黒の流星 作:ほせき
ヒンの目の前に並べられた、色とりどりのボール。
トレーナー資格さえ持っていれば店で購入できるものから、オシャボと呼ばれる珍しいボールまで一通りある。
どんなポケモンでも捕獲できるというマスターボールを手に、正面に立つヘアが口を開いた。
「マスターボール以外は一通り入ってみて、どう? というか一揺れ分で中の居心地って分かるものなの?」
「長時間ボールの中にいるのであればまた違うのでしょう。ですが一揺れ分の時間であっても、入った際の空気、感触、体の軽さや中からの見え方は異なりますね」
「色も違うから見え方はともかく、そんなに違うもの?」
「違いますとも! 強制的に体を小さくさせられるわけですから、その強制の仕方とでも言いましょうか。体を小さくさせることが出来るもの同士であれば、感覚はよく分かると思うのですが……」
「手持ち出そうか?」
「いいえ結構。ともあれ、それぞれのボールの個性は理解しました。ボールに入るのを嫌がるポケモンは、小さくさせられる瞬間が嫌か、あるいはボールの感覚が嗜好と個性に合っていないのでしょう」
ヒンとヘアは、バトルメトロの練習場を締め切って誰も入れない状態にし、監視カメラも切り替えて保存させない設定にした上で、ヒンがボールに入っては出る、ということを繰り返していた。
ボールは全てヘアのもので、一揺れしたら気合で出て、捕獲状態にならないようにしている。
うっかり捕獲されたとしても、最終的にヘアのボールに入って、いわゆる手持ち状態にするつもりだし、その場で逃がす作業をすれば問題ない。
まずは伝説ポケモンでも捕まえてしまうマスターボール以外のボールで、未捕獲状態でどんな感覚かを試した。
次は捕獲後に、数分以上ボール内に留まっての居心地の良さだ。
ちなみにマスターボールはシルフカンパニー製で、今回の権利訴訟騒ぎで知り合った際、ヒンとヘアは一つずつ正式に貰っている。
ヒンが一つずつボールに入り捕獲状態にしてキッカリ五分後、ヘアはトレーナー登録を解除してボールを破棄する、逃がす作業を淡々と行う。
「基本的にトレーナー自身がポケモンを捕獲するボールを選びますが、ヘアに希望はないのですか?」
「別に何でもいいよ。ぼくがボールを下げて兄さんをバトルに出すわけじゃないし。ラブラブボールでもムーンボールでもいいけど、ネストボールとレベルボールに入ってるのはちょっと癪かも。誰かに見られるわけじゃないから、居心地が良くて配色が気に入ってるなら仕方ないけど。見た目とかエフェクトの好みは?」
「見た目はやはりシンプルにモンスターボールかプレミアボールかと思いますが、エフェクトはヘビーボールも捨てがたくて」
「兄さん、はがねタイプの技も結構使えるしそれもいいかもね」
ヘアの言葉通り、どのボールを選んだところで誰かの目に留まることはない。
部品の一部を品質改良、軽量、縮小化しそれに入れ替えたため、ヒンの体内に隙間が出来、その中にボールを収められるようになった。元々ボールから出たままヒンが持っておくつもりだったが、そうすれば失くしたり誰かに盗られる心配もない。
ボールから出たままでいるため、こうやって一つ一つボールに入っているのは本当に好奇心を満たすためだけ。
実際にボールに入ったときの居心地はどうなのか、ボールごとに差異はあるのか。
次にモンスターボールを手に取ったヘアを、ヒンは手を翳して止めた。
「ひとつ思いついたことを試してみようと思います。五分経ったら、外から知らせるだけにしてくださいますか」
「はーい。確かにポケモン目線での詳細レビューとかは聞いたことないけど、熱心だよねえ」
「ヘアには時間を取らせて申し訳ありませんが、せっかくの機会なのですから楽しみませんと」
ヒンがヘアのモンスターボールで捕獲されてから五分後。
ヘアは指先でモンスターボールを叩いて「五分経ったよ」と声を掛けた。
ぐら、ぐら、と二度大きくモンスターボールが揺れてからボールがひとりでに開き、ヒンが中から飛び出してくる。
「あ、ロック掛けてないと結構簡単に開くんだ」
「ええ。何となくコツのようなものは分かったので、次からはすぐに出られると思います」
「他のも同じかやってみる?」
「そのつもりですが、もう一度ボールに入るので今度はロックを掛けてくださいますか。三十分経ってもわたくしが出てこられなければ、一旦ロックを解除してください」
「ロックを掛けて出てこられたら困ると思うんだけどなあ……」
そう呟きつつも、ヒンがモンスターボールに入ったのを見届けてから、ヘアはロックを掛けて床に置いた。
ロック機能は、ポケモン自身や人間を守り、秩序を保つためにある。
怪我をしているのに無理に出ようとするポケモンや、ポケモン不可の飲食店や繊細な商品を扱っている店内でもお構いなしに出たがるポケモンをいるのだ。
また、ポケモンバトル中に、申請していないポケモンがロックをかけ忘れたボールから思わず飛び出してしまったという事例もある。
故に、そう簡単にロックを中から解除されては困るのだけれども。
ヒンはボールの特性や機能を理解しているだろうし、昔からある道具なので、設計書や解析レポートは誰でも閲覧することができる。実験をする前にそれらを読み込んでいるだろう。時間内にヒンがボールから出てきてもヘアは驚かない。
十五分後、ヒンがボールから出た衝撃で飛んできたボールを片手で受け止めながら、ヘアは溜息を吐いた。
「兄さんを閉じ込めるつもりはないけど、ロックの意味なくなっちゃうじゃん」
「中から解析に集中して何とか、といったところでしょうか。十五分で相違ないでしょうか」
「うん。ボールの中と時間経過に体感時間は変わらないみたいだね。兄さんの場合は万に一つも閉じ込められる可能性がなくなったってことは僥倖だけど」
「実際に出られた体感としましては、力任せの場合、非常に強大で稀有な力を持つ伝説のポケモンも可能かと」
「人間が作ったものだし、まあそんなもんだよね」
モンスターボールの解析を終え、残りのボールも同じようにロックなし、ロック有りでヒンが自力で出られるかを試した。
予備があったため、既に五分間居心地を確認済みのボールもまた、ロックを掛けていても出られるかの確認を。
ちなみに、数を経るごとにロック済みでも自力で出るまでの時間は短くなっていった。最後はゴージャスボールだったが、一分も掛からないどころか三回揺れてすぐだった。
「結論。ボールのロック機能は、マスターボールとウルトラボール以外は全て同じ。ロック解除がより難しいのはマスターボールの方でしょうか。居心地の良さはおそらくポケモンによりけりですが、わたくし個人の感覚からするとヒールボールが僅差で一番でございました」
「じゃあヒールボールにする?」
「丈夫さも考慮してヘビーボールに致します」
「分かった。それじゃ一旦逃がしてヘビーボールにするね」
ヒンはヘアをトレーナーとしてヘビーボールで捕獲され、そのボールはヒン自身が体の中に収納してずっと持つこととなった。
ちなみに、バトルフォルムになっても支障がないかは確認済みである。