NOMAD:Tales of ArmorNoid(仮題) 作:こっくわーん
ハル「答えろよレディ。質問はすでに……拷問に変わっているんだぜ」
カラ「……キショい。普通に名前呼べよ」
ハル「あ、スマン」
この話を執筆するにあたり、#2に幾つかの場面を加筆しています。一度読んだ方も、ぜひ併せて読み直していただくことをオススメします。
※今回はスプラッタな描写が多めです。ニガテな方はご注意を。
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イグドエニスとニダヴェリール、二大陸を隔てた大海峡に一筋伸びた『レノラの岩橋』。その上に築かれた、同じ名を冠する交易の『街』に……ただならぬ狂気を孕んだ咆哮が響き渡った。
「…シャッハアアアアアアアアアアアッ!!」
絶叫を張り上げたその男は、半裸で瓦礫の山の上に佇んでいた。しなやかな筋肉を纏う上半身には、不規則に灰色の節くれ立った器官が伸びている。……わなわなと蠕動し、鋭利な先端を鮮血の赤に染めあげるそれは、『ダストギア』によって編み上げられた巨大な蟲の肢だった。
「ば、バケモノだ……『アルマノイド』だ!」
誰かが男を指差して言った。彼の指の先、彼の右の二の腕には、幾つものチューブや配線が飛び出した腕輪型の装置が括り付けられていた。
……あれこそが、この只ならぬ男が『アルマノイド』である証拠。中には旧世界のとある遺物が収められていると言われている。装着した者にヒトを超えた『創造』の力を与え、バケモノへと変えてしまう『偉大なる大書庫』の忌まわしき叡智の結晶だ。
「はァァァァァァァ……ウゥううう宴たげタタげだああぁァア……」
男……ナノマシンの蟲肢を生やした『アルマノイド』は、複眼の生えた顔を歪ませて奇妙な笑い声をあげた。
両大陸の交易の重要なルートである『レノラの岩橋』の大通りは、夜になっても人々の賑わいが途絶える事のない不夜の城だ。……だが今や、この通りを埋め尽くすのは引き倒された屋台に崩れた家屋、そして瓦礫と共にあちこちに転がる、無数の死体であった。
「ダメだ……逃げろっ!!俺たちじゃ敵わねェ!!」
「なんでこんな所に『アルマノイド』が!?」
「誰かぁ!!助けてぇっ!!」
「ははハハははは……しャハハははははァはははァ……!!」
パニックに陥り、逃げ惑う人々の群れ。その悲鳴の合唱を嘲笑いながら、男は背に生やした肢の一本を振るい、近くにいた『放浪者』の胸板を深々と刺し貫いた。
「がふっ……!?」
その口から血を吐き、驚愕と苦悶の表情を貼り付かせて『放浪者』は絶命した。
「ヒぃハハァ!!甘露、カンロオォ……ッ!!」
男は狂笑を浮かべて肢を振るい、瓦礫の上を飛び渡る。逃げ惑う人々の背に灰色の肢が踊り、断末魔とともに次々と刺殺死体が転がった。飛び散った鮮血が辺りを赤く染め上げる。
「畜生っ……くたばれバケモノめっ!!」
近くにいた屋台の主人と思しき中年の男が、無謀にも手斧を手にアルマノイドへ突撃する。
ヒュン、と風を切る音がして、その手首が手斧ごと掻き消えた。一泊の間を置いて、切断された手首から噴水のように血が噴き出し、屋台の主人は絶叫をあげながらうずくまった。
「ひぎゃあああああぁぁぁ……アがッ」
その悲鳴が、止まった。屋台の主人の背中に深々と蟲肢を突き立てたアルマノイドは、愉悦に満ちた表情でその死に様を見下ろすと、次の獲物を求めて複眼をぎょろつかせた。
「甘アァん露オォ……我にぃ、もっと甘露をォオオオ………!!」
「……そこまでだ、『アルマノイド』!!」
その声に、蟲肢の異形は不自然な挙動で振り向いた。
いつの間にかオレンジ色の隊服に身を包んだ完全武装の兵士達が、半円を描くようにアルマノイドを取り囲んでいた。その左肩には四枚の翼が風車のように並び、その中央に目玉をあしらった独特のロゴマークが刻印されている。『ヘカテー財団』の派遣した追撃部隊だ。
「我々『ヘカテー財団』の管轄地域のみならず、緩衝地帯たるこの『レノラの岩橋』でまで殺戮を働くとはな。これ以上の暴虐は許さんぞ、バケモノめ……総員、第一斉射構え!」
隊長と思しき男が号令をかけると、兵士たちは一斉に小銃の照準をアルマノイドへ向けた。
「……」
蟲肢の男は何も言わず、両腕で顔を覆った。起こした行動は、それだけだった。
「撃てェ!!」
無数の銃火がアルマノイドに殺到し、その肌や節くれ立つ肢へと突き刺さる。だが――蟲肢どころか、むき出しの素肌すらも、かすり傷一つ、つく様子がない。
体内で産み出されるナノマシン、『ダストギア』の恩恵だった。体組織のあらゆる場所に潜むそれが、外からの衝撃に応じて非常に強固な構造を造り上げているのだ。ただの人ならば瞬く間に挽き肉と化すであろう銃弾の雨も、彼らアルマノイドにとってはほんの虫刺され程度のダメージにしかならない。
やがて銃火がやむ。アルマノイドは腕を下げて一步、部隊の方へと踏み出した。
「隊長、やはり駄目です!!奴には……『アルマノイド』には、銃弾が通りません!!」
「喚くな馬鹿者!!よく見ていろと言ったはずだぞ!?」
怖気づく隊員に、隊長は怒鳴り返す。
「奴は
「はっ!!」
第二斉射が、アルマノイドの頭……特に顔のあたりへと集中して放たれた。今度は背の蟲肢を使って、頭全体を包み込むようにして銃弾の雨を防ぐアルマノイド。
「いいぞ、奴の肢の動きも封じている!!このまま押し切るぞ……第三斉射、用意!!」
「了解!!」
また一歩踏み出したアルマノイドに三度、追撃部隊が小銃の狙いを付ける。レーザーポインターの光が幾つも灯された、その頭部を覆い隠す蟲肢が……不意にピクリ、と動いた。
「ッ!?隊長、奴に動きが…」
「構わんッ!!撃てえッ!!」
隊長の号令と共に、三度目の一斉射撃。硝煙と土煙とがもうもうと立ち上り、アルマノイドの姿はその中へと消える。その直前……かすかに悲鳴と血飛沫が上がったのを、隊員たちはたしかに聞き取った。
「やった、当たりました!!」
「隊長、命中です!!オレ達がついに奴を……」
そこまで言いかけて、隊員の一人が気づいた。
――隊長の声が、聞こえない。いつもであれば油断をするなだとか、そんな激を飛ばしてくるはずの声が、今はピタリと止んでいる。
「……隊長?」
隣を振り返る。直前まで勇ましく、部隊の指揮を摂っていたはずのベテランの男は、いつの間にか影も形もなくなっていた。
不気味な静寂が、その場に広がっていく。
「隊長……どこです?」
やはり、その呼びかけに返事は帰ってこない。その代わりに……土煙の中から、誰かのうめき声が聞こえてきた。
「まさか……今の、隊長の声ッ」
「そんな訳あるか馬鹿野郎ッ!!……臨時で副隊長のオレが指揮を引き継ぐ!!第四斉射だ、お前ら構えろッ!!」
同様と混乱を隠せないまま、隊員の一人の指示で4度目の射撃態勢に入る追撃部隊。やがて土煙が晴れていき…その向こうから、蟲肢のアルマノイドが姿を現した。
「……あ、あああああっ!!」
その姿を見た隊員の一人が悲鳴を上げ、へたり込んだ。
アルマノイドはやはり無傷だった。しかし、もはやその顔は蟲肢に覆われてなどいなかった………頭上に掲げられたひときわ大きい蟲肢が、弾除けとして何かを吊るしていたからだ。
集中砲火を浴びてボロボロになったそれは、大まかにヒトの形をしていた。否、それは確かに人の死体だった。銃火でズタズタに引き裂かれた衣服はまだらに血の赤と黒い煤で染め上げられてはいたが……そのオレンジ色は、追撃部隊を象徴する隊服のそれだった。
「そんな……隊長ッ!!」
いかなる力を使ったのか。アルマノイドは第三斉射に晒される直前、すでに隊長を捕らえており……それを肉の盾として、銃撃を防ぎ切ったのだ。
「しャハハははァははは……じジじゅ充分に、近づいヅイづぃズぃたぞ」
用済みになった「盾」を無造作に投げ捨て、蟲肢のアルマノイドが嗤った。
「………しししゃ射程ィキキョ距離に入っッタたぞ。1人も丿ガささサン……今ヨ宵ヨイはぁぁ、宴ゾォ」
全身に生やした肢が広げられ、禍々しいシルエットを形作る。いつの間にか蟲の大顎に変じた口を開き、彼は悲鳴のような供笑を高らかに響かせた。
「シャハはははハぁ……甘露トなれぇい。我ガ、糧カテかてカテとナアアァぁぁれェェェェイ………」
「……うわああああっ!!」
恐怖に駆られ、隊員の1人が叫ぶ。部隊でも最年少の彼は小銃を乱射しながら、一人でアルマノイドの方へと飛び出していってしまった。
「馬鹿、よせ!一人で突っ込むな――」
狂乱した隊員を咎めようとした副隊長の姿が、消える。手元に現れたその隊員を鋭い肢で脳天から串刺しにすると、アルマノイドは近寄ってきた若い隊員の両肩に蟲肢を突き立て、やすやすと左右に引き裂いた。
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(ああ、なんてこった)
オレンジ服の追撃部隊が、蟲肢のアルマノイドにいともたやすく蹴散らされていくその様を。
遠くの瓦礫の陰に横たわった一人の検査官が、ぼんやりと眺めていた。
(『ヘカテー財団』の連中でも……結局、奴には。『アルマノイド』には、勝てねぇってのかよ)
男は重症を負っていた。本来はイグドエニス側の検問所が、彼の仕事場だったのだが……前例のない警報で呼び出され、なまった体を引きずるように街の反対側、ニダヴェリール側の通りまで駆けつけたのだ。そして身構える間もなく、蟲肢のアルマノイドが放った一撃で彼の右脚と右腕は斬り飛ばされた。
「うう……げほっ、げほっ」
呻きながら、男は血を吐いた。
手足の欠損の他にも、腹は大きく抉られて内臓が見えていた。無事な左半身にも力は入らず、傷口からはどくどくと血が流れ出しており……男は、己に死が迫りつつある事を悟っていた。
(この『街』は……『レノラの岩橋』は、アイツにぶっ壊されちまうのかよ。畜生……俺ぁ、家業の修理屋蹴ってまで……なんのために検査官やってたんだろうなぁ)
己の血の染みがじわじわと広がっていく紺色の制服を、霞む視界の端に捉えながら。男はそう自嘲した。
……生まれついたこの『街』が幼い頃から大好きで、誇りだった。ここは世界一の素晴らしい『街』だと、幼少の時分には本気で信じていたぐらいだ。
『街』の警備に携わる仕事に就きたい。そしてこの『レノラの岩橋』を守りたい……そう志すようになったのは、十歳の頃だろうか。
実家は『レノラの岩橋』でも有数の老舗修理屋だった。父と母の間には自分以外に幼い妹しかおらず、当然彼が家業を継ぐものだと思っていた両親とはたびたび大ゲンカになったものだ。
……そして、そのケンカの勢いのまま家を飛び出し、単身で警備兵の詰め所の門を叩いたのが、20の時。だが入隊のためには厳しい訓練をこなさなければならず、彼は何度も弱音を吐いては、禿げ頭の教官にこっぴどく叱られた。
やがて訓練期間が終わり、配属が決まった。同期が大通りを警護する、映えある内部警備を任される中――彼に与えられたのは検査官の席。街の両端にある石積みの検問所に一生住み込み、外からやってくる者が持ち込み禁止の品を持っていないかを確認する、ただそれだけの作業を延々と繰り返す閑職だった。
それでも彼は、その仕事に打ち込んだ。検査官の職務は街の外から来た者への唯一の窓口であり、『レノラの岩橋』がどれだけ素晴らしいかを、外の人々に知ってもらえる場所だ。勿論、薬物などを持ち込ませない事で『街』の内部の治安も保たれる。「この『街』を守りたい」という夢を、俺は曲がりなりにも叶えたのだ……そう己に言い聞かせて、彼はなるべく心穏やかに過ごそうと決めた。
そして、それから30年あまり。肉体の全盛期も過ぎ去ったが、彼はずっと検査官を務め続けていた。
検問所から動くことができないのが、この職が閑職とされる所以だ。過ぎ去る月日の中、同期の引退や教官の葬式と様々な事があったが、彼は両親の死に目にも立ち会う事ができなかった。
……そしていつしか、この仕事にも飽いていた。外からやってくる『放浪者』から時折聞けるよその『街』のあれこれだけが、検査官の日々の癒しだった。
『放浪者』の事が、彼にはたまらなく羨ましく思えた。彼らのように、荒野を思いのまま旅したい。この窮屈な石の掘っ立て小屋から抜け出して、自由になりたい。……少年の頃に抱いた愚かな憧れを、近頃は年甲斐もなく思い出すようになっていた。
(あの岩屋を出るのも、検査官の仕事から解放されるのも。……思いもよらねぇ形で、叶っちまったもんだ。まったくお笑いだぜ)
霞んだ視界の中に、最後の隊員をバラバラに引き裂き終わり、次なる獲物をこちらと見定めた蟲肢のアルマノイドの姿が映る。
もう自分には、いや誰であろうと。奴の暴威をどうすることもできない……そんな諦観が胸を満たし始めていた。
(――ああ、でも、ひょっとしたらよ)
少し前、誰かから聞いたウワサを思い出す。大雑把で胡乱な語り口で聞かされたのは『アルマノイド』だけを付け狙って殺すとかいう存在がいるとか、そんな話だったような気がした。
(『何とかデビル』って言ったっけな。そいつがいるなら、こんな時だって、何とかなるのかもしれねぇな……)
……と、その時だった。
何かがかすかに聞こえたかと思うと、アルマノイドがいきなりあらぬ方向へと振り返った。
(……なんだ?)
すぐにこちらへと向き直るが、よほどさっきの方向が気になるらしい。しばらく迷うように此方と向こうを見比べた後、彼は警戒もそこそこに蟲肢を器用に動かしながら、そちらの方へと走り始めた。
「……なん、だったんだ?今のはよ……」
『アルトの作った『
――ふと、自分のそばに誰かが立っている事に、検査官は気づいた。
「誰、だ……?」
かすれた声で尋ねる検査官に、その人影は金属質の響きを伴う声で答えた。
『…あいにくと名乗れなくてね。それよりもおっちゃん……もう、しゃべらない方がいいぜ』
若い男だな――検査官は長年の経験からそう感じた。不思議とつい最近、どこかで聞いたような気もする声だった。
「……何しに来たんだテメェは」
そう問いかけて、男はその人影を、ぼやけた視界に捉えた。
奇妙な格好の男……いや、あえて形容するならそれは「怪人」だった。全身をしなやかに覆うガンメタルの外骨格。嗤う悪鬼を象った、機械的でシャープな意匠の仮面。その両耳のあたりからは二枚の平たい獣耳のような、角のようなパーツが伸びている。
『……オレが間に合わなかったせいで、大勢が死んだ。この場で息があるのは――もう、おっちゃんだけだ』
仮面の表情とは裏腹に、悲しそうにその怪人は言った。
『…だから、せめて。おっちゃんの事は、助けたい』
そう言って怪人は検査官のそばに屈み込む。腹に穿たれた傷口に手をかざすと、その手のひらが淡く紫色に光り始めた。
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『……オレが間に合わなかったせいで、大勢が死んだ。この場で息があるのは――もう、おっちゃんだけだ』
なぜここに来た、と問う瀕死の検査官に。嘲笑う仮面の悪鬼――人呼んで『ハンター・デビル』の姿となったオレはただ、そう答えた。
カラを伴ってここに駆けつけた時には、すでに大通りは阿鼻叫喚の地獄と化していた。倒れ伏す人々のうち、生存者はほぼゼロ。『ヘカテー財団』の追撃部隊も散々に返り討ちにあっており……そんな酸鼻極まる現場の中で、ようやく息のある人を見つけることができたのだ。
……そして、オレはこの人に見覚えがあった。今朝の検問所で、オレ達の荷物を検査していた中年の男性だ。『街』の外の話を聞きたがり、車の状態を心配して修理屋まで紹介してくれた……どこかくたびれてはいたけれど、それでも朗らかに振る舞っていたその人は今、致命傷を負ってオレの眼の前に倒れていた。
(なんで、アンタみたいな人が…こうならなきゃいけねぇんだ)
ああいった所の検査官は通常、持ち場を滅多な事では動かないと聞いていたが……今宵の混乱で呼び出され、巻き込まれてしまったのだろう。
(ああ……クソッタレ)
まったくもって、やるせない話だった。アルマノイドの現れる所には、必ずと言っていいほど争いや悲劇がつきまとう。……今夜のそれは、特に一段とひどいものだった。
目線を上げれば、そこには山と積まれた瓦礫に散乱する人々の死体。あの『放浪者』の少女……カラとの出会いがあったとはいえ、オレがあともう少しでも早く来ていたらならば。この中の何人が、今もまだ息をしていただろうか。
『……だから、せめて。おっちゃんの事は、助けたい』
そう言ってオレは、瀕死の検査官に手をかざした。
手のひらの先に意識を集中すると、淡く紫色の光が灯る。その光る手で傷口をそっと撫でると、流れ出る血がゆっくりと止まっていった。
だが……それだけだ。失われた腕や脚は戻らないし、腹の傷自体も、塞ぐことができない。体温とともに流れ出た、おびただしい血液を補充する事もできやしない。
(ちくしょう……やっぱり、アルトのようにはいかないか)
歯がゆく思いつつも、オレはそっと手を腹部から離した。
アルトから分け与えられた『力』の一つ――『修復』の力は、かつて瀕死のオレ自身をアルトが黄泉帰らせた力そのものだった。
だがオレに分け与えられた分の力では、その治療の効果も限定的だった。そもそも傷を癒す能力を使えると言っても、オレ自身には医学の知識など皆無に等しい。せいぜいが傷口を止血し、間に合わせの応急処置ができる程度だ。
本来ならこれほどの重症者の治療は、より強力な『修復』の力を持つアルトに任せるべきだ。だが、今宵の彼女はひどく不機嫌だった……オレが遅れたせいで被害が拡大したのもあるし、『偉大なる大書庫』の追手の存在も、彼女を苛立たせる一因となっているのだろう。
挙げ句、なんの断りもなくオレが部外者のカラを連れてきたのも、アルトは気に入らないらしい。
『キミが素直じゃないのはいつもの事だけど……今日という今日は勝手が過ぎる。流石にワタシも頭に来たよ。
『
彼女はそう言って、子供のようにヘソを曲げていた。……『
そんなこんなもあって、今のオレには目の前の瀕死の検査官を治す手立てがない。だがこのまま見捨てるには、あまりにも忍びなかった。
『ごめん、おっちゃん……これ以上は治せない。オレができるのは、ここまでみたいだ』
「そう、しょげんなよ。この傷じゃどの道、助からねェのは分かってたさ……」
かすれた声で、検査官は言った。
「なぁ。近頃ウワサになってた……何とかの悪魔ってのは、テメェなんだろ?」
『……ああ。巷じゃ、そんな風に呼ばれてるらしいね』
「……なら、頼むぜ悪魔さんよ。あの、バケモノを……ぐほっ、げほっ」
そこまで言いかけて、検査官はまた咳き込んだ。
『アンタ、もう喋るなよ……これ以上は、もう、』
慌てて静止するも、検査官は囁くような懇願を止めない。
「かはッ…………アイツを、ぶっ殺してくれよ。対価は…死にかけの、老いぼれの魂ぐらいしか、持ち合わせてねェけどな……」
『――……ああ、やってやるよ』
力強く、オレは言った。
『対価なんて無くったって。オレはそうするために、此処に居るんだ』
「そうかい……そりゃ、頼もしいぜ……」
検査官の左手が持ち上がる。血の気を失ったその手が、弱々しく、オレの肩を叩いた。
『おっちゃん……』
「この『街』を……『レノラの岩橋』をよ…守ってくれよ。中央にゃ、俺の妹もいるんだ……あのバケモンから……まもって、くれよ、な……」
その言葉を最後に、左手が力を失ってぱたりと地面に落ち。……検査官は、事切れたようだった。
『……気は済んだかい?ハロルド君』
耳飾りから、アルトの不機嫌そうな声が聞こえた。
『もうそいつは死んだんだろう?ならもう、人でもなんでもない。ただの肉と骨、そして臓物の集積物で、もうなんの価値も意味もない物体だ。そんなモノにこれ以上時間を費やせるほど、キミはヒマじゃないはずだよ』
『アルト。……オレはアンタのそういう価値観が、大ッ嫌いだ』
人の情というものが欠如しきったその物言いに耐えかねて、オレは吐き捨てた。
『何かおかしな事を言ったかな?ヒトが人としての価値を保てるのは、そのヒトが生きている間に限られる……ワタシはそう、考えているだけだよ』
『そうやって、アンタはあらゆる事を損と得に分けて判断しようとする……人の心や命ですらな。それが心底、受け付けねぇんだっての』
『それなら言わせてもらうが、キミこそ過度に感傷的なきらいがある。人のウソをすぐに信じ込み、そのくせワタシにだけは疑り深い。あとは感情論にも飛びつきがちだ。気をつけた方がいいよ?』
『……毎度のことだが、話にならねぇな』
『そこだけは同感だね』
けっ、と小さく舌打ちする。アルトは構わず続けた。
『……ともかく、そろそろ『
『……今回の仕事、終わったら一発ぶん殴らせろ』
『やってみればいいさ。やれるものなら、ね?』
口喧嘩は、それきりで終わった。
はあ、とため息を吐きながら。オレはそっと、検査官のまぶたを下ろした。
『……おっちゃん。アンタの遺言、確かにこの『ハンター・デビル』が聞き届けたぜ。
妹さんに会ったら、きっと伝えるよ……アンタが最期までこの街と、家族のことを想って逝ったこと』
そして、立ち上がる。視線の先では、あの蟲肢のアルマノイドが今まさに「
『さて……待たせたなゴキグモ野郎。今夜の仕事は、害虫駆除と洒落込もうか』
愛用の45口径リボルバーをホルスターから引き抜く。蟲肢のアルマノイドに向かって構えたその銃身が、月光を映して微かに冷たい光を放った。
◆――◆◆――◆◆――◆NOMAD◆――◆◆――◆◆――◆
拙い文章ですが、お楽しみいただけたら幸いです。