NOMAD:Tales of ArmorNoid(仮題) 作:こっくわーん
ウユニ塩湖みたいな夢を見た。以上。
#1
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焚き火の弾ける音が聞こえて、目が覚めた。
目を、開ける。視界の先には、曇りがちな夜空が広がっていた。
「おはよう、ハロルド君。よく眠れたかい?」
ツンと香る薬草の匂いと、聞き慣れた連れ合いの声。ちょうど、顔の真上辺りからだ。
「ああ、おかげさまでね…おはよ、アルト」
オレの顔を覗き込む紫水晶の瞳にそう返すと、銀色の獣耳がぴくりと動くのが見える。
その耳と同じ、月光を思わせる銀色の長髪の持ち主はオレの返事にくすくすと笑い、顔を上げた。
「それはよかった。ワタシの膝枕、堪能してもらえたようで何よりだよ」
確かに後頭部に柔らかい感触と、人肌の温もりを感じる。どうやらオレは連れ合いの獣耳人…アルトの脚を枕に寝ていたらしい。
「頼んだ覚えはねぇ、っての」
「ふふっ。…またそんな照れた顔をして」
アルトはオレの頭をゆっくりと撫でながら、優しげにそう笑う。
「夜明けまではもう少し時間がある。まだちょっとだけ、寝ていてもいいんじゃないかい」
「いや…もう起きとくよ。なんか、すっかり目が冴えちゃったし」
彼女の手をやんわりと払いつつ、オレはむくりと身体を起こした。
ここは世界の西半分、「イグドエニス大陸」の西にある不毛の僻地。海峡を隔てたニつの大陸を繋ぐ「レノラの岩橋」の手前に広がる、風化した岩と苔ばかりの荒野だ。
その一角にオレ達はトラックを止め、野営して一晩を明かそうとしていた。
オンボロの荷台の脇に焚かれた火は、寝る前と変わらず煌々と火をゆらめかせ、その明かりがオレたち二人を照らしている。煙に混じって不思議な香りが混じるのは、アルトが調合していた獣除けの香料のものだろう。
周囲は見通しの利かない闇夜だったが、東の空は僅かに明るくなり始めていた。もう1時間ほど経てば、夜明けだ。
「せっかく起きたし…そろそろ出発するか」
「なら、お茶でも淹れようか。もう、じきに夜明けだ…冷えた体を、少しでも温めておいた方がいい」
アルトはそう言って立ち上がると、トラックの荷台からいくつかの荷物を下ろし始めた。
鉄の三脚と薬缶に天秤、そしてよく乾いた植物の束が幾つか。その時々の場所で採れた薬草を煎じた彼女特製のハーブティーは、寒さや疲労によく効く。
「リクエストはあるかい?」
「…疲れが溜まりにくくなるやつを頼む」
「了解した。すぐに出来るから、少し待っててくれ」
アルトはオレの返事を聞いて微笑むと、慣れた手つきで茶の支度を始めた。
荷台に腰掛けて、オレはぼんやりと焚火に視線を戻す。
(……また、あの夢を見たな)
この旅の道中で、もう何度目だろうか。
あの水辺の夢は、いつも決まって同じ光景から始まる。
そしてーーその夢の中で、オレは誰かを助けようとしている。
顔も名前も分からないけど。何故か、そうしなければならない気がして。
二度とあの後悔を繰り返したくないと、何故か強く思うのだ。
あれは……誰なのだろう。そして、『ユルシテ』とは何だったのか。
そんな物思いにふけっていると、アルトがオレの隣に腰掛けてきた。
「はい、どうぞ。冷めないうちに飲みたまえ」
そう言って差し出されたカップからは、柔らかな湯気と共に甘い香りが漂ってくる。
「ん……ありがと」
オレは礼を言って左手で受け取ると、ゆっくりとそれを口に含んだ。
ハーブティーの暖かさが身体の芯に染み込んでいくのを感じながら、ほうっと息をつく。
「…美味い」
「それは良かった。キミに美味しいと言ってもらえるのが、ワタシは何よりも嬉しいのさ」
アルトはそう言って柔らかく微笑むと、そっとオレの肩を抱き寄せた。そしてそのままゆっくりと髪をすくように頭を撫でてくる。
こいつはいつも、事あるごとにこうして体を触ってくる。オレにとっては不快でしょうがないのだけれど、残念ながら一向にやめてくれる気配はなかった。
「……何してんだよ、アルト」
スキンシップがややくどいのはいつもの事だが、それにしたって今夜はやけにしつこい気がする。
そっと手を押しのけようとするが、しかしアルトは気にする様子もなく、むしろどこか嬉しそうに続けた。
「いいじゃないか、君とワタシの仲だ。それともハロルド君は……こうして頭を撫でられるのは嫌かい?」
「…これでも十八なんでね。そろそろガキ扱いは勘弁だっての」
「ふふっ。そういう所が、まだまだ子供っぽいのさ」
彼女はそう言ってまた笑う。
「…ああ、それにあの日の契約はまだ覚えているよね?」
そして、さらに強くオレを抱き寄せると、その唇をオレの耳元に寄せた。
「……契約に従い、私はキミの全てを司っている。頭のてっぺんから爪先まで、余す所なく全てが私の
それを、忘れないでね?と。
さっきまでとはうって変わって、甘ったるく、毒々しく、アルトは囁く。
「つまり、このくらいは役得って事さ。許されるならワタシはもっと感じていたい…愛しい愛しい、キミのことをね」
白い指がジャケットの下に潜り込む。インナー越しに、オレの筋肉を撫ぜるように、その感触を確かめるように、指が這っていく。
「…ふざけ過ぎだぜ、アルト」
カチャリ、と音を立てたのは腰のホルスターの留め金だった。
カップを持たない右手をいつも銃の近くに添え、もしもの時に備えていたのが功を奏した。このまま何時でも抜き撃ちができる体勢だ…この至近距離なら外しはしない。
だが。
「ハロルド君……それが無駄な足掻きだって、分からないキミじゃないだろう?」
『この女に銃は効かない』。
あらゆる弾と飛び道具は彼女を害する前にぼろぼろに錆朽ちて消え、その欠片すら柔肌を撫でることがなかった。
理不尽な話だが、過去にそれを身をもって体験したのは紛れもないこのオレだ。
「そう、かもな」
…けれど。
「いつまでもアンタに好き放題されるのも、オレは勘弁なんだ」
わかってくれよ?と撃鉄を起こす。それが徒労だとしても……反抗の意思は、消えないと。
……しばらくの、沈黙の後。
「ふふっ、ごめんごめん。…今宵は少し、浮かれすぎていたみたいでね」
怒らせるつもりはなかったんだけど。
アルトは悪戯っぽく笑いながら、そっと身体を離してくれた。
思わずふぅ、とため息が漏れる。気がつけばすっかり時間が経っていたようで、焚き火はほぼ燃え尽き、ハーブティーもすっかり冷めてしまっていた。
「…そろそろ夜が明ける。出発するぞ、アルト」
「時間はあっという間にすぎるものだねぇ…それじゃ、行くとしようか」
アルトが道具をまとめ始めたのを横目に、オレもお茶の残りを呷ってトラックの運転席へと乗り込む。
バックミラーの向こうで東の水平線の彼方が、薄っすらと山吹色に色づき始めていた。
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むかしむかし。
この世界の人類は、その優れた技と知恵で繁栄を極め、あらゆるものを支配していたのだという。
だが極まりすぎた技術と叡智はいつしか、人々の心から大事なものを奪っていった。心に虚無を蔓延らせた人々はやがてその力を、他者を傷つけ、虐げるためのものへと変えてしまった。
そして戦争が起こり、世界中が火に包まれた。
幾十年の間、凄惨な争いが止むことはなく。夥しい数の兵器と死体の山が幾重にも築かれ、数え切れぬほどの悲劇がこの世界を覆い尽くす、『大破局』の時代であった。
……その最後に「六翼の天使」が現れ、彼女の犠牲によって人々と世界の罪は洗い流された、のだという。
それがイグドエニス最大の宗教「星の教会」が主張し、今や広く普及した「この世界の過去の歴史」だった。
「あれ、どこまでが本当なんだろうな?」
「さぁね。天使だとか罪だとか…ワタシからも、確かなことは言えないな」
ハンドルを握りながら思わず呟いたオレの独り言に、荷台のアルトが苦笑まじりに応えた。
「けれども、かつての人々が素晴らしい技術を持っていたこと。そしてそれがあっけなく滅び…世界が文字通りに、『大きく姿を変えた』事は、紛れもない本当の事だよ」
「ああ、まったくだね。ご先祖様のおかげで、こっちはいい迷惑してるっての…っ!」
咄嗟にハンドルを切る。車体は大きく揺れたが、何とか持ち堪えてくれた。
夜が明けてから少し経って、今は8時ごろだろうか。荒地から「レノラの岩橋」へ続く道は崖沿いの一本道を、オレはオンボロトラックで走り抜けようと悪戦苦闘している最中だった。
「あーもう、下手にトラックで通るんじゃなかった……」
思わずぼやく。
「大破局」を経て、世界の形は大きく変わった。さっきアルトが言っていた通り、実際、これは比喩でもなんでもない。そのままの意味でだ。
かつての大陸が沈み、あるいは隆起し、はたまた急速に移動した。なぜそうなったのかはもはや誰にも分からないが……とにかく、今の世界には西の「イグドエニス」と東の「ニダヴェリール」の二大陸、それを囲むだだっ広い海とだけが存在している。
今オレたちがいるのはイグドエニスの西海岸沿い。草木に乏しく、岩がちな地形は開拓があまり進んでおらず、敷かれたわずかな道もひどい悪路だ。ちょうど、この崖の道のように。
道路とはお世辞にも呼べない、酷く荒れた路面。おまけに崖から剥がれ落ちた小石や岩がそこら中に散らばっており、油断すればすぐスリップしそうになる。尖った岩を踏んでパンクした場合も恐ろしく、時にはトラックを降りて素手で障害物を退かさなければいけない時もあった。
「荷台でいつまでもくつろいでないでさぁ…岩どかすのくらい、手伝ってくれてもいいんじゃないかね、アルトさん…よッ!」
「面倒臭い事はハロルド君に一任するよ。頑張ってくれたまえ」
「ふっざけんな……ぁあっと!」
タイヤが小岩か何かを踏んづけたらしく、トラックの車体がガタンと大きく揺さぶられる。
幸い、車体はまだ持ち堪えてくれているが…このツギハギだらけのボロ車がいつバラバラになるか、と思うと昨夜とは違う冷や汗が止まらなかった。
「おっとっと…気をつけてくれよ。ワタシや荷物が崖の底へ真っ逆様だなんて、冗談にならないだろ?」
むしろコイツだけは振り落としてやろうか…、と考え、やめた。放り捨てたぐらいではこの女は死なないどころか、そのまま這い上がってくるような気がしてならなかった。
「……ねえ、人の事をバケモノか何かみたいに思ってないかい?」
「気のせいだっての、気のせい」
そんな軽口を叩いているうちに、ようやく岩だらけの荒れた路面の先に開けた大地が見えてきた。
「お疲れ様。この分なら予定通り、昼前には着きそうだね」
「ああ。…仕事の前だってのに、だいぶくたびれたよ」
オレはアクセルを踏み込み、トラックの速度を少しだけ上げた。
――仕事、か。
心の中で、オレは一人ごちる。
このオンボロトラックにはアルトの調合した精薬や香料、他の『街』で仕入れた金目の物が少しばかり積まれてはいる。
だがそれを売りさばくのは、あくまで路銀を確保するためだけのこと。旅の目的……オレがアルトと『契約』を結び、与えられた仕事はまた別にあるのだ。
…そしてそれが、アルトがオレの全てを司るようになった直接の原因でもあった。
今でも覚えている。半年前のあの日…オレがイグドエニスの北の町で『街』の衛兵として働いていた頃。
満月が不気味なほど美しく輝いていたあの夜、仲間とともに警備に出ていたオレを「それ」が襲った。
「それ」の力は圧倒的で、オレは抵抗する間もなく胴を裂かれた。仲間も次々と倒れていき、辺りは瞬く間に血の海と化していった。
そして血溜まりに沈むオレ自身も、命の灯がもうすぐ消えてしまう事を本能的に悟っていた。
……それでも、落とした武器に血まみれの腕を伸ばした。
消えかけの命を振り絞って、せめて一矢を報いようと。
『……なるほど、強い子だ』
声が聞こえた。銀色の髪をたなびかせた獣耳の女性が、月を背後にオレの事を見下ろしていた。
その姿を見て、美しい、とただ思った事を、オレは強く覚えている。
『己の死が迫ってるというのに、それでもなお、キミは残される者たちのために戦おうとしている。
……ねえ、教えてくれないかな。キミは死ぬのが、怖くないのかい?』
その問いかけに対して、「どうでもいい」、とだけ答えたと思う。そんな問答を交わす時間も体力も、あの時のオレには無かったから。
『そうか……興味深い』
彼女は少し思案して、告げた。
『ねえキミ。…ワタシがキミを助けてあげるって言ったら、どうする?』
「……なん、で、おれ……」
それだけ言うのがやっとだった。もう体のほとんどに感覚はなく、ギリギリ意識を保っているような状態だった。
『…この場でまだ息があるのは、もうキミだけだからね。残念だけれど』
彼女は淡々と、まるで世間話でもするかのように続けた。
『ああ、それからキミを襲ったあいつ。どうにかしたいんだろう?ならオマケで、あいつを倒せる力もキミにあげようじゃないか』
けれどその代わりに、と彼女は言った。
『キミとワタシの間に、契約を結ばせてもらう』
満月に照らされる彼女の体は、この惨劇の只中で一滴の血にも汚れていなかった。その佇まいはどこか不気味で……紫に煌々と輝く瞳にはなんの感情も籠もっていないように、その時は思えた。
「けい、やく……?」
『そう、契約だよ。といっても難しいものじゃない…少しばかり、ワタシのお願いを聞いてもらいたいのさ。
…さあ少年。キミは、どうする?』
「……どう、って……」
何を問われているのか、正直よく分かっていなかった。でもここで死ぬのだけは嫌だと思った。何も出来ずに死んでいくのは、絶対に嫌だったから。だから。
「……しにたく、ない……死にたくない」
『……』
「何でもいい……生きてオレが……あいつを、止めなきゃ……!」
『……よろしい。ならば契約は成立だ』
彼女はそこでようやく微笑み、そっとオレの頬に手を添えた。その氷のように冷たい手に、死にかけの体が思わず身震いしたのを覚えている。
『自己紹介が遅れてしまったよ。ワタシの名は、そうだね…アルト、とでも呼ぶといい』
そして彼女は、オレの手を取った。
『これより、キミの全てがワタシのものであり…そしてワタシは、キミの全てに仕えよう。
これを以て……契約の樹立を、ここに宣言する』
その声を聞いたのを最後に、オレの意識は闇に沈んだ。
そして、次に目覚めた時。
オレの世界が、全てが、大きく変わり始めたのだ。
「…おーい、ハロルド君?」
アルトの呼びかけで、ふと我に返る。
いつの間にかトラックは崖を降りきり、舗装された道路を走っていた。辺りを見渡せば、道沿いにぽつぽつと焚き火や野営の跡が目立ち始め、もうじき目的地に着くことを予感させた。
「いけね……ぼぅっとしてた」
「やっぱり、もう少し寝ていた方が良かったんじゃないかな。少し止まって休憩しないかい?」
「……いや、平気。休むなら向こうの宿で、だな」
海鳥の鳴き声が聞こえる。「レノラの岩橋」まで、もう間もなくだ。
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拙い文章ではありますが、お楽しみ頂けたなら幸いです。