の前に人の足が見えた。

わざわざ有料の個室スペースでそもそも防音仕様だからどうしようと考えているのだろう。また後でとノボリに伝えて通話を切り、スマホをポーチに仕舞う。

ゆっくりと街を歩いたおかげでショウを自宅まで送り届けて二時間以上は経過しているし、そろそろだとは思っていた。

ヒンがドアを開ければ、目の前には女性が立っていた。ショウが大人になればこんな風になるのだろう、そう思うくらい似た顔をしている。

 

「こんばんは。わたくしにご用事でしょうか」

「こんばんは、お邪魔をしてしまって申し訳ありません。私はヒカリといいます。ヒンさん、でお間違いないでしょうか」

「はい、わたくしヒンと申します。あなた様はショウ様が旅立ち前にポケモンをくれることになっていたいとこの方で合っていますでしょうか」

「! はい、そうです! この度はショウが大変お世話になったとお聞きしています。命の恩人だとも。本当に、本当にありがとうございました……!」

 

ヒカリと名乗った女性は、そう言うと深く深く頭を下げた。憧れのいとこのお姉さん、というのは容姿が自分に似ているからこそでもあったのだろう。髪型は真似をしているのかもしれない。

腰に下げたボールは六つ。全て最終進化系でバランスの良い構成であることを思えば、バトルの腕も良いのだと見える。

 

「どうか顔を上げてくださいまし。お礼を言わなければならないのはわたくしの方でございます。わたくしこそ、ショウ様がいなければ帰ってくることは出来ませんでした。行方不明になっていた時の話は全てお聞きになられたのですか?」

「強い力を持ったポケモンに知らない場所に飛ばされて、ポケモンの目的を達成したから帰してもらった、とだけ。私が此処へ来る前も疲れ切って泣きすぎてぼんやりしていたので、詳しいことは聞けていません。寝落ちする前に、ヒンさんは? と呟くので誰かと聞いたら、助けてもらった命の恩人だと言うものですから。警察に連絡するのは明日ショウが目を覚ましてから、今はゆっくり休ませようということになっています。なのでそれまで、大したお構いも出来ませんがヒンさんもどうぞ家で休んでいってくださいませんか」

「いえ、お気遣いはありがたいのですが遠慮いたします。先ほどまで他地方の知人と連絡を取っておりまして、家族共々シンオウへ来てくださることになっています。すぐに連絡を取れるようにしておきたいですし、せっかくですので家族水入らずでお過ごしください」

「分かりました。警察に行く際には、ヒンさんも一緒に説明をお願いしたいのですが、連絡先を教えていただいてもいいですか?」

「勿論です。説明を行うまではトバリシティから出ることはしませんので、何かありましたら連絡してくださいまし」

 

ヒンはヒカリとお互いにスマホの連絡先を交換する。助けてもらったとショウが言ったとしても、彼女にとっては初対面の不審な男性だ。双方からちゃんと話を聞くまでは手放しで信用は出来ないだろうし、どこかへ行ってしまわないかと心配にもなるだろう。

だが命の恩人とまで言った相手に失礼なことは出来ず、強制も出来ない。それをいいことに招待は断ったが、ヒンは食事も睡眠も不要なのだ。ショウが寝ている中で居座るわけにもいかない。

先にヒンからだけでも話を聞きたそうではあったが、空が赤く染まるまでのショウの正確な動向は知らないし、何度も同じ説明はしたくない。過去ゆえに地名や環境や文化も異なるため、度々注釈を入れないといけないだろう。はっきり言って面倒くさい。有識者が一人でもいたらいいのだが。

 

再び深く頭を下げるヒカリを見送って検索すれば、イッシュからシンオウまで直通便で約八時間。カイリューに乗ってくればその半分で着くだろうが、ヘアだけならともかく他は生身の人間なので難しいだろう。鍛えていれば別かもしれないが。

今飛行機に乗った、というメッセージも届いたので、通話もさすがに出来ない。ヒン達が乗った飛行機が着くのはコトブキシティの空港。到着後の検査をし、そこからトバリシティまでと考えると、ショウが起きて警察に行く方が早いかもしれない。

 

と、思っていたのだが、ヘア達が到着する方が早かった。ショウが熱を出し、先に病院へと駆け込んだからである。

連絡が遅いと後々言われてはたまらないため、ショウが見つかったということ自体は警察に説明しているそうだ。すぐにでも聞き取りをしたそうだったが、子供の体調が悪いのに何事かと拒否。事件の犯人というわけでもないし、任意の事情聴取を拒否する権利は誰にでもある。

ショウが熱を出したのは、ようやく家に帰れてホッとして今までの疲労も一気に出たからだろう。特に他の症状はなく、悪い病気をもらったということもないらしい。

疲労や感情の大きな揺れがあったのは気付いていたものの、怪我や病気による異常は感知していなかったため、ヒンは別段驚くことはなかった。とはいえ、帰還して早々に寝込むことになるとまでは思っていなかったが。

 

しかしショウは可哀相だが、ヒンにとってはある意味都合がいいと言える。ヒンの事情を知っている国際警察と、ほぼ事情を知らないシンオウ地方の警察、どちらに説明がしやすいといえば当然前者だ。あまり吹聴すべきでないこともある。その辺りも事前に相談できるし、ヒンはシンオウ警察に事情説明せずによくならないかという思いもある。国際警察とシンオウ警察、どちらの権力が強いかは知らないが。

再現性のある事象であれば包み隠さずホウエン警察にも伝えるべきだろうが、ヒンはウルトラホールで、ショウは伝説のポケモン。一般人が遭遇するには天文学的な確率で、突如発生する災害のようなもの。対策方法もないし、ヒンだってショウがいなければ帰ってはこれなかった。最終的にポケモン自身の気分と匙加減なのであれば、話したところでどうしようもない。

 

 

そんなわけでヒンはトバリシティの外れでヘアの到着を待っていた。

ヒンのメンテナンス道具を持ってくるため、コトブキ空港から乗り換えでトバリ空港まで来るらしい。だがヘアは一人だけウォーグルに乗って先に来るのだと聞いていた。

勿論ウォーグルはイッシュでよく見るノーマルひこう複合タイプで、ヒンの捜索に役立つと保護ポケモンの中から一等まけんきの強い個体を選んだらしい。

 

目立つ赤色が空に見えて、ヒンは僅かに目を細めた。性格と環境ゆえの色だろう。つい数日前までよく風を切っていたのは白と灰という、一年中雪の積もる山に隠れる色だった。

アインアル地方とイッシュ地方で過ごした年月を足しても、ヒスイ地方での年月の方が長い。今はもう見られないヒスイの姿の方が馴染みがあることが、どこか悲しい。それはポケモンだけでなく、人に対しても同じことが言えるからだ。

大きな影がヒンの近くまで来ると、ウォーグルはボールに吸い込まれ、その大きな鉤爪にぶら下がっていた人影が落下する。危なげなく地面に着地すると、そのままヒンの方へと駆けてきた。ヒンの体感では二十年以上、この目で見ることはなかった姿。

 

「兄さん!」

「ヘア!」

「もう! 楽しいことしながら待っててって、好きに色々してとは言ったけどさあ……兄さん?」

 

ヒンは駆け寄ってきたヘアを抱きしめた。慣れたものでヘアも同じように手を広げたが、いつもよりその力が強く抱き込むようにハグしていることを不審に思ったのだろう。言葉を止めて軽く背を叩くヘアに応えず、ただ黙って少し力を強めた。

ヘアの背は反り気味だが、キテルグマのような強さではない。ヒンの側頭部にゴチンと自分の頭をぶつけ、ヘアは口を開いた。

 

「過去に飛ばされちゃって、似たような境遇のシンオウの女の子のおかげで帰れたって言ってたけど。具体的にはどんな感じ? ぼくとなら声に出さなくても伝えられるでしょ。ぼくの方はねえ、こんな感じ」

 

そう言うと、ヘアはヒンに接している頭の一部を電子化させた。ヘアがヒンを強制停止させた後のこと、何をどうやったのかが全て伝わる。結果と大まかな経緯は知っていたが、駅員達を巻き込んでここまで色々とやっていたとは思わなかった。

 

「随分、色々な方にご助力をいただいたようで……」

「そう。だから兄さんは一回はこっちに帰って皆に顔を見せなきゃいけないの。でも、ずっとじゃなくていいよ。定住するならどっちでも。何なら好きな時に行き来してもいいし、ぼくも兄さんと一緒にするつもり!」

 

迷った末、ヒンは自身がヒスイの地で記録を復元したときからのことを、全てヘアに伝えた。記憶がなかった所為で、積極的に帰る方法を探すでもなく過ごした二十年間。尤も、ショウがいたからこそ記憶も全てではないが戻り、こうして帰れたのだから、ヒンひとりがどう足掻いたところで無理だったのかもしれないが。

数秒後、ヒンの抱擁を甘んじて受けていたヘアは、力づくでヒンの体を引き離した。常より笑顔で、ヒンよりもずっと表情豊かなヘアの笑みが一層深くなる。

 

「ヘア?」

「兄さん、モンスターボール、スーパー、ハイパー、プレミア、ゴージャス、その他オシャボどれがいい?」

「一通り入ってみてから決定するのもありだと思っております。一般的に居心地が良いとされているのはゴージャスボールですがボール自体を好まないポケモンもいますし、実際に入ったポケモンの詳細なレビューがあるわけではないので、わたくしが試してみるのも面白いかと」

「伝手はあるからマスターボールも含めて全部二個ずつ揃える。それからぼく、ちょっとアローラに行ってくる」

「お待ちなさいヒン、目の前に現れて敵意を向けられない限りこちらから攻撃するのはいけません。殴り込みに行こうとしないでくださいまし」

「一度ウルトラホールに巻き込まれた人は、襲われやすくなる傾向があるって聞いてる。だから殴り込みじゃない。殲滅」

「尚更よくありません」

 

ウルトラホール、UB、ウルトラスペース、ビーストブースト、Fall、コードネームが与えられたUBの特徴等々。身内が巻き込まれたからと、国際警察から搾り取った情報をヘアから伝えられたため、ヘアの反応に納得はする。

時空も空間も越えた場所に記憶喪失で飛ばされ二十年経っている上に、異世界産の危険生物が攻撃的になるとくれば、怒りの矛先が向くのも無理はない。ヒンとヘアが逆の立場であれば、ヒンはヘアに何も言わずアローラ地方へと発っていただろう。

だが今は自分のことなので、ヒンはヘアを止めざるをえない。アローラ地方にもUBにも思い入れは特にないが、ヘアにいらぬ誹りを向けられたり、不利益が生じたら困る。

 

ヘアが大人しくなったのは、情報提供以外で国際警察に協力をしないことと、似て異なる世界を含めアローラ地方には絶対に行かない、とヒンが約束してからだった。録音もしているため、言質を取るためのパフォーマンスだった可能性も少しある。

 

声に出しながらヒンが入るボール談義をしていると、ようやくノボリとクダリ、アクロマ、そして国際警察だという人間が二人到着した。こちらでは三年程度なので当たり前だろうが、三人とも特に変わりはない。

ノボリとクダリには再会して早々に熱烈なハグをされ、揃って泣かれたことくらいか。アクロマには以前に受け取っていた専用の進化道具を使ったと伝えてあったため、彼だけは今のスペック等を事細かに検査したそうだったものの、先にこの場所でも出来るメンテナンスをしてもらわないといけない。何せロクな道具も設備もない場所で二十年なので、多少の自己修復機能はあって自分で簡易メンテナンスができるとはいえ、限界はある。

 

 

 

ヘア以外への詳細説明は、ヒンのメンテナンス中に行われた。

国際警察が、十分な電圧とスペースがあり防音設備が整っている場所を無償で提供してくれたため、不備や盗撮盗聴等がないかの確認をしてから、ありがたく借りた。事前にヘアが、事情説明以外の協力は一切しないし貸しにはしないと念を押し、約束させてからである。

仕切りをして、メンテナンスをしているアクロマとヘア以外がその様を見られないようにして仔細を説明し終わった後、ノボリとクダリは絶句していた。ノボリがヒンと同じ立場であったなら、と考えたのだろう。こうしてヒンのように無事に帰還できたとしても十七年分は一人だけ余計に歳を取っている上に、記憶喪失の状態で過ごしていたと聞いたなら、然もありなん。

 

「ほら、あの場にいたのがノボリでなくわたくしで良かったでございましょう? 記憶がなくとも記録があったおかげで、ヒスイの地でも恙なく過ごすことが出来ました。あの場で己自身が闘えました。老いもせず変わらぬ様で帰還いたしました。それに、碌な資料も残っていないシンオウ地方の開拓時代をこの目で見、その一端に協力できたのです。非常に貴重な体験でございました」

「それは……そうかもしれませんが……」

「でもヒン、知らない場所でずうっとひとりぼっちだったってことでしょ?」

「記憶がないおかげで感情は付随せず他人の記録を見ているかのようでしたので、過ごしている最中は特にそう感じはしませんでした。どちらかといえば、全てではないものの記憶を取り戻して帰還してからの方が心にくるものがございましたね。勿論記憶を一部でも取り戻せたことは良かったのですが、ままならないものです。ですが少なくとも、クダリがわたくしと同じ境遇に陥るようなことがあれば身につまされる思いが致しますし、あの場にノボリではなくわたくしがいたのは不幸中の幸いだったと思っております」

「兄さん、次頭部やるから」

「はい」

 

ひと気がないことを確認した上で、埃や塵がほとんどない場所を選んで掃除やメンテナンスは出来る限り行っていたとはいえ、汚れや錆、細かい砂の混入はある。以前よりも動きが鈍くなったとか一瞬遅れる、ということがあった。都度調整はしていたが少々の動作制限はあるし動きづらかった。

ほとんどは清掃と除去程度で済んだが、一部は交換も必要になった。一通りは持ってきてくれていたため、今回のメンテナンスで何とかなる。尤も、大きな機材はさすがに持って来れていないため、精密メンテナンスは必要だけれども。

本当はイッシュに戻ってから一度で済ませた方がという意見も出たらしいが、日常を送っていたヒンが突然過去に飛ばされたのだから、今できる最善の状態に仕上げておくべきだとヘアが推しに推したとか。まあその通りではある。

そんな理不尽な出来事が何度も起こるとは考えづらいものの、この状態のままでまた飛ばされでもしたら大変なことになる。そうなったらヘアがアローラ地方へ殴り込みに行くのは確実なため、万が一があれば出来るだけ早く帰れるよう尽力するしかない。

 

「――はい、簡易だけどメンテナンス終了!」

「ヘア、アクロマ様、ありがとうございました」

「いいえ、こちらとしても良いデータが取れました! イッシュに戻ったら、是非ともポケモンとしてのデータを取らせていただきたく!」

「わたくしも自分がどの程度なのか知っておきたいので願ってもないことでございます。よろしくお願いいたします」

 

タイプはゴーストとノーマルの複合。人工ポケモンの要素が入り、元々は人の記憶があるからこそ成功した機械人形だからだろう。仮にヘアがポケモンへと進化すれば、ヒンと同じかあるいはノーマルとはがねの複合タイプになるのではないかと思っている。

フォルムチェンジするポケモンのようにバトルフォルムになることで、ヒンはタイプが付与されポケモンの技を使うことが出来、身体能力も上がる。

技を放つことが出来るようになっても、体の造りは変わっていない。ポケモンならばどんなタイプや種族であってもきのみを食べることは可能だが、ヒンは食べられない。機械人形からポケモンにという非常にイレギュラーな存在だからだろう。ビブラーバやユキハミは進化したらほとんど食物を必要としなくなるし、あり得ないことではない。

 

バトルフォルムになれば、見た目も変化する。今まで着ていた服が何であれ変わり、バトルフォルムを解けば元に戻る。ポーチなどの鞄や、手に持っていた物はその限りではない。

ヒンはヒスイにいた頃、コトブキムラででモンスターボールを購入し自分に当てて実験したが、通常時にボールは反応せず、バトルフォルム時には自分が小さくなれる感覚と、ボールの中に吸い込まれる感覚があった。万が一があってはいけないため、吸い込まれるままにせずボールは握り潰したが。

どれだけの技が使えるか、どの程度使えるのか、相手のポケモンの数やレベルやタイプがどこまでなら一人でやり合えるのか。そういった検証ならやっているが、厳密なデータはまだ取れていない。他の一般的なポケモンと差異があるのかないのか、詳細を把握しておくのは大切だ。

さすがにこの場では行えないし、ヘアとアクロマ以外に検証の様子もデータ結果も見せるつもりはない。

 

「というわけで、兄さんに危険が及ぶ可能性がほんの少しでもあるなら国際警察に協力する気はないし、ぼくも絶対にさせないから」

 

メンテナンスが終わってヒンは衣服を着用している間、アクロマに後片付けを任せたヘアは、仕切りから顔を覗かせてそう言った。

一定数以上のジムバッジを持っていたり、ジムトレーナーやジムリーダー、四天王やチャンピオンであれば、それは義務であっただろう。だがバトルメトロもバトルサブウェイも各街の運営であり、ポケモントレーナーの義務は付随しない。勿論、運営元である街やバトル施設の偉い人からの命令があれば従う義務はあるだろうが。

色々と飲み込んで溜め込むような音と間の後、ウルトラビースト関連の仕事を主にしているという国際警察のリラという女性は言った。

 

「……分かりました。ですがもし気が変わったり、ウルトラビーストに関する情報を入手した際には、ご連絡をお願いいたします」

「向こうの世界で同じようなのを見た場合も?」

「何かの手掛かりになるかもしれません」

「ふーん……まあ、連絡くらいならしてあげる。でも監視とかしたら普通に見破れるし、そうなったら協力はしないしさせないからそのつもりでいてよね」

「……了解しました」

 

ウルトラビーストの調査と場合によっては殲滅も国際警察の仕事だ。だが可能ならば保護をしたいのだとは聞いている。

しかし生憎、無理にヒンに協力させようとしたり監視しようとしたら、ヘアが積極的に殲滅しに乗り込むだろう。一般的なポケモンよりも強力らしいウルトラビースト相手に、どこまでやれるかは別として。なりふり構わず手段を選ばなければ、人間よりはずっとやれるだろうけれど。

特に今はヒンに対しては繊細になっているので、ヘアの言葉を守ってくれると、ヒンとしても心穏やかでいい。

 

着替えは黒のサブウェイマスターの制服ではなく、イッシュで過ごしていた際に着ていたもの。綺麗に保管し続けてくれていたのを、わざわざ持ってきてもらった。制服はノボリのサイズであるため、背の高いヒンにはコートの袖が些か短かったから、ピッタリサイズの服は窮屈でなくていい。

上着を羽織って整えた後、ヒンも仕切りから顔を出した。

 

「お待たせいたしました。その時わたくしが滞在していた場所でウルトラビースト騒ぎがあった場合には、国際警察の要請には応じますよ」

「兄さん」

「旅行で数日だけ、という場合は滞在日数を延ばさない程度に。イッシュ地方であればノボリとクダリもいますしわたくしの職場でもありますから、騒動が収まるまでなら。ただ危険が伴う可能性がある場合、ヘアが手っ取り早く殲滅の方向へ舵を切ると思いますので、要請の際は熟考の上でをお勧めいたします」

 

ヒンが事実を述べれば、リラの表情が少し引き攣った。

目の前で誰かに危機が迫り自分が解決または助力できそうであれば、勿論ヒンは躊躇うことなく協力はする。だがそれ以上の協力となると考えるし、行ったこともない思い入れもない地方へわざわざ赴く気はない。

ヒンの優先順位の一番はヘアで、それ以降は友人や同僚が続き、他人はそれよりも下だ。三原則も簡単に破ってしまえるので、己の命や弟の心配を犠牲にしてまでは全ての人間を助けるつもりはない。自己犠牲の精神に溢れた正義感の強い人であれば、率先して協力するのだろうが。

 

「ですが、わたくしがウルトラホールに巻き込まれたのだと皆に伝え、知る限りの情報を提供してくださったこと、感謝しております。原因も分からずただ精神が摩耗していくよりは、手の出しようがなかったとしても理由の分かる方が精神的にはマシだったでしょう。ありがとうございました」

 

彼女もまたウルトラホールに巻き込まれて未だ記憶喪失中だが、ホウエン地方出身なことは覚えているらしい。この世界と同じであれば風習や文化も似通っているだろうと、ヒンは頭を下げて礼を述べた。

 

ヒンとヘアだけでなく、ノボリとクダリ、アクロマにも連絡先を渡して、リラは戻っていった。忙しい中で時間を捻出して来てくれていたようだ。

国際警察の方から、シンオウ警察へ先に事情説明も行ってくれ、ヒン本人による事情聴取は赴かなくとも良くなったらしい。ショウから同席を頼まれるかもしれないが、ヒン側の事情は言わなくていいし、国際警察から機密情報だと口止めされていると言えばいい、と言質も取った。それが守られないようであれば此処に連絡を、と別の窓口の連絡先も教えてもらったので、何とかなるだろう。

 

その後ヒンは、ノボリとクダリを宥めるのに苦労した。

結局は、これまで通りヒンがこの世界に滞在する際には全面的に協力する、ということで話はついた。そもそも、似て異なる世界の自分に対応する人物だからと、他意もなく好意的に接して匿い、快適に過ごせるよう取り計らってくれていたのはノボリ達だ。むしろヒンの方がその恩返しが出来て良かったのだと言えば、納得しかねてはいたが最後には頷いた。

本来なら経由した似て異なる世界での協力者、特にヒンとヘアの体を改良してくれた人には丁重にお礼をしたいと思っているのだが、いらないと事前に言われている。

 

見たいと言うのでヒンがバトルフォルム姿を見せた後、ノボリとクダリは名残惜し気にアクロマと共にイッシュへと帰った。

アクロマはともかく、ノボリとクダリはギアステーションで働いていて重要な業務もこなしている。休むには余程のことがなければ事前に通達しておく必要があるが、余程のことだと休む予定がなかったにも関わらず駆けつけてくれていたらしい。移動に時間もかかるし、一日が限度なのは尤もだ。

 

その日、ヒンとヘアはトバリシティ内のホテルに泊まった。二人とも睡眠は必要ないのだが、二日続けてポケモンセンターで過ごしたり、屋外で夜を明かすわけにはいかない。

街の外へ観光や散歩をすることも考えはしたのだが、トバリシティに留まると言ってしまっている。早朝までに戻ることも可能だが、約束を違えることになるしヒカリがやきもきするかもしれない。

そのため、ホテルでしたことといえば、電子化してネット上での情報収集と、仲良くなったギアステーションの面々との動画通話くらいなもの。

シンオウ地方とイッシュ地方との時差で、こちらが深夜でも向こうは午前中。ノボリ達から連絡が行ったらしく、ヒンのスマホの番号を知っているギアステーションの職員達が、始業前や休憩時間に代わる代わる連絡が来たため、無事を報告できたし退屈しないで済んだ。

ヘアはネット配信でこちらの世界の映画鑑賞。ヒンがギアステーション職員と一緒に映画館に行ったものを中心に見ている。ヘアも一緒に会う機会があったとき、ひとりだけ話についていけないのが嫌、ヒンが観てたものをみたい、ということらしい。

 

ちなみにヘアは今回、この世界のクダリに対応する人物として訪れている。故に、ミッションをこなすか数日滞在すると強制的に元の世界へ戻される仕様だ。

ヒンは物として運ばれているため、ひとりで似て異なる世界へ渡ることは出来ない。このままこの世界に滞在し続けるならいいが、他の世界へと渡るためには、一旦造られた世界へと物として渡り、向こうの世界の住人としてハイルツリーを使用する必要がある。

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

夜が明けた後、ヒカリから連絡があり、警察がショウの事情聴取に来ることになったため同席してほしい、と頼まれた。

捜索願は取り消され、無事は報告してあるものの、警察としては早く話を聞きたいようだ。熱も昨日の夜には下がり、今日も平熱のままだったからこそ承諾したらしい。

 

そうして二人揃って訪れたショウの家。呼び鈴を鳴らしヒンが来訪を告げると、勢い良くドアを開けたショウが突進してきたため、ヒンは一瞬考えて躱した後でショウを足から掬い上げるようにして自身の左腕の上に抱き上げた。ショウの心情的に避けない方がいいと思ったが、身動きが取れなくなるのは困る。

そのまま首に手を回して抱き着いてきたショウの背をヒンは優しく撫でた。

 

「おはようございますショウ様。お元気そうで何よりでございます。いかがなさいましたか」

「ヒンさんいた、良かった……おはようございます。……起きたら自分の部屋で、ママもパパもいて、今までのことは熱に魘された夢だったんじゃないかって……」

「夢ではございませんよ。ヒスイの地で負った傷や、否応なく鍛えられた体力や俊敏さは、一日臥せっただけではさすがになくなってはいないでしょう。急な変化には戸惑いますね。徐々に慣れてまいりましょう」

 

ショウは望んでヒスイ地方に行ったわけではない。嫌な思いも痛い思いも辛い思いもしただろう。

それでも、体を張って命を懸けてヒスイ地方のために、ヒスイに住む人やポケモンのために尽力した。その頑張りが全て夢だったと言われたら、悔しくて悲しくてやるせない。ヒスイ地方で共に過ごしたヒンの存在を確かめて、ようやく安心できたのだろう。

とはいえ、ヒスイの地よりもシンオウ地方で過ごした時間の方が長く、こちらの生活の方が格段に便利だ。ヒスイ地方に慣れるよりも、ずっと早く馴染むに違いない。あの頃は誰も彼も余裕がなく、生きるために働き続けるしかなかった。だが此処では名実ともに子供として庇護され、両親や年上のいとこといった保護者もいる。

 

「ショウ様、紹介したいものがいるのですが宜しいでしょうか」

「はい……あ」

 

ショウの肩を突いて促すと、顔を上げたショウと彼女の正面の方向へ回り込んでいたヘアの目が合った。目を丸くしたのは、知らない人がいたからということではないだろう。

ヘアはヒンをベースに兄弟設定で造られているため、表情は違えどパーツは同じでよく似ている。双子で身長も同じであるノボリとクダリ程ではないが、一見して兄弟だと分かるはずだ。

ニコッと笑ったヘアが手を差し出すと、おそるおそるショウも右手を差し出した。その小さな手を優しく握りながら、ヘアは口を開く。

 

「初めまして、ぼくはヘア。ヒンの弟だよ。きみのことは兄さんから聞いてる。兄さんを一緒に連れ帰ってくれて本当にありがとう」

「う、ううん……あたしこそ、ヒンさんがいなかったら、帰ってこれなかっただろうから……」

「そっか。でもありがとう。こんな小さいのに、よく頑張ったねえ。お疲れさま」

 

そう言われて、ショウは嬉しさを滲ませながらも少し寂しそうに小さく口角を上げた。

 

その後警察が到着して行われたショウへの事情聴取は実にスムーズに、そしてショウにはそれほど負担にならず終えることができた。

事情聴取の場に、ヒンとヘア、ショウの両親とヒカリ、そしてシンオウリーグチャンピオンのシロナが同席していたから、というのが大きな理由だろう。

 

こんなに大勢の同席はと少し渋られたものの、容疑者の取り調べでもなく、相手はつい先日まで行方不明だった子供。大人の家族が同席するのは当然だし、当事者の一人でもあるヒンは補足も出来るから必要。ヘアは笑顔のまま、もの言いたげな視線を無言の圧で流していた。

そしてシロナはチャンピオンで考古学者だ。かつてシロナに勝ったことがあり殿堂入りを果たしたヒカリが、伝手で呼んだとか。過去に行っていたと聞いた瞬間、二つ返事で快諾して即効で飛んで来たらしい。警察もチャンピオンがいる場で無理は通せないし、歴史と神話に関しての説明は任せられる。

 

そのシロナだが、ヒンとショウにとっては、非常に見覚えのある容姿だった。シロナを男性にすればウォロに似るし、シロナを銀髪にして気だるげな表情をさせればコギトに似る。

ネットやテレビを通してシロナの顔は知っていたため、二人を初めて見た際に似ているなとは感じたが、実物とはまた印象が違うだろうと思っていたのだ。しかし実物も本当にそっくりなことに驚いたショウは思わず「古代シンオウ人だったり、そんな知り合いがいたりしますか?」と問い尋ねていた。ちなみに答えは「いいえ」であり、嘘を吐いている素振りは微塵もなかった。

 

 

 

「――さて、それではわたくし、そろそろお暇いたします」

「えっ、ヒンさんもう帰っちゃうんですか? その、シンオウ地方を見て回ったりとか」

「イッシュ地方でも元いた世界でも、わたくし急に行方不明になったようなもので、友人や知人、同僚に非常に心配をかけております。通話やメッセージでは無事を伝えられましたが、直接顔を合わせた方が宜しいでしょう。そもそもわたくしがいた世界の方達には、ヘア以外は言葉や文字でのやりとりも出来ておりませんので、ヘアが帰る日取りに合わせてわたくしも一旦帰ろうかと」

 

警察も帰り、目をキラキラさせて話をねだるシロナに一通りのことを話し終えたヒンは、彼女が帰った後、おもむろに席を立った。

ヒカリも彼女を見送り、両親もお茶を淹れるために一旦席を立っているため、この場にいるのはヒンとヘア、ショウの三人だけ。

 

似て異なる世界への滞在は、せいぜいが数日程度。精密検査と本格的なメンテナンス、ポケモンとしての能力測定もしておかなくてはならない。ギアステーション職員達への挨拶が一瞬で済むとは思えないし、さすがにそんな失礼は出来ないので、そろそろイッシュ地方へ発つ必要がある。ヘアが強制的に戻される前に一通りの挨拶を済ませて、物として運んでもらわねばならない。

それにヒンは、ギアステーションの面々にも、そしてスイッチステーションの面々に早く会いたいとも思っている。

 

ショウに対して多少なりとも情はあるし、恩を感じているのも本当だけれど、これ以上はあまり関わるべきではないとも。

つり橋効果のようなものだ。文字通り住む世界が違う。尤も、ヒンはどちらの世界に永住するのか、今後どう過ごすかまだ決めかねているのだが。

綺羅星のような才覚を持つ少女には数多の未来がある。今までは生きることに必死だったが、好きに世界を見て好きなところへ行くべきだ。

ヒンの言葉を聞いたショウはキュッと口を引き結んで膝の上で拳を握り、逡巡するように口を開閉させた。

 

「そう……ですよね、ヒンさんのこと心配してますよね。あの、またシンオウ地方に来ますか?」

「現段階ではお答えいたしかねます。弟と同僚が世話をしてくれていたとはいえ手持ちが心配ですし、元いた世界でも職場のある街以外を見て回ったことはございません。弟にイッシュ地方を案内しなければなりませんし、やることも行くところも多くあるので確かなことは」

 

ヘアは既にヒンのスマホで飛行機のチケットを手配し終え、玄関へと向かっている。

肩を落とし、眉尻を下げるショウと視線の高さを合わせてから、ヒンは努めて優しい声を出して言った。

 

「ゆっくり体と心を休め、この時代に慣れ、ご家族に存分に甘えて、最初の一匹をいとこのお姉さんに貰って、ジム巡りの旅に出る。ショウ様のやるべきことと、やりたかったこと、でございますよね?」

「はい……」

「ならばそうなさいまし。まあ、旅の途中でアルセウス同担拒否ガチ勢の方にお会いすることがあれば鍛え上げた投擲力でこう、顔面にどうぞ」

「ふふ、そうでしたね。叩きつけられたら一番に知らせたいので、連絡先を教えてもらってもいいですか?」

「勿論です。ただ、この世界にいる時だけしか連絡は取れませんので緊急時はイッシュ地方のノボリとクダリにご連絡を。事情を話して許可を取った後に彼らの連絡先を送ります。この世界を行き来した際に更新するSNSを始めてもよいかもしれません。始めたらそれもお知らせいたします」

 

ある意味諸悪の根源と言ってもいいが、こうやって話題に出すだけでショウの笑みを引き出せることは感謝している。

叶うなら、本当に顔面にヒスイ地方の図鑑を叩きつけてほしいものだ。

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