黒の流星 作:ほせき
そうしてヒンはイッシュへと渡り、諸々の用事とギアステーションでの挨拶を済ませ、ヒン達が造られた世界へと帰った。
話には聞いていたが、ヒンも人としての権利もポケモンとしての権利も無事に獲得しており、以前のように偽造されたものではなく、きちんとした身分証が発行された。これでハイルツリーも使用できるし、ジム巡りや他地方へも正式に行くことが出来る。勿論、ヘアとの続柄は兄弟と記載されている。
さて、身分証を手に入れた後は、ヒンが最も心待ちにしていたが同時に大層緊張することが待っていた。目の前には、ヒンの手持ちのポケモン達。尤も、今のトレーナーはヘアで登録されており、元、がつくのだが。
忙しい中でも時間をかけて手入れされていたのだろう、健康状態も良く、光沢や毛並みも申し分ない。
「皆様のお元気な姿を再び拝見できて、わたくし嬉しゅうございます。この度わたくし、正式に身分証を手に入れましてバトルメトロ以外でも大手を振って手持ちポケモンを連れ歩けるようになりました。以前とは些か変わっているところがあると感じているでしょうが、それでも宜しければ改めてわたくしの手持ちになっていただきたく思います」
ヒンがそう言うと、シャンデラがふわりと近付き、至近距離でヒンの顔をじっと見つめた。
今度同じことをしようとしたら ゆ る さ な い。
シャンデラは凄んで言った。同じようなこととは、最終的に廃棄処分に異を唱えなかったこと、それを手持ちには一切知らせず置いていったことだ。破れば、躊躇うことはないだろう。
今のように、バトルフォルムになっていなくとも、ゴーストタイプとノーマルタイプのポケモンの言葉は割と明瞭に理解できるようになった。他タイプはバトルフォルムになったときだけだが。
「肝に銘じます」
粛々と頷くと、シャンデラは頭の炎を揺らしてくるりと回る。他のヒンの元手持ち達もヒンの傍までやってきて、ヒンと腕を絡めたり足に寄り添ったり袖を引っ張ったりと、了承の意を示した。
「ありがとうございます。これからもよろしくお願いいたします」
ヒンがバトルフォルムになれること、ポケモンへと進化したことは手持ち達には包み隠さず話した。
以前からノーマルタイプとゴーストタイプとの意思疎通は何となく出来ていたが、それ以外のタイプでも意思疎通ができるようになって非常に喜ばれた。同じポケモンの手持ちになんて、と言われる可能性も危惧していたが、そうはならなくてホッと息を吐く。
ヒンの手持ちはバトルに積極的で割と血気盛んなポケモンが多いため、ヒンと本気でバトルできることも嬉しいらしい。今までも多少は一緒に体を動かしていたが、手持ち側は手加減が必要だったため、少し物足りなかったのだろう。ストレス発散やいざという時の備えができるので、付き合ってくれるのはヒンとしてもありがたい。
ちなみに、この世界の人間には誰一人として打ち明けていないし、そのつもりもない。ヒン自身のボールは隠してヒンが身に着けている。勿論ヒンのトレーナーはヘアで登録されているが、公式試合に出たり行方不明届を出したりしなければ、開示する必要も誰かに知られることもない。
手持ちポケモン達のことが終わったら、次は人間だ。ヒンにとっては、その次に緊張するし顔を見られるのは楽しみでもあった。似て異なる世界の、ノボリとクダリがいる世界の彼らに会ったからこそ、懐かしく感じたし話のネタにいいなとも思っていた。
だが同時に少し憂鬱でもある、と感じたヒンの直感は正しかった。スイッチステーションに顔を出した途端、物凄い形相で詰め寄られたからだ。
「あんたはもう、ホンマに~っ……、んな大事なことは言えっちゅーねん!」
「そうですよボス! 最先端のロボットですって紹介、本当だったんじゃないですか!」
「そっちもだけどそっちじゃなくてですね! 何でもう上からの理不尽な命令にも素直に従おうとしてしまうんですか!」
「相談してくれてれば、苦肉の策で逃がす前にどうにか出来ていたかもしれないのに……!」
「しかしわたくしの存在及び人に紛れて人として仕事をするのは研究所の機密事項ですから、所外の方に漏洩するのは社会人としての自覚が些か欠けているのでは?」
ヒンの言葉に、それはまあ確かに……と、真面目な社会人達は一様に苦い顔をした。会社の情報は公式に公開、発信していること以外、たとえ家族であろうとも話してはいけないのは基本である。
姿勢を正したヒンは、ゆっくりと職員達の顔を見回してから口を開いた。
「皆様、わたくしのために尽力してくださったとヘアから聞きました。結果的に勝訴したものの、研究所に訴えられたとも。たいへんご迷惑をお掛けしました。皆様を欺いていたにも関わらず、そこまでしてくださり、本当にありがとうございます。皆様はお怒りになるでしょうが、わたくし自分の体の状態は分かっておりましたので、廃棄処分には納得していましたしそのつもりでございました。それでも、こうやってまた皆様と相見えることが出来てわたくし、心の底から嬉しく思っております」
それを聞いて、職員達は顔を見合わせて笑った。嬉しそうに、または仕方なさそうに、あるいは照れくさそうに。
ヒンとは一番付き合いの長い職員が、手を伸ばしてヒンの肩に腕を回しながら、ニヤニヤした顔を近づけた。
「ほーん? ほんならわしらに会えて嬉しいボスは、何でも言うこと聞いてくれるな?」
「叶えられる範囲でしたら。しかしわたくし、もうバトルメトロどころかスイッチステーション勤務でもないのでボスと言うのは……」
「せやから、わしらのボスに戻りい言うとんねん」
「ヘアに全て引き継ぎましたし、以前のわたくしの立場にいるのはヘアでは?」
「うん。だから君に駅長になってもらおうかなと思って」
にこにこしながら駅長はさらりとそう言った。今のヘアは以前のヒンと同じ助役、つまりスイッチステーションで二番目に偉いということ。
「人としての権利は得たとはいえ、学歴も此処以外の就労経験もないわたくしがトップというのは示しがつかないのでは?」
「スイッチステーションの募集要項には学歴不問と書いてあるし、一番偉い私が直接雇用するのだから問題はないよ」
「トップふたりがヒューマノイドというのに、異を唱える方もいますでしょう」
「少なくとも今のスイッチステーション内に表立ってそんなことを言う人はいないし、ヒンくんとヘアくん以上の働きが出来る人だけ直談判してきなさい、って言えば誰も来れないよね、私も含めてだけど。それにほら、バトルメトロとしては話題性があって逆に良いよね」
「駅長はどうなされるのです」
「そうだねえ、清掃員兼相談役としてスイッチステーションで雇ってもらおうかな」
この場にいる者達はヒンのために尽力し、再会を喜んで出迎えてくれているため、反対の声は上がらない。
ヒンなら最高の結果が出せることも、話題性に富むことも確かだ。駅長も若くはないし、そもそも年齢と体力ゆえにこなせる実務があまりなかったのも事実。それでも広い人脈と視野は貴重だし、穏やかで人当たりの良い性格の駅長を慕う職員も多かった。駅長としてでなくとも残ってくれるのであれば、ヒンとしても心強く罪悪感もさほどないものの。
「それとも、スイッチステーションやバトルメトロは嫌いかな?」
「とんでもない! そんなことはございません」
「他にやりたいことがあるなら、勿論そっちを優先してくれて構わないよ。命令されることも強いられることもない、せっかくのきみの人生なのだから。明確な夢がないのであればそれが見つかるまで、一緒にいてほしいっていう私達の我儘だからね」
「明確な夢があるわけではございません。……それほどまで言っていただけるのでしたら、謹んでその任お受けいたします」
瞬間、その場にいたヒンとヘア以外の者達が沸いた。
「よっしゃ取ったったで!」
「三年の間にそこまで人員不足に?」
「ちゃうわ! ヘアから聞いてん。ボスが匿われとった世界でも、ずっとおらんかって勧誘されとったんやろ?」
「匿ってくれてたのは感謝してますけど、ボスはうちのボスです!」
「よそのスイッチステーションにやか誰があげたるか! どこの地方にもどこの世界にも好きに旅行に行ってかまんし、ジム破りもリーグ荒らしも存分にやったらええけど、帰るんも働くんも此処やからな!」
「そこはジム巡りやリーグ挑戦であって、ジム破りやリーグ荒らしをするつもりは毛頭ございませんが」
「ボスの強さだと、最初は確実にそうなりますよ」
「ボスが他所に言っちゃうとヘアさんも一緒に行くっていうし……」
「本気でスイッチステーションが嫌になるまでは、ずっと此処にいてください!」
ヘアはヒンの行くところならどこでもと言って、どの世界がいいかは言わなかった。
ヒンにとって一番長く滞在したのはヒスイ地方だし、造られて故郷と呼べるのはアインアル地方。
だがもう行くことが叶わないヒスイ地方を除けば、直近まで働き滞在していたのはイッシュ地方。友人と呼べる人は、アインアル地方にもイッシュ地方にもいる。実際に、ノボリとクダリ、そしてギアステーションの面々にも勧誘はされた。
だけどまあ、一緒に働いていた上司または同僚がヒューマノイドの上に廃棄処分になりそうになり、更に避難させた先で行方不明騒ぎと一等心配を掛けて、尽力してくれて、ここまで望まれているのであれば、迷うことはない。
「あらためまして、皆様これからもよろしくお願いいたします」
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綺羅星の如き才覚を持つ者達の集う場所。
その調査隊服を髣髴とさせる紺色のコートに、黒のインナーと白いブーツを履いた少女が、ボールを手に対峙する。
背が伸びて少し大人びた顔つきになり、バッサリと短く切って大胆に髪型を変えているが一目で分かった。それに意志の強い瞳は今も変わらない。
ヒンは他の地方へも旅行へ行くこともあるし、ノボリとクダリや駅員達と会うためにイッシュ地方へ渡ることもある。だがずっと住み仕事を続けているのはアインアル地方。
当然ながら互いに交わることはなく、数年間ずっと、ヒンが登録したSNS上での短いやりとりのみ。元気であることは分かっていたけれど、直接顔を見えるのはあれ以来でひどく懐かしい。
だけど今は勤務時間中。メトロマイスターとしての業務を果たさねばならない。
ヒンはいつも通り、帽子のつばを右手で掴みながら口を開いた。
「本日はバトルメトロご乗車ありがとうございます。わたくしメトロマイスターのヒンと申します! あなた様がポケモンのことをよく理解なさり、どんな相手にも自分を貫けることは重々承知ではありますが……わたくしの本気の手持ち相手に勝利もしくは敗北どちらに向かうのか、全力でお相手いたしましょう」
「はい! 約束通りヒンさん、勝負です!」
「それではショウ様、出発進行ーッ!」
本編はこれで終了です。