黒の流星   作:ほせき

3 / 16
黒い車掌さん・イッシュ地方より

 

『エネルギー充填完了しました。起動します』

 

ヒンの思考が戻る。記憶にも記録にも欠落は感知されない。全身を探知すれば、古くなり摩耗していた部品が全て取り換えられているのが分かった。拒絶反応もなく、既存の部品と上手く馴染んでいる。おかげで耐用年数も遥かに長くなっているし、処理能力やバッテリー容量、効率も格段に上がっている。充電も太陽光や特定のポケモンの技から変換できるようになっている。

ヒンを造った研究所は、ヒンが知る限りではその地方、世界で最高峰の科学力、技術力があった。だがそれでも成しえなかったことが、ヒンの身に起こっている。

 

ヒンは瞼を開けて視覚からの情報を得る。

窓のない部屋に、様々な機材が多数置かれている。ヒンは中央に置かれた台の上に横たわっており、部屋には他に男性が一人。腰には幾つかモンスターボールが下げられているが、全てロックがかかっている。

眼鏡を掛けた男性は、目を見開いてヒンを見つめていた。頬は紅潮し、口角は喜びを抑えきれないというように両側がキュッと上がっている。

 

身を起こすまでに、ヒンは飛んでいる電波を介して電脳世界に接続する。ヒン自身がスーパーコンピューターのようなものなので、その程度は造作もなく、一秒とかからない。

接続した結果分かったのは、この世界はヒンがいた世界ではない、ということ。似て異なる世界、並行世界の一つだろう。

アインアル地方には、ハイルツリーと呼ばれる巨木があった。その巨木は数多の世界へと繋がっており、自分に対応する人物が存在する世界にのみ渡れる。ヒンは実物を見たことがないし行ったこともないが、存在は知っている。

ちなみに、似て異なる世界に渡っても、いつまでも滞在できるわけではない。一定期間以上滞在するか、ミッションと呼ばれるランダムに割り振られる特定の行動で、自身の世界へ強制送還される。だがそれは人だけであり、物はその限りではない。

 

この世界の言語をインストールし、膨大な情報をダウンロードしながら、ヒンは手を握る。スムーズに身も起こせたし、実際の動作も問題はない。

男性に視線を固定する。ヒンがいた世界と今いる世界、あらゆるデータを検索すれば、少ないながらも男性の情報が見つかった。誰かがハイルツリ―から渡った世界なのか、男性に対応するであろう人物はヒンがいた世界にも存在している。男性は興奮を抑えるように一度息を吐き、しかし大きく口を開けた。

 

「なんとまあ、すばらしい……! 人と見間違うような外見は元より、なんというスムーズな動き! 理論上は可能だと分かっていましたが、本当に目覚めて自ら動き出すだなんて! ああいや失敬! 興奮してわたくしだけが喋りすぎてはいけない。わたくしはアクロマという科学者です。わたくしの言葉は分かりますか?」

「ええ、起動後に学習したので分かります。アクロマ様、不躾ですが幾つかお聞きしたいことがございます」

「よろしい! ですがその前にこれを! 起動後のあなたにまず手渡すようにと預かっています」

 

アクロマがヒンに差し出したのは、小さなメモリーカードだった。彼はヒンが機械であることを分かっている。ヒンは受け取ったメモリーカードに、そのまま電子化した指を埋めた。

メモリーカードの中身は、ヘアからの伝言だった。今のヒンの状況説明に、弟からのちょっとした文句付きだ。

 

まず、ヘアはヒンの廃棄処分を良しとはしていなかった。

製作者の命令だろうが、それだけは許容できなかった。ヘアにも表向き、三原則は組み込まれている。だが、心から従えないと思えば破棄できる。ヘアもまた、その身は機械なれど中身は機械の比率が一番少ない。だからこそ目覚められたのだ。

そうして製作者の命令を蹴ったヘアは、駅長だけでなく他の駅員達にも事情をそっくり話して助力を乞うた。ハイルツリーを利用し、ヒンを似て異なる世界に逃がすために。

 

電源を切れば、ヒンは人ではなく物として認識されて永劫世界を越えたままでいられるし、似て異なる世界にはヒン達が造られた世界より技術が進んでいる世界も一つくらいはあるだろう。

ヒューマノイドであるヘアが世界を渡れるかは分からないし、不審な行動をするわけにはいかない。ヒンの体を調整できる世界と最終的に逃がす世界を探し、実際に世界を越えてヒンを運んだのは、駅員達。勿論、渡った世界からまた別の世界に行くことは出来ないため、信頼できる人物を探し託すのも非常に神経を使ったに違いない。ヒンを含めて他のものに気付かれてはいけないため、尚更だ。

だが、こうしてヒンが無事に目覚め、部品を新しくするどころか能力も上昇していることを考えると、万事うまくいったのだろう。

しかしそんなことをすれば、ヘアも駅員達もタダでは済まないかもしれない。ヘアはそれを承知の上で、同僚の駅員達よりも兄であるヒンを優先させたわけだが。

 

ヒンとヘアの一部が人工ポケモンであるならば、人ほどとまではいかなくとも、ある程度の権利は認められるのでは、とある駅員が言った。

人工的に作られたポケモンであっても、他のポケモンと同じ権利は認められている。一方的に虐げ、命を奪うなんて以ての外。法律上はポケモンの命よりも人の命の方が重いが、自身や仲間の命を守るために止むを得ず攻撃し結果的に人が命を落とした場合、罪には問われない、あるいは大きく減刑されて観察処分に留まることもある。

 

ヒューマノイドのことを世間に公表する必要があるが、世界を越えて逃げ続けるよりもいい。もしもヒンが造られた世界に帰りたいと思ったとき、認められていなければ困るだろう。

スイッチステーションでの勤務と帰還をヒンに告げた製作者も、協力してくれているらしい。内部事情をよく知る者が味方であれば、物事は順調に進む。

この伝言を残したときにはまだ準備段階だが、大衆に人と認識され、感情もあり、何年も人として過ごしたという実績もあるため、そう難しくはないという見立てだ。

 

勝算は大いにあるが、万が一と、貴重な成功例でもあるヒンを個人的に追いかけて来るものもいるかもしれないと、幾度も世界を渡ってもらう。偶然辿り着かれる可能性もゼロではないもののやらないよりはいいし、その時は一つ前の世界に戻れるよう手配してもらえればいい。

諸々を解決した後に同じルートを辿って追いつくから、勝手に死ぬことを良しとしないで人生を楽しみながら待っていろ馬鹿兄貴――そういう内容だった。

 

それから、今までヘアや駅員達と撮った写真も、ヒンが覚えている限り全て入っていた。

触れた瞬間にそれを読み取り、ヒンは頷いた。電子化したヒンの指をじっと見つめるアクロマに向かって、ヒンは口を開く。

 

「理解いたしました。あなた様はわたくしの事情を全て理解し、この世界はわたくしの調整を行った世界ではなく、事が落ち着くまで匿っていただけるる世界であるという認識で宜しいでしょうか」

「あなたの体をいじったのは、三つ前の世界ですね! そしてあなたが元いた世界は更に幾つも越えた先――生憎わたくしは存じませんが。あなたを運んで来た世界の者が、当面の間あなたが過ごす場所も選定し、先方に話は通してあるようです。次にこれを! 滞りなく自己分析は出来るでしょうが、三つ前の世界から預かったあなたの設計書です!」

「ありがとうございます。理解いたしました」

 

次に渡されたメモリーカードは、ヘアの伝言より随分と容量が多かった。ヒンが造られたときのものに加え、どこをどう改良したかの詳細を画像付きで余すところなくなのだから、当然だろう。確かに、用いられている素材からしても、その世界でしか成しえなかったと分かる。

メモリーカードを読み込んだから分かるだろうけれど、とアクロマからも詳しい説明を受ける。一通り説明し終えてから、眼鏡を押し上げてアクロマは声を張り上げた。

 

「本当に、事情を知らなければ、あなたが機械だとは思えない! 適切にあなたを起動させられるのがわたくしだけだったとはいえ、立ち会えたことは幸運でした! 聞けば、あなたもポケモンと共にいて、しかもサブウェイマスターだったとか。人でなくとも、ポケモンと絆を強めることができるとは興味深い! 改良によってある程度の自己修復は可能でしょうが、此処にしかない機械や、わたくしが手伝えることもあるでしょう! 何かありましたら是非わたくしに!」

「連絡先を教えていただけてわたくしが連絡手段を入手できれば、そのときは助力をお願いするかもしれません」

「お待ちしています! あなたを今日起動させることは伝えておいたので、先方はもうすぐ到着するでしょう。最後にこれを!」

 

台の上から降りたヒンに、最後に、と言って渡されたのは手の平に簡単に収まる大きさの立方体だった。人工ポケモンの進化に必要な道具にも似ているが、どのデータにも該当するものがない。

一見しても用途が分からず光にかざしながら指の腹を滑らせると、ないはずの心臓が、大きく鼓動したような感覚が走った。

その要素は組み込まれているが、実際に経験したことはなく、当てはまる特徴があるわけではない。少しだけ意思の疎通が取りやすいだけで、表に見えるものはない。

だけどこれが何か、ヒンには分かってしまった。これを正しく使えば、ヒンは機械の理からも人の理からも外れるだろう。そして使えるのは、ヒンだけだ。

思わずヒンはアクロマを見る。アクロマはヒンの様子を見て、うっそりと笑った。

 

「わたくしの研究テーマは、ポケモンの潜在能力をどうすれば引き出せるのか――あなたが望むとき、必要なときにどうぞお役立てを」

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

アクロマの言う先方、ヘアが追いついてくるまで面倒を見てくれるのは、この世界のヒンとヘアに対応する人物だった。

名前はノボリとクダリ。勿論生身の人間であり双子の兄弟。ノボリの方が兄らしいが、互いに名前で呼び合っている。ヒンの方が何年か早く造られているし、歳の差がある兄弟ということにしていたため、友人同士にも見える二人の姿はヒンには新鮮だった。

似て異なる世界ゆえに当然ではあるのだが、性格もまた違う。顔や背格好、声がほぼ同じである分、少々の違和感もある。

 

「すごいすごい! 本当に人間の皮膚みたーい! ねえ、瞬きと呼吸してる動きは意図的にやってるの? それとも機械でも必要なの?」

「クダリ、さすがに失礼でございますよ」

「いいえ、構いませんよ。意図的に人のような動きを再現しております」

「ほらノボリ、本人が良いって!」

「全く……ヒン様、我慢できなくなる前に遠慮せず拒否なさってください。クダリに言い辛ければ、どうぞわたくしに仰ってくださいまし。首根っこを押さえ付けておきますから」

 

無遠慮にヒンの頬を摘むクダリに、それを諫めるノボリ。さすがにヒンはそこまではしないが、茶目っ気があるのはヒン、真面目なのはヘアというのが駅員達の共通認識だった。

「スイッチステーションで二番目に偉い上に、バリバリ仕事できてやることやっとる後やから、なんも言えへんのよな……」と溜め息まじりに言われたこともある。

冗談を言ったり、悪ノリに付き合ったりはよくあったので、生真面目でむしろ冗談の通じない自分というのは不思議なものだ。

 

 

ヒンはノボリとクダリの家で過ごすことになった。

イッシュ地方のライモンシティ、ヒンの世界でのアインアル地方のラヨノシティと同じだ。さすがに家の住所や間取りは違うが。

場所だけでなく、二人もヒンと同じくバトル施設ともなっている地下鉄でボスとして働いている。顔出しをする職業なら、ヒンは出歩かない方が良いだろう。その予想とは異なり、ノボリは自由に出歩いてもいいと、さも簡単そうに言った。

 

「しかしわたくし、ノボリ様と見た目はほぼ同じでございます。初見なら赤の他人は違いが分からない程度でしょう。いらぬ混乱を招かないためにも、わたくしは人目につかない方がよいのでは?」

「知らない人だったら別にどうでもいいし、知ってる人には、別人だよーって最初から言っておけばいいんじゃない?」

「そうでございますよ。ヒン様にわたくし達の家に住んでいただくのは、何も見張ったり監禁したりするためではございません!」

「ハイリンクしたことはなかったから、他の世界のぼくやノボリがどんなのか、すっごい気になる! っていうのも本当だけどー」

「事情は存じ上げております。どうか、その足でこの世界を歩き、その目でこの世界を見て、もっと生きていたいと、簡単に生を終えてしまうのは勿体ないと思うようになっていただきたいのです。是非、心の赴くままにイッシュ地方を巡ってくださいまし」

「違う世界だから別人だってことは分かってるけど、ノボリがそんなことになったらイヤ」

「わたくしも嫌でございます」

「正直、ヘアが可哀相って思う。想像しただけでキュッってなるから、思い直してほしいなって」

「……わたくしが機械であることに、忌避や嫌悪はないのでございますか」

「これっぽっちも! ただ体が鉄で出来ているだけのこと。こうして会話ができ、心がある。わたくし達とそう変わりはございませんでしょう」

「むしろヒューマノイドってかっこいいよね! 早く別の世界のぼく、ヘアにも会ってみたいなー」

 

事情を知っているからこそ、ノボリとクダリはヒンに対して負の感情は抱いておらず、むしろ好意的で同情的だった。

ヒンも進んで死ぬ気は毛頭なかったが、部品の寿命なら仕方がない、記憶があるゆえに二度目の人生を楽しく過ごせたからいいか、という気持ちではあった。

似て異なる世界、イッシュ地方はアインアル地方と異なることもあるだろう。そもそもヒンは研究所とラヨノシティ以外を情報でしか知らないため、好きに歩いていいというのは願ったり叶ったりだ。

 

「ヒューマノイドだって紹介はできないし……いっそ本当の兄弟ってことにしちゃう? 生き別れの兄弟! クダリお兄ちゃんって呼んでいいよ! 起きてから数年ならぼくの方が年上だし!」

「おやめなさいクダリ。生き別れの兄弟になんて、両親に風評被害が及ぶかもしれませんでしょう。ですが呼び方を変えることに関しては賛成でございます。自分に、同じ顔に様付けをされるのは複雑な気分になります」

「なら、ノボリお兄ちゃん、とお呼びいたしましょう」

「ノボリおにいちゃん!? ち、違います! クダリのように呼び捨てにと!」

「今完全にノボリお兄ちゃんと呼ぶ流れでございましたよね、クダリお兄ちゃん」

「わーい、でっかわいい弟ができちゃった! やったねノボリ!」

 

ヒンと肩を組んでニコニコするクダリ。嫌というわけではないが、同じ顔にそう呼ばれるのは複雑だし両親に隠し子疑惑が出るのはマズいと本気で焦るノボリ。勿論クダリは半分冗談、ヒンは悪ノリだったのだが。

結局は親戚ということにし、お互いに名前を呼び捨てすることが決まった。似て異なる世界のノボリだと言えれば簡単なのだが、長期間滞在するため、それはさすがに不審がられてしまう。強制送還される度に毎回渡って来ていると言うことも考えたが、それもまたボロが出かねない。

人ではなくヒューマノイドである、ということからそもそも偽っているとも言えるのだが。さすがにそれを知るのはノボリとクダリ、そしてアクロマだけだ。

 

ちなみに、ヒンはこの世界の身分証、トレーナーカードを持っている。いつでもボールを購入し、ポケモンを捕獲できる状態だ。ポケモンを持つどうかは保留中だが。

ヒンがいた世界も、似て異なるこの世界も、身分証を作るのは案外難しくない。未成年者であれば後見人が必要だが、成人していればそれも必要ない。

多いわけではないものの、行方不明になったり、記憶喪失になったりする者が一定数いる。ポケモンの技の余波だったり、大自然を冒険したが故だったり、事情は様々だが。また、ハイリンクを介さずに似て異なる世界からやってきただろう事例や、伝説や幻のポケモンが関係している事例もある。そういった者に対する救済措置の側面もあるのだろう。

ヒンもまた、出自が問われることもなく、健康でポケモンやこの地方に対する知識が十分にあるとして発行された。学校の卒業資格も所持バッジもないため、多少の制限はあるが、今は特に問題はない。

 

 

 

「ヒンと申します。至らぬことだらけでご迷惑をお掛けすると思いますが、どうぞご指導ご鞭撻のほどよろしくお願い致します」

「というわけで、本日より管理課で働くことになったヒンです。混乱を避けるためにも、電話応対やお客様対応はいたしません。バトルサブウェイの仕事以外では、最初はわたくしかジャッキーが指導係になります」

「ちなみに、みんな気になってると思うから言っとくけど、ぼく達の親戚でーす。今はうちに住んでもらってる。最近存在を知ったんだけど、ノボリにそっくり! びっくりだよねー!」

「いやビックリどころやあらへんわ! 三つ子や言われても納得しかせえへんくらいそっくりやないか!」

「クラウド、三つ子なら一卵性じゃないからボス達ほどそっくりにはならないはずなのさ」

「身長はヒンさんの方が少し高いし、よーく見たらちょっと違いますよ」

「それくらいそっくりっちゅー比喩や!」

 

ノボリとクダリの家にただ居候するというのも気が引ける、と言ったところ、ヒンはギアステーションで働くことになった。

とはいってもバイトのようなもので週に何日かの短時間勤務。世界を見てくる、と突然仕事を辞めて旅立った職員の一時的な穴埋めでもある。

ちょうど良かったのも本当だろうが、働くなら自分達の管轄内で目の届くところで、という考えもあるのかもしれない。

ヒンは食事を必要としないとはいえ、衣住を抜くことはできない。睡眠も必要ないのでずっと旅をするなら住も省けるが、それでも諸々のお金はかかる。気にしなくていいとは言われても、今後のことを考えると自分で稼いで多少でも貯めておくにこしたことはない。ヘアが追いついてくるなら、資金はあった方がいいだろう。

 

「おあ、共有デスクがめっちゃきれいになってる……もしかしてヒンさん?」

「はい。ノボリ様もジャッキー様も出払っていて時間があったもので。明らかに必要のないものはゴミ箱、私物だと思われるものは各人のデスク、捨ててはまずそうな書類はまとめてファイルに。後は種類別に段ボール箱に仕分けていますので、ご確認くださいまし。一週間後もそのままであれば問答無用で捨てます」

「気になってたけど自分のものじゃないから手を出しにくかったので、助かります! あ、そういえばカズマサも連れてきてくれてありがとうございました」

「お役に立てたようで何よりでございます。構内にはいらっしゃったので早くお連れすることができました」

「カズマサが迷子の度に連れてきてくれてますけど、一体どうやって……?」

「シフト表は記憶しておりますので、時間前にGPSを確認するだけでございます。冗談でGPSを辿ってお連れしましょうか、と言ってみたら、是非にと仰るので……」

「それでいいのカズマサ……」

 

人前に出ない業務がメイン且つ正社員ではないため雑用が多いが、バトルサブウェイも兼ねているため人手が潤沢とは言えないからか、それでも割と重宝されている。助役やメトロマイスターとしての経験と知識はあるが、今のヒンの立場上それを発揮するわけにはいかない。

そこまで機密ではないデータ入力や整理などの仕事は、人らしくわざわざキーボード入力だ。指先を電子化させれば比喩ではなく秒で済むのだが、それでもここにいる職員達の誰よりも早い。

 

また、仕事だけでなくプライベートでも一部の職員達とは付き合いがある。ヒンが造られた世界では勤務時間が長く、休日はポケモンと過ごすか研究所に通うかだったため、プライベートでの付き合いは然程なかった。飲食しなくてもいいと言われて、誘われた仕事後の飲み会には全て出席していたものの。

人生を楽しみながら待っていろ、と弟に言われてしまったので、前よりずっと多い自由時間は、イッシュ地方の観光や遊びに当てている。

ギアステーションに馴染み、ノボリによく似た親戚でイッシュ地方に興味があると聞いて、職員達は積極的にイッシュを案内してくれたり、娯楽に誘ってくれたりする。ヘアが来たら、ヒンが案内できるだろう。

ポケモンを持つことは相変わらず保留。ヘアの元に残してきてしまった手持ちのこともあるし、もしジム巡りをするならヘアと一緒の方がいいかもしれない、と思ってのことだ。

 

「えっ、今日キャメロンと映画観てきたの?」

「本日封切の話題作があると、二本続けて観てまいりました。なかなか面白かったですよ」

「へー……失礼かもしれないこと言っていい?」

「はい、どうぞ」

「ヒンって電子化してさー、パパっとパソコンにアクセスしたりROMを一瞬で読み込んだり出来るんでしょ? 人と同じペースで映画観て面白いの? CGの粗とか気になっちゃわない?」

「CGの粗はそれはそれで。映画は素直に面白いですよ。勿論ROMだと一瞬で理解は出来ますが……情緒やロマンがありませんでしょう」

「ロマンかー……うん、それは大事! 明日も休みだったよね。どっか行くの?」

「シンゲン様に誘われて、カナワタウンの車両基地を見る予定でございます」

「シンゲン、電車のためにお仕事してるもんね。その後は?」

「いえ、カナワタウンだけでございます」

「えっ、嘘でしょ!? あそこ何にもないし、平日だと人もいなくてバトルも交換もできないのに!?」

「店内からも電車を眺められる喫茶店が新たにできたそうでございますよ。持ち帰りでも店内利用が可能らしいので、お土産に名物だというサンドウィッチを買って帰りますね。なんでも、上のパンを載せないサンドウィッチだとか」

「サンドしてないじゃん! ヒンがいいならいいけど、つまんなかったら次からは断りなよー?」

 

つまらなくはなかったが、どちらかと言えば楽しくはなかった。それでも次の誘いを断らなかったのは、嫌ではなかったからだ。

ギアステーションの職員の中には、ヒンが造られた世界の人物と対応するのだろうな、と思う者が多くいた。だが容姿や声、趣味嗜好等、全く同じ者はいない。機械ゆえに極々軽微な違いすらも判別できるヒンだからこそ分かることかもしれない。

記憶にも記録にも残っているし、写真が収められたメモリーカードでいつでも顔を見れる。寂しくはないし、むしろ懐かしさと共にその違いを比べられて楽しい。

ヘアへの土産話を一つ一つ積み重ねていく。

 

「本当にわたくし、ヒンが日に日に弟のように見えてまいりました……」

「やはりノボリお兄ちゃんとお呼び致しましょうか」

「魅力的ではありますが、それはこの世界にいないヘアに申し訳ないので……」

「わたくしノボリより背は高いですし、そのように振る舞った覚えはございませんが」

「ヒンはわたくし達より年下。仕事ではわたくしが一番接しております。後ろをついてまわり、頷きながら真剣に話を聞いてくださる様がどうも可愛らしく思えてきました」

「クダリ曰くのでっかわいいでございますか」

「その言葉は学習せず、忘れて帰ってくださいまし」

 

 

 ▲ ▲ ▲

 

 

そんなある日、ライモンシティで風邪が流行った。

手洗いうがい消毒を徹底していても、駅員は常に人と接する仕事。ギアステーションの面々も逃れることは出来ず、とうとうノボリもまた倒れた。

共に住んでいるクダリにうつらなかったのは不幸中の幸いだろう。とはいえ今後うつる可能性はゼロではないとして、隔離生活することになった。高熱に魘されているのに自宅で隔離生活は通常なら厳しいが、今はヒンも共に生活している。その体は機械であるため、風邪にかかることも高熱に苛まれることもない。

そのため、ノボリが起き上がることすらつらい時期はヒンもクダリには接触しないようにし、ノボリの看病に徹した。風邪で倒れた他の一人暮らしの駅員達の買い物代行や食事の差し入れ等もついでに行い、何度か拝まれた。

その甲斐あってかノボリの熱もだいぶ下がり、食欲もようやく戻ってきた頃。クダリを含めた風邪を引いていない面々から応援要請が入った。

 

「バトルサブウェイの臨時トレーナーにわたくしが?」

「ギアステの方は何とか回ってるんだけど、サブウェイの方がもうほんと人が足りなさ過ぎててぇ……もうみんな疲れちゃってぇ……ぼくがダブルもシングルもスーパーやって、トトメスやジャッキーをノーマルの方にも駆り出してるけど、今度は過労で倒れちゃいそうな感じになってて……お願いヒン! ノボリも回復してきたんだし、トレーナーとして電車乗って!」

「わたくしは構いませんが、手持ちとこの顔はいかがするおつもりでしょう」

「ヒンには申し訳ないけど、ノボリのフリしてもらう。制服はコート以外は似たので代用できるし、コートも許容範囲だと思う。あの子たちも懐いてるし、ヒンの腕がいいのは知ってる。大丈夫、ノボリとあの子たちも了承済み」

「かしこまりました。ただ、午前中は念のためノーマルトレインでポケモン達との連携とノボリの戦い方をトレースするための練習を行っても?」

「勿論! とっても助かる! ありがとう! でもでも、ヒンの好きなようにやっても大丈夫! あ、でも一部ならノボリのバトルビデオもあるよ! 見る?」

「はい、読み込みます。ノボリの戦い方をベースにして自分なりにアレンジ致しましょう」

 

次の日、ヒンはノボリの手持ちと共に黒いサブウェイマスターの制服を着て、バトルサブウェイに乗った。

出勤早々にパソコンからノボリのバトルビデオを読み込んで、ノボリの手持ち達との顔合わせと健康、ステータスチェック。ストレスは溜まっているし、多少体は鈍っているようだ。

 

トレーナーであるノボリが風邪ということで、ポケモン達はバトルサブウェイの訓練場で生活していた。ボールにいるより伸び伸び過ごせる時間は多かっただろう。だが、ノボリと何日も直接会えず、ポケモンバトルはお預け。

ノボリの手持ちは特にバトル好きで好戦的な性格が多い。ストレスが溜まるのは当然だと言える。

タブンネやラッキーやイエッサンのように器用で看病ができるようなポケモンであれば傍にいられたのだが、不向きなポケモンばかりなので仕方がない。

顔合わせも問題はなかった。ノボリ本人ではないが、クダリよりも似ていて二人と親しいからと以前から友好的だった。ノボリが忙しいときには世話をしたこともある。実はお遊びでクダリのポケモンとバトルをして指示を出したこともあった。手入れ自体はされているし、バトルをすればストレスも少しは解消される。

 

実際に午前中はノボリの思考をトレースするようにバトルをし、午後はスーパーのシングル、マルチにも乗ったが、常連らしいトレーナー達にも不審に思われることなく勝利した。

ノボリのフリをしているのだから、とサブウェイマスターの仕事だけでなく、鉄道の通常業務も出来る限り行い、風邪に倒れていなかった、あるいは復帰した職員一同にはいたく感謝された。人間ならギリギリこの程度まで出来るだろうという時間と仕事量をこなしたので、皆の負担を軽減できなければ困る。

 

まだノボリも全快とはいかず、もう少し休まなければまた倒れたり周囲を不安にさせると、しばらく代行することで話がついた。

そうして数日が過ぎて、ようやくノボリが復帰できる目途が立った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。