Pokémon LEGENDS “雷” 作:Cr.M=かにかま
「──ハサミギロチン」
万力の如く、キングラーの鋏がキリキザンの身体を圧迫する。
ミシミシメキメキと軋む音が響く。
キリキザンの身体に容赦なく鋏が食い込み肉を、骨を断つ。
まずい、咄嗟の判断
「戻れ、キリキザン!交代だ、ドラピオン!」
キングラーの拘束から脱したキリキザンの代わりに飛び出したのは、黄檗色が特徴的な甲虫、三メートルに届きそうな巨体はキングラーを上回る大きさである。
▽ドラピオン(ヒノのすがた)
▽でんきさそりポケモン
──ドラピオンの クロスポイズン!
禍々しい双爪が交差し、斬撃と化す。
キングラーにでんきタイプの技は通らない、そのことに気がついた上での判断。
一瞬の判断にしては、的確かつ最適解。
一つ、誤算があるとするのであれば、キングラーとドラピオンの
ドラピオンのクロスポイズンを正面から受けたキングラーにダメージはほとんどない。
それどころか、
──キングラーの 10まんばりき!
イナホが指示を出すまでもなく、繰り出された重撃はドラピオンを
「……!ここまでとは……!」
「あんたがどこの誰だか知らないけど、夜中に不法侵入してきた上に、うちの子達にちょっかいかけるなんていい度胸してるよ」
ドラピオンをボールに戻し、男は両手を上げる。
「参りました、まさかマリブ・ポセイドンがここまでとは思ってませんでしたよ、噂には聞いていたのですがね」
「懐かしい名前で呼んでくれるじゃないの、サインが欲しいってわけじゃないんだろ?」
「えぇ、僕が欲しかったのは妹であるソラノです」
視線をソラノに戻した男は再度、向き直る。
「ソラノ、お兄ちゃんは諦めないよ。今日はダメだったけど、また迎えに来るからね」
「このまま帰れると思ってるのかい?」
「えぇ、門限が過ぎたので帰らせてもらいますよ」
「ハッ、いい年したジャリボーイが何を言ってるんだい!?」
イナホはそのまま駆け出す。
イナズマ巡業で鍛えた身体能力は健在である。
一瞬、反応の遅れた男はそのままイナホに組伏せられたが、瞬もしないうちに霞のようにその姿は消えてしまう。
「あん?」
「──そうだソラノ。本当に記憶を失ってるなら、僕の名前も覚えてないんだろ?お兄ちゃんの名前だけでも覚えてくれると嬉しいよ」
「……ッ!」
いつの間にか屋根の上にいた男はソラノに呼び掛ける。
傍らにもう一人、誰かが見えるが夜の闇に紛れててよく見えない。
おそらく、隣にいる者が何らかの方法で彼を移動させたのだろう。
そこにいるイナホやキサゲは眼中にない、そもそもが存在してないかのような対応にソラノは身震いをする。
「僕はコスモ。また会いに来るから待っててよ」
コスモと名乗った男はそのまま姿を消した。
あまりにも一瞬の出来事で月明かりの下、三人は立ちすくすしかできなかった。
※
この夜の出来事がターニングポイントとなる。
ソラノにとって、キサゲにとって、道標は異なるが、二人の胸中に宿る想いは一致する。
『強くなりたい』
※
翌朝、ことの顛末を知らずに爆睡していたイナビカリは頭を抱えながら珈琲を飲んでいた。
「……庭でバトルしてる音に気づかず寝続けるとか、そんなのある?」
「あんたはそういう人だよ、災害が起きたら逃げ遅れる男さ」
「うぐ」
痛いところを突かれながらも、冷める前に朝食は済ませたいのか、凹みながら手は進める。
「……そのコスモって男が捕まるまでは、ソラノちゃんのイナズマ巡業は中止した方がいいかもね」
危険。
その一言に尽きる。
イナホの話を聞く限りではあるが、いつ襲撃に遭うかわからないし、キサゲのことを容赦なく攻撃するところも含めトレーナーとしてフェアな人物ではない。
それに協力者らしき存在がいることから、何らかの闇組織に属してる可能性は高い。
「何言ってるんだい、旅に危険はつきものだ。そんなことで一々中止にしていたらキリがないよ」
「しかしだね、イナホさん」
「それに、当人は行く気満々だよ」
ハッと、顔を上げればそこにはソラノとアチャモが──
「……その、顔の傷は?」
「けんか」
ことの顛末を知ったアチャモがソラノを啄んだのに対して、ソラノも思いの丈をぶちまけたのだ。
「私は、ちょっと洗濯干してくるよ」
そのままソラノの隣を通り、外へ出た。
残されたソラノは決意の瞳を、イナビカリは困惑した様子だ。
「……イナホさんの言う通り、決意は固そうだ」
「うん、ボクは、ボク自身を知って、強くなるために、イナズマ巡業をする」
ソラノの目的は大きく分けて二つ。
①イナズマ巡業をこなして、今よりも強くなること、誰にも負けないように。
②自分自身の記憶を戻すこと、同郷の可能性であるコスモがヒノ諸島にいるのであれば、彼からも情報を得られる。
「……なるほど、理にかなってる」
「本当にお兄さん、かわからない。でも、ボクは可能性があるなら、そこを目指す」
「若人の決意を止める気はないよ」
決断を繰り返し成長し、大人になる。
人間というものは、そういう生き物である。
第三者がどやかく言うものではない。
「これは私からの餞別だよ」
大人は、少年少女の背中をそっと押してやるものである。
イナビカリはソラノに新品のポケモンウォッチを手渡す。
「わ」
「ポケモン図鑑に諸島の地図、通話機能といった必要最低限のものは入れておいた。あとわからないことは、ロトムに確認すれば大丈夫さ」
「わわ、ありがとう」
▽ソラノは ポケモンウォッチを てにいれた!
「ポケペイも少しだけ入ってるから、買い物にも使えるよ」
「ポケ、ペイ?」
「そっか、そこからだったか」
旅の前に色々教わることがありそうだ。
なんたって、ここはソラノがいた惑星の文化とは違うのだから。
※
「──いつまで不貞腐れてるんだい?」
その頃、キサゲは青空を眺めていた。
「ていうかどいてくれ、洗濯が干せないよ」
「なぁ、母ちゃん」
「まずはどきなって、話聞くから」
母の圧には逆らえない。
相棒であるエレキッドと喧嘩して引かなかったキサゲが、急ぎ足でベランダから室内へ戻る。
「ていうか、エレキッドは?」
「裏手の丸太を殴り続けてるっす」
「……似た者同士というか、なんというか」
さっきも似たような話を一階で聞いたばかりである。
水気を帯びた衣服に衝撃を加えながら、大きな溜め息を一つ吐く。
「母ちゃん、オイラ弱いっすよね」
「これでもかってくらいね」
「エレキッド達のポテンシャルを全然引き出せなかったっす」
「その程度の男ってことだよ、今のあんたは」
「──って、さっきからなんで止め刺してくるんっすかー!?」
「慰めでも期待してんのかい、弱虫」
「違うけど、違うんすけど、うーん、この」
なんか思ってたのと違うらしい、キサゲが頭を抱え込んでしまう。
事実、キサゲは弱い。
ポケモントレーナーとしても、経験も、実力も足りないのだ。
「ったくうじうじしちゃってさ、ソラノちゃんと一緒にイナズマ巡業してくればいいじゃないか!ていうか、さっさと旅立っちまいな、鬱陶しい!」
「鬱陶しい!?」
「あんたらしくないんだよ!いつまでも理由つけたかのように、引きこもっちまってさ!てめぇの野望はどうするんだい!?」
「野望って、んな大袈裟な」
「大袈裟なくらいがちょうどいいのさ」
どうにもこの豪快さは遺伝しなかったらしい。
正直わかり合えない。
昨夜、改めて自身の実力を痛感した。
男が立ち上がり、決意する理由としては十分すぎる、否、十分すぎたのだ。
「母ちゃん」
まっすぐと、その瞳に宿る決意は本物である。
「ちょっと、遠出してくるっす」
「……わかったよ、夕飯までには帰ってきなよ」
「ははは、なるべく冷める前に戻りたいっすね」
──どこか、若かりし頃の君に似た姿を見た気がする。
イナホは嬉しそうに微笑んでいた。
※
翌日。
「二人とも、準備は大丈夫そうだね」
天気は晴天。
少女と少年の出発を見守る太陽、そしてイナビカリとイナホの二人。
「ん、わかんないことはキサゲに聞く」
「あんま丸投げはやめるっすよ?」
「わかってる」
ソラノにとっては、世界を知る旅にもなる。
自分のルーツを探しながら、このヒノ諸島に自らの足跡を遺すための──
「さて、イナズマ巡業の申し込みは港町のクレアシティでやってるから、一先ずそこを目指すといいよ」
「行き方はオイラがナビするっす」
「あ、そうだ!二人とも、ちょっとこっちに!」
イナビカリが思い出したかのように、裏手の庭へと二人を案内する。
そこには二つの苗木が並んでいた。
「ソラノちゃんに説明するとね、これはヒノ諸島の習慣なんだよ。トレーナーとして旅立つ我が子や弟子の成長を願って、アカシアの苗木を植えるんだ」
「わわ、そうなんだ」
「それで、帰ってきたときに成長したアカシアの樹の前で感謝をして、次代に引き継ぐのが習わしっす」
「まさか、キサゲのアカシアを植えれるなんてね。父親としては嬉しいよ」
なんでも、ヒノ諸島におけるアカシアは成長を願う他に、旅立ちの祝福、婚礼の際にも用いられるとかなんとか。
「ソラノちゃんも、きちんと帰っておいでね。この星での家は、ここなんだから」
「……うん、ありがとう、ございます」
「頑張りなよ、あんたら!」
胸が暖かくなった。
──これが故郷なんだ、帰りを待つ人がいる場所。
そのためにも、ソラノは記憶を取り戻して帰らないといけないのかもしれない。
いつか、宇宙へ──
「それじゃ、いってらっしゃい」
いってきます。
何かに背中を押された気がした。
ソラノとキサゲの旅が、始まる。
To be continued…
「行っちゃったね」
「行っちまったねぇ」
「ふふふ、助手がいなくなるのも寂しくなるし大変だけど、嬉しい気持ちもあるのが不思議だよ」
「あんたって人は、私がいるじゃないか」
「……いつもありがとう、心から」
「それより、言わなくてよかったのかい?」
「ん?」
「ほら、TXのことさ」
「あぁ、その必要はないよ」
「──あの子達なら、自力で辿り着く」
「それに、マリブ本土ならともかく、このヒノ諸島ではまだ一般に浸透してないんだ」
「……あっちでも一部のトレーナーしか認められてないからねぇ」
「かつてのミアレシティみたいに、誰も彼もメガシンカ使いになれるような環境になって、崩壊一歩手前になるなんて、洒落にならないよ」
「だから、僕はこの研究を続けるよ」
「いつしか、正しい形で、ポケモンとトレーナーの絆が力として具現化できるように、ね」