NOMAD:Tales of ArmorNoid(仮題)   作:こっくわーん

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前回までのあらすじ:
世界の車窓から〜『レノラの岩橋』編〜


#3

◆ーー◆◆ーー◆◆ーー◆NOMAD◆ーー◆◆ーー◆◆ーー◆

 

『……へぇ。殺人鬼、か』

「ああ。もう少し聞き回ってみたけど……奴がこの『街』に来るのは、早ければ今夜だろうって話だ」

場所は変わって、ここは『星の偽広場』にほど近い酒場。あちこちが雑に補修された埃の舞う薄暗い店内は、にぎやかでがさつな空気に満ちていた。

古びたタルや廃材を組み合わせたカウンターに、木板のテーブルが店内にひしめく。ジョッキに並々と注がれたエール酒や湯気の立つつまみをかっ喰らう『放浪者(ノマド)』のお客たちで、店はごった返していた。

カウンター席には二人。汚れた顔に手首まである厚手の綿入りシャツ、腰に巻きつけたロープからして遺跡を漁る『引き上げ屋(サルベージャー)』のコンビらしい。エールのジョッキを酌み交わしながら、下らないジョークに大笑いしている。

真横と斜め後ろにある四人がけのテーブル二つは隊商らしい一団と、その雇われ護衛らしい二人が占拠していた。相当稼ぎがよかったのか、昼間だというのに値が張る骨付き肉を片手に宴の真っ最中だ。護衛の二人も厳つい顔をゆるめ、酒と肉を頬張っている。

窓際の丸テーブルにも数名。こちらは特に団体でもなんでもないようで、所在も職もバラバラな『放浪者』たちが集まっているようだった。隣同士で歓談する者、寝潰れている者、我関せずと一人食事に勤しみ続ける者もいる。少々柄は悪いが、ごくごく一般的な酒場といえる光景だ。

そして、オレもカウンター席にいる。

宿は確保できたし、アルトと共に入った雑貨屋では精薬をなかなかの値段で買い取ってもらえた。おかげで懐はだいぶ潤い、今は情報収集を兼ねて、この酒場で遅めの昼飯にありついていた。

 

「……注文の品だ」

しかめ面の店主が、料理の盛られた皿やボウルをカウンターに並べていく。

固パン一切れに豆とトマトのスープ、それとソーセージが一本。これとは別に、旅の糧食として日干しビスケットを包みで二つ、注文してある。

「全部で硬貨十枚だ。とっとと出しな」

言われた通りにカウンターにセラミック硬貨を積むと、店主は黙ってそれを受け取り、カウンターの奥に消えた。

『……ずいぶんと態度の悪い店だね。あとで文句をつけに行こうかな?』

「冗談でもやめてくれっての。……アンタは加減ってものを知らないんだからさ」

耳元から聞こえる声に、肩をすくめて答える。だが、会話の相手……獣耳人のアルトの姿は、この店にはない。

『加減なんてする必要があるのかい?…まあいいや、キミの意思を尊重しよう』

彼女の声は耳につけられた白毛のピアスを通じて、オレだけに聞こえているのだった。

このピアスはアルトの手作りで、白い毛飾りは彼女のたなびく銀髪でできていた。なんでも素材になった髪を触媒として、『契約』による繋がりを応用したコミュニケーションを可能にする、とかいう代物らしい。

原理を一度聞いてみたが、電子交霊学の原理の応用が云々…といった内容でまったく訳が分からなかった。ともかく使い勝手がいいのは確かで、こちら側からの返答もどれだけ離れていようと、即座に行える。あえて言うなら起動は向こう次第なのが玉にキズ、といったところだ。

ちなみにピアス自体は数ヶ月前、オレが寝ている間に勝手につけられていた。慣れるための練習だとかいって色々イタズラも仕掛けられたが、本当にやめてほしい。

「えーと、何処まで話したっけ。……そうだ、殺人鬼。そいつは何か、デカい杭みたいなもので獲物をブチ抜いて殺すんだそうだ。けれどその凶器が見つからない。代わりに灰色の塵の山が一つ、必ず近くに残ってるんだとさ」

『大きな杭、ねぇ』

「狙われてるのは特に権力もない人ばかりで、場当たり的犯行の可能性が大。『街』の住民はもちろん、旅途中の『放浪者』まで次々にやられているみたいだ。おまけに腕利きの傭兵が討伐に出向いたのも返り討ちだったらしい。…その足取りが向かう先が、この岩橋ってワケだ」

『なかなか、ゾッとしない話だこと』

「オレからはこんなところ……で、そっちの準備はどうだ?」

『今のところ、問題ないかな』

現在、アルトはオレとは別行動をとっている。彼女も道ゆく『放浪者』たちやこの街の人たちに聞き込みをしつつ、今夜の下準備として『レノラの岩橋』を隅々まで歩き回っているのだ。

「何か気になる情報はあったか?」

『色々とあるけれど……まずはその殺人鬼についてだね』

アルトの言葉に、オレは少しだけ身を固くする。

「…そっちでも何か聞いてたのか」

『ああ……だが少々、奇妙な事があってね』

どこか楽しそうにアルトは言う。

『キミの話だと、殺人鬼はイグドエニスの街々を巡っては大暴れしていたそうじゃないか。そして事態を重く見た『偉大なる大書庫(グレイトフル・アーカイブ)』が追手を放ち、近々ここにやって来ると』

「そう聞いてるよ。普通、『大書庫(アーカイブ)』はこんな規模の殺人でわざわざ動かない……おそらく、今回の目標で間違いないとオレは踏んでる」

堅パンをスープに浸してかぶりつきながら、オレは答えた。

『偉大なる大書庫(グレイトフル・アーカイブ)』、通称『大書庫(アーカイブ)』は世界の西半分「イグドエニス大陸」にある研究機関。この世で知らぬ者は居ない、かの地の支配者でもある。

『大破局』によって滅びた、旧世界のテクノロジーを掘り起こし、調べ、復元する事に心血を注ぐ彼らは、その技術を各地の『街(シティ)』へと提供し、その見返りとして絶大な権力を欲しいままにしているという。……オレたちが追う『目標』にも、少なくない関わりがある組織だ。

『そうだろうね。……だけれど、ワタシが聞いた話は少々違う』

「…どういう事だ?」

『…その殺人鬼、こっちではニダヴェリールを荒らしまわったって事になっているようなんだ』

「妙だな…こっちで聞いてる話と辻褄が合わないぜ」

『それだけじゃない。追っ手も『ヘカテー財団(ヘカテー・ファウンデーション)』の手の者たちなのは確かなようだ。…不思議なことに、キミの聞いた話とは情報が真逆なんだよ』

『ヘカテー財団(ヘカテー・ファウンデーション)』もまた強大な勢力の一つ。東の「ニダヴェリール」大陸を統べる、巨大企業だ。

ニダヴェリールのみならず、イグドエニスにも販路を広げるその様をして、「国土なき帝制」と呼ばれることもある。至高のテクノロジーと政治力に秀でた『大書庫』に対し、彼らの強みは工業力と経済力にあると言えるだろう。

ともあれここまで真逆の存在について、同じような話が出るのも奇妙な事だ。そういえば最初にその話を聞いた時、宿屋の主人が言っていた話も、追手が『大書庫』か『財団』か分からないとあやふやだったのを思い出す。

「どこかで間違って伝わったとか、そういうのじゃないのか?」

『どうだろう。……少なくとも、この『街』の住民に大きな不和や衝突があるわけでもないみたいだね。被害が出た時の責任のなすり付け合いだとかで情報が歪んだ、て事はまあ無さそうかな』

「でも偶然にしちゃ出来すぎてる。……よく分からねーけど、なにか裏でもありそうだな」

『今は何とも言えないね。とにかく、今夜は慎重に動いたほうがいいだろう』

「ああ、分かってるよ」

『……それと、もう一つ』

アルトの声色が少しだけ変わった。何か言いにくい事でも言おうとしているのか、少し間を置いて続ける。

『…こちらでも『大書庫』の追手の話があった。ただ、追っているのは殺人鬼じゃないらしい……どうも、キミを捜しているようなんだ』

「…なんだって?」

背筋が冷たくなる。

『大書庫』がイグドエニスで強権を振るう背後にあるのは、その高度なテクノロジーの力だ。それは味方となる者には素晴らしい進歩と豊かな生活をもたらすが……敵となる者には恐ろしく冷たい牙や爪となり、哀れな反逆者を徹底的に蹂躙するのだ。

『大書庫』の買う隠密は一際恐ろしい。ひとたび彼らの敵になれば……ただの人が敵うことは、まず、ありえないだろうと言われている。

「とにかく冗談キツいっての。『大書庫』と事を構えるなんて、無茶だぜ、無茶」

『もちろん交戦は避けるべきだ。だが、もっと悪いことに……『大書庫』の追手はもう既にここ、『レノラの岩橋』に潜伏している可能性があるとも聞いた』

「………!」

思わず店内を振り返る。

さっきから変わらず、賑やかな酒の席のままだ。だが…その中に、嫌なものを感じた気がするのは、気のせいだろうか?

『幸い、ワタシの事は知られていないようだけどね。…キミは目立つ行動を控えた方がいい。できれば、その酒場からもすぐに離れた方がいいだろう』

「ああ。用心しておく」

『それじゃ……また後で連絡するよ』

そう言って、アルトの声はぷつりと途絶えた。

 

「はあ。…こりゃあ、思ったよりやべぇかもな」

ため息をつき、オレは静かに『狭域探知(ポイントロケーション)』を起動した。

…まずイメージするのは、波。オレのいる場所を中心に広がる、「感覚」のさざ波だ。

オレだけが知覚できるその波が、この店のあらゆるモノや人を撫でながら酒場の内部全体に広がっていく。

(……こんなもんかな。さて…)

頃合いを見て、オレはその逆をイメージする。

酒場中に広がった波が、時間を巻き戻すかのようにオレへと返ってくる。還ってくる。

そしてその波がオレの下までたどり着くと、その波が撫でたモノの、あらゆる情報が……色、匂い、温度、音、その他全てが、オレの脳内へと流れ込んでくるのだ。

(くっ……)

情報の量が、多い。軽い目眩がし、思わず額を押さえた。

脳裏がチリチリと痛む。焦りからか、情報の種類を絞りきれていなかったらしい。

(ああ、まったく。ビビりすぎだっての…)

心のなかで自嘲した。いまの『狭域探知』は先ほどアルトがほのめかした、『大書庫』の追っ手を恐れての反射的な行動だ。もちろん結果に関わらず、速やかに食事を済ませてここを出るつもりだった。

……だが、その時だった。

「……!?」

目を見開いた。頭の中で、何かが引っかかった気がしたのだ。

(今の……何だ?)

『狭域探知』が得た情報を辿っていく。違和感の正体はすぐに分かった。

窓際でたむろしていた、恐らくは『放浪者』の一人だ。そう、「おそらくは」だ……そいつに関する情報だけが、どういうわけかひどく曖昧になっている。確かにそこに居るはずなのに、まるで顔や体にモザイクでもかけられているかのように、はっきりと認識することができない。

異常としか言いようがない事が、起きている。『狭域探知』に何らかの妨害を加えられたのか……分からないが、ともかくこんな事は初めてだった。

(なんだ……こいつは)

振り返ってそいつの居た方向を見る。当たり前の話だけど……目視であれば、そいつの姿はハッキリと見ることができた。

くたびれた黒い厚手のテックウェアを着込み、フードを目深に被った一人の『放浪者(ノマド)』が静かに窓際のテーブルに座っていた。連れや仲間がいる様子はなく、どうやら一人きりのようだ。顔はフードに隠れて見えないが、背格好は周囲の放浪者より一回り小柄で、華奢に見える。

他にも多くの『放浪者』たちがいるこの酒場の中で、そいつは妙に浮いて見えた。卓上に積み重なった、数人前分の食器やボウルのせいかもしれないし……賑やかで浮かれた酒場の中で、そいつだけが少しピリピリとした威圧感を放っているように感じたからだ。

(アイツが『大書庫』の追手?……いや、まさかな)

有り得ない話ではなかったが、それにしては敵意というか戦意というかが、やけにあからさまなのが気に掛かる。いずれにせよ、さっきの『狭域探知』の違和感の正体が、あの『放浪者』なのは間違いなかった。

(一体誰だか知らねーけど…あんなのまでいる以上、此処に長居しちゃマズいな)

そう結論づけ、オレはもそもそとパンを齧りながらスープを飲み干しにかかった。

本当は久々の贅沢をゆっくり味わいたかったのだが、もうそうも言っていられない。少し喉につっかえたのをジョッキの水で流し込み、空になった食器をカウンターに置いたまま席を立つ……と、急に横から腕を掴まれた。

「待ちなよ、兄ちゃん。逃げようったってそうはいかねぇぜ」

「ちょ……何すんだよアンタ!」

歯車の眼帯をつけたその男は、隣のカウンター席にいた『引き上げ屋(サルベージャー)』の片割れだ。昼間だと言うのに相当飲んでいるらしく、顔は充血し呂律もだいぶ怪しい。

「悪りぃけど、今は先を急いでるんでね。絡むなら別の奴にしてくれっての」

「いいやぁ、ダメだね。それに何だってのはよぉ…こっちのセリフだぜ兄ちゃん」

今度はもう一人、髭面の『引き上げ屋』に胸ぐらを掴まれる。男の顔が目の前に近づき、酒臭い息が顔にかかった。

「さっきからブツクサとうるせぇと思えば、今度はキョロキョロ辺りを見渡して大慌てで逃げようとしやがる。なぁーにをそんなにコソコソしてんだよ、えぇ?」

「オレ様達に文句があンならよぉ。まずは面と向かって言うのがスジってモンよ。分かるかバカガキ?」

気がつけば酒場中の客の視線がオレ達に注がれていた。面倒くさい事になったな……と内心ゲンナリしつつ、笑顔を取り繕って言い返す。

「気を悪くしたなら謝るけどさ……そりゃアンタ、カン違いだぜ。さっきも言った通り急いでるんだ、早く手を放してくれよ」

「なんだぁ、逃げるのかぁ?ケンカ売った相手が怖くてブルっちまったか!!」

「『引き上げ屋(サルベージャー)』のドルノバ兄弟っていやぁ、この辺りで知らねぇ奴はいねぇからな!!ママのオッパイに怖いよーって泣きついてもしょうがねぇ、ギャハハハ!!」

酔っぱらい二人組、改めドルノバ兄弟とやらの馬鹿笑いが店中に響き渡る。……ああ、これはダメだ。完全に出来上がっている。

(めんどくせーのに絡まれちまった……)

内心毒づきながらも、オレは胸ぐらを掴まれながらも、ドルノバ兄弟に愛想笑いを続けた。

「まあなんでもいいけどさ…オレさ、マジで急ぎの用なんだっての。いやホントに。な?離してくれよ。なんか損する訳でもないだろアンタ達」

「そいつぁどうだろうなぁ、坊や?」髭面なドルノバの兄だか弟だかは、オレの襟首を掴む手を緩めようとしない。「ケツの青いガキに舐められたまま、みすみすそれを見逃したとあっちゃ……オレ様達も示しがつかねぇんだわ、これが」

「そういう訳だしよ…坊主にゃ悪いが、ちょいと痛い目にあってもらわねぇとな」

こっちも兄弟のどっちか分からない、眼帯の方のドルノバがポキポキと指をほぐし始めると、酒場には危険な熱気とざわめきが生まれ始めた。

過酷な世界を旅し、荒事にも明るい『放浪者』は、得てして血の気が多く好戦的だ。当然この状況で、オレに味方してくれる奴も出てこない。

「おいおい、冗談はやめてくれよ…こっちはアンタを悪く言う気なんてねーんだって」

慌ててドルノバ兄弟に抗議する。ただでさえ目立ちたくないのに、このままケンカだのリンチだのが始まったら確実にマズい。

「なあ頼むぜホントに…ケンカなんて良くないだろ、な?」

「おうおう、負け犬がよく吠えやがるぜ」

「まあ安心しろや……ちょいとばかし扱いて、慰謝料までふんだくったらちゃーんと許してやる。たぶんな」

「あ、あんたらなぁ……!」

どこまでも話にならない。酒の力とは恐ろしいものだと、オレは頭を抱えた。

 

と、その時だった。

「……聞こえたぞ、ドルノバ兄弟!!さんざん探させやがって!!」

突然、酒場の扉が勢いよく開かれ、一人の屈強な男が怒鳴り込んできた。

「なぁんだテメェ。こっちゃ取り込み中だぞボケナスが!」

眼帯のドルノバが男に食って掛かる。男はそれを意に介さず、ズカズカとカウンターまで進むと今度はその眼帯の胸ぐらを引っ掴んだ。

「俺の顔を忘れたとは言わせねぇぞ。この前は汚ねえやり口で、俺の見つけた発掘品をかっぱらいやがって……今日という今日はブチのめす!!」

「かっぱらうだぁ?人聞きの悪りぃ事言ってんじゃねぇよタコが。テメェがノロマだから先越されてんだろ、あぁ?」

眼帯ドルノバは男の手を振り払うと、周囲の席を蹴り倒して牽制した。どうやらこの手の争いには手慣れているらしい。

「ふざけやがって……おいお前ら、このクソ野郎どもをとっちめろ!!」

男が号令を掛け、酒場の入り口から手下らしい男達がドッと雪崩れ込んできた。

その数、ざっと十数人。革の胸当てを金属片でジャラジャラと飾り立てるそいつらも、おそらくは『放浪者』だ…だがおそらく、山賊まがいのかなりガラの悪い連中と見て間違いない。

「おいおいおい…まーずいんじゃねぇのコレ……」

カウンターの向こうを見やるが、さっきの店主は現れない。無責任にも逃げ出したのだろう…まあ、気持ちは分からなくもないけど。

「ったく、だからタコはタコなんだってんだよ」

眼帯のドルノバが悪態をついた。

「おい兄弟。そのバカガキは後回しだ、テメェも手ぇ貸しな」

「言われなくてもそのつもりだぜ、兄弟。こいつぁ酔い覚ましにゃ、いい運動って訳よ」髭面がそう言いながら荒くれたちに向き直り、胸ぐらを掴む手でオレを突き飛ばした。

「うおわ……っ!!」

不意をつかれ、酒場の床に派手に尻餅をつくと、頭上から罵声が降り注いだ。

「今日は見逃してやるぜクソバカ野郎。ケンカの邪魔だ、とっとと失せやがれ!!」

言うが早いか、尻を思いっきり蹴飛ばされる。乱闘の予感に店内が湧き立つ中、オレは這々の体で出口へ逃げ出さなければいけなかった。

「畜生、ケツいっ痛ぇ……」

呻きながらふと、オレはあの窓際の席を見た。

……いない。テックウェアの『放浪者(ノマド)』の姿が、忽然と消えている。

(アイツ、いつの間に……?)

呆然とするオレのすぐ横に、乱入男の手下がもんどり打って倒れ込んできたのはその直後だった。

「ぐわあああっ!!」

「パンチに腰が入ってねぇぜ、腰抜け野郎が!」

振り返ると髭面のドルノバが拳を振り上げ、大きく雄叫びをあげていた。後ろから組み伏せようと飛びかかって来たもう一人に裏拳をかまし、倒れたその背を思いっきり踏みつける。

「揃いも揃ってヘナチョコばかりかよぉ!!これでドルノバ兄弟にケンカ売るたぁ、身の程知らずにも程があらぁ!!」

眼帯のドルノバも、いつの間にかカウンターの上に立ち上がっていた。男の手下や、熱気に充てられ暴徒化した客が飛びかかって来るのを相手に、見事な大太刀回りを披露している。

たちまち酒場は乱闘騒ぎの渦中に包まれる。背後からは怒号や悲鳴、歓声と乱闘の音。そして「ぶっ飛ばしてやらぁ!」だの「おととい帰りやがれ!」だのとドルノバ兄弟のがなり声が聞こえ始めた。

「ああもう、ムチャクチャだっての……!」

店内をイスやテーブル、食器に加えて吹っ飛ばされた手下までもが飛び交い始めた。飛んでくるそれらをどうにか避けながら、オレは大慌てで酒場から飛び出した。

 

◆ーー◆◆ーー◆◆ーー◆NOMAD◆ーー◆◆ーー◆◆ーー◆

 

「……はぁ。ほんっと、散々な目にあったっての」

すっかり夕刻となった、『レノラの岩橋』の大通り。大乱闘の始まった酒場を命からがら逃げ出してきたオレは宿を目指して、赤く染まる通りを街の中央広場へ向かっていた。

『……もしもし、ハロルド君?怪我はないかい』耳飾りからアルトの声が聞こえ始めた。声音にかなりの不機嫌が滲んでいる。

『ついさっき、『星の偽広場』の酒場でひどい騒ぎがあった、とこちらでもウワサになってる。……目立つ真似はしないで欲しいって、ワタシ言わなかったっけ?』

「何もやってねぇよ、オレはさ」

口を尖らせてオレは答えた。

「酔っ払いに絡まれて難癖つけられた上に、そいつらの大声が別のバカを呼び寄せて大ゲンカ。しまいにゃケツを蹴っ飛ばされて、店を追い出されるときた……ロクに情報収集はできねぇし、オレは徹頭徹尾、被害者だっての」

『つ、ま、り。騒動の渦中に、少なからずキミがいた訳だ。そのトラブル体質、本当にどうにかならないものなのかい』

アルトが大きくため息をつく。

『なにもこんな時にまで、巻き込まれなくたっていいだろうに……それで、『狭域探知(ポイントロケーション)』はもう掛けているんだろうね?』

途端にアルトの声が、真剣みを帯びたものに変わった。

「いや、さっき酒場でやったきりだけど…」

『なら今すぐ、急いで実行したまえ。…さっきも言った通り、『偉大なる大書庫(グレイトフル・アーカイブ)』の連中がキミに目をつけてる。追手がもう、ここ『レノラの岩橋』に潜んでいるというのが本当なら…さっきの騒ぎで目立ってしまったキミを、見逃すはずもないだろう』

「それもそうだよな…ちくしょう」

言われるままに『狭域探知』を再発動する。本来はもう少し、時間を空けて脳への負担を軽減するべきなのだが…状況が状況だ。悠長な事は言ってられない。

『探知』の波が拡散し、収束して還ってくる。拾い上げた周囲の情報に、オレは顔をしかめた。

『……どうだい?』

「最悪だ。アルト、アンタの予想が大当たりだぜ」

今回は効率化のために『探知』する情報を人の気配と匂い、その二つをメインに絞った。

案の定、さっきの酒場の匂いを纏った者が付近に数名いるのを感じる。……そいつらの注意がオレに注がれているのも、はっきりと感じ取れた。

「酒場のどんちゃん騒ぎがイヤで抜け出して来た、って感じじゃ無さそうだ。……確かに追ってきてやがる。それも数人」

『やはり、か。面倒な事になってしまったね…』

アルトが苦々しく呟いた。

『通りの左右は細い路地に繋がっているはずだ。そこで撒けられないかい?』

「いや、無理だろうな。人目がなくなる分、下手に入っても向こうが仕掛けやすくなるだけだ……武装も大半は宿に置いたままだしな」

腰に下げた大口径リボルバーを撫でる。銃はこのじゃじゃ馬だけで、あとは多目的ナイフが一本と予備の弾薬が数発分だけだ。護身用ならともかく、本格的な戦闘には心許ない。

『ならそのまま宿に戻り、武器を回収して迎撃に備えておきたまえ。……ワタシはまだしばらく、外で時間を潰しておこう。キミの協力者である事がバレないようにね」

「……ああ、それで行こう」

『ワタシからは以上だ。…ところで、キミの方は他に何かあったかい?』

「……さっきの酒場で、妙なやつが居た」

『ほう?手短に教えてくれ』

オレは先ほどの『放浪者(ノマド)』について話す。そいつだけが『狭域探知』で殆どの情報を掴めなかったこと…そして酒場で大騒ぎになった辺りで、もうその場に居なかった事。

『…ずいぶんと不思議な事だ。ワタシ達の『探知』を跳ね除けるとは』

「ああ。……今のところ、正体がまったく分からねぇ」

『考えられる可能性としては『大書庫』の追手が変装していた、というのが大方だろう』

そう言い切っては見るものの、アルトの声には若干自信がないようだった。

『だがどうやって『探知』を破った?そもそも『探知』の存在に『大書庫』が気づいているとも思えないが……まあいずれにせよ、そいつにも充分警戒してくれたまえよ?』

「もちろん」

では、とアルトの声が途切れる。

 

気がつくと、『レノラの広場』のすぐ前まで来ていた。色とりどりのガラスが使われた店先のランプが灯り始め、広場全体が鮮やかに照らされている。屋台の人の群れもいちだんと賑やかだ。

宿をとっている『荒野のカモメ亭』もここにある。オレはそちらの方を見てーー思わず呻き声が漏れた。

「まさか……アイツ」

岩橋を背に飛ぶカモメのレリーフが刻まれた、宿屋の看板の下。黒いテックウェアを着込み、フードで素顔を隠した小柄な人影が立っていた。まるで、誰かを待っているかのように。

その姿には見覚えがあった。間違いない、あの酒場にいた『放浪者』だ……奇妙にも『狭域探知』がその情報を捉えられない、不審な人物。

偶然とは思えなかった。やはりアイツも『大書庫』の追手なのだろうかーー仮にそうだとして、もう宿まで突き止められているのだとしたら。相当に、今の状況は悪い。

(くそッ、どうすりゃいいんだっての…)

これでは武器を取りに行く事もできない。もうすでに奴の仲間が宿の中にも居て、待ち伏せされている危険すらあるからだ。かといって、このままでは背後の追手に立ち向かう事すらおぼつかない。

「イチかバチか、突撃して武器だけ回収するか……?」

オレがしばし逡巡する中、ふと店先の『放浪者』が思わぬ行動に出た。

急にこちらに向かって歩き出し始めたのだ。フードに隠れてやはり素顔も表情も読めないが、それでもその視線は此方を、オレの方を真っ直ぐに捉えているのがハッキリと分かる……『探知』を使うまでもない。見られている、という気配をヒリヒリするほど感じる。

(マズい、完全にバレてやがる……!!)

オレの心臓が早鐘を打ち始める。しかし、今ここで逃げ出しても状況は好転しないのは目に見えていた。くそっ、と内心で舌打つ間にも、その『放浪者』は少しずつオレに近づいて来る。

(ああもう!こうなったら、出たとこ勝負だ…!)

オレは意を決した。

腰の拳銃にそっと手を掛けながら、近づいてきた『放浪者』の方へと逆に接近する。手先の感覚だけを頼りに、安全装置を音もなく外しておいた……コレで向こうが何か仕掛けて来るなら、目の前のコイツだけでも即座に返り討ちにしてやる。

コツン、と靴音が聞こえる。小柄な『放浪者』が、ついにオレから数歩のところまでやって来ていた。

ゴクリ、と息を呑む。そいつとオレはその場で立ち止まり…やがて『放浪者』の方が、口を開いた。

フードの下から覗く唇が、小さく動く。

 

 

「……待ちくたびれた」

 

「……………え?」

思いもよらない事態に、小さく声が漏れた。

だが、それは。決してその『放浪者』に、声(・)を(・)掛(・)け(・)ら(・)れ(・)た(・)こ(・)と(・)自体への衝撃ではなかった。

むしろ、驚かされたのはーーその声(・)自体だ。まるで少年のそれか、あるいは……。

「あ、アンタ……」

「……いきなりで悪いけど。お前を待ってた……ついて来て」

言うなりそいつは右手を伸ばすとオレの手首を掴み、『荒野のカモメ亭』へと踵を返した。強引に引っ張られ、よろめきながら、オレは宿の方へと向かう。

「ちょ、ちょっと待てっての!アンタ、もしかしてさ……」

「……何?」

オレの声にそいつが振り返る。そのはずみでフードが跳ね、ずるりと落ちた。

 

…中から現れたのは、ボサボサに伸びながらも艶のある、美しい黒髪だった。

汚れてはいるが、その肌にはシミもソバカスもなく、透き通るような白さがあった。そして整った目鼻立ちに、まるで宝石のように美しい真紅の瞳。

 

 

 

 

「…………女の子、だったんだな。やっぱり」

「……文句ある?」

やや不機嫌そうに、そいつは言った。

表情こそ険しいが……その素顔は、可憐な少女のそれであった。

 

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拙い文章ではありますが、お楽しみいただけたなら幸いです。
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