黒の流星   作:ほせき

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ショウだけ帰還したらIF話


IF話

シンオウ神殿に行ったはずのショウが、いつまで経っても帰ってこない。

そうヒンに訴えがなされたのは、ラベン博士に借りたポケモン図鑑を全て写し終えて完成した直後だった。

 

ポケモン図鑑を完成させ、「すべてのポケモンとであえ」という使命は果たした。

そうして行くべき場所は、ヒスイ地方で最も天に近い場所。

何が起きるのかショウだけで確かめるべきだ、というラベン博士の言葉に従い、ひとりシンオウ神殿に向かったショウの背中を、ヒンも見送っている。

慣れているといえど油断しないように、と言い含めたし、今更ショウがそこらの野生ポケモンに遅れを取るとは思えない。

 

だけどギンガ団の面々に縋るような目で見つめられ、ヒンは天冠の山麓へと向かった。

おそらく通ったであろうルートをなぞって歩くが、ショウの姿も、彼女のものらしき落とし物も見えない。オオニューラとヒンの後継者のキャプテンに話を聞いたが、どちらもショウとは出会ってないと言う。

迎月の戦場の前でスカタンクと戯れるツバキを見つけ、ヒンは彼らに向かって口を開いた。

 

「ツバキ様、スカタンク、壮健でございましたか」

「スカタンクもこのツバキも、自己管理はしっかり出来ているからね。ノボリこそコンゴウ団にもシンジュ団にもめっきり顔を見せなくなって、臥せっているのかと思ったよ」

「ショウ様やギンガ団の手伝いをしておりました。シンジュ団は抜けましたし、ならばコンゴウ団もあまり訪ねない方が宜しいかと思いまして」

「コンゴウ団でもないのに来てたんだから今更じゃないかい。アニキだってノボリに会いたがっているよ」

「セキ様はムベ様に弟子入りしたためコトブキムラで会う機会もあるのですが、ツバキ様がそう仰るのであればツバキ様の所やコンゴウ集落にもまた顔を出しましょう」

「ツバキじゃなくてアニキが!」

「ところでツバキ様、ショウ様をお見掛けいたしませんでしたか?」

「ショウ? ……そういえば何日か前に山頂ベースで休憩しているのを見たかな」

「なるほど。ありがとうございます」

 

少なくとも、此処までは問題なくやって来たらしい。

異変があったならツバキもさすがに気付いただろうし、そもそも山頂ベースのギンガ団員が報せているはずなので、ただの確認だったのだが。

 

「ショウに何かあったのかい」

「ショウ様の身に危険が及んだとは考えておりませんが、そうでないことを確認するためにわたくしが参りました」

 

憎まれ口を叩いていてもその実力は認めているツバキは、ショウの身を案じて眉尻を下げたので、心配ないと告げる。

 

ヒンの予想が正しければ、ショウに異変は起こった。

だが皆が危惧しているような、事故や怪我ではないだろう。

ツバキの心配そうな視線が背中に刺さるのを感じながら、ヒンはシンオウ神殿を目指す。それまでの道中や岩の門にも特に異変はない。

 

ポケモンへと進化した所為でよりざわつくようになった気持ちを抑え、ヒンはシンオウ神殿に足を踏み入れた。

相変わらずポケモンの気配はなく静かな空間。

ショウが出掛けてから数日が経っている所為か、足跡はなかった。だが、バトルをしたような跡もない。

 

何らかの痕跡はないか目を凝らしながら歩くが、ウォロと共にやって来てバトルした時から、何の変化もない。

ギラティナが薙ぎ倒した柱に、ヒンが巻き込まれた痕。それ以上争ったり、大きなポケモンが下り立ったような形跡はヒューマノイドのヒンでも見つけられなかった。

 

突然やって来たヒンとは違い、ショウはアルセウスに連れてこられた。

そのアルセウスに課された使命を全て果たし、会うことが出来たのであれば。

 

 

 

「元いた場所に帰ることが出来た、ということなのでしょう。シンオウ神殿近くまでの目撃証言はあり、遺留品や争った形跡、何らかの事故が起こったような形跡もございませんでした」

「そんな、何も言ってなかったのに……」

「そもそもショウ様自身が望んで時空の裂け目から落ちてきたのではございません。この地にやって来たのがアルセウスの意思一つなら、帰るのもまたアルセウスの匙加減。言葉を残す間もなくだったのではないでしょうか。ですが故郷に、待つ人がいる所へ帰ることが出来たのならば、非常に喜ばしいことです」

 

ヒンの言葉に、テルとラベン博士は残念そうな顔をした。

それは分かるけれど寂しい、せめて最後に挨拶くらいはしたかった、ということだろう。

だけど機を逸して帰れなくなるくらいであれば、この方が良かったとヒンは思う。

眉間に皺を寄せ、目を閉じたまま何事かを思案していたシマボシは、しばらくしてから視線をヒンへと向けた。

 

「念のため、ひと月はショウの宿舎はそのままにしておく。その後、ショウの荷物はあなたに一任しても?」

「かしこまりました」

「あなたがギンガ団に所属するのであれば、そのまま使用しても構わないが」

「わたくしはショウ様の傍にいただけであって、ギンガ団に所属しているつもりはございませんので」

「承知した。団長にはショウのことも含めてその旨を伝えておく」

 

 

 

 

――シマボシの提示した一か月後、ヒンはショウの宿舎の片づけを行っていた。

 

本人の了承も得ず不在のまま宿舎に入り片づけをするのは申し訳なく思うが、ショウはヒンがヒューマノイドでポケモンへと進化したことも知っている。純粋な成人男性ではないということで、目を瞑ってほしい。

 

ヒンが板の間から先に上がったことはなかったが、ショウの宿舎は綺麗な状態だった。

食事はイモヅル亭で摂り、普段は調査隊員としてヒスイの地を駆け回っている。この時代に娯楽もほとんどなく、たまに寝に帰るくらいであればこんなものだろう。

ロトムが入っているカラクリ、様々なアイテムが入った道具箱。

これらはギンガ団、というよりもシマボシかラベン博士に預けてもいいかもしれない。

 

呉服屋で購入したであろう着物を整理している際、小さなつづらの蓋を開け、ヒンは動きを止めた。

この時代には見慣れない素材、デザイン。このTシャツとハーフパンツは、ショウが時空の裂け目から落ちてきたときに着ていたものだろう。

同じつづらの中に、ゲンゾウが撮ったのであろう写真が何枚も入っていた。

ショウの手持ちポケモン、シマボシとケーシィ、カイとセキ、コギト、それからヒンが一緒に写ったものもある。せっかくだから、と乞われて一枚だけ撮ったのを思い出した。

急に帰還できるとは思っていなかったのだろう。予測できていたなら皆に別れの挨拶をしていたはずだし、こういった私物も持っていくか処分していたはずだ。

 

口元に手を当て、ヒンは思考する。

宿舎を片付けて一通り挨拶をしたら、この時代のイッシュ地方へ行くつもりだった。

 

元より、計算上はヒンがいた時代までは稼働し続けられない。

それに未来の時間軸であろうとも、ヒンのようなヒューマノイドは、ヒンがいた世界では過ぎた技術である。この体は科学力がより進んだ世界で改良、調整されたもの。

この世界の者の手に渡らぬように、どうにかメッセージだけ遺せれば、とは考えていた。

 

予定を変更した方がいいかもしれない、とヒンは手を動かしながら今後について計画を練った。

 

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

 

たった一人、ショウは現代に帰ってきてしまった。

 

そんなつもりじゃなかった。ポケモン図鑑を完成させて、すべてのポケモンと出会え、という使命を果たし、問答無用でアルセウスに挑むこととなり。

帰してほしいと言って、了承してもらえたまでは良かった。

皆に挨拶するために一旦コトブキムラに戻って、ノボリも一緒に帰るつもりだった。

 

だけどそれを口にする前に、アルセウスはその場ですぐにショウだけを元に戻した。

思えば、ヒスイに来たときも意見など聞かれなかったのだから、予想しておくべきだったのだ。ショウ一人帰ってきてからそう思っても、もう遅いのだけれども。

 

 

気付けばショウは着の身着のまま、調査隊服を着て手持ち六体分のボールとポーチを腰に付けたまま、自室のベッドに横たわっていた。

日付はショウがヒスイ地方に落っこちた日。

スマホも元に戻っていて、ショウ以外は何も変わってはいなかった。

 

一年だ。一年以上、ショウはヒスイ地方にいた。

年齢を勘違いされて、怪しまれながらも生きるために体を張って、ヒスイの地を駆け回って頑張った。

キング達を鎮めて、赤く染まった空を元に戻して、世界の再創造を阻止して、ついにポケモン図鑑を完成させた。

だけどそれを知っているのは、それが記憶にあるのはショウと手持ちの六匹だけ。

 

時間が経っていて行方不明扱い、などということはなかった。両親に心配をかけないで済んだ、ということは良かったのだろう。

一夜にして背が伸びて、ちょっと逞しくなっていたのには訝し気な表情をされたものの。

ショウがヒスイ地方に落っこちる前の日常そのままだった。

ポケモンは危険な存在などではなふしぎな隣人で、科学は随分と発達し、街は大層発展している。く

 

叫び出して、泣き喚いてしまいたかった。

家に帰れて、両親にまた会えたことは嬉しい。

暖かくて柔らかなベッド、慣れ親しんだ美味しい料理、スマホで離れていても連絡が取れて、ネットで何でも調べられる。

 

だけどショウがどれだけ苦労してどれだけ頑張ったか、誰も知らない。どんな思いをして、どんな体験をしたか、知る人はいないのだ。

 

ショウがヒスイ地方で生きていたことを知っており、共に過ごした仲間達。確かにあの人達がいたと、頷いて同意してくれるポケモン達。

そして調査隊服とポーチがなければ、ショウは本当に壊れていたかもしれない。

 

 

 

一か月後、当初の予定通り、ショウはジム巡りの旅に出た。

いとこから貰う予定だった最初の一匹は早々に断ったが、まだ用意する前だったのは僥倖だった。

だって今のショウには、ヒスイの地を一緒に駆け抜け苦楽を共にしたポケモン達がいる。不思議なことにポケモン達はショウが親として登録されており、ぼんぐりのみで作った木の感触のするモンスターボールではなく、緑色のつるりとしたボールに変わっていた。

 

両親やいとこに、既にポケモンを持っていることは言っていない。

どう説明していいか分からないし、混乱させるだけだろう。無闇に心配させたくはないし、心配のあまりポケモンを取り上げられたり、旅を延期されたら困る。

ショウの手持ちの内、二匹は現代では見ないリージョンフォーム姿だ。

バッジも持っていない、勿論何の権力もない今のショウでは、何かあっても守り切れない可能性がある。

 

ジムを攻略しバッジを手に入れれば、トレーナーとして一定の権利が認められる。

ヒスイ地方を共に駆けた手持ち達がいるなら、ポケモンバトル自体は早々負けるつもりはないが、この時代の法律には勝てない。

 

何より、バッジを集めて強さを示せば、イッシュ地方へと行けるかもしれない。

それとなく両親に聞いてはみたが、さすがに遥か遠い地方へ一人で行くことは許可されなかった。一人旅が許される年齢だから、許可を取らずに無理やり行くことも可能だけれども。さすがにそれはしたくない。

 

それに、殿堂入りまですれば、イッシュ地方へ行かずともバトルサブウェイのサブウェイマスターと連絡が取れるかもしれない。

ネットで調べてみたが、サブウェイマスターはイッシュ地方でも有名らしい。今連絡を取ろうと思っても、ミーハーなファンが戯言をと思われるだけだ。

もしも此処があのノボリがいた世界でなかったのなら、尚更。

無事に帰還できたら教えると言われて、ノボリの本当の名前も知らないままなのだから。

 

 

ショウは実に順調にジムを攻略していった。

あまりにも攻略が早く、途中からは先に連絡がいっていたジムリーダー達に驚かれたほど。

 

笛を吹けば来てくれるライドポケモンはいないとはいえ、問答無用で襲ってくるポケモンはほぼおらず、道も歩きやすく整備されている。ショウにとっては軽い散歩のようなものだった。

ジムバトルだって、ジムバッジ所持数に応じてジム側は手加減してくれる。ショウ達の障壁とはならない。

むしろ、真の力を解放したギラティナには敗れたとはいえ、ウォロやギラティナに勝利した面子で、苦戦するはずなどない。

 

全てのバッジを短期間の内にストレートで手に入れたショウは、そのままリーグにも挑戦した。

四天王も倒し、チャンピオンのシロナにも勝つことが出来た。

尤も、シロナ戦はショウの四匹目で何とか相打ちに持ち込んだ。僅かでも負けを意識したのは、帰ってきてからは初めてだった。

 

五匹目は現代では見ないリージョンフォームのポケモンだったため、冷や汗をかいたのは言うまでもない。

シロナのことは知っていたが、実物があまりにもウォロとコギトを思い出させ、動揺したのも原因だったが。

 

 

 

 

 

殿堂入りを果たしたショウは、その手続きのためリーグの建物内をシロナに先導されて歩いていた。ショウのいとこも、かつてこの道を歩いたのだろう。

 

「物凄く強いトレーナーがいるってジムリーダーから聞いていて、とっても楽しみにしていたのよ。まさかフルメンバーを見ることすら出来ないなんて、こんなに強いトレーナーは本当に久しぶり! 公式戦に出たこともなくて、ジム巡りを始めたばかりだなんて……強さの秘訣は何なのかしら」

「特にこれといって考えたことは……ただ必死で」

「ふふ、そうね。ちょっと鬼気迫る勢いだったかも。それでも、きみがポケモンのことが大好きで、ポケモンもきみのことを信頼しているのはすぐに分かったわ。チャンピオンを倒して殿堂入りをして、その先に目的があるのかしら」

 

バッジを八つ手に入れてチャンピオンに勝利し、殿堂入りすること。

最初のショウの目的は果たした。ここまで結果を出せば、現代では見ないポケモンを連れていても取り上げられることはないだろう。

周囲に人がいない時だけしかボールから出してあげられなかったが、これでようやく好きにさせてあげられる。

 

当初ショウが考えていたように、手持ちをヒスイ地方に残してノボリと一緒に帰還できていたら、現代のポケモンを捕まえて育て、ゆっくりシンオウ地方を回っていただろう。

ヒスイ地方を懐かしみながら、どこがどう変わったのか、あそこで出会った人達の痕跡がないか探したかもしれない。

 

でも今のショウの目的は、まずはノボリがいた世界かどうかを確かめること。

そうでないなら、ノボリの世界を探さなければならない。

ノボリの世界を見つけたら、あるいは此処がそうであるなら、本当のノボリに事情を話すつもりだ。

 

過去の世界で彼は生きていたこと。

ショウだけ彼を置いて帰ってきてしまったこと。

彼もまた帰ろうとはしていたこと。

ショウの話を聞いてくれるか、信じてくれるかは分からないが。彼の存在を証明するものなんて持ってない。

可能性があるとすれば、ポーチの底にひっそりとあった発信機くらいだろうか。いくら押しても、もう彼が駆けつけてくれることはなかったけれど。

 

シンオウチャンピオンは顔も広いだろう。地方が同じでもなく、リーグの管轄ではないが、バトルサブウェイに連絡を取ってもらうことは出来ないだろうか。

聞くだけ聞いてみようかと口を開きかけたとき、壁に飾られたものが目に入って、ショウは思わず足を止めた。

 

「すべてのいのちはべつのいのちとであいなにかをうみだす……」

 

ズイの遺跡で見た石板。それからシシの高台に描かれていた象形文字のようなもの。

本物ではないのだろう、ショウが見たのより小さいそれが、ショウの目線の高さに飾られていた。

細かい所まで覚えているわけではないけれど、あのとき眺めたそのままに見えた。

 

「まあ、素晴らしいわ、それが読めるのね! もしかして遺跡や考古学に興味があるの?」

「あ、いえ、そういうわけではないんですけど……」

 

読めるわけではない。ただ、この石板は野盗三姉妹から取り返したから、目の前で読み上げてくれたから覚えていただけ。

足を止めたショウの隣に並んだシロナは、自身も石板を見つめながら口を開いた。

 

「わけが分からなければ聞き流してね。綺羅星のごとき才覚を持つトレーナーさん。きみのランクは何?」

「マンテンボシ、です……」

 

考えるより先に口から零れ落ちていた。

答えてから、ショウは驚いてシロナを見上げる。シロナもまた、その顔に驚愕の色を乗せてショウを見下ろしていた。

 

「ショウさん、あなた……ちょっとこっちに来て!」

 

そう言うなり、シロナはショウの手を掴んで廊下を駆けだした。

最初は体勢を崩しかけたものの、ショウはすぐに持ち直してシロナから半歩遅れて走り出す。

 

「シロナさんさっきのって……!」

「このリーグを設立するとき、建物の設計、建設を無償で手伝ってくれた人がいたそうなの! 現代の建築基準でも十二分に通用する最先端の設計で、ポケモンと共に何十人分も働いてくれたって聞いているわ! さすがに無償でそこまでしてもらうわけにはいかないって当時のリーグ委員が言ったら、頼みごとをされたのですって! その一つが、さっきの石板を、殿堂入りした人を案内する廊下に飾ること!」

 

すれ違うリーグ職員達が、何事かとこちらを見つめる。シロナは話しながらも階段を下り、下へ下へと向かって行く。

 

「二つ目は、石板の前で足を止めた人にさっきの問いかけをすること! あたしもされたわ、意味が分からなかったけれど!」

 

収蔵庫、と書かれた部屋の前でシロナは足を止めた。ずっと走り続けていた所為だろう、シロナは肩で息をしている。

ポケットから取り出したカードキーをかざしたシロナは、少しも息を乱していないショウを促して部屋へと入る。

背の高い棚の間を、奥へ奥へと進んでいくシロナ。箱に収められているため、中身は窺えない。

 

早足で進んだ先、シロナはとある棚の最下段から一抱えもある箱を取り出した。

息を整え終わったシロナが、その箱を示して立ったままのショウを見上げる。

 

「最後に――問いに『マンテンボシ』と答えた人に、これを手渡すこと。力任せに衝撃を加えれば開くかもしれないけど、誰も開けられたことはないの。あたしも前任から引き継がれたときは半信半疑で、まさかあたしの代で本当に現れるだなんて……」

 

シンプルな、金属のようなもので出来た箱だった。

見た瞬間抱いた感想は、すごく機械っぽい。そう思って、ショウは目を見開いた。

 

まさか、もしかして、いや、でも、だって。

ぐるぐると、意味をなさない言葉が頭の中を回る。

石板、綺羅星のごとき才覚、マンテンボシ――その三つが偶然揃うなんて有り得ない。

未来でも通用する設計をして、何匹ものポケモンに協力を得られて、人よりずっと有能だなんて、そんな人はひとりしか知らない。

 

その場に膝を突いて、ショウは箱に触れる。三つの丸い小さな窪みに指を嵌めると、カチリ、と音がした。

ゆっくりと上部に手を添えて持ち上げると、難なく蓋は開いた。

 

中には、ついさっき作ったかのように色褪せても汚れてもいない、竹編の小ぶりな衣装ケースと、蓋つきの木箱が二つ。

その上には『マンテンボシの調査隊員様』と見覚えのある筆跡で書かれた手紙。

震える手でショウは手紙を開いた。

 

 

『この手紙を読んでいる方がいるこということは、この箱の時間と空間の固定が上手くいったのでしょう。調査が終わり逃がす前にお願いしたのですが、功を奏したようで何よりでございます。綺羅星の才覚を持つ方の中でも、マンテンボシの調査隊員様がこれを読んでいることを願っております。さて、ここからはその前提で書き記します。

 まずはお祝いを。おめでとうございます。無事に故郷に帰還されチャンピオンに勝利したからこそ、封を開けたのでしょう。ブラボー! スーパーブラボー! 直接伝えられないのが非常に残念ではありますが、文字でだけでも称賛を述べさせてくださいまし。あなた様の努力と頑張りが実を結んだこと、心から嬉しく思います。

 衣装ケースの中には此処へ来たときに着ていたという衣服と、呉服屋で購入されていた衣服を入れております。また、もう一つの箱には部屋にあった写真に加え、あなた様と思い出深いであろう方々の写真も勝手ながら追加いたしました。

 それから、完成した図鑑の複製も収めております。万物の創造主に執心している彼の方が完成を楽しみにしていたと博士から聞き、あなた様が残念そうな顔をされていましたので、行く先で出会った場合は些かの恨みも込めてどうぞ顔面に叩きつけて差し上げてくださいまし。何百年かかったとしても、と仰っていましたので、出会う可能性もゼロではないでしょう。

 放牧場のポケモン達は、全て適切に逃がしております。人に大層懐き、人の中に馴染んでさいごまで世話をしきれると判断した一部のポケモンは、譲渡したものもおります。ご安心くださいまし。アゲまるに新たなお友達が出来ましたが、調査隊隊長の出入りが非常に早足になってしまいました。少々申し訳なく思っております。

 この手紙は箱の時間と空間を固定する直前、オリジンボールに収めたポケモンを含む最後の二匹を逃がす前に書いておりますので、他の方々の行く末は分かりません。ただ、群青の海岸のキャプテン同士が夫婦になったのを見届けたことはご報告しておきます。

 あなた様は優しく責任感が強い方なので、わたくしのことを気に病まれているかもしれません。ですが、わたくしはあなた様とは全く別の原因であの場所におりました。自分の所為だ、あの時ああしていれば、等とは思わぬようになさいませ。それに、延命によってより未来を生きることは出来ても、通常は過去を見る機会などはございません。この目に焼き付けられることが出来、実際に己が関われるなど、なんという貴重な体験で幸運な出来事でしょうか。わたくしは好きなところへ行き、好きなところを見、好きに生きようと思います。どうぞあなた様も今後は強いられることなく、心穏やかに、心の赴くまま過ごされることを願っております。

 ですがもしも、わたくしに対して何かしたかったと思うのであれば、一つお願いがございます。わたくしがいた地方に赴くことがあれば、わたくしと同じ名の者に『でっかわいい弟はいるか』と尋ね、首を傾げないようでしたら下の木箱の中身をお渡しください。顕著な反応がない場合、首を傾げた場合はおそらくわたくしと異なる世界ですので、そのまま処分なさってください。よろしくお願いいたします。

 綺羅星の如き才覚を持つあなた様には、宇宙のように無限の未来が広がっております。広い世界を見て、あなた様らしい道を歩めますように』

 

 

恨み言を書いているとは思っていなかった。そんな人ではなかった。

ショウの知る限りでは、心の底から信頼できる絶対的な味方で、どんな時でも頼れる大人の男の人だった。

だけどここまでしてくれているとは思っていなかった。

 

決して夢ではない証拠となる写真と図鑑。ショウが着ていた服。

心残りだった、ショウが捕まえた放牧場のポケモン達。

他の人達がどうなったかも気になってはいたものの、ガラナとススキが夫婦になったと聞いて嬉しいし安心もした。

誰一人として名前を出していないのは、ショウの手に渡らなかったときのための保険だろう。

 

気に病むなと言われても無理だ。こんなに優しい人を置いてきてしまったのに。

それでも、ショウが悲しんでばかりいてうじうじしていたら、ノボリの方が気にする。いつでもショウのことを優先して、それとなく、あるいは大っぴらに守ってくれていた人だから、容易に想像できる。

 

 

手紙を元のように畳んでから顔を上げると、シロナを視線がかち合った。

リーグ設立以来ずっと引き継がれてきた謎の箱と、それを開けることができたショウのことは気になっていただろうに、ずっと静かに待っていてくれたシロナ。

ショウは目に浮かんだ涙を拭ってから、彼女に笑みを向けた。肩は震えているし、笑みを向けているつもりだが歪だろう。

好奇心を滲ませながらも、心配そうな色で浮かべたシロナが口を開いた。

 

「あの……ショウさん、中に何が入っているのか、差し支えなければ聞いてもいいかしら」

「……ヒスイの忘れ物と、届け物です」

「ヒスイって、シンオウ地方と呼ばれるより前の?」

「シロナさん、あたしの話、聞いてくれますか。信じられないかもしれないけど、これをずっと伝え続けてきてくれた人は、聞く権利があると思うから」

 

ギンガ団の功績は、シマボシが望んだように子々孫々へ伝え続けることは出来なかったのかもしれないが。

シンオウリーグの人達は、ノボリが託したものをずっと受け継ぎ伝え続けてくれていた。その一人であるシロナには、その経緯を、真実を知る権利がある。

伝説のポケモンによって過去に飛ばされ、そして帰還したなどと信じがたいことだろうけれど。

 

 

――遠い過去、この地がヒスイと呼ばれていた時代。

シマボシとデンボクと共に見上げた星空を、カイとセキと共に眺めた夜明けの光景を、ノボリと共に浴びた夕日のあたたかさを。ショウはよく、覚えている。




このお話はこれで終わりです。
読んでくださりありがとうございました!
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