「何してるんだよお前は!?」
「も、申し訳ありません、我が主……」
ランガの嫉妬による暴走を阻止した後、リムルが怒り心頭に達したかのように叱責していた。先程まで巨体だった筈の狼は、文字通り本当に段々小さくなっている。
ジュラ大森林の盟主であるリムル・テンペストは、配下達から寛大かつ温厚な主と崇拝されている。もし本気で怒るとなれば、どうなるかなど想像に難くないだろう。温厚な人ほど怒らせれば恐い、と言うのが彼に該当する。
配下が客人の持ち物を破壊しようとするのに怒るのは至極当然なのだが、他にも理由があった。隆誠が愛用する特注品のバイクを一目で気に入り、是非とも一度乗ってみたいと言う願望があって頼み込んでいたところ、そこを影に潜ませている自身の
大目玉を喰らっているランガは、もう既に子犬同然のように小さくなっており、「クゥゥゥン……」と言う声を出しながら只管謝り続けている。
「謝る相手は俺じゃないだろ!」
「う……。りゅ、隆誠殿、此度は誠に申し訳なかった」
「あ、いや……まぁどこも壊れてなかったんで、次から気を付けてくれよ」
小犬化状態のまま頭を下げてるランガに、確認を終えた隆誠は何とも言えない気持ちになっていた。既視感があった所為で怒るに怒れなかったから。何故そうなっているのかは、過去に身勝手な振る舞いをしていた異母弟妹を懲らしめる時にちょっとした出来事があった為に。
許してもらったとは言え、リムルは未来で作られたバイクに乗る機会を失ってしまった事に変わりない。ランガには後ほど罰を与えようと考えながら、一旦自身の影に潜ませるよう強く命じさせた。
「すまんな、俺の配下が大変失礼な事をして」
「お、お気になさらず。それにしても、リムルって人型にもなれるのか」
「え? ああ、そっか。俺、さっきまでスライムだったな」
隆誠が話題を変えた途端、リムルは肝心な事を忘れていたみたいに苦笑していた。
「その姿は元の世界にいた頃の名残か?」
「いや、違う。余り詳しく言えないが、俺はこの世界に来て『ある人』の姿を模しているんだ。スライムの姿より、こっちの方が良いか?」
「別にどっちでも構わないよ」
どのような姿であってもリムルが転生した日本人と知った以上、隆誠としては全く気にしない。
とは言え、容姿が余りにも女性的であるのが内心疑問だった。聞いた話によれば、彼が前世で人間だった頃の性別は男性だと言っていたのだが。
「でもその姿を見ると女性にしか見えないんだが、もしかしてラノベで言う『TS転生』でもしたのか?」
TSとは日本語にすると性転換を意味している。隆誠はリムルが男性から女性に変わったのではないかと、少々気になっていた。
「違うわ! 確かにこの姿はある女性の姿を模してるけど、スライムの俺は無性なんだよ!」
「そ、そうか……」
元人間として虚しいのではないかと隆誠は突っ込みたい衝動に駆られるも、敢えて口に出さずに何とか抑えていた。
リムルは否定しても大声を出すつもりがなかったのか、少々気まずそうにしながらもゴホンと一旦咳払いをする。
「俺の性別は良いとして、だ。お互いの事情も分かったから本題に入ろう」
そう言いながらリムルは今までと違って真面目な表情になり、隆誠に問おうとする。
「隆誠は今後どうするつもりだ? お前からしたら元の世界に帰りたいだろうが、生憎俺には戻る方法は一切分からない」
リムルとしては同じ日本人のよしみとして、隆誠を元の世界へ帰還する方法があれば力を貸すつもりでいた。話してる最中『大賢者』に帰還方法について今も調べさせていたのだが、有力な情報が全然無くて手詰まり状態だった。
今の姿になる為に捕食した同郷人の
「そうだなぁ。俺が出来るとすれば、旅をしながら情報を得るしかないな。とは言え、この世界に関する知識がない状態で旅をするのは流石に……」
隆誠は旅をする事に一切の抵抗はない。元の世界でも夏休みや冬休みを利用して遠出と言う修行の旅に出ている為、寧ろ好きな部類に入る。だがそれは、あくまで自分が知る範囲の世界であればの話だ。
今いる異世界に関する知識が皆無なので、彼としては何の知識もないまま旅をするのは危険だと考えている。加えて此処は元の世界と違って危険な魔物がいる。元神としての記憶や実力を継承している隆誠としては問題無いとしても、出来れば必要最低限の情報を得てから旅をしたいと思っている。
隆誠の返答を聞いたリムルは、途端にニヤリとしながら一つ提案を出そうとする。
「だったら、元の世界に戻るまでの間は此処に居ても良いぞ」
「え、でも此処って魔物の町なんだろう? いくら貴方が元人間だからって、人間の俺がいれば何かと不味いのではないか?」
魔物は基本的に人間と関わりを持たないことになっている。聖書の神だった頃の時代では、ソレが当たり前の認識だった。
目の前にいるリムルは元人間だから、人間相手に寛容であっても、他の魔物達となれば話は別だ。現にベニマル達は警戒していたから、簡単に受け入れる事は出来ないだろうと隆誠は推測していた。
しかし、その推測は簡単に覆されてしまう。
「大丈夫だ。此処に住む魔物達は人間と友好に接するし、決して敵対はしない。そこは俺が保証する」
「おいおい、マジかよ……」
断言するリムルに、隆誠は魔物に関する常識が一気に崩れてしまった。と言っても、あくまでこの世界に関してに過ぎないが。
彼はこの町どころか、今いる森――『ジュラの大森林』の盟主でもある。言い換えればこの広い森のリーダーでもあるので、リムルが許可を出せば問題無いのだ。
そうなった経緯をリムルは簡単に説明した後、隆誠は納得の表情になっていく。
「成程なぁ。どうやら貴方は転生してから、今までの日常とは大きくかけ離れた波乱万丈な人生、もといスライム生を送っているようだ」
「スライム生って言っても、まだ一年も経ってないけどな」
「それでも充分に凄いよ。貴方は既にこの世界の常識を壊しているのだから」
勿論良い意味でな、と隆誠は付け加える。
「取り敢えず俺がこの町にいても大丈夫なのは理解した。ソウエイさんや他の面々は今も俺を物凄く警戒してるけど、そこも安心していいのか?」
この家に案内される前、隆誠は気配を決して遠くから視ていたのを指摘した事により、ソウエイから要注意人物と見なされている。
「ああ、後で俺の方から言っておく。にしても驚いたよ。まさか気配を消してる筈のソウエイに気付くなんて」
一緒に聞いていたリムルも当然驚いていた。隠密行動に長けているソウエイに気付くなど、普通の人間には出来ない芸当なのだ。それが出来たのは即ち、隆誠が相当な実力者だという事になる。
「もしかして隆誠って、結構強かったりする?」
「どうだろうな。この見知らぬ世界で俺の実力が、どこまで通用するのか分からないから何とも言えない。貴方達が来る前に遭遇した魔物であれば簡単に迎撃出来るが、な」
「そう言えばあの時大きな爆発が起きたけど、アレは魔獣と戦っていたんだな。因みにどんなのだった?」
「えっと確か、蜘蛛と蟹が合わさった巨大な化物だった」
「蜘蛛と蟹……」
隆誠は魔物の名称が分からない為、外見で例えることしかできなかった。
その外見を聞いたリムルは、何だか聞き覚えがあるような感じで途端に訝る。
《解。個体名:
『大賢者』からの説明を聞いた瞬間、リムルは即座に立ち上がってこう突っ込んだ。
「ナイトスパイダーをたった一人で倒したなんて、お前やっぱり相当強いじゃねぇか!」
「え、アレってそんなに強いの?」
リムルからの突っ込みに、隆誠はこの異世界に来て早々やらかしてしまったと内心不安を抱いてしまう。