深夜3時。ある高校の教室に僕ら2人はいた。
宮子と恭也。それが僕らの名前だった。
名前には意味は無い。それは2文字のデータでしかないから。
「地平線は見える?」と僕。
「ううん。全然見えない。まだ暗い」と彼女。
「そうか。地平線が見えたらどれだけ良かっただろうね。僕たちの事を見てくれたかもしれないから」
「地平線がわたしたちを?」
「そうだよ。地平線は僕らを見ているんだよ。地平線は神様と一緒なんだ。水平に並ぶ一本の線に明るい光がスペクトラムとして並ぶことを神様って言うんだよ」
そう言ってる間に、僕は拳銃を取り出す。
装弾数5発のニューナンブM60。警察から裏ルートで入手したブツ。
「じゃあ、始めようか。僕たちのエンディングを」
「そうね。確かめなくちゃ」
僕たちが生きている事を確かめるためには、死ぬことを理解しなければいけない。だから死を知らないままでは生きてはいけない。だからこうする事にしたんだ。
サブスタンスをエクスポーズ(原語の発音はエクスポーゼィ)するためにはビヨンドしなければならない。
「弾はこめた?」
「うん。1発。それじゃあ僕からね」
口に銃口を当ててゆっくりとトリガーを引く。
トリガープルははっきりと重たく。それは今まで握ったモデルガンのどのトリガープルよりも重かった。恐らく0.45ポンド程度だろうか。
僕はトレポン(トレーニングウェポン)を買うのが夢だった。きっとトレポンのトリガープルも同じ重さなんだ。手に入れてよかったなぁ。
カチッ
何も起きなかった。
2つの机を並べて椅子に正面から座る僕たち。トリガーを引いた僕は彼女に底の濡れたグラスを投げるようにニューナンブを彼女に渡す。
「それじゃあ。わたしも」
彼女は少し苦虫を噛み潰す表情をしながらトリガーを引いて、それからカチッっとした音が鳴った後に何も起きなかった。
「怖いんだ。やめる?」
「ううん。平気。ただちょっとね」
ちょっとねの意味はわかっているので、僕は彼女がスライドさせてきた拳銃を持つ。
死の距離は近い。
死ぬことを知らないヤツが人はなぜ生きるのかと語る。死の当事者が誰もいないこの世界で生を語るヤツがいるなんて、so much horrible thingに他ならなかった。
「エクスペクト・パトローナム」
そう言ってトリガーを引く。何も起きない。彼女は吹き出す。
「なにそれ?」
「闇を祓うんだよ。JKローリングはうつ病なんだ」
銃を彼女にスライドさせる。
「・・・読みたかったな」
「何を?」
「ターザン山本の活字プロレス」
「なんで?」
「活字プロレスってなんだよって思ってたから」
そうだね。プロレスラーには早死が多い。三沢だってそうだった。彼らは生きることから逃げなかった。だからプロレスラー達はこの世を早く去っていく。生きているから死んでいく。僕らもそうであるべきなんだ。
「これで死ぬか死なないかだね」
「うん。フィフティ・フィフティ・スプリットだ」
「超えていけるかな」
「いけるさ。ソフト・アンド・ウェットだってゴービヨンドしたんだ」
「そうだよね」
彼女はトリガーを口に向けて引く。
光。それはまばゆい光だった。閃光の光。フラッシュバンのような熱を持った光の一種だった。そしてそこには爆音も共鳴として乗った。
火薬の匂いと血の匂いが焦げるように混ざり合う。
彼女だったモノは赤黒く染まりきっていた。人間の肌と傷口の境界線が無くなっていた。彼女はもう動かなかった。
死を知ること。それが彼女にできただろうか。
人は死を知ることができないのか。閃光と火薬と痛みの中で彼女は死というモノを実態として掴んだのだろうか。
血だらけのリボルバーを彼女の手から取ってシリンダーを開く。
もう1発弾を入れる。
彼女が死を知ったら僕も死を知るつもりだったから。
僕は銃口を口につける。
マウス・トゥ・マウス。もっともグロテクスで純情可憐な間接キス。
夏だから、早いんだね。夜が明けるのが。
手を繋いだあの時の事。忘れないよ。
夏祭りで食べたりんご飴の味を忘れないよ。
宮子ちゃんは頑張ったね。
家族はあの時飛行機と一緒に消えちゃったね。
僕も確かめるからね。死ぬことを。生きている事を。
逃げないよ。
地平線が見えたよ。
空がスペクトラムの色を放っていたんだ。
スペキュレーションの明るい水色と、あれはパープルかな?それらの色が複合的に混ざり合うこの色は神様の作ったカンバスなんだ。
そして明るい空は僕たちがいた教室の血しぶきを映し出していくね。
1ミリ秒でも、死を僕は理解する。そういう事なんだ。
320キロの速度でハイウェイを走るバイカーのように。全てを超えて生を知るんだ。
超える。超える。超える。超えられる。僕ならば。君もそうだった。
トリガープルを、ジリジリと押していく。
ああ、生きている。今僕は生きている。そして、ビヨンドの向こう側に行ける・・・
閑静な田舎町にある学校の教室で、何か巨大な風船が爆発する音がした。
僕は超えたかった。
先に行きたかった。
向こう側にたどり着きたかった。
それがいけねえってのかよ。
誰もいけねえとは言ってねえよ。
宮子が隣にいた。
「知れた?」
「うん。たいぶ」
「良かった」
「でもさ、やっぱり読みたかったよ。活字プロレス」
「買う?中古の週刊プロレス」
「いいよ。わかったから」
おやすみなさい。僕と宮子はお互いに眠った。