NOMAD:Tales of ArmorNoid(仮題) 作:こっくわーん
ハロルド「旅の相棒のセクハラが度を越してる。訴訟」
アルト「やってみろッ!!」
※2024/6/24、改稿。
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『レノラの岩橋』。
イグドエニス大陸の西沿岸に位置するその場所は、ヴェリナス海峡を経てニダヴェリール大陸を結ぶ天然の大橋であり…その上に築かれた、交易に湧く『街』の名でもあった。
幅約200メートル、長さ約1400mにおよぶという巨大な一枚岩のアーチは、イグドエニスとニダヴェリールを繫ぐ数少ない唯一陸路の一つとして、何世代も前から『放浪者』達が足を運んできた。
やがてレノラという一人の変わり者の『放浪者』によって、橋の中ほどに小さな休憩所が建てられた。そこは交易品を商う多くの『放浪者』たちの野営地として使われ…次第に屋台や雑貨屋、宿が立ち並ぶ『宿場』へ、そしていつしか、二大陸間の交易を中継する、もっとも重要な『街』の一つへと成長した。
そして住民たちはこの地を開拓したレノラに敬意を払い、この場所は彼の名を取って呼ばれるようになったのだそうだ。
そんな賑わいを見せる『レノラの岩橋』の手前、石造りの検問所にオレ達はいた。
「よし……とりあえず、ケチの付くような品は無さそうだな。ま、そいつが何よりってもンだ」
紺色の制服にやや肉のついた体を押し込んだ中年の検査官は、オレの持ち物を一通り見聞した後、そう結論付けた。
「しっかし、積んでるのはずいぶん上物の精薬じゃねぇか、若けぇの。『ヘカテー財団』の高級品だってここまでの質のものは滅多にねぇ……こんなボロ車に積んであるのが勿体ねぇくらいだ」
検査官は、オレから受け取ったフラスコの瓶をしげしげと眺めながら言う。
今は積み荷の検査の最中だった。オンボロのトラックには路銀稼ぎのためにアルトが作った精薬が積まれているのだが、本人の調子が良かったらしく、今回はそれなりに荷の量が多い。そんな状況もあって、中年の検査官はオレ達の事を若い薬売りのコンビだと思い込んでいるようだった。
「よければ数本、譲ろうか? 連れのやつが作りすぎたんだ。肩こりやリウマチにも効果抜群だぜ」
「そいつぁ有難てぇが……あいにく、ここの規則でな。品物で通行料は取れねぇんだ」
検査官は薄くなった生え際をボリボリとかいた。
「カタいこと言うなよ、おっちゃん。今なら誰も見てねぇだろ?」
「ンな事ぁねぇ。この場だけでも、すでに既に六つのものに知られちまってるんだ……俺と若けぇのに、そのお連れさん。天と大地に、『六翼の天使』様ってな」
「なるほど……立派な心掛けだ。この『街』が治安の良さで知られてるのも納得だね」
「へへ、そういうこった」検査官はニヤリと笑った。「まあ、お前ら『放浪者』のケンカ騒ぎは絶えねェけどよ!へっはははははは!!」
「勘弁してくれよ。ケンカと歌と酒がなきゃ、生きてられないのが『放浪者』ってものさ」
ひとしきり笑った後、検査官は手に持ったままだったフラスコの瓶を荷台の木箱の中へとしまった。
「……ま、その代わりと言っちゃなんだがよ、薬売りの若けぇの。通行料の他にこの老いぼれが求めんのは、この『街』の外の話だ」
「外の話ねぇ…集めたい情報でもあるのか?」
「ああ違う違う、そういう話じゃあねェ。俺ぁ別に、情報屋でもなんでもねぇんだ」
検査官はそこで言葉を区切る。
「……ちょいとした、土産話程度の事で充分だ。ここに三十年も住み込みしてるとな、そいつだけが日々の楽しみって訳よ」
何処か寂しそうに、彼は言った。
「三十年か……おっちゃんもずいぶん、苦労してんだな」
「ああ、そうさ。だからよ、若けぇの……お前ェが立ち寄った『街』について、ちょいとした土産話を聞かせてくんな。アンタが聞きかじったウワサでも構わねぇぜ……俺ぁ、それで満足だ」
「オーケー、おっちゃん。そのくらいならお安い御用ってね」
オレは語り始めた。
この前立ち寄った、潮風の吹く水辺の『街』の酒場で起きたケンカの話や、その酒場で囁かれていた「ヴェリナス海峡を泳ぐ巨影」のウワサ……そしてその『街』で出会った、地面ばかり見ている一人の風変わりな『放浪者』の話。
特に最後の話を、検査官は気に入ったようだった。
「ははぁ……で? 結局、その『放浪者』はなーんで、道端の石なんぞ集めてたんだ?」
検査官は身を乗り出して聞いてきた。
「そいつが言うには……『大聖堂を作るんだ』ってよ。選び抜いた石を一つ一つ積み上げて、天まで届く巨大な神殿を作るんだと」
「へっはははは!!そいつぁおもしれぇや!!」
「そいつは大真面目だったけどな。…なんでも旧世界にそうやって、本当に世界一の大聖堂を建てた男が居たらしい。今となっちゃ、それが事実かも分からないけどね」
笑いながら、オレは答えた。
「……ああ、すっかり時間が経っちまった。若けぇのの話が面白いんでついつい話に惹き込まれてよ……それじゃ、コイツを持ってきな」
そう言って検査官が差し出したのは、二枚の小さな金属片だった。
「ここの滞在証みてぇなもんだ。お前さんの分と、こっちはあのお連れさんの分だな。ここにいる間は常に持っとけ…んで、出る時にこっちか、向こうの検問所に返してくれりゃあいい」
硬貨ほどの大きさで六芒星に切り出された金属片には、岩橋を象ったアーチの模様が掘られている。一つをアルトに投げ渡し、オレはもう一つを腰の貴重品ポーチにしまった。
「どうも」
「おう。……それともう一つ。……そのトラック、そろそろマズいんじゃねぇのか」
オレ達のトラックを一瞥して、検査官は言った。
「ひっでぇオンボロだぜ、こりゃ…普通ならマトモに走れる部類のモンじゃねぇ。俺もここに勤めて長いが、こんなシロモノに乗ってきたのは若けぇのが初めてだ」
「はは…褒め言葉として受け取っとくよ」
苦笑いでオレはそう返す。
散々な言われようではあるが、乗り捨てられていた廃車をあちこちで拾い集めたガラクタでツギハギし、見様見真似でオーバーホールしたこのトラックは、確かにいい状態とはとても言い難かった。機械シロウトのオレにも、なぜコイツが動き続けているのか分からないくらいだ。
「……正直、オレもここまでよく保ってると思うよ。けど新調するにも金はないし、結局はこのポンコツ車が、当分オレ達の旅の足って訳」
「いや、そいつぁ良くねぇぞ。俺りゃあ此処の修理工の産まれだからよ、『
「……マジで?」
「ああ、マジだぜ。……んで、さっきの話で楽しませてくれたお礼に教えとくがよ」
男は机の脇から一枚の紙片を取り出し、羽根ペンで何かを描き始めた。
「この『街』の大雑把な地図だ。この検問所を出ると、反対側までまっすぐ一本、大通りがぶち抜いてる。……んで、ちょうど中央には『レノラの広場』ってのがある。真ん中に噴水があるから、すぐ分かるはずだ」
まっすぐ引かれた二本線の間に、男は二つの大きなマル印を描いた。手前側のマルを指差し、続ける。
「ただし、手前にはこれまた『星の偽広場』ってのがあってな。ま、こっちの中央にあるのは『六翼の天使』様の神像だから間違えはしねぇだろうがよ。
とにかく、この2つの広場の間のどっかに、俺の実家の修理屋があるんだ。『レノラの岩橋』で店を構える奴らの中でも、とびきり老舗のやつがよ。ケンカで家を飛び出して以来、帰っちゃいねぇが……今は妹が店をやってるはずだ。その車の状態なら、そこでそいつを直すのが一番だって事よ」
「なるほどねぇ……」
オレは助手席で毛布をかぶっているアルトの様子をちらりと見た。
「まあ……ここを出る時は、ついでに行ってみようか」
オレの言葉に、男は嬉しそうに笑った。
「おう、そうしろそうしろ!妹の腕は俺が保証するぜ!お連れさんにラクな思いさせてやれよ、若けぇの!!」
「ああ。アンタと楽しく話ができてよかったよ、検査官のおっちゃん」
オレはトラックへと戻り、エンジンをかける。
隣で毛布に包まったアルトが、もぞもぞと動いた。
「……終わったかい?」
「ああ。……たまにはアンタも、こういう応対やったっていいんじゃないか?」
「旅の面倒事はキミに一任するって言っただろう?」毛布に埋もれたまま、アルトは答える。「それにこういうムダなお喋り、ワタシは特に嫌いだからね」
「へいへい……んじゃ、行きますか」
オレはトラックのアクセルを踏み、ゆっくりと前進させる。後ろから検査官の別れの言葉が聞こえてきた。
「妹にあったら、兄貴は元気でやってるって伝えてくれよな!!……っと、忘れるところだった」
検査官はニヤッと笑う。
「ようこそ、『レノラの岩橋』へ。『六翼の天使』様のご加護が、若ぇのの商売にもあらん事をってな」
その笑顔に見送られ、オレ達はようやく『レノラの岩橋』へと足を踏み入れた。
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まず目に入るのは、大通りの左右を埋め尽くす色とりどりの露店の数々だった。
干し肉や魚の燻製、固焼きのビスケットなどの糧食を軒先に並べた食材屋の屋台に、傷薬や薬草を並べた簡素な商品棚が所狭しと並ぶ雑貨屋。装飾品や工芸品の類が並べられた土産物屋もあれば、独特の意匠が彫られた剣や槍、斧なんかを並べた武具屋もちらほらと建っている。
あらゆる屋台に人が行き交い、楽しげなおしゃべりと歓声が時折響いていた。荒廃した外の景色からはまるで想像もできない、活気の都。
「さすがは『双大陸の玄関口』。噂に聞いていた以上の賑わいだな」
「そうだねぇ……ここまでの賑わいだと、ワタシも少し目が回ってしまいそうだよ」
徐行してゆっくりとトラックを走らせる。荷物番も兼ねて荷台に座ったままのアルトは、オレ以上に興味津々といった様子で周囲の屋台を見渡していた。
「まずは宿を探そう。中央の『レノラの広場』の近くに、何軒かあるはずだ」
「積み荷の精薬を先に売ってもいいんじゃないかな。トラックの修理代も要るし、宿代が足りなかったら困るだろう?」
「ここらの屋台じゃ、安値で買い叩かれるだけだっての。中央近くの雑貨屋の方が金もあるし、ちゃんと価値を分かって買い取ってもらえる。…なんにしても、まずは宿屋だ」
「なるほどねぇ」
「ったく……」
ため息をつきつつも、ハンドルを握り直す。アルトはそんなオレを見て、にこにこと笑っている。
もう一つため息を吐いてから、今度はオレから切り出すことにした。
「……ところで、『仕事』の話だけどさ」
「うん? ……ああ、その話か。まあ、まだ少し時間もあるからね。ゆっくり話そうか」
「そうしてくれ」
「仕事」、と言うのはオレたち2人の間で交わされた、ある契約の符牒だ。
ーー遡ること半年前。息を吹き返したオレにアルトが求めてきたのは、たった一つの要求だった。
『キミを黄泉帰らせるにあたって、ワタシの力の幾つかをその体に託しておいた』
『その力を使って、キミに倒して欲しい奴らがいるのさ…例えば、キミたちを襲ったあいつのような連中をね』
あれは野放しにしたままでは、多くの人々に災いをもたらすのだとアルトは言っていた。そしてその討伐を、今は「仕事」としてオレに託したいと。
『やつを追わなきゃいけないキミにとって、悪い話じゃないはずだ。それにもちろん、タダとは言わない。……これから先、キミが奴らと戦うための協力は惜しまないし、もし奴らを全て倒し尽くすことができたならこの契約を終わらせると約束しよう。つまり、君は自由の身だ』
……全く訳が分からない。契約が終わって自由になるとして、それの何が報酬になるのか。
『……断ると言ったら?』
『その時は可哀想だけど……キミの命を、返してもらう』
アルトの返事は冷淡だった。
『すっかり説明を忘れていたけど、黄泉帰らせたキミの体には私の力のいくつか…もっと身も蓋もなく言うなら、ワタシの肉体の一部を入れさせてもらっている。
キミの命を繋ぐために必要だったのもあるけど…ともかく、そうしてワタシの一部を宿すキミは、もはやワタシの体の一部も同然なのさ』
『……もっと分かりやすく説明してくれ』
『うーん…ま、こういうのは実際に体験してみた方が早いか』
アルトが右手をかざし、不意にオレの胸に触れる。
『が……あっ……!!』
瞬間、アルトが触れた所から感じたことのないような痛みが全身を駆け巡った。
まるで内側から何かがオレを蝕み、別のものに組み替えようとしているような感覚。『あ、アルト……お前……!』
『ほら、ね?』
激痛にのたうち回るオレを見下ろしながら、彼女は言った。
『これで分かっただろう?キミの肉体はもう、完全にワタシの支配下にある。契約の続く限りワタシの意思一つで、その命を生かすも殺すも……思いのままだ』
つまり死にたくないなら契約に従え、と。アルトはそう言っていた。
『……まあ、それでも断るというなら構わないさ。キミの自由意志は尊重したい……なにせ、キミを自我のない傀儡としなかったのもワタシだからね』
『……っ、ぐ……』
痛みで意識が飛びかける。だが、ここで気を失えばどうなるか分からない。オレは歯を食いしばって必死に耐えた。
『……さて、どうする少年? 今ここで決めて欲しいな』
アルトが手を引いた途端に痛みが和らぎ、彼女は微笑みながらオレを見下ろした。
…この女は悪魔の同類だと思った。彼女はただ、オレの命を握っていることを自覚させるためだけにその行動を取ったのだろう。
どの道、今のオレに選択肢はない。その事だけが確かだった。
『……いいさ、やってやる』
吐き捨てるように、オレは言った。
それからというもの。オレは彼女の手足となり、「奴ら」を倒すという「仕事」のためにこの大陸中を駆けずり回ることになった。
とはいえ、やる事自体は単純だ。アルトは奴らの居場所をオレに伝え、オレはその場所へ向かい……そして一人で戦う。ただそれだけ。
「……今回の『仕事』、ターゲットの居場所はここだって話だったよな」
アルトは荷台に座ったまま、小さく頷いた。
「ああ。今のワタシは大まかな『広域探知』しかできないけれど…この辺りなのは間違いないと思う」
「じゃあ、あとはいつも通りオレの出番ってわけだ」
『契約』が結ばれたあの夜から、オレの体にはアルトに託されたいくつかの「力」が備わっている。
その一つが、『
アルト曰く、その力を完全に使いこなせば、大陸一つ分の範囲から探すものの居場所を詳細に探り当てるばかりではなく、相手のこれからの一挙手一投足すら完璧に予測できるのだそうだ。
しかしオレの黄泉帰りに際して、その力は不完全に分割されてしまったらしい。今はアルトが超広範囲から大まかな目標の位置を割り出す『
「キミの方も気配は探っているんだろう?」
「もちろん。検問所の辺りからずっと『狭域探知』を張ってるんだが……今のところ、手応えなしだな」
アルトの『広域探知』は実のところ、かなり大雑把でいい加減だ。大きく外す事こそないが、探し当てたターゲットの位置はあやふやで、キロメートル単位の半径でざっくりとした座標を割り出すのが精いっぱい。
その範囲を『狭域探知』でしらみ潰しに探し回るところから「仕事」は始まるのだが…なにせ捜索範囲が広いため、標的とすれ違いになる事も少なくなかった。
「まあ、『レノラの岩橋』では数日滞在していくやつがほとんどらしいし。目標もまだ、ここの何処かにはいるとは思うんだよな…」
「中央へ行くなら酒場に行ってみるのも悪くないんじゃないかな。ここらの噂を集めるには、うってつけの場所だろう?」
「そうだな。後で昼飯も兼ねて向かってみよう……ん?」
そうして大通りを進むうち、やがて前方にあるものが見えてきた。
大通りと幾つもの路地が伸びる円形の広場。その中心に置かれているものに、オレは見覚えがあった。
流れるような絹の衣。手には長杖。背に生やした三対六枚の大きな翼を掲げ、その目を閉じたまま、大地を見下ろす女神の石像。
「『六翼の天使』の像、か」
『星の教会』が崇める神像は、元々は旧世界の遺跡に残されていたものだとも言われている。数百年ぶんの風化や摩耗が見られるものの、昨夜の夢にでてきたそれと、まったく同じ造形だった。
「『レノラの広場』…にしては小規模だね。これがさっき検問所で言っていた『星の偽広場』ってやつかな?」
「じゃあ中央の『レノラの広場』は、もっと先か」
「そうだね。確かここが、ちょうど中間点のはずだ」
像の左側へと、トラックを進める。
石像を横目で見ていると、昨夜の夢が頭をよぎる。……あの夢の意味が判る日は、来るのだろうか。
「…どうしたんだい。ぼーっとしてると目標に逃げられてしまうよ?」
「分かってるっての。……少し揺れるぞ」
アクセルペダルをを踏み直す。小石を踏んで車体が跳ね、きゃっ、とアルトが小さく悲鳴を上げた。
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『レノラの広場』に着くと、いよいよ街の空気は賑やかさを増していく。
その名の通り、かつて開拓者レノラによって建てられた休憩所の跡地であるこの広場は……いまや立派な『街』の中心部だった。
広場中心の大噴水を囲むように敷かれた大通りに立ち並ぶ、三階建て以上の大きな建物達。そのどれもが宿屋や酒場、『偉大なる大書庫』や『ヘカテー財団』の商業施設で占められ、その周りをさらに何軒かの屋台や露店が取り囲んでいる。
様々な格好をした『放浪者』たちが行き交うさまは、入口の露店通りで見たそれよりもなお活気に満ちていた。往来の中にはアルトと同じ獣耳人や有角人、ヒョロリとした長身の手長人……あまり『街』では見かけないはずの亜人たちまでもが混じり、みな自然と打ち解けているようだった。
全てが行き交い、交わり、去っていく。その雑多な雰囲気は、交易拠点たるこの『街』そのものと言っても過言ではないだろう。
「……へぇ。なかなか見事な噴水だね」
意外にも、アルトの興味は広場中央にある噴水に強く惹かれたようだ。
「噂には聞いていたけど、本当に真水が湧き出ているなんて」
「なんでもはるか昔、開拓者レノラが埋めた旧世界の遺物から水が湧き続けてるんだとさ。この岩橋のど真ん中に拠点が建てられたのも、ここの水源のおかげだって話だ」
「ああ…なるほど」
何か合点がいった、という風にアルトが一人ごちる。
「レノラとか言ったっけ。ここに最初に拠点を建てた『放浪者』は、どこかでDトランスポートのポータルを入手したんだろう。もう一方のポータルを置いた水源も、探せばどこかにあるんじゃないかな」
「ディー、トラ……なんだって?」
「D(ディメンション)トランスポート。旧世界の空間転移テクノロジーの一種だよ。聞くのは始めてかい?」
「ああ。……本当に、よくそんなの知ってるな、アルト」
オレは若干呆れてそう返した。
あの日の『契約』からもう半年が経つが、本当にこいつは得体が知れない。
生まれも育ちもまともに分かる事がなく、食事もほとんど取ることがない。何にしてもはぐらかすような事ばかり言って己の目的を明かさないし、感性がどこか人間離れしている上、スキンシップはいつも執拗だ。
そのくせ、今みたいに旧世界…『大破局』の以前のあれやこれやを語る時は饒舌になる。……まるでその目で、それらを見てきたかのように。
「ふふっ、色々と調べる機会があったのさ。色々と、ね」
こういう時、アルトの言い訳はいつも同じだ。
「…アンタ、ひょっとして大破局からずっと生きてるオバケかなんかじゃないだろうな」
言いながらオレは通りにある一軒の宿屋ーーその軒先に、『荒野のカモメ亭』と書かれた看板を見つけて車を停めた。
「宿はここにしよう。手続きだけ済ませてくるから、荷物の番を頼む」
「構わないよ」アルトが頷く。「キミが戻るまで、ここで噴水でも眺めているとしよう」
相変わらずの呑気な返事だ。呆れつつも荷台から幾つかの荷物を下ろして、オレはトラックを降りた。
「ようこそ『荒野のカモメ亭』へ。お泊まりですかね?」
宿の中に入ると、恰幅の良い老主人が朗らかに出迎えてくれた。
手続きはスムーズに進み、ベッドと鍵付きの二人部屋を二泊で借りる事になった。値段は相場相応、サービスの分だけ高くついたがまだ少し懐には余裕がある。
「そういえばお客さん。近頃、物騒な噂を聞きましてねぇ」
宿代と引き換えに部屋の鍵を渡しながら、ふと店主がそんな事を切り出した。
「物騒な噂?」
「ええ……なんでも、この辺りで恐ろしい殺人鬼が出たとか。お客さんはまだずいぶんと若いですし、お連れの方にも気を付けるよう伝えて下さいねぇ」
「殺人鬼……か」
聞けば、その殺人鬼とやらは近隣の『街』や『宿場』でも騒ぎを起こしていたらしく、遠方から追手も出ているらしい。
「その追手というのが、たしか『
「そりゃあまた、ずいぶん大事だっての…」
ふと思い出す。半年前のあの夜も、そんな話を聞いていた。
……特に『大書庫』が動いている、というのが気にかかった。彼らが表立って動くなど、よほどの事がなければありえないはずだ。
(その殺人鬼とやらが、今回の『目標』って事はあり得そうだな)
心の中でひとりごちる。アルトの大雑把な『広域探知』のお陰で、今回は図らずも先回りに成功していたのか。なんにせよ、思いがけない収穫だ。
「おっかねー話だな…気をつけとくよ。ありがとな、爺さん」
「いえいえ。……それでは、良い一日を」
老主人はニコリと笑って一礼し、またも忙しそうに店先の掃除へと戻っていった。
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拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたなら幸いです。